第70話 誇れる勝利
試合を終えた後、トーマはテイマーとしてかつてないほどの充足を味わっていた。
思えば、テイマーになってからの戦いは手加減ばかり。
S級最上位のアゼルを仲間にしたことは後悔していない。
自身をここまで鍛え上げたことも後悔していない。
ただ、それでも、戦いの中に手加減が必要な場面が多すぎたのだ。
強すぎるが故に、相手に配慮しなければならないことが多すぎたのだ。
だからこそ、いつの間にかフラストレーションは静かにトーマの内側に溜まって行って。
そして、ジョンという強敵との戦いにより、溜まりに溜まったそれは一気に解放された。
敗色濃厚の戦況からの逆転劇。
最後の最後まで食らいつく相手。
一歩間違えれば、負けていたかもしれない試合展開。
そういう困難な戦いだからこそ、勝利した時に気分が良くなれるのだ。
「はぁあああ……最っ高ぉ……」
思わず、体中が歓喜で震えるほどに。
「ああ、良かった。本当に良かった。俺、テイマーになって良かったよ……ありがとうな、アゼル、シラサワ」
そして、トーマは共に戦った仲間たちへと感謝の言葉を送る。
テイマーらしく、激闘を終えた魔物たちを労う。
「…………ふんっ!」
しかし、アゼルの反応がよろしくない。
明らかに不機嫌だ。
最後の最後、ムーコと語り合いながら全力を尽くしたというのに、今は唇を尖らせている。
「屈辱だ。貴様に魔力供給されなければ、勝てなかったなんて。それに、折角の戦いに横入りされて……吾輩だけでも勝て……なかったけれど……」
ぶつぶつと文句を言う姿は完全に拗ねた子供だ。
トーマはそんなアゼルの姿に「ふっ」と微笑を浮べると、そっとその肩に手を置く。
「黙れ、弱者」
「黙れ、弱者!!?」
その優しげな微笑に似合わぬトーマの罵倒に、アゼルは思わず驚愕した。
「あれ!? 吾輩、さっきまで労われていたよな!? 何故、急に罵倒!?」
「んもう! 終わった戦いのことをぐちぐちと! 大体、俺はアゼルが最初からあっちのヨルムンガンドを抑えていたら、余計な手出しはしなかったんだけど!?」
「罵倒からの正論!?」
「横入りされたくないとか、魔力供給が無くても戦えるとか! そういうのは自分の全盛期をちゃんと取り戻してからにしろよ、まったく!」
「ふ、普通に叱られた……嫌いな相手に普通に叱られた……」
「当たり前だろうが! 俺はお前のマスターだぞ!?」
ぷるぷると涙目で震えて俯くアゼルは、完全に叱られた子供だった。
本気の全力で戦ったからこそ、トーマはアゼルをきちんと叱ることを覚えたのだ。
テイマーとしての才能が無いから遠慮したり、上手く折り合いつけようとするのではなく、自らの意思で仲間を叱ることを覚えたのだ。
力づくで従わせたり、契約で縛ること以外にも、道はあるのだと理解したのである。
「…………ぐぅ、すやすや」
そんな二人をよそに、戦いに於けるもう一人の立役者は眠っていた。
立ちながら眠っていた。
どうやら、シラサワは先ほどの戦いで心身を絞りつくしたようである。
本職が研究者にとって、あれほどの死闘はかなりの負担になったのだろう。
「うーん、むにゃむにゃ……えへへ」
けれども、その寝顔は安らかだ。
死闘に勝利したおかげか、良い夢を見られているらしい。
『…………少し、良いだろうか?』
「うん?」
そんな試合後のドタバタの中、ふとトーマに声をかける者が現れる。
『感想戦、というわけではないが。君の次の試合が始まるまで、少し語り合いたい』
それは全身をローブで隠し、顔を包帯でぐるぐる巻きにした不審者にして、先ほどトーマと激闘を繰り広げたジョンだった。
『無論、君の邪魔になるなら立ち去ろうと思うが』
「おお! いや、全然! 全然大丈夫だから! 語ろう、語ろう! ええと、ジョンって呼んでもいいか?」
『ああ。僕も君をトーマと呼ばせてもらう』
トーマはその来訪を心から喜び、自然と握手のための手を出しだした。
すると、ジョンは即座にトーマと手を交わし合い、ぎゅうと力強く握り合った。
その手の中に、まだ試合の悔しさが残っているかのように。
『早速だが、少し訊いてもいいだろうか? あの試合、ムーコに向けられた一撃で流れが変わったが、あれは一体?』
「あー、あれは持ち込んだ石に魔力を込めて、どかんと」
『持ち込んだ……石!? 魔道具では無くて?』
「俺が専用の魔道具に魔力を込めて同じようなことをすると、ちょっと威力が高すぎて」
『……具体的には?』
「下手をするとこのスタジアムが吹き飛ぶ」
『に、人間戦略兵器……』
「ひどいな! 俺は人間だって! 人間のテイマーだって!」
そして、トーマにとっては念願の対等なテイマーとして、ジョンにとっては信念に関わる目的として、互いを満たす語り合いが始まったのだった。
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負けたことは悔しいが。
とてつもなく悔しいが。
恥も外聞も無く、地面を転がり回って叫びたい気持ちではあるが。
それはそれとして、ジョンは仕事をこなす。
王族の責務をこなすため、トーマとの交流を図る。
『なるほど、スカウトが出来ないから。契約で従わせる道を選んだ、と』
「そうそう! 俺の場合は苦肉の選択というか、テイマーを始めるために仕方なくって意味が多かったんだけどさ。でも、こうしていざ一緒に戦うと、やっぱり情が生まれるもんだよね」
『わかる。その気持ち、よくわかる。互いに油断ならない契約関係……だけど、いつの間にか信頼し合っている。そういうこともあるのだと、僕はよく知っている』
「し、信頼……うん、信頼……うちもある意味では信頼し合えているな!」
『やはり、テイマーと魔物の信頼関係は戦いに於いても重要というわけだ』
「……ああ! 絆の力って大切だよな!」
トーマとの交流は楽しいが、あくまでもそれは副産物。
目的そのものではない。
『良ければ連絡先を交換しないか? 互いにS級最上位の魔物を従える者同士、語り合うべきことは山ほどあると思う』
「賛成! それはとてもいいアイディアだぜ! 俺も色々とジョンに訊きたいことがあるし」
『ああ、存分に語り合おう』
連絡先を交換したのも、目的を果たすためだ。
決して、思った以上に話が合うから友達になろうぜ! という気持ちがメインではない。
メインではないが、皆無というわけでもない。
『……っと、そろそろ時間か。悪い、試合後なのに話し込んでしまって』
「いやいや、全然!」
そして、時間は有限。
トーマが次の試合の準備を始める前に、今回の目的を果たさなければならない。
『なぁ、トーマ』
「うん?」
『最後に一つ、訊いてもいいか?』
「おう、何でもいいけど?」
『トーマはなんで、テイマーをやっているんだ?』
トーマという規格外の戦力が、テイマーとして戦力を集め始めた理由。
S級魔物を従え始めた理由。
それを聞き出すことが、今回の目的なのだ。
今までの会話は全て、このための布石。それ故に、ジョンは何でもないように、努めて平静を装って訊ねた。
万が一、国家を害するような理由、不穏な誤魔化しの気配があった時は、今まで感じていたこの親近感を捨て去って、敵対することを選ぶ覚悟も決めて。
「ははっ、そんなの決まっているじゃないか」
けれども、そんなジョンの覚悟なんて知る由も無く、トーマはあっさりと答える。
「トップテイマーになる! そのためにテイマーになったのさ!」
物凄く単純極まりない理由を。
『……えっと、何故、トップテイマーになりたいんだ?』
「格好いいから!」
『か、恰好良いから?』
「おうともよ!」
混じりっ気のない純粋なる憧れが宿った瞳に、ジョンは思わず苦笑を漏らした。
『ああ、確かに。それは格好いいな』
その言葉を最後に、王国に於けるトーマの身辺調査は一旦打ち切られることになる。
相変わらず、警戒対象であることには変わらない。
ただ、それでも、実際に対峙した者として、ジョンはトーマに対して以下のような判断を下した。
――――あれは国家転覆を企むよりも、馬鹿みたいに夢を追っている方がお似合いだ、と。
つまりは大山鳴動して鼠一匹。
散々騒いだものの、トーマが王国を害するつもりなどは皆無で。
『格好いいから、僕も真似して目指すとするか、トップテイマー』
「なにおう!?」
ジョンというテイマーに、一人、友達が増えたという結末で終わることになった。




