第7話 才能がある者
ナナ・クラウチは王国東部の田舎町出身だ。
故郷である田舎町は、魔導機械による技術革新の恩恵を若干受けていたが、それでも田舎。辛うじてラジオやテレビの導入は進んでいたが、街中では自動車よりも馬車に乗る者の方が多く、街灯もほとんど存在しない。
そして、街の隣には大きな森林が存在しており、その森林には多くの魔物が潜み、度々、田舎町に被害を及ぼしていた。
もっとも、そのほとんどが作物を食い荒らしたり、家畜を攫っていたりなど、直接人間に危害を加えるようなものではなかったが。
「いいかい、ナナ。大人と一緒でなければ、あの森に近づいちゃあいけないよ?」
「うん、わかった」
当然、魔物が住む森なんて危険極まりない場所は、子供たちの立ち入りは禁止されていた。
しかし、だからこそ、子供というのは禁止された場所に入り込みたいものである。
「ちょっとだけー♪ ちょっとだけー♪ 入口の近くなら大丈夫ぅー♪」
そして、ナナもそんな悪ガキの一人だった。
しかも、友達も連れずに、一人で乗り込むぐらいには肝が据わった、あるいは無謀な子供だった。
「むふー! 魔物とたくさんお友達になれるかなぁ!」
森へ乗り込むナナの心の中にあったのは、テレビで見た、同世代のテイマーの姿。
若干、十一歳にして、A級テイマーになった稀代の天才少女の姿。
ナナはそんな天才少女に憧れ、自分もまたテイマーになるべく、魔物の森へと足を踏み入れたのである。
「一応、お肉とかはたくさん持ってきたから、きっと上手く行くはず!」
能天気なナナは当時、気づいていなかった。
魔物の恐ろしさを。
通常の獣とは異なる、『魔力を持つ生物』の強さを。
野生の獣よりも遥かに、懐くことのない凶暴性を。
「さぁ、ここから私の物語を始めるんだ!」
そして、ナナは明るい未来を夢見て、魔物の森の中へと入り込んでいく。
この時のナナは、やはり気づいていなかったのだ。
それどころか、ナナの周囲に居た大人すらも気づけていなかったのだ。
『ガウガウッ』
『ワフッ』
『ホウホウ』
『ニャーン』
「きゃははははっ! もう、くすぐったいってば、皆ぁ」
ナナの中に、尋常ではない才能があったことを。
順当に発生するはずだった悲劇を覆す力があったことを。
魔物と心を通じ合わせる、そんなテイマーとしては最上に近い才能を、生まれながらに保有していたことを。
かくして、ほとんど誰も名前を知っていないような田舎町で、一人のテイマーが誕生した。
魔物と心を通じ合わせ、共に成長する、そんな――物語の主人公のようなテイマーが。
●●●
ナナの手持ちは三体。
森狼のガウ。
花妖精のヒラヒラ。
影フクロウのホータロー。
どれでも、故郷の森で仲間にした魔物たちだ。
十一歳の頃から苦楽を共に過ごし、絆を交わし合った仲間たちである。
ただ、その仲間たちの脅威度ランクは決して高くない。
森狼はC級。花妖精はD級。影フクロウはD級。
三体とも、『野生の獣よりは多少強い』程度の脅威度でしかない。
ヴォイドの手持ちであるオーガと比べると、見劣りする能力の魔物たちだ。
まして、S級のアゼルの前では勝負にもならない――――そのはずだった。
「ヒラヒラ、攻撃補助! ホータローはそのまま隠密を継続! ガウは近距離から離れず、相手に食らいついて!」
ナナとトーマの戦いは、これまでアゼルが見せた蹂躙劇とは違った様相となっていた。
「くはははっ! 面白い、面白いぞ、小さき者ども!」
『ガウッ!』
ヒラヒラ――掌の上に乗るような小さな人型の妖精が、攻撃力を増す魔術を前衛へと駆け続ける。
ガウ――深緑の毛皮を持つ隻眼の狼が、アゼルの攻撃を避けながら、牙を突き立てる機会をうかがっている。
本来は相手にもならないはずの低位の魔物たちが、S級であるアゼルに、手加減しているとはいえ、戦いになっているのだ。
「見極めろ、見極めろ、見極めろ……」
その要因は、両目を見開いて必死にアゼルを見つめるナナにある。
ナナはアゼルの動きを観察し、見極め、その動きの隙を見抜いているのだ。
「そこだっ!」
加えて、ナナは魔物たちと以心伝心。
多くを語らずとも、声をかけるだけで思った通りに動いてくれる。
『――ホウ』
今、こうして、ナナが指示したタイミングに合わせて飛び掛かろうとしたホータロー、漆黒の羽毛を持つフクロウのように。
「ふむ、悪くない」
アゼルはホータローの奇襲を、魔力で障壁を作って防ぐ。
低級の魔物の攻撃ならば、傷一つつかないはずの障壁。
けれども、その障壁はホータローの一撃により、確かに深々と傷がついていた。
「なるほど。どうやら、貴様たちの主は、『テイマーとして優秀』らしい」
感心するように呟くアゼルは既に、己の障壁が傷ついた理由を見切っていた。
「古来、魔物は人間と契約を交わし、強くなるために仲間となった。故に、テイマーとして才能を持つ者は大なり小なり、『魔物を強化する力』を持っている。ただの野生の魔物よりも、テイマーが育てた魔物の方が強いのはこのためだ」
語りつつ、アゼルは魔術を展開する。
黄金色の雷をバチバチと周囲に発生させ、攻撃準備を行う。
「貴様らの主はどうやら、この強化する力がかなり高いようだ」
アゼルの推察通り、ナナには魔物と心を通じ合わせる能力の他に、仲間にした魔物を強化する能力があった。
ナナと心を通じ合わせた魔物は、その能力がぐんと引き上げられるのである。
魔術による強化ではない。
一時的に身体に負荷をかけるような強化ではない。
まるで、魔物の存在全てを底上げするような、種族そのものが変わってしまうような、そんな規格外の強化だった。
故に、手加減しているとはいえ、S級魔物であるアゼルに対して、低級の魔物たちが抗えているのだ。
「ならば、少しばかり『遊んでも』構わないだろう」
その事実を推察したアゼルは、にぃと邪悪な笑みを作った。
「――――っ! みんな、一か所に固まって防御専念!」
アゼルの邪気を感じ取ったのか、ナナは即座に指示を出す。
以心伝心。
ナナの仲間たちは三体全て、指示された通りに一か所へと身を寄せ合って。
「さぁ、耐えてみるがいい」
黄金の雷が結界内に迸った。
どこへ逃げようとも、どこに隠れようとも逃がさぬ、雷の全方位攻撃。
何度か行った交流戦の中で、この範囲攻撃に耐えきれた魔物は一体も居ない。
そう、居なかった。
「――ガウッ! 全身全霊!」
『ガウッ!!』
今、この時までは。
「ほう」
愉悦に笑みを浮かべるアゼルの前には、互いの距離を肉薄せんと詰めてきたガウが居た。
ガウの後ろには、二体の黒焦げた仲間たち。
「はっ、はっ、はっ」
そして、額から汗を流しながら息切れしている、テイマーのナナ。
つまりは、アゼルの全方位攻撃は耐えきられたのである。
ヒラヒラが精一杯の魔力で防壁を張り、ホータローがガウへの雷の大半を肩代わりし、ナナが雷の放たれる瞬間、魔道具――ヴォイドから借り受けた回復魔術を発動させる魔道具を発動させて。
『グルルルルウゥウウオオオオオオオオッ!!!』
吠え猛り、ガウは疾走する。
全方位攻撃後、僅かに生まれたアゼルの隙に入り込むように。
「はははっ! 来るか!? 来るのか!?」
迎撃として放たれた風の刃を避けて。
展開された魔力の障壁を爪で切り裂いて。
『ガウッ!』
今、アゼルの首元に牙を突き立てんとする。
「ここっ!」
テイマーであるナナの支援を受けた、強化に強化を重ねた牙を。
乙女の柔肌にしか見えない首元に、一切の躊躇いなく突き立てて。
――――ガキィンッ!
硬質的な音と共に、その牙は弾かれた。
「見事だ、小さき者どもよ」
ガウは見る。
ナナは見る。
少女の柔肌であったはずの部位に、黒々とした鱗が覆われている光景を。
「よくぞ、吾輩の鱗に牙を届かせた」
気づけば、アゼルの肉体が変化していた。
ただの少女の肉体から、リザードマンの如く皮膚に鱗が生えて、手足には竜のそれに類似した爪が生えている。
「さぁ、続きをするぞ。小さき者ども……もっと吾輩を楽しませてくれ」
全身全霊の一撃を受けてなお、健在。
むしろ、力を増した形態を取るアゼルに対して、ナナは冷や汗を流しながらも笑みを浮かべた。
「あはははっ! とっても凄い! だけど、まだまだ、これから! だよね、ガウ!?」
『ガウッ!』
追い詰められようとも、依然意気揚々。
才能あるテイマーとその仲間は、怯むことなくS級へと挑みかかる。
そう、これは洗礼にして物語の始まり。
ナナ・クラウチという才能あるテイマーが、その道を駆けていく物語の始まり。
――――そのはずだった。
「ひゃっはぁ! そろそろ俺も混ぜてくれよっ!!」
テイマーとしての才能が皆無の超人、トーマがその力を振るうまでは。