第69話 思うがままに全力に
形勢は覆った。
ムーコはトーマの奇襲により、かなりの痛手を負った。
その上、アゼルは全盛期の力を取り戻し、負傷したムーコを容赦無く叩き潰そうとしている。
無色透明の騎士が、ムーコのフォローに回っているのだが、いかんせん、相手は【原初の黒】だ。最上位のドラゴンだ。近づくことすら容易いことではない。
シータはフリーになったシラサワを押し留めようとしているが、スケルトンの自爆戦法が、その速度を増していることから、余裕は無い。
間違いなく劣勢だと、ジョンは己の状況を理解していた。
けれども、目標は達していると確信もしていた。
今の状況は紛れもなく死闘。
トーマに本気を使わせている。
今までの試合で使わなかった戦法を開帳し、がむしゃらに勝利を獲りに来ている。
ここまでさせたのだから、もうジョンの名前はトーマの胸の内に刻まれただろう。
後は、この試合を白けさせない程度に戦えば、ジョンとしての仕事は終わる。
終わる、のだが。
『…………負けたく、ないっ!』
ジョンは、自らの胸の内から吐き出された言葉に驚いた。
信念はあった。
最初は義務に過ぎなかったが、民のために身命を尽くすというあり方は性に合っていた。
そのために、諜報機関の長として休み無しに働き続けられる程度には、信念に誇りを持っていた。
そして、この戦いもまた、その信念の内に行われていた仕事のはずだった。
勝とうが、負けようが、目標を達成できればそれでいい。
そのはずだったのに。
『僕は、僕は! 負けたくないんだ!!』
ジョン・ドゥとしての意地が、テイマーとしての意地が、咆哮の道を選ばせる。
トーマからの威圧を跳ね返し、思うがままに戦う選択を選んでしまう。
王族としての責務ではなく、一人のテイマーとして、トーマという強敵に勝ちたいと思ってしまったが故に。
『待たせたな、ムーコ!』
『きゃはははっ! 信じていたよ、マイマスター!!』
威圧を跳ね返したジョンは、即座にムーコへと回復魔術を飛ばす。
完全に回復させるだけのポテンシャルは、その回復魔術には無い。
ただ、ムーコはヨルムンガンド。神話の怪物だ。
回復を促進するだけのきっかけさえもらえれば。
『完全、復活ぅ!』
この通り、胴体に空いた大穴だろうとも再生して見せるのだ。
『お待たせ! 待ったかな!? 黒の!』
『ああ、待たされたぞ、蛇の!』
再度、大怪獣決戦が巻き起こる。
もはや、バトルフィールドに対する気遣いなど存在しない。
壊れるのならば壊れろ。
その代わり、勝利はいただくと言わんばかりに全力をぶつけ合い、空間を軋ませる。
「いいね、それを待っていた」
そのバトルフィールドを即席の魔術で補強したのは、トーマだ。
S級ウィザードの名に恥じぬ魔術により、このバトルフィールドはたった今だけ、S級最上位の魔物同士が全力でぶつかっても壊れぬ場となった。
『気を遣わせたね』
そのトーマの行動に、ジョンは心からの礼を送って。
「いいさ。お互い、この戦いは変な終わらせ方をしたくないだろう?」
トーマは苦笑と共に、その礼を受け入れた。
戦いの中、双方のテイマーは僅かな瞬間、小さく笑い合って。
『だが、勝つのは僕だ!』
「いいや、俺だ!」
次の瞬間、敵意をぶつけ合いながら戦場を加速させた。
『スカサハ! 最大支援を送る! 確実に白衣の魔物を仕留めろ!』
ジョンが選んだのは、もう一つの戦場を終わらせること。
大怪獣決戦の決着がつく前に、シラサワを確実に排除。
その後、ムーコのフォローに二体の仲間を向かわせる。
そうすれば、三体揃った連携によるコンボ攻撃が可能となる算段だった。
そして、この作戦は不可能では無く、むしろ勝算が高いと判断していた。
『白衣の魔物は生粋の戦闘タイプじゃない! 確実に獲れる!』
シラサワは本来、研究者タイプだ。
戦闘も出来るだけであって、戦闘が本領ではない。
だからこそ、そこは狙い撃つ隙になるとジョンは判断した。
S級魔物であるスカサハ。その技量は達人に及び、なおかつ、ジョンの支援さえあれば、一時的にムーコとも渡り合える戦力へとなるのだ。
『シータは相手に逃げ場を用意させるな!』
『りょ、りょりょりょーかい!』
加えて今、シータがスケルトンのほとんどの排除を終えたところだ。
不定形の泥を液状に動かし、シラサワの周囲を円状に囲む。
そうすることにより、各自にシラサワを排除する場を作り上げたのだ。
『まず、一体だ』
ジョンの宣言と共に、スカサハは無色透明に駆ける。
強化された身体を存分に使いながらも、ほぼ無音でシラサワの首を落とさんと、透明な剣を振るって。
「ざぁんねん!」
がぎぃん、とその刃は跳ね返された。
骨のパワードスーツによる自動防御ではない。
先ほどの一撃は、完全にその防御を超えるだけの速度を持っていた。
ならば、透明な一撃を防いだのは一体何なのか?
「私の本領は研究者だからねぇ! こういうやり方を選ばせてもらったよ!」
骨の剣。
シラサワの技術により、名剣に劣らぬ強度で作られた骨の剣が、透明な一撃を止めていた。
そして、骨の剣を振るったのは、骨の騎士だった。
ただのスケルトンではない。
骨の全身鎧を纏い、鎧の内側に溢れんばかりの魔力で具現化した仮想の肉を付けた、リビングナイトだ。
それも、普通のリビングナイトではない。
「じゃあ、マスター。後はよろしく!」
「ああ、任された!」
トーマの意思を接続された、リビングナイトだ。
『っつ!! スカサハ、退けぇ!!』
そのリビングナイトの脅威を即座に理解したジョンは、悲鳴の如き指示を送る。
だが、遅い。
『――――か、ふ』
無色透明で無口な騎士が、その嗚咽を口から漏らして倒れ伏した。
その胴体を二つに切り分けられた状態で。
「流石、シラサワ。悪くない使い心地だ」
リビングナイトが放ったのは、トーマの操作による神速の一撃だった。
単純なる速度ではなく、技量を持って相手の不意を打つ一撃だった。
そう、トーマは当然のようにスカサハのステルス性能を看破し、達人の如き技量を持つ剣捌きを凌駕し、あっさりと両断したのだ。
「前に会った強敵のおじさんの真似をしてみたけれど、意外と再現できたな」
過去に出会った強敵、マサムネの一撃を再現して見せて。
「さて、次だ」
スカサハを倒したトーマはけれども、その程度で満足しない。
リビングナイトを操作し、シラサワを囲むシータの下へと瞬時に移動する。
『シータぁ! 霧になれ!!』
ジョンの判断は迅速で正しく、間に合っていた。
物理攻撃に対する解答。
気体となることで、その攻撃をすり抜ける。
一時しのぎにしかならないが、それでも一時的に無敵を得て、あのリビングナイトに対抗する手段を考えられるのならば十分。
その判断は正しかった。
「どんな形になろうとも、そこに魂があることは変わりない」
それでも、その正しさはトーマを止めるには至らない。
リビングナイトが放つのは、達人のその先にある領域の一撃。
物体ではなく、魂に及ぶ斬撃だ。
『ぎ、ががががががががが!?』
霧となったはずのシータは、耐えきれぬ苦痛を感じて不定形の泥に戻ってしまう。
リビングナイトはそこを追撃するように剣を突き刺し、シータの意識を完全に奪った。
「これで二体」
『…………っ! それ、でも!』
三体の内、二体の戦闘不能。
紛れもなく劣勢。
窮地に陥ったジョン。
それでも、その瞳から闘志は尽きない。
『僕らは、負けない』
ジョンは己の精魂を絞り上げて、最後の一体となったムーコへと支援を飛ばす。
S級最上位の魔物をさらに強化するための、己の限界を超えた強化魔術を施す。
『きゃはっ! 期待されちゃってるね! だから、私は負けない。私は勝つ。マスターと、仲間たちと一緒に勝つ!!』
ムーコは強化された肉体で、大口を開けた。
世界食らい。
己が持つ最大の権能、その一撃により、アゼルもリビングナイトも倒さんとしたのだ。
「アゼル、固有魔法の使用を許可する。俺の強化した場だ。存分にやれ」
『ふっ。ぶっちゃけ、吾輩は貴様が嫌いだが、そういうところは悪くない』
だが、大口を開けたムーコの顔が黒く染まる。
まるで墨でもかけられたかのように、真っ黒に染まって。
『小癪! こんな目つぶし――――あ、え?』
世界食らいの権能が封じられた。
否、塗りつぶされたのだ。
アゼルによる『黒』の固有魔法よって。
『吾輩の固有魔法、忘れたか?』
これこそが【原初の黒】の固有魔法。
ありとあらゆる『魔力を用いた結果』を塗り潰し、封じてしまう『魔潰し』の法。
それが、【試練の塔】に長く君臨していた黒龍の本領だ。
『しまっ――』
『終わりだ、蛇の』
最大の攻撃を放つ瞬間こそ、最大の隙となる。
当然、その隙を逃すアゼルではなくて。
『またやろう。互いに人間をマスターとした者同士、じゃれ合うのも悪くはない』
黒の混ざった嵐を放つドラゴンブレスが、この長い死闘の決着を告げた。




