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第68話 テイマーの差

 ジョン・ドゥは万能型のテイマーだ。

 魔物への強化。

 魔物への指示。

 戦闘中の支援。

 これらをそつなくこなせるだけの実力は持つが、特化型のテイマーには一枚劣る。

 悪く言えば、地味な立ち回りをするテイマーだ。

 三体の魔物たち全てがS級というインパクトも相まって、ジョンの動きに意識を向けているものは、バトルフィールドの外でもそう多くは無かった。


「優勢なのに意識が全然緩まない……大分、『堅い』な」


 しかし、トーマだけはジョンの一挙手一投足に注目していた。

 視線。

 呼吸。

 声。

 手足の動き。

 それらからジョンの内心を読み取っていたのである。

 これはテイマーとしての技能ではなく、戦闘者としての技能だ。

 相手の動きから心理を読み取り、先読みして動く。

 達人ならば誰しも会得している技術を、今、トーマは惜しみなく使っている。


「崩すには一手、使う必要がある、が」


 観察と先読みの結果、トーマは相手の盤面を叩き割る一撃が必要だと判断。

 されども、相手の盤面は堅牢そのもの。


『ムーコ。世界食らいの発動は抑えて、体格で押し潰していけ。攻撃力よりも堅実を選べ』

『はぁい、了解!』


 ムーコとアゼルの大怪獣決戦は、ムーコの優勢が続いている。

 単なる性能差だけではない。

 アゼルの動きをジョンが読み取り、解析し、より効果的な攻撃方法をムーコに指示しているのだ。


「アゼル、指示は要る?」

『はっはぁ! 不要だぁ!!』


 一方、トーマとアゼルも意思疎通は為されているものの、信頼関係でかなり遅れを取っている。アゼル自身の気性もあるが、トーマには自分の指示をすんなりと言って聞かせるだけのカリスマが存在しないのだ。


『スカサハ、支援する。そろそろ片づけろ』


 更に、ジョンは魔物に対する支援魔術が達者だ。

 魔術のレベル自体はさほど高くない。

 修練を積めば、誰にでも使える程度の支援魔術。

 少しだけ対象の速度を上げたり、対象に障壁を付与したりする程度の代物。

 けれども、それが絶妙なタイミングで為されれば?


「うっざいよー! マスター、相手の支援がうっざいよー!」


 この通り、S級の魔物すら翻弄する支援となる。


「こっちも支援飛ばすかー!?」

「やめて! 私が『ぱぁんっ!』ってなっちゃう!」


 対して、トーマの支援は強力だが限定的だ。

 S級ウィザードに相応しい練度の魔術であるが、魔物との致命的な相性の悪さが出ている。

 少なくとも、今のトーマではジョンのように魔物を支援することは出来ない。


『シータ、増え続けろ! 増えた後は自己保存優先!』

『わわわわ、わかったぁ!』


 何より、ジョンと魔物たちの間には強固な信頼関係がある。

 単なる、『強い魔物を出しているだけ』とは違う。

 ジョンを司令塔と認め、主と認め、その意図をくみ取りながら動く魔物は強い。

 これが単なる単体同士のモンスターバトルならば、まだモチベーションに優劣は無かった。

 だが、ジョンの魔物は、ジョンの勝利を願いながら団結している。

 強さと契約によって縛られている魔物とは違うのだ。

 三体全てが、ジョンのために勝ちを取りに来ている。

 精神論のようだが、同格同士での戦いならば、一致団結している方に軍配が上がるのは当然のことだろう。


 ――――負ける。このままでは。


 トーマの戦闘勘は正しく戦況を判断した。

 敗色濃厚。

 テイマーとしての何もかもが、ジョンの方が上。

 魔物同士の性能の差だけではなく、テイマーとしての差が如実に出ていた。

 今まで、魔物の強さと自身の強さでごり押していたが故の弊害を思い知っていた。


「…………」


 規格外にして最強のウィザード。

 あらゆる魔物と人間に勝利してきたトーマは、この上なく自分の敗北を身近に感じて。


「ふふふっ」


 小さく笑った。

 諦めの笑みではない。

 好戦的な笑みでもない。

 ただ、過去を懐かしむような笑みだ。


「いいね。確か、こんな感じだった」


 子供の頃。

 メアリーを狙う数多の強敵と、命がけで戦って来た日々を懐かしむ笑みだ。


「必死に、全力を始めるってのは、こういう感じだった!」


 そして、トーマの笑みの種類が変わる。

 懐かしむような笑みから、無邪気な子供のような笑みへと。

 何かをやらかしてきそうな笑みへと。



●●●



『――――っ!』


 ジョンはトーマの変化を即座に感じ取っていた。

 当たり前だ、警戒をしていたのだから。

 トーマ・アオギリが、最強にして規格外の存在が、このまま終わるわけがないと確信していたのだから。


『全員、警戒――』


 だが、ジョンはまだ知らなかったのだ。

 本当の理不尽とは、身構えていたところでどうしようもないのだと。



 ――――きゅごっ!!!!!



 空間を貫くほどの閃光が迸った。

 圧倒的な破壊力を持ったそれは、トーマの手元からムーコの胴体の一部へと放たれて。


『ぎぃ、がぁあああああああああああ!!!?』


 どんな盾、鎧よりも強固なはずの鱗を易々と貫き、巨大な空洞を作り上げた。

 アゼルが魔術の粋を尽くして戦い、時に全力の攻撃をしても貫けないはずの肉体。それを、マスターであるトーマがただの一撃で貫いてしまったのだ。


『なんだ、あれは!? 魔力の弾丸!? だが、あの一瞬でどれだけの魔力凝縮をやってのけたんだ!? 本当に可能なのか!? 人間に!!』


 驚愕に叫ぶジョンも、バトルフィールドの外側で観戦する者たちも知らない。

 ヨルムンガンドのムーコを貫いた一撃。

 あれは、トーマが試合に持ち込んだただ一つの石ころを、指弾と言う形で弾いたに過ぎないことを。

 ただ、一瞬の内に渾身の魔力を込めて弾いただけなのだと。


「はっはぁ! さぁ、やるかぁ! 逆転劇ぃ!」


 誰もわからぬまま、状況は進む。


『待て、マスター! 吾輩の敵を取るな! 横入りなど、吾輩は――』

「認めろ、アゼル。今のお前は、いいや、俺たちは、あいつらよりも弱い」

『……っ!』

「だから、やり方を変える――――受け入れろ」

『ぐ、うぅううううううっ! 本当に嫌だったのに!!』


 トーマは信頼関係による魔物との連携も、パスラインによる強化も出来ない。

 けれども、それは普段の状態ならば、という条件が付く。

 信頼関係で動かない。

 ならば、契約で縛ろう。

 パスラインによる強化も出来ない?

 ならば、ごり押しで魔力を注ぎ込もう。


「安心しろ、今度は操作なんて真似はしない。ただ、全盛期の力を持って勝利しろ」

『ごぐるるぅるるるるる!!!』


 唸り声のような咆哮と共に、アゼルの存在が膨れ上がったような威圧感が生まれる。

 トーマによる強制的な魔力供給を受けて、アゼルの弱体化が強制的に解除されたのだ。


『忌々しい! 屈辱だ! だが、契約は履行する!! それでいいだろう、マスター!?』

「ああ、いいとも。存分に暴れろ」

『ごるるぅうううああぁあああああああ!!』


 不本意ながらも全盛期の力を取り戻したアゼルは、ムーコの胴体へと食らいつく。

 容赦なく、トーマが開けた傷口を攻めるように攻撃する。


『痛い、痛い! こんのぉおおっ!』

「ムーコ! 待ってろ、今、回復魔術を――」


 そして、理不尽はまだ終わらない。


『――――っ!!?』


 ムーコへ回復魔術を施そうと思ったジョンは、己の体が硬直したのを感じた。

 息が詰まり、奥歯ががたがたと震え、視界がちかちかと点滅する。

 極度の緊張に陥ったような状態に、ジョンは疑問を抱く。

 何故? 一体何が起きた?

 その答えは、ジョンの目の前にあった。


「信頼しているぜ、ジョン。お前はこの程度で心が折れたりしないって。だから、思う存分、俺もけん制が飛ばせる」


 トーマからのけん制、威圧。

 身も蓋も無く言えば、ただ睨まれただけ。

 そう、S級最強のウィザードの殺気を受けただけ。


『か、は……っ!』


 それだけのことで、ジョンは陸に上がった魚の如く口を開閉する。

 反則ではない。

 ただの盤外戦術。

 けれども、トーマと『戦いになる領域』に踏み入れていない者にとって、それは即ち、精神を削り取る最悪の攻撃となる。


『づ、ぐぅううう!』


 ジョンは知っている。

 この状況に於いて、トーマは万が一にも直接攻撃をしてこないと。

 ルール違反になる真似なんてしないと。

 それでもなお、臓腑が凍りそうなほどに恐ろしい。

 これが、トーマの威圧戦術だった。


「さぁ、続きをやろう。お互い、思う存分」


 盤石な布陣を、圧倒的な理不尽によって覆されたジョンは今、奥歯を噛みしめながら思い知っていた。

 テイマーの差というものを。

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