第66話 王族の責務
王族とは民のために死ぬものである。
これが現在のパラディアム王家の家訓である。
王族としての責務、と置き換えてもいい。
王族はあくまでも、民を束ねる者。民を生かす者。
故に、多くの民を生かすためには、王族は死ぬべきだ、という考え。
この考えに対して、王位の正統後継者である第一王子はこう答えた。
「王族も民も死なぬ道を探します。私ならばそれが出来る」
傲慢な答えだった。
だが、第一王子はその傲慢が許されるほどに有能だった。
王族の中で誰よりも、何よりも、王として有能。
他の大多数を生かす技能に長けた、王の中の王となるべく育った王子。
それこそが第一王子であるが故に。
ただ、当然ながら、王族の誰もが第一王子のように傲慢なわけでも、民のために動いているわけでは無い。
「馬鹿を言え。国とはこの俺のことよ。俺が死んでどうする?」
王位を簒奪する気満々の第二王子は、家訓を嘲笑った。
傲慢どころではなく、強欲でどこまでも唯我独尊の答えだった。
だが、第二王子もまた、この反骨が許される立場にあった。
何故ならば、第二王子は力に満ち溢れている。
単純なる個としての戦闘力でも、王国内でも上位に入る。
才能ある者を見抜くのが抜群に上手く、投資家として自らの資産を増やしている。
根回しが異様に達者であり、第二王子の後ろ盾には大貴族がいくつも存在している。
武力、財力、権力、三つ揃った第二王子は今や、王ですら容易く発言を撤回させることは出来ない。
――――では、第一王子ほど有能ではなく、第二王子ほど力の無い者は?
「わかりました。僕は王族として、民のために死にましょう」
大人しく家訓に従う道を選ぶしかない。
腹の中で何を考えていようとも、所詮は大勢居る王位継承者の一人。
それなりに替えの効く存在でしかない。
故に、傲慢も強欲も許されていないのだ。
それは、第三王子も同じだった。
第一王子の有能さには勝てない。
常に比べられて、常に落胆される。
同時に、少し安心される。
有能すぎる王子は、第二王子のような簒奪を考えるかもしれないのだから。
第二王子の強欲さには勝てない。
王位を簒奪しようとするほどの欲望が、胸の中に存在しない。
だが、だからこそ周囲からは安堵と共に願われる。
どうか、このまま、第二王子のようにならずに育ってくれ、と。
大した欲望を持たぬまま、都合のいいスペアとして育ってくれ、と。
「僕は民のために生きて、民のために死ぬ。他の王族たちの影で構わない」
だからこそ、第三王子は己の願望が希薄な人間として育った。
周囲の期待に応え、何も望まず、己の責務を果たすだけのがらんどうの人間として生きて来た。そうならざるを得ない環境だった。
従って、王族が危険地帯に赴かざるを得ない問題があった時、第三王子は率先してその役割を果たす。
たとえそれが、未開拓地に住まう蛮族との交渉でも。
強大なる魔物を神と信奉する、異教の組織との交渉でも。
『きゃはははっ! お前が王族かぁ! なんだか不味そう!』
S級魔物の最上位、ヨルムンガンドとの交渉でも。
『まぁ、いいや! いつもの生贄の周期だ! 適当な街を私に捧げろ! そうすれば、今回も百年は眠っておいてやる!』
ヨルムンガンドは言った。
生贄を寄越せ、と。
それがお前ら王族の義務であると。
「なるほど、わかりました――――値切らせてください」
『ほへ?』
しかし、第三王子にとっての義務では無かった。
あくまでも、第三王子の義務は『多くの民を生かすこと』である。
従って、いきなり民が大勢死ぬような要求は受け入れられない。
たとえそれが、古くから続く契約だとしても。
大人しく生贄を用意した方が、結果的に被害が少なくなるとしても。
交渉役として来たのだから、まず交渉を選ぶのが第三王子だった。
『値切る? 面白いことを言う王族だねー! だけどさ、勘違いしてない? 私とお前たちとの立場は対等じゃない。お前たち王族が、私に『どうかこれで勘弁してほしい』と生贄を差し出してきたのが始まりなんだ。それを今更――』
「退屈ではありませんか?」
『むっ』
「何百年も食べては寝ているだけ。それだけの日々で貴方は満足していますか?」
『…………まぁ、満足はしていないけど』
第三王子は命知らずだった。
そういう教育の所為で、『民のためならば』と命知らずになっていた。
「ならば、生贄を食べる代わりに、僕と契約を結んでください。僕がこの人生をかけて、貴方にあらゆる『楽しみ』を提供します」
『楽しみ、ねぇ? それがもしも、私の趣向に合わなかったら?』
「その時は、僕を食べてから生贄を食べるとよろしい」
『……いいのか? お前、王族だろー?』
「王族だからこそ、命を賭ける価値があるのです」
『…………へぇ』
そして、第三王子の命知らずは図らずも、ヨルムンガンドの興味を引くことに成功していた。
そう、この交渉が受け入れられるほど、ヨルムンガンドは日々に退屈していたのである。
『いいよ。お前の無謀に免じて、契約を結んでやる。お前は私を楽しませるために命を賭けること。退屈だったら、私がお前を食らう。だけど、それまでは生贄は食らわない。これでいいか?』
「ありがとうございます、偉大なる蛇よ」
こうして、第三王子はヨルムンガンドとの契約に成功した。
最初から失敗も考慮した、当たれば儲けものの、けれども命がけの交渉。
それは見事にヨルムンガンドに通じて、長い歴史を持つパラディアム王国に於いて、初の快挙となったのである。
ただ、それはあくまでも王族の間だけの秘密事項。
この快挙を説明するのは、密かに消えて行った生贄たちの話もしなければならないので、第三王子の偉業は闇の中。
それでも、事情を知る者の間で、第三王子は一目置かれ始めて。
「いくぞ、ムーコ。今日の相手は最大の強敵だ、油断するな」
「きゃはははっ! それは楽しみだねーっ!」
いつの間にか、第三王子の中にあった義務は、信念へと移り変わった。
ヨルムンガンドが惚れ込み、生涯付き合ってやろうと思う程度の信念へと。
●●●
強敵だ。
ジョンがバトルフィールドに入ってきた瞬間、トーマはその強さを確信した。
元々、優勝候補を倒した時の映像は見ていたから、強いことは理解していた。
だが、実際に対峙してみて、トーマははっきりとジョンの強さを感じた。
こいつは信念を持つ者であると。
テイマーしての強さよりも前に、ジョン個人の意思の強さに感服したのである。
「アゼル、シラサワ。今回は今までの戦いとは違う――死闘になる。最初から出し惜しみはするな、全力で行け」
故に、トーマは試合が始まる前、警告として仲間たちに声をかける。
生憎、気配だけで以心伝心を済ませるには、まだまだテイマーとして未熟なのだ。
「無論、当然だ。あれほどの強者どもが相手なのだ。こちらも死力を尽くさねば無作法というものだろう」
トーマの警告に、アゼルは好戦的な笑みで答えた。
ジョンの戦いぶりを――ヨルムンガンドという強敵の出現を目撃した瞬間から、アゼルは楽しみでたまらないと言った表情だった。
「戦闘は得意じゃないから、フォローよろしくねー?」
一方、アゼルとは対照的に、シラサワの態度は冷静沈着。
あるいは、ドライとも取れる様子だ。
これは、シラサワが戦闘よりも実験や研究に興味を示すタイプの魔物であるが故に、仕方がないことだ。強敵との戦いで胸を躍らせるのは、研究者ではなく戦士たちなのだから。
『…………』
そして、トーマと対峙するジョンは何も言わない。
今はまだ何も言うべきではないからこそ、何も言わない。
ただ、静かに始まりの時を待つ。
『これより、トーマ・アオギリとジョン・ドゥの試合を始める!』
バトルフィールドの外側から告げられる、審判のアナウンス。
その開始を待ち望んでいたとばかりに、アゼルは動き出して。
『今回は最初から全力だ――――好きに動け、僕の仲間たち』
三体の魔物がアゼルの前に立ち塞がった。
「きゃはっ!」
一体は緑髪の少女、ヨルムンガンド。
紛れもない、S級最上位の魔物。
『…………』
一体は無色透明の騎士。
影も形も見せない、S級相当のステルス性能の魔物。
『ぼ、ぼぼぼくたち、わたしたち! おしごと! じかん!!』
一体は不定形の黒い泥。
今まで戦わずに居たため、戦闘能力は不明。
――――ぞろろろろろろろろっ!!!
だが、急速に分裂を始め、バトルフィールド中に自身の複製を配置し始めたため、アゼルは確信した。
この黒い泥もまた、S級に相当する魔物であると。
「はっ、なんだ、今日は最高か?」
アゼルが笑みを深める。
つまりは、こういうことだ。
B級トーナメント第四回戦。
準決勝でも決勝でもない試合で、使役する魔物三体全てがS級という、明らかに等級以上のテイマーが現れたのだ。
「ああ、やっぱりか――――俺たちが大分不利だな、これは」
そう、トーマに敗北のイメージを抱かせるほどの強敵が。




