第64話 ダークホース
フォルテ・ストレンジャーはよく勘違いされるが、十五歳の少年だ。
筋骨隆々。背丈は二メートル近く。黒髪短髪に、妙に迫力のあるサングラス。
口元は常にぎゅっと結ばれており、試合中もその仏頂面が揺らぐことは無い。
こんな、如何にも『堅気の人間ではありません』みたいな姿をしておいて、中身は普通の少年である。
好物はカレーライス。
それも、神人が遺した辛口レシピのものよりも、甘めのものが大好きだ。
女性の好みは単純。
おっぱいがでかい人が好きだ。
色々と細かい好みはあるものの、とりあえず、おっぱいが大きければ満足。
フォルテ・ストレンジャーという少年の中身は、こんなものである。
いかつい外見とは裏腹に、健全極まりない普通の少年なのだ。
ただし、常勝不敗と異名される実力は本物だ。
魔物とは十体以上契約しているが、その中でもよく試合に出すのは三体の精鋭である。
一体は、飛竜。
緑色の鱗と、蝙蝠と似た構造の、けれども遥かに雄々しく巨大な翼を持つ竜。
魔物としての等級はA級であり、上空からのドラゴンブレスを得意とする。
一体は、デュラハン。
首の無いアンデッドであり、身に纏う騎士鎧は白銀に輝く美しい物。
魔物としての等級はB級であり、主に飛竜に騎乗して戦うドラゴンライダーだ。
一体は、魔剣。
フォルテが高難易度ダンジョンで手に入れた、『意思を持つ魔剣』であり、その能力は空間へと自在に干渉するもの。
単なる斬撃の範囲を拡大したり、空間そのものを切り裂いたり、空間転移すら可能となる。
魔物としての等級は、文句なしのS級だ。
この三体が組み合わさり、強力なるドラゴンライダーを生み出すのが、フォルテの常套手段である。
空から降る火炎。
機敏な飛行で制空権を取る飛竜。
巧みな騎乗技術。
飛竜を乗りこなし、ドラゴンライダーとして卓越した技術を持つデュラハン。
距離を無視した空間斬撃。
自動で相手の攻撃を切り捨てる、意思を持つ魔剣。
これら三体の魔物が、一心同体のドラゴンライダーとして連携するのだ。
並大抵の相手では、反撃することすらできずに蹂躙されるだろう。
家庭と学校の事情で中々B級トーナメントに参加できなかったフォルテだが、既にその実力はA級相当――否、A級以上。
まさしく、フォルテは優勝候補に実力の持ち主だった。
『フォルテ・ストレンジャー』
問題は、そんなフォルテをして、倒せない相手が居ること。
『君には悪いが、僕にも事情がある』
それも、勝負が拮抗しているわけでもなく。
『倒させてもらうよ、優勝候補』
圧倒的な力により、敗北しかかっているのが問題だった。
●●●
フォルテの対戦相手、ジョン・ドゥは明らかに怪しい風体だった。
すっぽりと全身を覆う、襤褸切れのような薄黄色のローブ。
顔面には包帯。何か顔に不都合なことがあるのか、顔の造形がわからぬよう、幾重にもぐるぐると巻かれ、目、鼻、口、耳などといった感覚器官以外は白く覆われている。
声は常にノイズが入ったようにひび割れており、何かしらの偽装魔術を駆けているのは明白だった。
しかし、この如何にも怪しい風体のテイマーであるが、B級トーナメントに参加できたということはつまり、相応の実績はあるということ。
ジョンの対戦相手となった者たちは、ジョンの風体を怪しみつつも、倒す相手には変わりないと、深く追求することなく試合を開始した。
そして、その対戦相手全てが、何もわからぬまま、一分間の内に敗北していた。
三体全ての魔物を倒されて。
当然、試合が開始される前、フォルテはジョンのことを警戒していた。
風体のことではない。
何をやったかわからぬ内に、相手を仕留める謎の攻撃方法。
それを警戒し、対抗手段を頭の中で幾つか考えていたのである。
『残念だが、君は強すぎる』
だが、試合開始直後、フォルテの考えた対策は無駄になった。
何故ならば、ジョンがバトルフィールドに出した三体の内の一体。
正体不明にして不可視の魔物ではなく。
不定形の黒い泥のような魔物でもなく。
一見、無害そうに見える緑色の髪を持つ少女型の魔物が、小さく宣言したのだ。
「真体解放」
即ち、最初から本気を出すと。
「――――っ!!」
少女型の魔物の真体は、どこまでも巨大な蛇だった。
緑色の鱗を持つ長大な胴体が、瞬く間にバトルフィールドを埋め尽くして。
その蛇の頭部は、ビル一つを丸々飲み込むほど巨大だ。
「馬鹿な」
神話の怪物の如き――否、その通りの、神話の怪物の出現に、フォルテは驚愕を口にした。
ヨルムンガンド。
世界を食らう蛇。
未開拓地の深部にしか存在しないはずの、S級の中でも最上位。
創生神話から生き続ける魔物を目の前にしたのだ。
驚愕で踏みとどまり、戦意を保てるだけフォルテは優秀極まりないテイマーだ。
『暴れろ、ムーコ』
それでも、ジョンの言葉よりも先に行動することは出来なかった。
行動できたのは、大地震が如きヨルムンガンドの大暴れが発生した後。
「高く、高く、飛べ!」
一瞬にして崩壊するバトルフィールドから飛び立ち、三位一体のドラゴンライダーは神話の怪物に立ち向かう。
『きゃはははは!』
体をでたらめに動かす、というだけの単純動作で、一撃必殺の攻撃をばら撒くヨルムンガンドへ、意志ある魔剣を振るう。
「的はでかい! 何をしても当たる! 思いっきりやれ!」
叫ぶフォルテの命令に、ドラゴンライダーは正しく応じた。
意志ある魔剣の空間断絶。
それを最大範囲にまで広げて、ヨルムンガンドへと放ったのである。
『ムーコ、咆哮しろ』
『きゃはっ! がおぉおおおおおおおおっ!!!』
だが、その斬撃はかき消された。
膨大な魔力を込められた音の奔流が、空間すら断ち切るはずの斬撃をかき消したのだ。
もはや、完全に物理法則を超越し、声によって世界の改変を可能とするレベルの魔術である。
『追撃、世界食らい』
『きゃははははっ! がーぶっ!!!』
次いで、ヨルムンガンド――ムーコが大きく口を開けて、ばくんと何かを食らうように口を閉じる。
それだけの行動で、びしりとバトルフィールドが、世界が歪み、無理やり引き延ばされたゴムのように破裂した。空間ではなく、世界そのものが破裂して、大地がひび割れるほどの衝撃波が生じたのだ。
「無茶苦茶だ!」
叫ぶフォルテの言葉は正論だ。
こんなのは無茶苦茶だ。
B級トーナメントであるはずなのに、いつの間にか神話の再現がされていたのだから。
『油断するな、ムーコ。まだ動いている。手を緩めないように』
『あーい! 私、手はないけどね!!』
その上、ジョンは油断しない。
ヨルムンガンドという規格外の魔物を使役しながら、慢心も浮つきも、余裕すらない。
圧倒的に勝っているはずなのに、張り詰めた糸のようにぴりぴりとした雰囲気で、鷹の目の如く、辛うじて生き残ったドラゴンライダーの居場所を見抜く。
「一体、何の冗談だ?」
大きなダメージを負ったドラゴンライダーはそれでも、勝利のために足掻いて。
ヨルムンガンドは、その足掻きを踏みつぶすように長大な肉体を動かす。
――――その上、まだ相手は二体の魔物を残しているのだ。
フォルテは引きつった笑みを浮かべて、心の中で敗北を認めた。
「まぁ、冗談でもなんでもいいか」
敗北を認めたが故に、フォルテの瞳に戦意が再び灯る。
「どうせ負けるのなら、相手の度肝を抜いてから、だ。皆、可能な限り粘って意地を見せよう」
常勝不敗は、圧倒的で冷徹な戦いを為す、正体不明の相手へ闘志を滾らせた。
ただでは負けてやるもんか、と。
●●●
フォルテは粘った。
絶体絶命の窮地から粘り続けて、そして敗北した。
ジョンの残る手持ち、二体の内、一体の正体を明かして。
『予想外の粘りだった……だけど、これは喜ばしい予想外だ』
B級トーナメント参加者に割り当てられる控室。
その中で、ジョンはぶつぶつと独り言を呟いていた。
『今回は駄目でも、直ぐにあのテイマーはB級に昇格するだろう。そうなれば、開拓事業もより一層進むというものだ』
周囲には誰の気配もない。
ただ一人、ジョンが独り言を呟いているだけ。
『そうは思わないか? お前たちも』
「――――ごもっともです」
しかし、独り言のはずの呟きは拾われる。
それだけでなく、いつの間にか、誰も居なかったはずの控室に、三人の人影が現れた。
三人、誰もが頭からすっぽりと黒衣を身に付けており、辛うじて体格だけで三人とも男性だとわかる。それ以外の情報はまるでわからない。それだけではなく、眼前に居るはずなのに、少し目を逸らせば消えてしまうと疑ってしまうほど、その三人は存在感が希薄だった。
「優秀なテイマーの確保は、開拓事業の急務かと」
『ああ、未開拓地を切り拓くには人数が足りな過ぎる。少しでも優秀なテイマーが必要だ。だが、今回は僕の所為で未来あるテイマーの邪魔をしてしまった』
「仕方なきことです。『王子』の懸念は、国家の行く末に関係しているのですから」
『わかっている。わかっているさ』
ジョンは深々と息を吐き出し、自らの覚悟を決めるに言う。
『トーマ・アオギリの調査は、急務であると』
今現在、ジョンが為すべき、『王族としての責務』を。




