第63話 圧倒的で冷徹
『はっはー! 吹き飛んでしまえー!』
白亜の巨人が腕を振るう。
それだけで豪風が巻き起こり、平原の地面がめくりあげられる。
ただ、巨大なだけではなく、それに見合った出力を持つ白亜の巨人。
その拳は今、グレンという火竜に向けて放たれていた。
「受けるな、グレン! 避けてからドラゴンブレス!」
『グルゥ!』
その巨大なる暴威をグレンは受け止めない。
自身も全長五メートルを越す巨体であるが、そうとは思わせぬほど機敏な動きで巨人の拳を回避。カウンターのように、ドラゴンブレスを放つ。骨すら溶かす灼熱を放つ。
『エネルギー供給感謝ぁ!』
しかし、そのドラゴンブレスは白亜の巨人に易々と受け止められた。
耐性があるが故の防御ではない。
ドラゴンブレスそのものを吸収し、自身を動かすエネルギーへと変換する。
そういう類の力場が白亜の巨人を覆っており、グレンのドラゴンブレスはそれに飲み込まれたのだ。
『んっんー♪ エコロジー! 実にエコロジー! 相手の力で兵器を動かし、相手を倒す! 実にエコロジーな兵器だよ! これは今世紀最大の発明かもしれないね!』
白亜の巨人の内側から響く声は、戦闘中であるにも関わらず、呑気そのもの。
だが、それを咎められるような力をユウキたちは持ち合わせていなかった。
『じゃあ、お返しだ――――空間破壊撃』
そして、そんな余裕も無かった。
――――ガシャン!
白亜の巨人が両腕を振るう度、バトルフィールドの空間が破壊されていく。
破壊の痕は、バトルフィールドの修正機能で治るものの、空間ごと相手を破壊するような攻撃、まともに受けたら一撃でアウトだ。
「攻撃が通じない上に、あっちの攻撃は一撃必殺とか! 理不尽が過ぎるだろうが!」
白亜の巨人の暴威に、ユウキは思わず泣き言を叫ぶ。
今までも逆境に陥ることはあったが、今回のは群を抜いて逆境極まりない状況だ。
圧倒的で冷徹。
白亜の巨人は一切合切の容赦は無く、実験の如くグレンを弄ぶ。
もっとも、実験の対象はグレンではなく、あくまで自身の性能そのもの。
従って、劣勢極まりない状況でも『生かされている』のは、相手の都合に過ぎない。
本気で倒しに来られたら、その瞬間が敗北となる。
「……っ! 考えろ、考えろよ、俺っ!」
グレンが必死に白亜の巨人と鎬を削り合う中、ユウキは思考を回す。
相手にはこちらの攻撃は通じない。
攻撃を吸い取るような力場がある。
しかも、その力場が無くとも白亜の巨人は頑強そうに見える。
その上、白亜の巨人の攻撃は強力無比。
全てが空間を破壊する攻撃ではないにせよ、一撃必殺が通常攻撃のノリで続けられては、グレンもいつまでも持たない。
まさしく絶体絶命。
まさしく逆境。
「――――そうか」
つまりは、逆境勇者が本領を発揮する時である。
「答えはもう! 相手によって示されていた! 行け、グレン! 全力攻撃だ!!」
『グルゥオ!』
ユウキの指示に従い、グレンは何の疑いも無く全力でドラゴンブレスを放つ。
『はっはー! 馬鹿の一つ覚えかなぁ!?』
しかし当然、グレンの炎は白亜の巨人に吸収されてしまう。
『言っておくけどぉ! 攻撃を吸収させ過ぎてのオーバーフローを狙うのは悪手だよぉ? 私の兵器に欠陥は無い! その程度ならまだまだ吸収できるし、出来なくなっても吸収するたびに消費すれば問題ない!』
巨人の内側から響く声、シラサワの説明は真実だ。
このままグレンがどれだけドラゴンブレスを吐いたとしても、白亜の巨人には届かない。
そう、このまま、だったのならば。
「『お手本』は何度も見た! だから、グレン――――空間を燃やせぇえええっ!!」
『グォオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
グレンのドラゴンブレスが変質する。
単なる灼熱ではなく、空間すら焼く炎のブレスとして覚醒する。
『なんと! これは――――』
「相手の防御も! 仕掛けも! 何もかもを焼き尽くせぇ!!」
驚愕のシラサワの声に意図せず被せるように、ユウキが吠える。
体中の魔力を振り絞り、グレンを強化する。
『グォオオオオオオオオオォッ!!!』
グレンが吐き出したドラゴンブレスは、白亜の巨人が展開した吸収力場を焼く。
白亜の装甲も焼く。
巨人全てを薪のように煌々と焼き尽くす。
吸収も、耐性も無意味。
何故ならば、これは空間を焼き尽くす一撃なのだから。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇっ……見たか」
そして、白亜の巨人は焼き尽くされた。
全てが灰の如く散り積もり、頑強な姿は欠片も残っていない。
「残りは、後一体!」
『グルゥ!』
全身全霊を尽くして満身創痍のユウキとグレン。
されど、その瞳からは戦意が尽きていない。
本気でこの後、アゼルも倒して勝利しようとしている。
「悪くない目だ」
逆境を覆す、勇ましき目。
トーマはそれを笑みで受け入れる。称賛する。
それでこそ、だと好戦的な笑みでユウキの闘志に応えて。
「だが、視野が狭い」
次の瞬間、何もない空間から伸びた骨の槍が、グレンの心臓を貫いた。
「…………えっ?」
『ガ、ア?』
テイマーであるユウキ、当事者であるグレン。
そのどちらも反応できない一撃。
それを為した主は、ザザザとノイズ音を立てながら姿を現す。
捻じ曲げた空間の中から、無傷の体を悠々と見せつける。
「実験は成功だよ。どうやら、人間も魔物も大して変わらない――大きくて強い物に注意を奪われて、こんな簡単なトリックにも気づかない」
シラサワは無邪気な笑みと共に、仕掛けた罠の一つを明かす。
「巨人の内側から声が響いていたから、まとめて倒したと思ったのかなー? ざぁんねん! 声なんて、ちょっと工夫すれば、どこからでも出せちゃうんだなー!」
ミスディレクション。
白亜の巨人そのものが囮。
そのまま、囮の性能で押し潰せればそれでよし。
白亜の巨人が倒されたのならば、意識的な死角を利用して奇襲を仕掛ける。
そして今、シラサワの策略――否、トーマが仕込んだ策は成った。
「悪いが、逆境勇者。お前みたいな奴の相手は経験しているんだ」
呆然とするユウキへ、トーマは静かに語る。
「逆境に陥った時、理不尽な力に晒された時、恐ろしいほどの力を発揮して劣勢を覆す。その手の相手は良く知っているんだ」
テイマーとしてではなく、ウィザードとして過去に戦った経験を元に、語っている。
「その崩し方も。場の流れも断ち切り方も」
この戦いの勝因を。
圧倒的なまでに冷徹な戦いを見せつけた理由を。
「…………くそっ!」
ユウキは倒れ行くグレンの姿を確認し、悔しさのあまり悪態を吐く。
けれども、たとえ視界が涙で滲もうとも、きちんと顔を上げてトーマの顔を見る。
勝者の顔をきちんと見据える。
「俺の、負けだ!」
「ああ、そして俺の勝ちだ」
かくして、逆境勇者は敗れ去った。
逆転する余地もないほど、圧倒的な格の差を思い知って。
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ユウキに勝利した後、トーマは心底安堵していた。
逆境を覆し、理不尽を薙ぎ払い、逆転によって相手の命脈を断ち切る。
この手の相手は本当に厄介なのだと、数多の戦闘経験によって知っていたのだ。
そう、わが身のように知っているのだ。
あの場で流れを断ち切らなければ、アゼルすらも食らう勢いと成長を見せたのだろうと。
「テイマーにも居るもんだな、ああいう相手……だが、勝ったのは俺たちだ」
トーマは対戦相手への敬意と脅威を頭の中で断ち切り、次なる戦いへと思考を向ける。
「次はいよいよか」
四回戦の相手はまだ発表されていない。
次の三回戦で勝ち進んだ方と戦うのだ。
だが、参加者たちの中では決まっているようなものだった。
何故ならば、次の三回戦の相手、その片割れは。
「『常勝不敗』か。ああ、楽しみだな……どれだけ強いんだろうな?」
フォルテ・ストレンジャー。
このB級トーナメントに於ける、優勝候補だったのだから。
「…………は?」
トーマでさえ、その戦いを直接見るまでは、当然のように勝ち進むと思っていたのである。
そう、その『冷徹なほどに圧倒的な戦い』を見るまでは。




