第62話 逆境に熱血
ユウキ・クサナギは自らの異名があまり好きではなかった。
勇者は良い。
勇ましき者。
そう呼ばれることはユウキにとって、誇らしいものだ。
もう、子供の頃のいじめられっ子だった自分ではない。海藻みたいな色の髪は金色に染めて、憧れの歌手のようにツンツンに立てたし。ファッションだって、都会のものを勉強した。
今はもう、誰からも『情けない奴』なんて言われない。
それは良いのだ。
ただ、癪に障るのは逆境の方である。
勇者だけならば格好いいのに、その上に逆境が付くといつもピンチみたいだ。
などと、そんな不満を持っていたのである。
実際のところ、ギリギリの戦いが多く、そういう戦いほど人目を引くので、逆境勇者の異名はユウキにぴったりなのだが、それで本人が納得するとは限らない。
「次は勝つ。圧倒的に勝つ。そうすれば、いつか」
むしろ、この異名を返上するために奮起してしまうぐらいだ。
ユウキとしては、逆境に陥らずに格好よく勝つことに憧れているらしい。
「いつかはきっと、自分自身を認められるようになる」
胸の中にある理想の自分。
それを実現させるために、ユウキはテイマーとして戦っている。
故に、三回戦は逆境に陥ることなく、圧倒的に勝つ予定だ。
無論、相手を舐めているわけでは無い。B級トーナメントが実力者揃いの鬼の棲み処だということは理解している。その上でなお、圧倒するのだと覚悟を決めているのだ。
「さぁ、やってやるぜ! 覚悟しろ、俺の次の対戦相手ぇ!」
心の中の竈に薪をくべ、闘志の炎を燃え上がらせるユウキ。
そんなユウキに、周りの参加者たちは『なんか一人で熱血してる』と静かにドン引きしていた。どうやら、ユウキが理想の自分に辿り着くのはまだまだ先らしい。
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「くそっ、ルリぃ!」
三回戦。
ユウキは初っ端から逆境に陥っていた。
だが、それも無理はない。
相手は、美少女アイドルテイマーリリィを、実力派で知られるテイマーを下した相手。
「さぁ、どうした? これで終わりじゃないだろう?」
S級魔物を二体使役する、B級トーナメントの中でも別次元の強さを持つ、トーマ・アオギリなのだから。
「くそ……なんなんだ、あのスケルトン軍団は!?」
当初の予定とは異なり、いきなり逆境に陥ってしまったユウキ。
その原因となっている無数のスケルトンに対して、急いで何かしらの対策を立てようとする。
「遅い」
しかし、その思考は鈍い。
ユウキの手持ちの中で、メインの盾役である宝石ゴーレムのルリは、既にスケルトンたちによって粉々に砕かれてしまっていた。
「ぜ、ゼッカ! あいつらを縛りあげるんだ!」
メイン盾の喪失に動揺しつつも、ユウキは次の指示を出す。
ドライアドのゼッカ。
無数の蔦の触手を操り、相手の行動を束縛することを得意とする妨害役。
「ぬるい」
けれども、その妨害は通じない。
スケルトンたちにプログラムされた英雄の技能が、蔦の触手を切り払う。
加えて、いくら無数でも、スケルトンはほぼ無尽蔵。
何体かを拘束できても、直ぐに代わりが補充され、蔦による拘束を切られてしまう。
「ああっ、ゼッカ!」
そして、大した時間もかからずに、ドライアド――乙女の形をした花は、切り裂かれた。
一切容赦の無い、スケルトンたちによる斬撃によって。
「…………っ!」
これで、ユウキの下に残った戦闘可能な仲間は一体のみ。
『ギュゥウウ……』
それも、心配そうに鳴く空飛ぶ蜥蜴のようなベビードラゴンだけだ。
到底、勝機があるように見えない。
「ああ、くそ……結局、これかよ」
戦いの中、僅かに許された間隙の中、ユウキは自虐するように呟く。
「また、『逆境』かよ! ええい、上等だぁ!!」
だが、そこに諦めの感情は込められていない。
何故ならば、逆境勇者は追い詰められてからが本番であるが故に。
「いくぞ、グレン!」
燃え上げるユウキの闘志に呼応するように、ベビードラゴンが煌々と輝いて。
『グルゥルルルル』
次の瞬間、全長五メートルを越すドラゴンへと変貌を遂げていた。
「ほう、中々に良い火竜だ。元々の格もそれなりに高いのだろう」
その名の通り、紅蓮の鱗を持つドラゴンを、ドラゴンの祖であるアゼルが称賛する。
それほどまでに、その変貌は劇的にグレンの力を増大させていた。
「ルリ、ゼッカ! お前たちの残した物を使わせてもらうぜ!」
そして、トーマは気づく。
いつの間にか、先ほど倒した宝石ゴーレム、その破片が光り輝いていることを。
同じく、倒していたドライアド、その周囲に薄黄色の花粉が付着していることを。
――――どぉおおおおおんっ!!!
グレンのドラゴンブレスに呼応し、その二つの要素が混じって、大爆発が起こった。
宝石ゴーレムの破片には、グレンのブレスの威力を上げるための媒体が。
ドライアドの花粉には、爆薬のような起爆性が。
倒されることに意味がある。
そういうコンセプトの仲間たちでもあることを、トーマは大爆発の中、今更ながらに気づいていた。
「ははっ、なるほど! そういうのもあるのか!」
「ああ! あるんだよ、これが!!」
新たなる戦術の発見に喜ぶトーマに、必死な顔のユウキが応える。
最後に残った仲間、グレンへと最大限の魔力を供給させながら。
「【廻れ、炎よ! 我が竜の糧と成れ!】」
詠唱は爆炎を糧として、グレンを強化するもの。
『グルォオオオッ!』
グレンは咆哮と共に、煌々と輝く炎の塊を吐き出す。
目標はスケルトンたちではない。スケルトンたちは先ほどの大爆発で既に吹き飛んだ。
「んにょ?」
故に、ドラゴンブレスが狙う相手は、シラサワ。白衣のリッチー。スケルトンをいくらでも供給可能な厄介な存在。
「まずは一体、片づけさせてもらう!」
グレンのドラゴンブレスは、シラサワに直撃した。
火力だけならばA級上位……否、S級にさえ及ぶほどのドラゴンブレス。
アゼルでも竜鱗のいくつかが焦がされるだろう一撃。
それを受けて、貧弱で防御力も無いリッチーのシラサワが耐えられるわけもない。
「あーあ、戦闘は得意じゃないんだけどねー」
だが、それはもちろん、シラサワが何もしなければ、の話だ。
「だけど、まぁ、あれだよねー」
シラサワをドラゴンブレスから守るように、いつの間にか巨大なる骨の壁が出現していた。
「マスターはきちんと実験に付き合ってくれるし」
かしゃかしゃ、がしゃん。
骨はぶつかり合う音を響かせながら、シラサワを覆うように組みあがっていく。
「私もそろそろ契約を果たさないと」
しかし、それはいつもの蜘蛛の手足のようなパワードスーツではない。
いつものパワードスーツを構成する以上の骨が、シラサワの足元から湧き上がる。
「させるか! 何かをする間に片づけろ、グレン!」
『グルゥウッ!』
当然、強大なる魔術師の魔物であるリッチーに何かさせてはたまらないと、ユウキは妨害の指示を出す。
グレンのドラゴンブレスは、更に威力を増してシラサワへと襲い掛かった。
「あはははっ、どうも、エネルギー供給感謝だよぉー」
それでも、組みあがる骨の動きは止まらない。
むしろ、放たれたドラゴンブレスを吸収し、そのエネルギーが利用されている。
先ほどまでよりも格段に早く、骨はシラサワを覆って、やがて巨大な人型となった。
『完成、ギガンテスモード』
それは、全長十メートルを越す白亜の巨人だった。
骨で組み上げられたというのに、仕上がってしまえば骨の形すら見当たらない。
まるで滑らかな白い粘土で成形されたかの如く、その巨人は滑らかなる肉体を持っていた。
『さぁ、実験を始めようか!』
白亜の巨人の中から、無邪気なシラサワの声が響く。
「ああ、くそ……また逆境かよ」
グレンの前に立ち塞がった巨大なる障害に、思わずユウキは愚痴を漏らした。
しかし、その瞳は諦観を含んでいない。
「いくぞ、グレン! あのデカブツを倒して、俺達は先に進む!」
『グルゥオ!』
自らの相棒にして仲間のエースであるグレンと共に、ユウキは圧倒的な力へと挑む。
いつもの以上に過酷な逆境を、いつものように乗り越えて行くために。




