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第61話 左道と覇道

 リリィが、リリィというアイドル名を得る前、その少女は平凡だった。

 王国東部の、田舎とも都会とも言えない中途半端な街で生まれ育ち、アイドルという職業に憧れる、どこにでも居るような少女だった。

 パラディアム王国に於ける、アイドルの業界はブルーオーシャンだ。

 魔導機械の発展により、テレビやラジオと言ったメディアを促進させる媒体の出現。

 これにより、吟遊詩人的な数多の街を回りながらの営業ではなく、一か所に留まっての芸能活動が可能になったからである。

 その中でも、『歌手』ではなく『アイドル』という職業は、多くのことを求められるものだった。

 単に歌が出来ればいいというわけでもない。

 単にダンスが出来ればいいというわけでもない。

 単に顔が良ければいいというわけでもない。

 歌も、ダンスも、顔も、果てはトークスキルから普段の生活まで、一欠片の隙も無いものを求められた。

 故に、アイドルとして大成するものはほとんど、一種の超人となっていた。

 万能であり、私生活が仕事に浸食されても精神が揺るがない。

 むしろ、仕事こそが人生だと割り切ってしまうような狂気じみた覚悟。

 それを持つ者こそが、パラディアム王国でアイドルと呼ばれる者たちだ。


 ――――リリィは違っていた。


 熱意はある。覚悟もある。顔も悪くない。

 だが、それでも才能が無い。

 平凡な生まれで、凡庸な才能しか持ち合わせていないリリィでは、他のアイドルから客を奪うことは出来ないという理由で、数多の審査を落とされてしまったのである。


「私は諦めない。絶対に、私を落とした連中に、『見る目が無かった』って後悔させてやる」


 しかし、そんなことでリリィは挫けない。

 今、業界で台頭している万能型アイドルになれないのであれば、自身を別のアイドルとしてプロデュースするしかない。

 そう、何か一芸を磨いて、特化型アイドルとして人々の記憶に残るようにするのだ。

 圧倒的で絶対で、高尚なアイドルにならなくてもいい。

 むしろ、一芸以外は凡庸でも、親近感を覚えられるアイドルになればいい、と。

 だからこそ、リリィはテイマーとなった。

 アイドルなのに、テイマーとしても強い、というポジションを狙って。


 無論、最初から成功したわけでは無い。

 リリィの才能はあくまでも凡庸そのもの。テイマーとしての才能もさほど大したものではなかった。だが、その凡庸な才能を熱意と覚悟によって鍛え直し、足りない分は執念によって補うことにした。

 失敗して、失敗して、失敗して、失敗して――――それでも白鳥の如く、水面の上からは綺麗な笑みを保ちながら、リリィは美少女アイドルテイマーとしての実績作りに励んだ。

 すると、段々と最初は『自称アイドル』程度だったものが、段々とリリィを支援したいというものが現れ始めて、気付けばラジオで自分の番組を持てるようになるまで躍進している。

 そう、成り上がりは成功したのだ。

 けれども、リリィはこの程度で満足するような女ではない。

 秘めたる野望の熱は、この程度で冷めない。

 もっともっと、いずれは伝説的なアイドルとして君臨するため、リリィには更なる実績が必要なのだ。

 そのために、リリィには勝利が必要だった。

 自分に期待する者たちに応えられるような、揺るぎない勝利が。



●●●



「ユーちゃん! 分身!!」


 結局のところ、リリィの色仕掛けはまるで通じなかった。

 むしろ、逆効果だった。

 試合開始前から、トーマたちは『強い相手と戦えるぞ!』と楽しみにしており、最初から容赦なしの猛攻が飛んできたのだから。


「黒い女の子だけは攪乱し続けて! あの火力はまともにフリーには出来ない!」


 だが、それがリリィの諦める理由にはならない。

 所詮は策の一つが不発だったのみ。

 盤外戦術が失敗したのならば、後はやることは一つのみ。

 ――――互いの骨がぶつかり合うような、真正面からの実力行使だ。


「はっはぁ! いいぞ! 絶妙に位置を変え続けて、吾輩の範囲攻撃で薙ぎ払えない場所を選んで分身しているなぁ!?」


 愉快に笑うアゼルを釘付けにしているのは、多重猫のユーだ。

 幾重にも化けの皮を被った猫による、本物と見まがうほどの分身により、アゼルによる範囲攻撃を封じているのである。


「クロちゃん! 相手の骨は殴らずに、抱えるように拘束!」


 そして、残るシラサワもまた、黒煙鬼のクロによって封じられていた。

 筋骨隆々にして黒々とした肌の、身長三メートルを超える大鬼。

 それがシラサワのパワードスーツを抱きかけるようにして、動きを封じているのである。


「なるほどねー。耐性突破じゃなくて、出力の限界を押さえつける形にしたわけかー。だけどさー? 手数は無くなれば増やせばいいんだよ!」


 しかし、それでもなお、シラサワの眷属召喚は止められない。


『カカッ』

『カカカッ』


 バトルフィールドに、ずらりとスケルトンが立ち並ぶ。

 英雄級の技能を持った、特別性のスケルトンが。


「それは、もう見たぁ! コンちゃん!!」

『承知です、我が主』


 だが、特別性だろうがなんだろうが、元はスケルトン。

 D級からC級程度の魔物である。

 故に、『それ』は通る。


『彷徨える亡者よ、我が焔に導かれ、消え去るがいい!』


 狐耳と尻尾を持つ黄金色の髪の少女――妖狐のコンによる紅蓮の焔が、退魔の術が、スケルトンたちを根こそぎ焼き祓い、浄化していく。


「なるほど。確かにそいつは、スケルトンの弱点だ」


 リリィが為した、正攻法による攻略に、トーマは称賛するように笑みを浮かべた。

 いくら物量があろうとも、技能があろうとも、元はスケルトンでしかない。

 ならば、弱点は通じる。

 そう、対策を重ねれば、スケルトン軍団の突破も不可能ではないのだ。

 これは一回戦のニジィが見せた、盤面ごとスケルトンを砕くような力技とは異なり、対策さえあれば、誰にでもできるようなものだった。

 しかし、『誰にでもできるようなことを当然にこなせる』というのは、誰にでも出来ることではない。


「コンちゃん、続いて大技一つ!」

『承知ですとも!』


 リリィは凡庸だ。

 だが、決して手間を惜しまない。

 盤外戦術だろうが何だろうが、勝率を上げるための作戦を惜しまない。

 弱点を探り、対策を立てることを惜しまない。

 手間を惜しまず、揺るがない。

 努力なんて単語を使う暇などないほど、リリィは目的のために当然の如く積み上げる。

 何故ならば、それがリリィにとってのやりたいことだからだ。


「思いっきり、吹き飛ばして!」

『大紅蓮狐火ぃ!!』


 コンによる紅蓮の炎が、バトルフィールドを覆うように放たれる。


「ははっ、なるほど!」

「おっとぉ?」


 紅蓮の炎が直撃する瞬間、リリィの手持ち二体は素早く離脱した。

 多重猫のユーは、身代わりを残しての逃走。

 黒煙鬼のクロは、自身の体を煙に変えての消失。

 そして、二体のS級の虚を突く形で、限りなくベストな形で、コンの紅蓮の炎が直撃した。


「やって――ない! 皆、追撃準備!」


 だが、当然のようにリリィは油断しない。

 多少のダメージは与えられたとしても、絶対にあのS級二体が倒れるわけがないと確信して、更なる追撃の命令を下す。

 ユーには、分身全てを使った囮兼自爆戦法を。

 クロには、煙と実体の両方を自在に変えられる、黒煙鬼の本領を発揮させる接近戦を。

 コンには、引き続き大魔術による攻撃を。


「波に乗れている内に倒す!! 絶対に手を緩めないで!」


 リリィの戦術に隙は無く、間違いも無かった。



『は、ははははははっ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ、人間!!』



 故に、これはただ単に、リリィの想像を超えるほど相手が圧倒的だったというだけのことだ。


「…………あ、え?」


 リリィが思わず呆けるようにして、空を見上げたのも無理はない。

 何故ならばアゼルは、真体を解放したアゼルは、バトルフィールドの空を覆うほどに、長大な黒龍――【原初の黒】だったのだから。


『これは褒美である』


 アゼルのドラゴンブレスは、嵐の如く。

 雷と雨と暴風が入り交じった、自然の猛威そのものを放つ。


「――――っ!!?」


 多重の分身は吹き飛ばされた。

 煙の肉体は嵐に巻かれた。

 紅蓮の炎は大嵐に吹き消された。

 バトルフィールド全てに及ぶ、アゼルによるドラゴンブレス。

 それはリリィの手持ちを根こそぎ吹き飛ばして。


「ま、だ、だぁ! クロちゃん!!」


 それでもなお、リリィは食らいつく。

 嵐の中、散っていく煙の肉体を再構成したクロが、巨大なる黒龍へと逆襲を試みる。

 手を伸ばす。

 魔力を込める。

 その巨体を殴りつけんと、必死に近づく。


『見事だ。その執念に敬意を表する』


 そして、後僅かで手が届くといったところで、雷によってクロは焼き焦がされた。

 さながら、天へと近づく者を罰する神の怒りの如く。

 一瞬でリリィたちの執念を切って捨てたのだった。


「…………ああ、ちくしょう」


 アゼルの嵐が届かぬ、バトルフィールドによって保護された空間の中。

 雨ではない液体が頬を伝い、震える拳を隠さずに、リリィは悔しさを吐き出した。


「強かったぜ、リリィ。間違っても、お前は無様じゃなかった」


 嵐の中だというのに、対戦相手であるトーマの言葉はよく通っていて、だからこそ余計にリリィの悔しさは増す。

 だが、無様ではないと言ってくれたのだからと、リリィは最後に激情を押し殺して笑顔を作った。


「三回戦進出、おめでとう♪ 負けたらぶん殴っちゃうからね?」

「そりゃどうも。負けるつもりは皆無だが、負けられない理由が増える分には歓迎だ」


 虚勢を張るリリィの笑みと、勝ち誇るようなトーマの笑み。

 不思議なことに、この二つの笑みは良く似通っていた。

 どちらも、生粋の負けず嫌い同士の笑みだった。

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