第60話 卑怯上等
美少女アイドルテイマーリリィは、自身の外見に自信を持っている。
燃えるような赤髪のセミロング。
サファイアの如き煌めく瞳。
念入りにスキンケアを繰り返した、もちもちの肌。
可愛らしくも他者をどこか見下したような、小悪魔系の美貌。
身に纏う衣装は、大舞台であるため、私服ではなく、美少女アイドルテイマーリリィとしてのもの。可愛らしさを前面に押し出した、小悪魔風のバチバチに男受けを狙いに行った衣装である。
故に、リリィは自他共に認める美少女だ。
そうでなければ、美少女アイドルテイマーなんて異名は付かない。
「あれー? 君は私の二回戦の相手だよねー?」
そんなリリィには得意とする戦法がある。
「ねぇねぇ、良ければさぁー? 次の試合が始まるまで、一緒に居ない? 実はさ、興味あるんだ、君のこと」
それは番外戦術である。
またの名を色仕掛けとも言う。
自身の美貌を生かしに生かして、対戦前に相手と接触。
同性ならば、持ち前のコミュニケーション能力を生かして、情報収集。
異性ならば、情報収集しながらバリバリに色香で惑わすのが鉄板のスタイルだ。
「ん、まぁ、別にいいけど?」
「わぁい、ありがとー。あ、私はリリィ! アイドル兼テイマーなの!」
そして、今回の対戦相手は異性だった。
番外戦術が効きやすい相手だった。
従って、リリィは早速、手玉に取るための言葉を紡いでいく。
「君ってさ、強いんだね? 見てたよ、一回戦。あの虫使いを相手に、きっちりと完勝するなんて、並大抵のテイマーが出来ることじゃない」
言葉を紡ぎつつも、リリィは相手を観察する。
今回の対戦相手は、恐らくリリィよりも年下の男子……二つ下ぐらいの十四歳だろうか?
顔に付いた傷跡が『歴戦の戦士』感を出しているものの、顔立ちそのものは平凡なもの。
カリスマ性とかは感じられない。
ただ、平凡な顔とは異なり、その体つきは異常の一言。
一切無駄な脂肪の無い、引き締まった肉体。体内に秘められた膨大なる魔力。
リリィには、目の前の男子がまるで、人型の上級魔物のようにも感じられた。
「――――っ。君、何者?」
故に、リリィは色仕掛けモードから気を引き締めた。
軽々しく踏み込むには、あまりにもリスクが多すぎると判断したのである。
「何者って言われてもね? 御覧の通り、君と同じくB級トーナメントに挑戦中のテイマーだよ。今は、とりあえず、それだけ理解してもらえればいい」
「…………なーるほど」
肩を竦める顔傷男子に、リリィは『食えない奴』だと判断を下す。
それだけの魔力を持っているのならば、普通はテイマーではなくウィザードか、あるいは騎士を目指すのが王国におけるテンプレートだ。
自身が強い人間というのは大抵、魔物を使役するよりも自分が戦いたがる傾向にある。
だからこそ、リリィは不可解に思う。
一体、どうしてこの顔傷男子は、今こうして、テイマーなんてやっているのだろうか? と。
――――いや、それは私も同じか。
リリィが抱いた疑問は、口にする前に自問自答により消え去った。
アイドルをやりながら、テイマーもやっているリリィに人のことを言える義理は無い。
テイマーが本命なのか、本命のためにテイマーをやっているのかは不明であるが、顔傷男子も何かしらの目的を持っているだろうことは分かる。
テイマーをやる理由なんて人それぞれだ。
強い人間には、強い人間なりの理由があるのだろう、などとリリィは一人で納得する。
「じゃあ、同じ参加者としてずばり訊ねるね?」
そして、強い人間が相手ならば、容赦は無用だ。
「君はこの大会、どこまで行くことが目標?」
「無論、優勝だ」
断言した顔傷男子に内心舌を巻きつつ、リリィは言葉を続ける。
「凄いね、即答だ。私はとてもじゃないけど、そんな自信ないよー。だって、一回戦だってギリギリの勝利だったし!」
「そうなの?」
「そうだったの! あー、もう! せめて、アイドルとして恥じない戦いをしないと!」
「アイドルとして恥じない戦い?」
なんだ、そのよくわからない言葉は? と言わんばかりの顔傷男子にリリィは説明する。
「私は歌手や吟遊詩人みたいに、歌が凄く上手いってわけでもないの。ダンスも下手くそだし。ただ、可愛いだけ。でも、アイドルの中には可愛いだけの女のなんてたくさん居るの」
「そうなのか」
「そうなの! そんな私がアイドルとして羽ばたくのなら、テイマー兼アイドルって付加価値がないといけないの! そこそこに歌って踊れる、でもテイマーとして強いアイドル! そういう売り方なの、私は。だから、評判を落とすような戦い方は出来ないんだよねー?」
説明しながら、蠱惑的な笑みを顔傷男子へと向ける。
ここで肝心なのは、あくまでも『愚痴程度』に留めることだ。
八百長を頼み込んだり、言外に手加減してほしい、なんて思わせぶりな態度を取らないことだ。仮に、そんなことをして勝利したとしても、後々の禍根になってしまう。
「人気が下がるような、無様な戦いだけはしないようにしないと!」
「でも、B級トーナメントには観客が居るわけでもないだろ? 参加者だけだ」
「そうだけど! でも、参加者は見ているじゃん!」
「へぇ、意識高いな、リリィは」
「そうそう、意識高い系アイドルなのです、私は」
故に、仕込むのはほんの『引っ掛かり』程度。
如何にも『頑張るアイドル』という印象を抱かせ、無意識化で『リリィというアイドルは無様な負け方をすると不利益を被る』という認識を受け付ける。
それが限界、否、それだけで十分。
色仕掛けの本領は、『相手が勝手に配慮してくれる』ということ。
自ら仕掛けて、何かの約束や情報を引きずり出そうとするのは二流以下だ。
一流の色仕掛けは、相手が勝手に動くように仕込むこと。
今回の場合、顔傷男子は油断ならない相手なので、情報収集ではなく無意識化に『配慮』を仕込むことだけに集中した。
踏み込むラインは間違えない。
強敵であるからこそ、細心の注意を払いながら仕掛けを準備して。
「でも、そんな心配は無用だろ。だって、お前は強いから」
「――――」
顔傷男子からの不意の言葉に、リリィは息を飲んだ。
想定外の言葉に、あまりにもあっさりと告げる言葉に、お前は一体何の根拠があってそんなことを言っているんだと言い返したくなってしまう。
「強い奴の目をしている」
だが、それよりも先に、顔傷男子は真っすぐとリリィへと自身の根拠を述べた。
「何が何でも勝利を目指す人間の目をしている。俺の経験上、そういう相手との戦いは面白くなるんだ」
「…………アイドルに言う台詞?」
「生憎、今の俺はテイマーとしてのリリィに言っているんでね」
辛うじて言葉を絞り出したリリィへ、顔傷男子はにやりと不敵に笑う。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺の名前はトーマ・アオギリ。B級テイマー兼S級ウィザードだ。試合では全力で挑ませてもらうから、よろしく頼む」
言うだけ言って、顔傷男子――トーマはひらひらと手を振ってその場から立ち去った。
後に残ったのは、憮然とした顔のリリィのみ。
「強くて凄い奴は、皆、敵だ」
やがて、たっぷりの敵意を込めた言葉を呟き、リリィは覚悟を決めた。
もちろん、あのいけ好かない男子をぎゃふんと言わせるための覚悟を。
「マスター! 吾輩、ああいう人間大好きだ! 開幕から真体解放してもいいか!?」
「駄目だ」
「マスター!」
「信じろ……あいつが、リリィが俺たちに全力を使わせる時が来ると」
「はっ! そういうことか! 挑戦を受ける側にも慎ましさが必要であると!」
「挑戦を受ける側? 馬鹿言え、俺たちはいつだって挑戦者だ」
「ふ、ふふふっ。マスター、貴様の仲間になって良かったと、今なら素直に言えるかもしれない。いや、もうちょっと好感度が溜まってないと無理」
「途中からすんって表情を消すな。お前の情緒どうなってんだよ?」
そして、トーマもまた、リリィと全力で戦うための覚悟を決めていた。
今回は――否、今回から、自重無しの全力で挑む覚悟を。




