第6話 特例中の特例
圧倒的だった。
その戦いは圧倒的だった。
「はははっ! どうした、どうしたぁ!? まだ吾輩はこの場から一歩も動いてはいないぞ!? さぁ、勇者の如く挑みかかってくるがいい!」
アゼルは呵々大笑しながら、対戦相手の魔物たちを蹂躙していた。
頑強な防御を誇る魔物には、それを上回る攻撃を。
物理攻撃の通じない魔物には、霊体を貫く雷を。
高速で動き回る魔物には、結界内全てに及ぶ風の刃を。
「ふむ? もう終わりか……つまらん。次だ、次の勇者たちよ、吾輩にせめて一矢でも報いて見せるがいい。そうでなければ、戦い甲斐が無い」
嵐を操る【原初の黒】であるアゼルにとって、交流戦は準備運動にもならないものだった。
【試練の塔】の最上階に居た時と比べて、アゼルは確実に弱くなっている。その半分程度の力しか発揮できていない。
加えて、人間への変化状態を維持している内は、そこからさらに六割ほど実力が制限されてしまうのだ。まさしく、制限に次ぐ制限。本来の実力とは比べ物にならないほど弱体化したアゼルの姿が、そこにはあった。
だが、それでも、テイマー科の新入生たち、その手持ちの魔物相手ならば蹂躙するのは難しくない。
何故ならば、アゼルはこの状態でも紛れもなくS級に位置する魔物。
魔物の脅威をランク付けする上で、テイマー協会が『規格外』という判断を下さざるを得ない魔物に付けられる等級の魔物だ。
テイマーの卵たちがどれだけ将来有望であろうとも、プロの第一線級ですらまともに戦うことは難しい魔物が相手なのだ。倒すのはもちろん、ダメージを与えるということすら困難極まりないだろう。
「……これがテイマーの戦い…………テイマーの戦い?」
一方、アゼルのテイマーであるトーマは釈然としない表情で、その蹂躙を眺めていた。
「俺、一度も指示していないんだけど、これがテイマーの戦い???」
その理由はもちろん、アゼルが強すぎるからだ。
投石戦術がナーフを受けたトーマは反省し、手持ちであるアゼルを戦わせることを選んだ。
一応、投石は一度限りならば可能であるし、やりようによってはその一度で相手の魔物を全滅させることも可能ではあるが、それでは空気が読めていないにもほどがあるので、その手段は封印している。
従って、トーマはテイマーらしくアゼルを戦わせて、その後ろから指示をするという王道スタイルに移行しようと思ったわけなのだが――アゼルが強すぎて、指示の必要がない。
指示を必要とする場面が無く、指示を必要としないほどアゼルは知能が高く、トーマが眺めているだけでも戦いは終わってしまうのだ。
「いや、でも強い魔物を手持ちにした時点で、それはテイマーとしての実力なわけだし」
あまりにも強すぎアゼルの戦いっぷりに、トーマは少々テイマーらしく動けないことの不満を感じたが、それもすぐに消え去る。
「まぁ、ランクが上がっていけば、テイマーらしく戦える日も来るだろ、うん」
この場はあくまでも交流戦。
単なる顔見せに過ぎない。
本番はこの交流戦が終わった後、テイマーとしての等級を上げるための戦いだ。
「だけど、この調子ならD級突破は結構簡単そう……いや、油断はしない。本気で挑もう。公式の時は、投石もばりばり使って戦おう」
トーマは手持ちのアゼルが相手を蹂躙する光景を眺めながら、思考ははるか先の未来を妄想していた。
そうしても問題ないほどに、この場に於けるトーマとアゼルの戦力は突出していた。
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「なんだ、あの化け物どもは?」
ヴォイドは、アゼルの蹂躙劇をドン引きしながら観戦していた。
「あの魔物、A級上位……いや、まさか、S級なのか? プロのライセンスを持っていない素人ばかりの交流戦に、なんであんな化け物が?」
学園に来るよりも前から、テイマーとしての勉強をしていたヴォイドだからこそ、アゼルの異常な強さを見抜いていた。
そんなアゼルを交流戦に出すという、大人げないどころではない所業についても。
「S級を使役できるぐらいのテイマーがどうして、この学園に? S級を使役できるだけで、優先的に等級を上げる大会への出場資格は得られるはず。それだけの力量を持ちながら、わざわざ素人たちの中に混ざる意味があるのか?」
ヴォイドは知っている。
本来、S級を使役できる時点で、テイマーとしては上澄みも上澄み。
その一点特化のみでも、十分以上にプロとしてやっていける実力があるのだと。
なのにどうして、どれだけの実力の持ち主が今、この場で交流戦に参加しているのか? 悪い冗談としか思えない。
「いや、それだけじゃない。あのテイマー、トーマ・アオギリ。あの尋常ではない投石の威力は、間違いなく英雄個体であるはず。テイマーが英雄個体で、魔物がS級。そんな豪華なセット、プロの世界でも片手の指の数よりも少ないぞ?」
ヴォイドは知っている。
魔物よりも脆弱な人間であるが、稀に英雄個体という特例が生まれることを。
歴史の中では、英雄や勇者などと呼ばれる、人間の領域を超えた力を持つ個体が存在することを。
少数ではあるが、その英雄個体がテイマーとして活躍し、圧倒的な能力により、A級やS級という等級を勝ち取っていることを。
「トーマ・アオギリ……お前は一体、何のためにこの学園に入ってきた?」
ヴォイドは知らない。
何やら陰謀論めいた思考を回しているヴォイドは知る由もない。
トーマがつい先日まで、低級の魔物一匹すらスカウトできない、テイマーとしての才能皆無な状態であったことも。
何やらどっしりと構えているように見えるトーマが、テイマーとしては初心者極まりないヒヨコ状態であることも。
「奴と関わるべきか、遠ざけるべきか」
ヴォイドは思考する。
自分の野望を見据えて、損得勘定を脳内で巡らせる。
ヴォイド自身のパーティーは決して弱くない。
トーマとのバトルでメンタルがへし折られかけたが、その後、普通の戦績は全戦全勝なので、ヴォイドはむしろ、新入生たちの中では突出して強い方だ。
このまま成長していけば、順当にテイマーとしての等級を上げられるだろう。
わざわざ、台風の目のような存在に関わる必要はない。
必要はない、だけれども、ここで引くのはなんとなく逃げた気分になってしまうので、ヴォイドは悩んでいるのだ。
「やほー、調子よさそうだね、ヴォイド」
そんなヴォイドへと声をかける者が一人。
「……本当にそう見えるのか? ナナ」
「ふっふーん。最初の一戦以外は全勝の癖に、その態度ってことは、やっぱりあいつのことを気にかけているなー?」
茶髪ポニーテイルの可愛らしい少女――先日、口喧嘩をしてしまった後、なんとなく仲直りして意気投合した相手、ナナが陽気な笑顔を浮かべている。
「ねぇ、ヴォイド。規格外のあいつが使っていた投石戦術は今、ナーフされているみたいだけど、次に戦ったら君はあいつに勝てる?」
「不可能だ。今の面子では、奴が有するあの魔物に勝てるイメージが湧かない」
「なるほど、なるほどぉ。じゃあ、次の機会があったら、戦う前から諦める?」
「…………何が言いたい?」
怪訝そうに尋ねるヴォイドへ、ナナは陽気な笑みで、あるいは、闘争心を隠し切れない笑みで言う。
「私は一矢報いたい。せめて一撃、あの余裕そうな面にぶち込んでやりたい」
「だから、何故、それを僕に――」
「一緒に作戦会議しない? 私は初めて戦うあのトーマ・アオギリに目にもの見せてやるために。貴方は、次に戦う時に少しでも勝率を上げるために」
「…………」
ヴォイドとナナの出会いは偶然だった。
しかも、出会い方が悪かったため、危うく問題が起こる寸前まで行った関係だ。
それでも、どうやらこの場に於いて、この二人だけがトーマが振るう理不尽に抗おうとしているようで。
「ふん、面白い。精々、僕の役に立てよ、田舎娘」
「もちろん。お互いに利用し合おうね、ボンボン野郎」
ヴォイドとナナは、まるで悪だくみでもするように笑みを交わし合った。