第59話 最初から強敵
シラサワが持つ能力、眷属召喚は本来、そこまで驚異的な能力ではない。
S級であるシラサワであっても、召喚可能なのはD級かC級程度のスケルトンのみ。
召喚数こそは無制限であるものの、範囲攻撃があれば十分に対応できる程度。
それ故に、他の眷属召喚の能力を持つ魔物は大抵、手数を補うか、肉の壁で時間稼ぎをするために使うことが多い。
しかし、シラサワが召喚するスケルトンは特別性だ。
何百年にも及ぶ研究成果の一端により、スケルトンたちはかつての英雄の如き動きをプログラムされている。
そのため、単なる雑兵でも一騎当千の如き動きをしてくるのだ。
しかも、その雑兵はいくらでも補充される。
戦う相手からすれば、悪夢そのものとも言える状況だった。
だが、それでも間違ってはいけない。
眷属召喚はあくまでも前座、時間稼ぎ的な能力に過ぎない。
「タツミ、下から食らってやれや」
故に、この通り――――一定以上の強敵相手だと突破されることもあるのだ。
「へぇ」
トーマは目の前の相手が為した光景を眺め、好戦的な笑みを浮べる。
相手がやったことは単純、地面の下から足場ごとスケルトンを噛み砕いただけ。
いかに英雄の動きをプログラムされたスケルトンとはいえ、その脆弱な体では、足元から崩してくるタイプの範囲攻撃は避けきれない。
「面白いな、流石B級トーナメント」
今までの常勝手段を失ってなお、トーマの口調から余裕が剥がれない。
シラサワ、アゼル。
二体のS級は依然として健在であるが故に。
むしろ、ようやく真っ当に戦える相手が出てきて、トーマの声には歓喜がにじんでいた。
「最初から強敵なんて、やりがいがあるぜ!」
吠えるように感動を叫んで、トーマは対戦相手と向かい合う。
第一回戦の対戦相手、虫使い、ニジィ・フーリティアと。
虫使い、ニジィ・フーリティアは二十代前半の青年だ。
極東の普段着である『着物』を纏い、口元に妖しげな笑みを浮かべる美青年だ。
「本日はよろしゅうお願いしますぅ」
試合開始の前は、深々とお辞儀をするぐらいの好青年だ。
事実、ニジィはテイマーの間でも品行方正で通っている。
如何にも『裏切りそうだな、こいつ』みたいな外見であるが、裏切らない。
そう、味方も期待も裏切らないテイマー、それが虫使いのニジィなのだ。
「眷属失のうても、まるで揺るぎが無い。まったく、難儀な相手や」
ニジィは細い目をさらに細めて、トーマと相対する。
眷属のスケルトンは排除したものの、それは相手の前座を片づけたのみ。
明らかに上級の気配を漂わせる、二体の魔物。
可憐な少女と、不健康な女性。
人型の魔物の外見に惑わされず、ニジィは全力で相手を倒しに行く。
「さぁて、まずはお目汚し失礼」
最初に動くのは手持ちの魔物ではない。
テイマーであるニジィ自身。
「【迷子よ、迷子。霧の中で、朽ち果てろ】」
物騒な詠唱と共に発動させるのは、霧の幻術だ。
単なる霧ではなく、包んだ相手の方向感覚を狂わせ、探査魔術を妨害するもの。
間違いなく、高位の幻術である。
「崩していくで、タツミィ!」
更に、ニジィは地下に蠢く魔物――『砂漠竜』のタツミに指示を出す。
それは足場の破壊の拡大。
スケルトンを飲み込んだ地面の崩壊をさらに広げて、足元から敵の魔物たちを狙っていく。
同時に、足場を失わせて、霧の中でまともに動けないようにする。
「ばら撒きや、ツクヨ!」
そこからさらに、ニジィは攻撃を重ねた。
『月光アゲハ』のツクヨは、アゲハ蝶の如く可憐に舞い、鱗粉を霧の中に混ぜ込む。
起爆性を持った鱗粉を。
――――どどどどぉーんっ!!
霧の中から、鱗粉が幾重にも起爆した音が響く。
『ガァアアアアオンッ!!』
崩壊した足場から、竜の如き甲殻類――タツミの牙が振るわれる。
「どうや!?」
霧による目くらまし。
足場の崩壊。
鱗粉による爆破。
デバフを重ね、相手がまともに動けなくなったところに大火力を叩き込む。
これは、ニジィの必勝パターンの一つだった。
「悪くはない。だが、吾輩たちを傷つけるには威力が足りんなぁ」
「ふぃー、危ない、危ない」
だが、霧を払う暴風と共に現れた、二体の魔物は健在。
黒衣の少女、アゼルは雷を纏いながら不遜に笑みを浮かべて。
白衣の女性、シラサワは骨でくみ上げられたパワードスーツを纏っていて。
「では、次はこちらの番だな?」
「んじゃあ、お返し」
S級二体の反撃が始まった。
「さぁ、吹き飛べ!」
アゼルが振るうは、暴風と雷。
猛獣の牙の如き暴風は、瞬く間にツクヨの翅を捕らえ、雷はその肉体を焼き焦がした。
「――――っ! フォロー!!」
メイン火力の喪失に、けれどもニジィは油断なく対応する。
もう一つの手持ち。
『弾丸トンボ』のレックウを動かし、アゼルの下へと放つ。
「ほーう、我が竜鱗に傷を付けるとは、良い練度だ」
あまりダメージは通らないが、それでも魔術は使わせないと弾丸の如き高速移動で、動きを封じようと試みる。
「なるほど、なるほど。砂漠竜とは言いつつも、竜では非ず。その本性はアリ地獄の如き虫が、巨大化したもの。巨大化の際、竜の形を取ったのは威嚇のためかなー? 多分、地竜とかの真似をしているんだねぇ」
『ガ、ガガガ……ッ!』
だが、その内にタツミはシラサワによって無力化させられていた。
地下から噛み砕こうと顔を出したところを、シラサワのパワードスーツに捕らえられ、全身の骨を砕かれてしまったのだ。
砂漠竜はスケルトンや人間、大型の魔物を易々と噛み砕く力はある。
それでも、S級魔物であるシラサワが作り上げたパワードスーツには及ばない。
素の状態でも、トーマの拳に耐えうる防御性能を持つパワードスーツは伊達ではない。
「これは、負けやね」
タツミを失った瞬間、ニジィは敗北を悟った。
レックウ一体だけでは、二体のS級をどうにかすることは奇跡が起こっても不可能だ。
「やけど、意地は見せたるわ! レックウ、僕の魔力をたっぷり食らえや!」
敗北を知りつつも、ニジィは戦いを止めない。
その笑みを崩さない。
最後の最後、全身全霊を込めた秘策を発動させる。
「テイマーからの魔力供給過多により、一時的な変異か……素晴らしいぞ」
本来、掌に乗るようなサイズの弾丸トンボの裂空は今、その肉を巨大化させていた。
翼は刀身の如く。
体は砲弾の如く。
漲る魔力は、A級にも及ぶほど。
「いてまえ!」
そして、レックウは放たれた。
アゼルに向かっての突撃。
魔力全てと、己の肉体を込めた捨て身の自爆戦法。
どうあがいても勝ち目は無く、単なる悪あがきに過ぎない一撃。
けれども、その一撃は魔力兵器の砲弾にも及ぶほどの威力を発揮して。
「その健闘を称えよう、強き者どもよ」
アゼルに、【原初の黒】の掌に血を流させるという偉業を成し遂げた。
そう、裂空の一撃は、確かにアゼルの受け止めた掌に傷を付けたのである。
それは間違いなく偉業だ。
「…………あぁ。あかんわ、強すぎる」
だが、偉業であっても勝利ではなく。
「僕の、僕らの負けや。完敗や」
ニジィは全身全霊を注ぎ込んたが故の、奇妙な爽快感と共に、自らの敗北を認めた。
トーマは成長していた。
ニジィとの試合中、魔物たちに何一つ指示を出さずにいたが、それこそが成長の証だった。
ニジィは強敵だが、S級二体に比べて戦力差は歴然。
トーマが介入せずとも、負ける要素は無い。
むしろ、下手に手を出せば、強敵との戦いに燃えるアゼルが拗ねてしまうだろう。
加えて、このB級トーナメントは全体を通しての情報戦でもある。
『自分も戦いたい』という欲望のままに動いて、下手に手札を晒すことが愚策であることを理解していたのだ。
「…………やっぱり、見ているな、何人か」
その証拠に、バトルフィールドの外。
スタジアムに中継される大型モニター越しに、トーマは何人かの警戒の意識を感じ取っていた。直接視線を介さずとも、トーマの感知能力はスタジアム全体に及んでいるが故に。
虫使いのニジィという強豪を倒したトーマを警戒する、まだ見ぬ強敵たちの気配を感じ取っていたのだ。
「ああ、本当に面白くなりそうだ」
初戦から強敵を撃破しつつも、トーマは一切油断をしない。
むしろ、七難八苦を望む武者の如く、これからの困難を歓迎していた。
そうでなくては、トップテイマーを目指す甲斐が無い、と。




