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第57話 夏季休暇終了

 アリス、と名付けられた幽霊少女は、特別な力を持っていた。

 それはいわゆる、『固有魔法』とも呼ばれる、魔術の中でも特異なもの。

 生まれつき、あるいは何かのきっかけで覚醒し、既存の魔素の法則とは異なる術理を会得する。それが固有魔法と呼ばれているものだ。

 アリスはその中でも、特に珍しい能力を持っていた。

 ――――時間干渉。

 時を止めることは出来ない。

 物体の時を止めて、無敵の盾にすることも出来ない。

 ただ、ほんの少しだけ生命体の時を加速させたり、鈍化させることが可能なのだ。

 そう、本来はそれだけの力を持つ――それだけの力でもA級に君臨する魔物だった。

 ナナ・クラウチというテイマーと契約するまでは。


 ナナ・クラウチは特別だった。

 アリスと遭遇した時、ナナはA級ダンジョンで遭難しかけていた。

 手持ちの魔物たちの損害も甚大。なおかつ、迷い込んだ場所はダンジョンの深部。普通の手段を選んでいては、入り口に帰ることは出来ない。

 故に、ナナは選んだのだ。

 多少の危険性を含んでいても、現地で魔物をスカウトして、即席の戦力で帰還する道を。

 結果から言えば、ナナの選択は成功であり、失敗だった。

 アリスという現地の魔物をスカウトし、A級ダンジョンから帰還することには成功した。

 だが、ナナがアリスと契約を交わしてしまったのは、些か失敗だった。

 何故ならば。


『うふふふー。可愛い、可愛い、ナナちゃん。私のお友達。早く帰ってきてくれないかなぁ?』


 アリスはナナと契約することにより、固有魔法の能力が格段に向上してしまったのだから。

 明らかに調子に乗り、危険度が上がり、ナナの制御を振り切って、テイマーであるナナを幼子に戻してしまうほど、制御不能に陥ってしまったのだから。

 そう、今のアリスは野生の時とは異なり、S級相当の力を持つ魔物となっていた。

 相変わらず、時を止めることなんてできないが、それでも生命体を加速させたり、鈍化させたり、逆に若返らせたり、急速に老化させることも可能となったのである。

 まさしく、S級に相応しい大いなる力だ。

 調子に乗るのも無理はないと言えるだろう。

 ナナが先に契約していた古参の魔物たちが諫めようとも、アリスが聞く耳を持たないのは当然だ。大抵の魔物は力量差によって互いに順位付ける。自分よりも弱い魔物がどれだけの正論を言おうが、アリスが聞くはずが無いのだ。


『今日はたっぷりとおままごとして遊ばないとねー。登校日? とかで許してあげたけど、本当だったら丸一日ずっと、私と一緒に居て欲しいんだから』


 S級の力を得たアリスは、唯我独尊にナナを待つ。

 魔物用のホテルで優雅に待つ。

 好き勝手に振舞おうとも、ナナへの好意と感謝は忘れていない。

 だが、それでも、アリスはやはり魔物なのだ。

 己が未練を形として、現世に留まった幽霊なのだ。

 己を縛る枷がなければ、未練を解消するために動いてしまう。

 もっと遊びたかった、なんて如何にも子供らしい未練を。

 S級相当の魔物の力で、解消しようとしてしまうのだ。


『あっ、ナナちゃん! お帰りぃー! 遅かったよ、もう! って、あれ?』


 故に、このようなことになってしまったのは、自業自得の因果応報だった。


『その人、誰? ナナちゃんのお友達? 私以外の、お友達――――』

「弁えろ、雑魚が」

『えっ?』


 アリスが宿泊しているホテルへと戻ってきたナナ。

 けれども、その背後に恐るべき超越者が居ることを、アリスは察知しきれていなかった。

 調子に乗り過ぎていて、忘れていたのだ。

 上には上が居る、という当たり前の世界の法則を。


『な、なにこいつ、嫌な奴! 私にそんなことを言う奴なんて、赤ちゃんになっちゃえ――』

「馬鹿が」


 超越者――トーマの不遜なる態度に怒りを覚えたアリスが、軽率に力を使おうする。

 しかし、その力は打ち消された。

 相手の時間に干渉するはずの力が、あっさりと打ち消されてしまったのである。


「いかに特異な固有魔法を使えようが、強度が足りなければ魔力を込めるだけで、その法則は覆せる」

『え、あ、あ……』

「冥途の土産に覚えておくんだな」


 トーマはゆらりと拳を上げる。

 アリスを殴殺するには十分な魔力が込められた、必殺の拳を。


『あ、あ、あっ』


 瞬間、アリスは己の死の運命を、恐怖と共に悟って。


「だめぇーっ!」

『わぷっ!?』


 次の瞬間、マスターであるナナから横っ飛びに抱き締められた。


「駄目だよ、トーマ君! 私の大切な仲間を殺さないで!」

「だが、そいつはお前を害する魔物だぞ? 駆除しなければ」

「私が! 私が、ちゃんと話し合うから! だから!」

「…………へぇ」


 自分よりも圧倒的に弱いはずのナナに抱き締められたアリスは、けれども不思議な安堵を覚えていた。思わず、霊体から涙が零れてしまうほどに。


「ならば、そいつが周囲を害したのならば、その責任はお前が取るんだな? ナナ」

「うんっ! だけど、そんなことにはならないよ、絶対に!」

「ふん、良いだろう。この俺に抗議したお前の勇気に免じて、この場は見逃す……だが」


 しかし、それでもアリスの目にはきちんと映っていた。


「次は無い」


 自身を遥かに超えた、圧倒的な理不尽の権化が。


「大丈夫、大丈夫だよ……」

『う、うぅうううう……ごめんなさい、ごめんなさい、ますたぁ』


 その後、しばらくの間、アリスは幼子のように、マスターであるナナの腕の中で謝り続けた。

 自分の弱さと傲慢さを知り、改めるための涙を流していた。




 一時間後。


「いよっし、『めっちゃ強い悪者と健気なマスター作戦』大成功だ!」

「う、うううっ。良心の呵責が」


 この状況を作り出した、トーマとナナが作戦の成功を祝っていたが、当然ながら、それをアリスが知ることは無かったという。



●●●



 ピエロ・ザ・ピエロは悪党だ。

 己を悪だと理解している悪党だ。

 ピエロ・ザ・ピエロは愉快犯だ。

 大した理由などなく、享楽のために罪を犯す犯罪者だ。

 ピエロ・ザ・ピエロは魔術師だ。

 ――――かつて、将来を期待されていた魔術師だった。


 天才だったわけでは無い。

 むしろ、人よりも物覚えは悪い方だった。

 けれども、人よりも遥かに好奇心を持った人間だった。

 故に、魔術を覚えることを苦痛と思ったことは無い。過去も現在も含めて、ピエロ・ザ・ピエロは好奇心の赴くまま、魔術を習得している。

 そのおかげか、学生の頃、まだ道化ではなかった彼は、周囲から一目置かれる存在だった。

 才能が無くとも勤勉。

 才能の無さを努力でカバーする、立派な人物。

 そのように周囲から思われていた。

 そして、彼自身もまた、そうなのだと思い込んでいた。

 一人の天才と出会うまでは。


「ふん。凡人は身の程を弁えることね!」


 その天才は傲慢なる少女だった。

 傲慢でありながら、才能に溢れた魔術師だった。

 彼が一日で覚えた内容を、一分もあれば覚えることが可能。

 彼が一か月の間に練り上げた魔術理論を、数秒の閃きで覆す。

 まさしく、天から与えられた才能と呼べるものを少女は持っていた。

 それ故に少女は傲慢であり、傲慢が許されるほどの成果を上げていた。


「凡人はこんなことにも時間をかけるの?」


 彼は度々、そんな天才少女に絡まれて、嫌味を言われていた。

 当時の彼には理解できなかったが、それは一種の対抗意識だった。

 傲慢なる天才が、努力する凡才を意識し、周囲から慕われる彼を疎ましく思っていたのだろう。あるいは、才能の差に直面していても、己を卑下することなく、自分のできることをやり続ける彼を脅威とみなしていたのかもしれない。

 彼自身は、周囲がどうなろうとも、自分の好奇心の赴くままに動くだけだったのだが。

 努力する凡才と、傲慢なる天才。

 二人の魔術師の存在はやがて、周囲に派閥と呼べるものを作り出してしまい、やがて、その緊張は最悪の形で爆発した。


「わ、私は悪くない! 私は悪くない! あいつらが、あいつらが邪魔をするから!」


 とある魔術の実験中、天才少女と対立する派閥の者が、幼稚な妨害行為を行ったのだ。

 だが、最悪なことにその魔術実験は、天才少女をして細心の注意が必要なもの。

 だというのに、無知なる妨害者の干渉により、その魔術実験は失敗してしまった。

 死者二名。

 重軽傷者合わせて、三十六名という爆発事故を起こして。


「私は、私は……」


 事実確認により、天才少女の非は認められなかった。

 幼稚な妨害者は正しく罪を裁かれ、己の浅慮を後悔する羽目になった。

 しかし、それでも天才少女の中には、自身の失敗が死者を出す事故に繋がってしまったという意識が残っており、精神を苛んでしまう。

 まともな魔術の行使も、魔術理論の構築も出来なくなってしまうほどに。


 ――――これだ。


 そんな天才少女の姿を見た瞬間、凋落の姿を見た瞬間、彼は覚醒した。

 否、自覚した。自身の中にある歪んだ欲望を。

 人の挫折と破滅が見たい、という好奇心を。

 思わぬトラブルにより、その道が閉ざされる人の絶望、苦悩、嘆き、そういうものをもっと知りたいと思ってしまったのである。

 故に、彼はピエロ・ザ・ピエロとなった。

 多くの人の挫折と絶望を楽しむために。

 好奇心により、己自身も魔術師として挫折した滑稽なる道化として。

 残酷なる世界を舞台として、醜悪なるコメディーを始めようとしたのだ。




「ごほ、ごほっ…………あー、なるほどぉ。これが走馬灯という奴ですね♪」


 ピエロ・ザ・ピエロは路地裏の暗がりで倒れ伏していた。

 その眼前には、怒りの表情で自身を見下ろすヴォイド――元の男性状態に戻ったヴォイドと、イバラというオーガが居た。


「なるほど、あの時の少年ですか。参考までに、どのような手段で私を探したのか伺っても?」


 人間は魔物に敵わない。

 これは一部の例外はあれでも、世界中の大前提でもある。

 故に、A級犯罪者のピエロ・ザ・ピエロであっても、それは変わらない。

 犯罪者の中ではA級に相当する実力の持ち主だとしても、B級のオーガには敵わない。

 下級の魔物だけならまだしも、B級はもはや、人間の基準で一つの兵器に匹敵するが故に。


「僕の友達には、S級ウィザードが居る。答えにはそれだけで十分だろ?」

「…………なる、ほどぉ。は、ははは、まさか、こんなところで才能の差を思い知らされるとは。まったく、この世界は、本当に残酷で面白い――」

「うるせぇええええええっ!!」

「ぎゃぼっ!?」

「犯罪者が一丁前に浸ってんじゃねーよぉ!!!」

「いた、いたぁっ!? あの、殺すならそちらのオーガで一思いに!」

「殺すかボケがぁ! お前はこれから、牢屋暮らしだぁ!!」


 なにやらそれっぽい背景を語り出しそうなピエロ・ザ・ピエロを殴り倒し、ヴォイドは荒々しく鼻息を吐く。


「ふんっ、ざまぁみろ、だ!」


 こうして、ピエロ・ザ・ピエロは、そのメイク通りの道化師の如く、滑稽な有様で敗北することになったのだった。



●●●



 かくして、夏季休暇は過ぎ去っていく。

 あっという間に過ぎ去っていく。

 楽しくも騒動に溢れた休み時間は、光陰矢の如し。

 学生たちは様々な経験を経て、成長し、次なる学期を迎える。

 休み明け。

 一息吐く間もなくB級トーナメントが開催される、忙しい学期を。


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