第55話 夏季休暇突入
ミッドガルド魔法学園のテイマー科にも、夏季休暇は存在する。
期間はおおよそ、一か月。
教師陣から様々な課題は出されども、基本的にはそこまで重たいものは出されない。
完全なるリフレッシュ。
普段、頑張っている学生たちが気兼ねなく休めるよう、夏季休暇はほぼフリーである。
登校日もあるが、一日程度。それも丸一日ではなく午前中のみ。
夏季休暇中は、学園側から学生たちを招集する用事は皆無である。
無論、例外的に補習組は時間拘束を受けるが、それは自業自得。日頃の行いが悪いので仕方がない。
つまり、日頃からきちんと真面目に学生をやっている者は、夏季休暇という自由時間を思う存分楽しめるのだ。
ただ、そんな楽しい自由時間の中で、あえて『折角のフリータイムだから、学校ではやれないトレーニングを試すぞ!』というストイックな面子も存在する。
かくいう、トーマもその内の一人だ。
トップテイマーになるためには、夏季休暇を全てリフレッシュに費やすのはもったいない。
この際、トレーニングもそうだが、色々と積み重なっている用事を済ませてしまおう。
そのように考えた結果、トーマの夏季休暇から、休暇の二文字が消え去るような、とても大忙しの日々を送ることになった。
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トーマは割と責任感のある人間だ。
故郷の村では、鶏小屋の飼育を誰よりも真面目にこなしていたし、家族が飼っていた犬の散歩はトーマの日課だったともいえる。
故に、トーマは弟子に対しても責任感を持っている。
真面目過ぎるほどの責任感を持っている。
強くしてほしいと頭を下げられて弟子入りした相手を――セラを確実に強くするため、夏季休暇の少なくない時間を割く程度には。
「死ぬ死ぬ死ぬぅ! 師匠、これはいくら何でも死にます! 人は溶岩を泳げるようには出来ていません! 近づいただけでその熱で焦げます! あまりの暑さにショック死します」
「死なない。人間は何のために魔力を持っていると思う? 物理法則を凌駕するためだよ」
「んぁああああああ!!? 溶岩流へ押し出そうとしないでくださいぃいいいいい!!?」
ただ、確実に強くなるには相応の過酷な修行が必要となる。
トレーニングではない。
修行だ。
ちょっと頭のおかしい修行だ。
確実に強くなれる代わりに、色々な大切なものを投げ捨てている修行だ。
『どんな修行でも強くなるためには受け入れて見せます!』などと、意気込んでいたセラが泣きわめきながら逃走を図るほどに過酷な修行だ。
「大丈夫だ、セラ。俺は決して弟子を死なせない」
「師匠! 現在進行形で殺そうとしながら、何を良い台詞を!?」
「人間、魂が完全に輪廻に還らない限りは、蘇生させる方法なんていくらでもあるからな」
「それ、死なせないんじゃなくて、死んでも蘇らせるって意味では!?」
けれども、トーマは逃がさない。
セラの心身がボロボロになり、ちょっと復讐をやり始めたことを後悔し始めたとしても、弟子入りの時に感じた想いを信じているのだ。
故に、ちょっと死にかけようが、何度も蘇生を施し、その度、生き生きとしたシラサワの協力を得て、セラをより強力に改造しているのだ。
そう、トーマの責任感は倫理や道徳よりも優先させる。
死なせても、強くする。
セラに復讐を遂げさせるため、ちょっと頭のおかしい修行を課すのだ。
「…………わぁ、本当に溶岩で泳げるようになりました、私」
「ほら、人間って意外とできることが多いだろう? じゃあ、次は極寒の大地でも生きられるように修行を開始するぞ」
「つ、辛いだけの努力は意味ないと、前に言っていたのは何だったのですか?」
「辛いだけ、ならな。俺の修行は辛くとも、その分だけ確実に強くなっているだろ?」
「強く……強くなっていますが! これって剣士の強さというよりは、人間を辞めるための下準備をさせられている気分なのですが!?」
「まぁ、それが最低ラインだな。人間を辞める程度しないと、あいつには勝てないだろうし」
「う、うぐぅうううう! や、やります! やりますよ! 私は仇を討つのです!」
「よし。それでこそ、俺の弟子だ。師匠はその根性を誇らしく思う」
そして、セラは色々と文句はあれども、その修行を受け続けることを選んだ。
たまに、いや、結構な頻度で後悔しているが、それでも強くなっているのは事実。
その目から復讐の炎が消えない限り、セラはトーマの弟子として修業を受け続けるだろう。
「そのご褒美として、今日はドラゴンステーキだ。ドラゴンの肉を食べて強くなろう!」
「…………ちなみに、そのドラゴンはどこから調達しました?」
「この前殺した、【原初の青】の死体から。安心しろ、奴もきっと強者とならんとする者の糧になるなら本望だろう」
「だから、意思疎通できる奴の肉は食いづらいんですってぇ!!」
時折、悲鳴を上げることはあるかもしれないが。
トーマとセラの師弟関係は、今のところ順調に進んでいるようだ。
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トーマは契約を遵守する人間である。
従って、手持ちの仲間――シラサワの研究に付き合うことにも躊躇いは無い。
「うっひっひぃ。それじゃあ、マスター。たっぷりとくださいねぇ?」
髪や血液。
その他諸々、必要な素材を提供することになったとしても文句はない。
「うっひょお! これが超人を超えた超人! 超越者の遺伝子データ! 滾るぅ! 果たして他の人間と異なるのか!? それとも大差なく、経験と鍛錬こそが人間を超え得るのか!? じっくり調べてみたいねぇ!」
シラサワのために、研究施設を丸ごと一つ作ることになっても文句はない。
元々、金には困らない程度にはS級ウィザードとして働いていたトーマである。仲間のため、研究施設を作るぐらいはどうってことは無い。
「じゃあ、次の実験なんだけどねぇ、マスター」
ただ、文句があるとすれば一つだけ。
「適当な女を孕ませてきてください」
「できるか、馬鹿」
「えぇえええっ!? やりたいのに! 生殖実験やりたいのに!」
シラサワがちょっと生命倫理を軽視し過ぎることだ。
トーマは修行で倫理や道徳を無視するが、それはそれとして、覚悟の無いものに波及する生命倫理の無さは捨て置けない。
「大体、そんな実験に協力する相手が居ると思うか?」
「ううっ! 神人時代は頼まなくても協力者がぞくそくやってきたのに」
「…………(今からでも殺すべき邪悪なのか考えている顔)」
「あ、うそうそっ! 違うよ!? 神人時代もちゃんと怒られていらから! さっきのは、ワンチャン嘘が通るかという実験でぇええええええええええ!!?」
「ほどほどにしないと、頭を割る」
「ほどほどの定義をぉ! ボーダーラインを教えてぇ!」
「命を無駄にしないこと」
「実験に使われる命に、何一つ無駄なことなんてぇえええええええ!!?」
「次は割るからな?」
トーマはシラサワの倫理観の無さを叱りつつも、夏季休暇の間はきちんと、最後まで実験に付き合うのだった。
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トーマは冒険心を忘れない人間である。
トップテイマーになるという目標に邁進する日々なれども、冒険の必要があるのならば、冒険するだけの時間的余裕があるのならば、躊躇わず冒険に出る人間である。
目的地は、セラが弟子入りの報酬として伝えてきた、未開拓地のダンジョン。
装備は万が一の時に備えて潤沢に。
お供はアゼル。主に、真体による超音速での飛行が便利だと気づいたが故の抜擢だ。
「さぁ、冒険だ!」
「おー」
トーマは意気揚々と、アゼルと共に冒険に向かう。
旅立つ空はどこまでも澄んだ青色で。
まるで、トーマのこれからの冒険を祝福しているかのようだった。
「外れダンジョンが!!!!」
なお、未開拓地のダンジョン攻略は数秒で終わった。
何故ならば、ブチ切れたトーマがダンジョンの外部から、遠距離貫通の一撃で、ダンジョンの主を殺したからである。
「落ち着け、マスター」
「これが落ち着いてられるか! ふんがー!」
「そんなに嫌だったのか? エロでトラップなダンジョン」
「嫌だね! ノリノリで冒険心を満足させようとしたところに、下ネタをぶつけられた気分になったね!」
「このダンジョンを作った淫魔も可哀そうに……まさか、攻略すらもされずに、外部から殺されるとは思わなかっただろうな」
「人の居ないところにエロでトラップなダンジョンを作る馬鹿淫魔の末路にはお似合いだ!」
「こうして、この世から馬鹿でドジっ子な淫魔が消えたというわけか。マスター、貴様は男の夢を潰したのかもしれんな?」
「どの道、最終的には命を奪う系のダンジョンだったから、潰して正解だろうが」
未開拓地のダンジョン。
そんな冒険心がくすぐられるワードからの、とんでもない下ネタダンジョンの登場に、トーマの機嫌は一気に急降下したようである。
だが、冒険とは得てしてそういうもの。
見つけた宝箱の中身は、すっからかんというのも冒険には付き物なエピソードだ。
問題は、この場合、宝箱の中身がエロ本だったことである。
「ああもう! 弟子になんて誤魔化せばいいのやら!」
「吾輩、黙っていればいいと思うぞ?」
「それはそれで不義理だろ! ええい、こうなったら適当な冒険エピソードを捏造して……」
「吾輩、貴様のそういう律儀なところは結構好きだぞ」
こうして、トーマのひと夏の冒険は、散々な結果になったのだった。
こんな感じに、トーマの夏季休暇は過ぎて行く。




