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第54話 今更な告白

 戦いは終わった。

 カグラとS級魔物二体の戦いは、歌声により中断。

 【原初の青】とトーマの戦いは、トーマの勝利により終了。

 つまりは、カグラにとってのタイムリミットがやってきたのである。


「…………私は」


 それでも、カグラは動けない。

 たった一人の友達、コトネをどうするか考えがまとまらないが故に、何もできていない。

 精霊たちが『危ないよー!』やら『やばいよー!』などと逃走を急かしても、未だ、動くことが出来ずに居た。


「そちらも終わったようね」


 だが、その内にカグラは逃走を封じられてしまった。

 何故ならば、会場の外側からメアリーがやってきたからだ。

 その手に、光り輝く宝玉――大地の精霊を封じた魔道具を携えて。


「……っ! ノーム!」


 三体の仲間の内、一体がメアリーの手にある。

 感情を考慮しなければ、今のうちに損切りとして撤退するのが最善であるが、カグラは感情で動く人間である。

 仲間が囚われている中、自分たちだけ逃げることなんてできない。


「ふぃー、辛い、辛い。やっぱり、あのクラスの相手が命がけで殺しに来ると、流石に辛いものがあるぜ」

「あら、トーマ。また上級の魔物を殺したの? 戦いの余波が凄かったけど」

「人を『殺したがり』みたいに言わないでくれ」

「違うの?」

「違う違う。【原初の青】との戦いは、両者納得した上での決闘みたいなものだから」

「この人、また最高位の魔物を殺してる……」


 そして、トーマとメアリーが合流してしまった以上、もはやカグラたちだけでの逃亡は不可能となった。

 この二人のS級が居る限り、そう易々とテロリストを逃がすような真似はしないだろう。


「さて、と。戦意があるのなら殺す。戦意が無く、投降するのならば、今は殺さない」

「まぁ、魔王軍を名乗って、こんな大規模なテロをやらかすような真似をしたのならば、今のうちに殺された方がいいかもしれないけれども」

「というわけで、どうする? 虐殺者カグラ」


 カグラは息を飲み、抵抗か投降のどちらかを選ぶか考える。

 考える余地はさほど無い。

 だが、どちらにせよ、提示された選択肢では、もうコトネと会うことは出来ない。

 その事実を理解した時、カグラは己の内側に活力が生まれるのを感じた。


「…………押し通る」


 友達とまた会いたい。

 カグラは、多くの人を殺した虐殺者は、そんな身勝手な理由で活路を拓く覚悟を決めた。


「残念だが、それは通らない」

「貴方のデッドエンドはここ」


 しかし、S級二人の包囲網に緩みは無い。

 覚悟を決めたところで、カグラだけではこの二人から逃げることすらできない。



「いやいや、ここで仲間を失うわけにはいかないのでね」



 故に、無貌の仮面の大魔導士――フェイスが乱入したのである。


「新手か」


 フェイスの乱入に対して、トーマの取った対応はドライでシビア。

 容赦の無い必殺の拳を、正確にフェイスの胸へと放ったのである。


「おおっと」


 しかし、フェイスの肉体は煙のように消え失せた。


「あっ、やられたわ」


 そればかりではなく、いつの間にか、メアリーの手の中から、精霊を封じた宝玉が奪い去られていて。


「ではでは、これにて失礼」

「フェイス。私はまだ――」

「はいはい、我儘は禁止だよ」


 視線が逸れた内に、カグラを回収し、フェイスはこの場から消え去って見せた。

 僅かな時間の間、まるで奇術の如く、絶体絶命の仲間を救って見せたのである。


「まったく、想像以上に魔王軍とやらは人材が豊富なようだね」


 これにはトーマも苛立ちを通り越して、感心するしかないという有様だった。

 少なくとも、【原初の青】との死闘によって消耗している今では、追う気にすらならないほど、見事な逃走劇だったが故に。


「やるじゃないか、魔王軍」


 トーマは珍しく、敵対者への称賛の言葉を惜しまなかった。


「…………カグラ、アタシは」


 そして、強者たちから離れた位置。

 眼下の会場で、弱者たるコトネはけれども、覚悟を決めたように呟いた。


「アタシは絶対、お前とまた会うからな」


 これが、この音楽祭で巻き起こった騒動の終わり。

 本来、虐殺と叛逆と、『小さな悲劇』が刻まれるはずの場所で、誰一人欠けることなく生き延びたという結末だった。



●●●



「はぁー。死者を蘇生しながら、S級の精霊を相手取るのは疲れたわ」

「おう。お疲れ、メアリー。この場で誰も失われなかったのは、間違いなくメアリーのお手柄だったぜ!」

「……S級の精霊二体と【原初の青】を相手取った人に言われると釈然としないわ」

「別に他意はないんだけど! 純粋な称賛なんだけど!?」


 メアリーとトーマは、地元の騎士団の事情聴取に協力した後、すっかりと暗くなった港町を歩いていた。

 地元の騎士団からは、『是非ともお礼を!』や『せめて、こちらで宿を手配しますので!』などと言われたが、二人とも全て断っている。

 その理由は、単純に疲れたからだ。

 S級テイマーとS級ウィザードのコンビなれども、流石にあの規模の騒動を治めた後は、お礼という名の地元の名士との挨拶やら、宿に泊まった上での関係各所からの感謝の言葉を聞くだけの気力は残っていなかったのだ。


「まったく、とんだ音楽祭だったわね」

「それは同感。多分、俺かお前のどちらかが呪われているんだと思う」

「そう? 確かに、私たちとしては災難だったけれども、助けられた側からすれば、むしろ何かの祝福を受けているような偶然だったわよ?」

「じゃあ、絶対にメアリーだな。俺は多分、人外から祝福されない宿命だから」

「あながち、否定できないのが悲しいわね」


 二人は暗い夜道の中、まだ営業をやっている飲食店を探して歩いていく。

 だらだらと、特に意識もせずに言葉を垂れ流して。

 互いの苦労を労いながら、とりとめのない会話を交わしていく。


「ねぇ、トーマ」

「なんだよ、メアリー」

「貴方は多分、今日の戦いでまた、強くなったわよね?」

「…………そうだな」


 だが、そんなだらけた会話の隙を突くように、メアリーは一歩、トーマへ踏み込む。


「竜の祖の一つである【原初の青】の討伐。王国の歴史に残る偉業。それを貴方は当然の如くやって見せる」

「当然と言うには今回の戦いは、随分としんどかったけどな」

「だけど、貴方は勝った。四肢の欠損も、致命傷も、呪いも受けることなく。『いつも通り』に貴方は勝った」

「…………」

「貴方は人間にしては強すぎるわ。でも、問題はそこじゃない。私たちにとっての問題はそこじゃないの」


 踏み込み、トーマの瞳を覗き込み、メアリーは告げる。


「強すぎるぐらい強い癖に、貴方は優しすぎる。それが問題なの」


 トーマ自身、感じていた胸の内の問題を。


「強すぎる自分自身の影響力を考えすぎる。自分のことが大好きな女の子に対して、『この子は自分の傍に居ない方が幸せになれるんじゃないのか?』と思うほどに」

「…………メアリー、それは」

「強いってことは選べるってこと。他者へ選択肢を押し付けること。感情のままに振舞える権利を持つこと。でも、貴方はその権利を放棄している。自分の強さで、無辜の人々が損することが嫌なのね。だから、怖がっている」

「…………」

「私の想いを受け入れたら、いつか私を傷つけるんじゃないかって」


 メアリーの言葉に、トーマは苦笑で応えた。


「ご名答……悪いな、『絶対に幸せにしてやる』なんて言えない男で」

「ふん。生憎、私はそんな無責任な男は御免よ」


 トーマの弱音を切り捨てるように、メアリーは仏頂面で告げる。


「忘れないことね。私が、貴方を、幸せにするの。そのために色々と頑張っているんだから」


 仏頂面で、けれども頬は若干赤らめて、今更過ぎる告白をする。


「ああ、忘れないさ」


 そんなメアリーの告白に対して、トーマは誤魔化すことなく真っすぐに答えた。


「俺も、頑張る。お前に愛想尽かされないように頑張って、ちゃんと自分の問題の答えを見つけ出して見せる」

「ん、よろしい。でも、私が貴方に愛想を尽かすことはないわ。何故かって? その前に、私が貴方を思いっきりぶん殴るからよ」

「……くくっ、やっぱり、お前には勝てないな、メアリー」

「当たり前でしょ? 恋する乙女は強いの。貴方にだって、勝っちゃうんだから」


 トーマとメアリーは、少年と少女は、明日になれば恥ずかしく思うような言葉を交わし合いながら、夜道を歩いていく。

 まるで、どこにでもいる思春期の子供のように。

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