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第51話 力ある者たちの宿命

 それは例えるのならば、巨大な大蛇だった。

 青色の鱗を持ち、山に巻き付きそうなほどの長大な胴体。

 黒曜石の如き瞳に、どんな槍よりも鋭い牙。

 街一つ程度ならば、そのまま肉体を這い回らせれば破壊できるような、存在しているだけで他を圧倒する『怪獣』だった。


『滅びよ!』


 そんな怪獣――【原初の青】は、音楽祭の会場に姿を現すやいなや、殺意満点のドラゴンブレスを放った。

 魔力を多大に含んだ、冷気の塊。

 吹き飛ばすのではなく、全てを凍らせる死の一息。


「ああもう、くそったれ!」


 その一息を、トーマが振るった炎の拳が吹き飛ばした。

 S級ウィザードの面目躍如のエンチャントに加え、渾身の拳。

 この二つが組み合わさることにより、【原初の青】の殺戮を防いだのだ。


『邪魔をするな! 人間――人間?』

「人間だけど、何かぁ!?」

『ワタシのブレスを弾ける奴が人間!?』


 そしてそのまま、トーマは【原初の青】と接敵。

 即座に勝負を決めるため、全力の拳を巨大な体躯へと叩き込む。


『なるほど、凄まじい! いいだろう、貴様をワタシの敵と認める!』

「ちぃっ! やっぱり、アゼルみたいな『固有魔法』があるか!」


 だが、トーマの拳は【原初の青】を傷つけられない。

 威力だけは、【原初の青】の命に届き得るものだったのだが、拳が当たる瞬間、巨大な体躯が『どぅるん』と流動したのだ。

 これにより、トーマの拳の威力はほとんど受け流された。


「魂に直接打撃を打ち込んだのに、それすらも受け流すかよ!」

『勇者よ! ワタシを! 竜の祖たるワタシを殺したいのならば! 我が『青』ですら受け流せぬ一撃を打ち込むがいい!』


 トーマは吐き捨てるように眼前の敵を称賛。

 その他の敵――カグラと精霊たちを一旦、思考から切り捨てて【原初の青】との相対に集中する。

 【原初の青】もまた、己の中で煮えたぎる怒りを一旦棚上げ。

 現代の勇者と言っても過言ではない相手との一騎打ちを楽しみ始める。


「ああ、やってやるさ!」

『その意気や良し!』


 トーマに戦闘を避けるという判断は無い。

 何故ならば、戦わなければ【原初の青】は即座に会場の人間――否、手あたり次第の人間を皆殺しにするだろうから。

 【原初の青】に戦闘を避けるという判断は無い。

 何故ならば、竜は勇者との戦いを望むものだから。

 それが【原初の青】というエンシェントドラゴンならば、猶更である。

 竜たちにとっての誉れは、積もり積もった怒りすらも凌駕する。


「ふぅむ。『青の』は相変わらず、クソ真面目だな。そのように己が性に律儀であるからこそ、封印されたのだろうに」


 そんな竜にとっての宿命を、同族たるアゼルは呆れたように眺めていた。

 なお、【原初の黒】であるアゼルにもこの手の『願望』は存在するが、望んでいるのは愛と絆による逆転劇であり、トーマのような単独の強者に最初から蹂躙されることは性癖に入らないのだ。

 それはそれとして、己を下した強者に対する礼は忘れない。


「さぁて、我らのマスターがあちらにかかりきりになったぞ。シラサワ、仕事の時間だ」

「うへぇーい。実験にならない戦闘は趣味じゃないんだけどねぇー」


 故に、アゼルはシラサワと共に、立ち塞がる。

 トーマと【原初の青】の戦いの横で、虐殺の準備を進めていたカグラの前へと。


「……退いて」

『おっじゃまー!』

『スルーしてよぉ!』


 カグラは負傷しながらも、その憎悪は絶やしていない。

 ふらふらと空中で揺れながらも、精霊たちへの魔力供給は減るよりもさらに増大させている。


「貴方たちに、用は無い。強い者たちには用は無い。弱い奴らだけ、私は殺す。不要な奴だけ、私は殺す」

「はっ、我らのマスターが『青の』にかかり切りな間に、さっさと逃げればいいというのに。何故、そこまで殺戮にこだわる? 精霊の巫女よ」

「…………」


 アゼルの問いかけに、カグラは少し迷ってから口を開く。


「許せないから」


 憎悪に満ちた瞳で会場の――怯え、震えるだけの人間たちを見下ろして言う。


「弱さに寄りかかって、強い者に責任を押し付けるその態度が。生存のためなら、見知らぬ誰かなど平気で見捨てる醜悪さが。生きるためだと言って、何事も正当化しようとする浅ましさが。私はどうにも許せない」


 苛烈な言葉は、カグラの心からの本心だ。

 許せないから、殺す。

 弱者を殺す。

 善悪も関係なく、弱いというだけで罪であると言わんばかりに。


「その弱さがあるからこそ、人が輝くと吾輩は思うのだが……まぁ、いい。貴様の主張を否定はせん。だが、代わりに問おう」


 そんなカグラの憎悪に、アゼルは愉悦の笑みで問いかける。


「弱者であるのならば、貴様の友も、虐殺の対象になるのか?」

「…………」


 アゼルの問いは、カグラの急所を突いたらしく、その無表情が歪められた。


「……それは」


 有象無象の弱者ではなく、今も眼下から必死の顔で自分をどうにかしようとしているコトネを見つめて、カグラは答えを出した。


「対象に、ならない」

「何故?」

「強者とは、選べることだから」


 自身でも矛盾していて、卑劣だと思う答えを。


「私は強いから、殺す人間だって選べる」

「マスターが止めなければ、その『選んだ人間』だって殺していたはずの貴様が、それを言うのか?」

「……っ! い、言う! 虐殺者として滑稽でも、私は――」

「いやいや、勘違いするな、精霊の巫女よ。吾輩は褒めているのだ」


 にぃいい、とアゼルは笑みを深めて、カグラに言う。


「その傲慢さこそ、人間らしさだ! ああ、素晴らしいぞ、精霊の巫女! 貴様の愛と絆はまさしく人間らしさそのものだ!」


 歪んだ人間賛歌を叫び、称賛し、アゼルは紫電を己の手に纏わせた。


「故に、己が傲慢を為すのならば、吾輩たちを超えて行くがいい!」

「……つくづく、厄介な相手!」


 かくして、形を変えて、強者たちの戦いが始まる。

 弱者たちの意思など関係なく、けれども弱者たちの命を決める戦いが。



●●●



 コトネも含めた会場の人々は、二つの戦いを見ていることしかできなかった。


『驚愕極まりない! まさか、ワタシを殺しうる勇者が生まれる時代だとは!』

「時代じゃなくて! 俺が異常なのさ! 不本意なことにね!」


 一つは、エンシェントドラゴンと超人の戦い。

 呼吸の如く大魔術を操り、雨や嵐、雷、あるいは恐るべき冷気などを操るエンシェントドラゴンに対して、超人はその身一つで挑んでいく。

 その戦いは拮抗――否、超人がエンシェントドラゴンを押し始めている。

 エンシェントドラゴンが持つ固有魔法を解析し、もう既にダメージを与え始めているのだ。

 竜と人の戦いと呼ぶには、それはあまりにもどちらも怪物。

 介入する余地すら見出さず、ただ人々は見上げることしかできない。


「個体としても異常に強い癖に、テイマーとしてもS級魔物を従わせているなんて、反則極まりない!」

「はっはー! 吾輩もそう思う!」


 もう一つは、精霊使いの巫女と可憐なる少女の形をした、苛烈なる魔物二体との戦い。

 黒衣の魔物は一切容赦しない。

 眼下の人々に最低限の配慮はしつつも、広範囲の雷撃を放って、巫女ごと精霊を焼き払わんとする。

 白衣の魔物はそつがない。

 眼下の人々の周囲に魔導士タイプのスケルトンを配置。

 幾重にも魔力防壁を展開しつつ、隙あらば巫女に向かって槍投げの如く骨を投擲する。

 精霊使いの巫女は、苛烈なる二体の猛攻に耐えてはいるものの、いかんせん、その前の戦いで負った傷が大きすぎる。

 このままでは、精霊使いの巫女はジリ貧となって、雷に焼かれるか、骨に貫かれるだろう。


「なんて、戦いだ……」

「ま、まるで神話だ」

「助かるのよね? 私たち、助かるのよね?」

「しっ、黙ってろ! 上の奴らの注意を引くな! あいつらにとっては、どちらにせよ、俺達なんてゴミみたいなもんだろ! 大人しくしているしかねぇ!」


 あまりにも常識を超えた戦いを前に、会場の人々は――弱者たちは、ただ見上げて待つしかない。

 強者たちの勝敗によって、自分たちの命が左右される瞬間を。

 何故ならば、弱いということはつまり、『選べない』ということなのだから。


「本当に何もできないの?」


 そんな弱者の中、唯一、どちらに勝敗が転んでも命が保証されているコトネは、けれども真剣に事の推移に頭を悩ませている。


「いや、そもそも、アタシはカグラをどうしたいんだ?」


 会場の人々を虐殺しようとしているのは、大切な幼馴染。

 将来、あのクソ田舎から連れて行くと約束していた女の子。

 そんなカグラに生きていて欲しいと願うことは、法に逆らうということだ。

 虐殺者であるカグラを生かすことは、王国の法にも、人として倫理にも合わない。


「アタシは、アタシは……」


 カグラを殺そうとしているのは、トーマだ。

 唯一、この場で弱者たちを守護している、正義の味方のような超人だ。

 だが、そこに容赦はない。トーマは大勢の人間を殺そうとしたカグラを許す気はまるで無い。

 ましてや、コトネの懇願を聞く気など皆無だ。

 故に、縋りつくように助命を頼み込んでも一蹴されるだけだろう。


「…………」


 そして、仮に、カグラを生かせば、今度は虐殺が止まらない。

 音楽祭に集まった観客、アーティストたちが死んでしまう。

 そんな未来は認められない。

 認められない、だからこそ。


「――――ああもう、まどろっこしい」


 コトネは吠えるように叫ぶのだ。


「考えるのなんて性に合わねぇ!! アタシの! 歌で! 全部伝えてやる!!」


 一人の歌姫として、弱者の宿命を覆し始めるのだ。

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