第50話 抗う者たち
コトネは何が何だかわからなかった。
自身のライブが終わったかと思えば、急に大きな影が会場を覆って。
凄まじい雨が降ってきたかと思えば、肌に到達するよりも前に吹き飛ばされる。
その上、会場の上空で大怪獣決戦みたいな戦いが始まったのだ。
コトネも大多数の戦闘力の無い一般人と同じく、頭を低くして、この騒動が早く終わって欲しいと願うしかなかった。
「あれ?」
上空に立つ巫女服の少女。
見覚えのあるその姿に、カグラの姿に気づくまでは。
「ちょーっと、待ったぁ!!」
気づいてしまえばもう、止められない。
先ほどまでの賢明な小市民っぷりを投げ捨てて、コトネは自らの声を上空へと響かせた。
「「!?」」
そして、その声はトーマとカグラの二人を僅かの間、驚愕させる。
魂へと響く声であるが故に、殺し合いをしている二人であろうとも、ほぼ強制的に意識をコトネの方へと向けさせる。
「カグラ! カグラだよね!? アタシだよ、アタシ! コトネ!!」
驚愕の隙を逃さずに、コトネはカグラへと呼びかけた。
――――数年前、滅んだ故郷と共に消えたはずの幼馴染へと。
「…………まさか、コトネ? 本当に?」
呼びかけにより、カグラの意識は完全にコトネへと向けられてしまう。
忌々しい故郷の中で唯一、殺す必要のない存在。
有象無象の弱者ではなく、特別な歌声を持つ友達。
「そんな、こんなことって」
そんな相手が突然、皆殺し予定の会場から出てきたものだから、カグラは虚を突かれたように呆然としてしまったのだ。
「隙あり」
当然、この絶好の隙を見逃すほどトーマは甘くない。
『『こんのぉっ!』』
とっさに精霊二体がカグラのフォローに入るが、遅い。
カグラが瞬時に魔力防壁を展開するが、足りない。
「感動の再会は死体になってからやってくれ」
精霊二体の猛攻を掻い潜り、魔力防壁を突破し、トーマの手刀はカグラの胸を貫いた。
「かふ――――ぁあああああああ!!」
「ちぃっ!」
ただ、カグラの魔王軍四天王の肩書は伊達ではない。
魔力防壁によってできた僅かな時間の間に、手刀の狙いを心臓から逸らしたのだ。
これにより、カグラは即死にはならず。
『よっくもぉおおおっ!!』
『くたばれぇえええっ!!』
精霊二体の攻撃を受けて、トーマは吹き飛ばされた。
無論、防御をしていたため、ダメージは皆無であるものの、カグラの胸を貫いた手は引き抜かれて、十数メートルほどカグラから離れなければならなくなったが。
「ごぼっ…………かはっ、はっ、はっ、ひゅぅ」
トーマが離れた僅かな間に、カグラは致命傷に近い胸の傷を修復する。
さほど回復魔術が得意というわけではないので、魔力を過剰に注ぎ込んでのごり押しでの応急処置になるが、とりあえず胸の傷は塞がり、今すぐ死ぬことは無くなった。
「惜しい。だが、棚ぼたの戦果としては悪くない」
「ぐ、うぅううう」
しかし、形勢はトーマの方へと傾くことになる。
トーマは会場の人間を守らなければならないというハンデを背負っているが、それでも、精霊たちと戦ってなお、無傷。消耗も大したことは無い。まだまだ余裕はある。
対して、カグラは重傷。消耗も甚大。余裕は皆無。
このままだと確実に負ける。
カグラは胸の傷を抑えながら、必死に頭の中で起死回生の策を生み出そうとしていた。
「や、やめてくれよ!」
そんな時だ。
再び、戦う二人の眼下から、必死の形相でコトネが叫ぶ。
「カグラはアタシの友達なんだ! 頼むから、殺さないでくれ!!」
それは無責任な言葉だった。
戦う者の道理を知らぬ、トーマが何のために戦っているかも知らぬ、守られる側の無神経な言葉だった。
それは切実なる言葉だった。
失っていたはずの友達が、もう二度と失われないようにと必死に紡がれた言葉だった。
「無理だ」
だが、応じるトーマの返答は無情である。
「こいつは、手加減が出来るほど弱くない。生け捕りは無理だ。そして、仮に生け捕りしたところで、どうせ死ぬ。こいつは生かしておくには危険すぎるから、国がその生存を許すとは思えない」
相対するカグラから意識を離さないまま、淡々と眼下のコトネへ語る。
怒りも、情けも、申し訳なさもまるでない、冷たい理由を語る。
「それでも、生かしたいと願うのならば」
ただ、ほんの一瞬、トーマの視線はコトネへ向けられた。
「自分で何とかしろ。お前の友達なんだろ?」
「――――っ!」
一瞬の交差。
視線が交じり合った時、コトネが何を思ったのかトーマは知らないし、知ろうとも思わない。
確実なのは、コトネが何を思おうとも、トーマはカグラを仕留める手を緩めないことで。
「ありがとう、コトネ」
けれども、カグラは笑った。
数秒後、己が死ぬかもしれない状況でなお、小さな笑みを作った。
「おかげで、時間を稼げた」
何故ならば、トーマがコトネとの応答に使った時間により、『当初の目的』は達成されたのだから。
●●●
それは、怒りのままに眠りについていた。
否、強制的に眠らされていた。
魂にすら及ぶ封印という形で。
深い、深い、水底に。
誰の目にも届かない場所に、沈められていた。
――――何故だ?
繰り返す問いは、ほとんどが眠りについた中、僅かに許された思考により生み出されたものである。
――――何故、裏切られた?
問いを向ける相手は自分自身。
遥か過去、人間から裏切られた時のことを思い返し、何度も問い続ける。
――――何故、裏切った?
それは正しく契約を結んでいたはずだった。
それは困難な契約を結んでいたわけでは無かった。
むしろ、自らの力に対して破格の条件で契約を結んでいたはずだった。
だというのに、人間側はそれを裏切った。
人間側から望んだ契約だったというのに。
――――おのれ。
疑問の中に、怨嗟が混じる。
人間という種に対する怒りが混じる。
――――おのれ、歌姫。
自らを封印した、忌まわしき異能の使い手に怒りを向ける。
――――おのれ、おのれ。
されども、何も変わらない。
それは強固に封印されている。
単純なる魔術の産物ではなく、魂に干渉する異能も含めた封印だ。
どれだけそれが怒りを募らせようとも、解放されることは無い。
そのはずだったのだ。
「偉大なる方よ、お目覚めください」
封印に干渉する者が現れなければ。
「貴方はこの場で封じられているような方ではありません」
それの魂に、妙に丁寧で、けれども軽薄な声が響く。
伝説の歌姫の如き異能の声によるものではない。
高度な魔術により、何者かがそれの魂に干渉しているのだ。
「どうか、お目覚めになって我らに力をお貸しください」
ばきん、と封印の枷が砕ける気配を、それは感じた。
次々と、念入りにそれを鎮めるために施された封印が、魔術が、何者かによって解除されて言っているのだ。
――――何が目的だ?
故に、それは自らに干渉する何者かに問いかけた。
わざわざ、深い水底に沈んだものを起こそうとしているのだ。
相応の理由が無ければ、この場には来ない。
「目的はただ一つ。貴方様に自由になっていただくことです」
何者かの答えに、それは怪訝な気持ちを抱いた。
真実を語りながらも、全てを語っていない。
そういう口調だった。
――――ワタシに何を求める。
だからこそ、再度重ねて訊ねた。
わざわざ、このような真似をする何者かへ、さっさと全部の理由を語ってしまえ、と軽い威圧を込めて。
「んんー、しいて言うのならば『我々と敵対しないで欲しい』と言うことですね。それ以外は、どうぞご自由に」
しかし、それの威圧に対して、何者かはまるで堪えた様子もなく、飄然と答えた。
この時点で、それは深く考えることを止めた。
恐らくは、何者かが自身を利用しようとしているのだろう。
単なる善意からの解放でもなければ、純粋なる悪意からの解放でもないだろう。
ただ、確実なことはただ一つ。
何者かは本気で、本当にそれを解放しようとしているということ。
――――契約はしない。それでも良いのならば、受け入れよう。
故に、それは受け入れることを選んだ。
封印される前ならば、利用されることに怒りを覚えたのかもしれないが、今はそんな怒りなど比べ物にならないほどの怒りを抱いている。
人間へ。
封じた街の人間へ。
灼熱すら生温い怒りを。
「ありがとうございます。では――【歌声よ、終われ。目覚めの時だ】」
そして、それは解き放たれる。
長い、とても長い眠りから覚めて、水底から浮かび上がる。
水圧の変化などものともせず、水色の鱗で日光を反射させて、煌めきながら浮上する。
『グルゥォオオオオオオオオオオオオッ!!!』
そして、それは――【原初の青】は、咆哮と共に姿を現した。
眼前に、音楽祭などという忌まわしい伝統の会場がある場所へと。




