第5話 投石戦術
対戦結界内で生じた負傷は巻き戻る。
対戦結界内では、致命傷ですら命に届かない。死ぬ寸前の状態で時が止まり、巻き戻るのだ。
対戦結界とは、テイマー同士が互いに全力で魔物を戦わせるために作られた魔術であるが故に。
従って、イバラの場合も問題はない。
頭部に致命傷を受けた時点で肉体の時が止まり、そこから巻き戻りが始まる。傷を受ける前の時間まで遡る。
「ヴォイド・アーズ側の手持ち一体、戦闘不能! よって、結界内から除外する!」
ただし、当然の如く、戦闘は続けられない。
致命傷を受けた時点で、巻き戻しが発動した時点で、戦闘不能だと判断されて、結界の外側へと転移させられるのだ。
「んなっ!?」
その事実に、手持ちの魔物の中でもエースに値するイバラが一撃で倒された事実に、ヴォイドは驚愕する。
いや、まだ最初の一撃で倒されることはいい。そこは驚愕しながらも納得できる。けれども、その一撃を放ったのが、相手のマスターだということには納得できない。
「し、しんぱぁーん!! マスターの立ち位置に、人型の魔物が居るんだが!?」
故に、ヴォイドは思い切り右手を挙げて、審判へ抗議した。
なにあいつ、人間じゃねーだろ、と。
「ヴォイド・アーズの抗議を却下する。トーマ・アオギリは間違いなく人間である」
「人間!? 投石一つでB級魔物を倒す奴が人間!?」
「やめなさい、ヴォイド・アーズ。その発言は差別です」
「差別じゃなくて畏怖なんだが!? なぁ、本当の本当に人間なのか!? 嘘だろ!?」
「…………トーマ・アオギリは一応人間である」
「審判もちょっと疑い始めているじゃないか!」
ヴォイドによる抗議というか、トーマの存在に対する口論は五分間ほどに及んだが、結論としては、戦闘は続行。間違いなく、トーマが人間……少なくとも、そのように戸籍を持っているが故に、先ほどの行為はなんら非難されることではない。
「では、戦闘を再開する!」
「うう、くそっ! なんだっていうんだ!?」
戦闘が再開され、ヴォイドは露骨に狼狽する。
それも当然、何故ならば既に勝機が無い。
ヴォイドの手持ちの中で、もっとも強いイバラは一撃で倒された。
これが意味することはつまり。
「せいっ!」
「ヴォイド・アーズ側の手持ち一体、戦闘不能! よって、結界内から除外する!」
トーマからの投石を防ぐ手段はない、ということだ。
「な、なんなんだ? なんなんだよ、お前は!?」
あまりの事態に、ヴォイドは魔物でも――否、『怪物』でも見るような目でトーマを見る。
睨みつけるのではなく、畏怖が染み付いた視線を向ける。
「ふっ、俺が誰だって?」
だが、トーマはそんな視線は慣れているのか、傷つくどころかむしろ満面の笑みを浮かべて答えた。
「前にも言っただろ? 俺はトーマ・アオギリ! トップテイマーになる男だ!」
そして、最後の投石が放たれる。
音速を超えた速度で、回避不可能の速度で、ヴォイドの残る一体の魔物へと直撃する。
どぱんっ、ととても石が当たったとは思えない音を出して、小鬼の魔物は粉砕される。
「だったら、せめて魔物を戦わせろよぉぉおおおおおっ!!」
その後、審判によるトーマの勝利宣言が行われ、交流戦の第一回戦は幕を下ろすことになったのだった。
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モンスターバトルに於けるデフォルトルールでは、マスター側からの干渉は禁止されていない。
無論、魔導兵器や魔道具の持ち込み制限はあるものの、基本的にマスターが攻撃魔術や補助魔術を発動させたり、外部から何か物を投げ込むということも禁止されていない。
何故ならば、それは大抵の場合、大局を左右しない程度の干渉だからだ。
基本的に、人間は魔物よりも圧倒的に弱い、脆弱だ。
内包する魔力も、大抵の人間は低位の魔物よりも低い。肉体の強度は言わずもがな。たとえ、下級の魔物であったとしても、人間単体では武器を持ってもまるで敵わないことが多い。
だからこその、デフォルトルールにある『マスターに対する攻撃の禁止』なのだ。
魔物同士の戦いに巻き込まれてしまえば、人間の脆弱な肉体は簡単に壊れてしまうが故に。それを許可してしまえば、もはやモンスターバトルは別ジャンルの戦いになるが故に。
けれども、そのルールが今、トーマの手によって悪用されていた。
「せいっ!」
トーマの投石が、魔物の頭部を弾く。
「とりゃあっ!」
トーマの投石が、魔物の胴体を貫く。
「へいへーい!」
トーマの投石が、魔物が放った魔術を突き破り、その肉体を血煙と化す。
「いよぉし、絶好調!」
安全圏からの投石。
それはもはや、交流戦に於ける害悪戦術となっていた。
何故ならば、トーマの投石は強力無比。下手な魔法兵器よりもよほど強力な一撃となる。
そんな一撃をマスターが放っているのだ。相手はマスターへ直接攻撃することも出来ず、ただ、到来する強力な一撃を受け続けるしかない。
まさしく、理不尽の極み。
人間の領域を超越した能力を持つトーマだからこそ出来る、盤外からの必殺攻撃だった。
「いける、これならいける!」
何度か交流戦を経て、トーマは己の戦術に自信を持ち始めていた。
「何度も妄想した。何度も思い描いた。この場、この位置に立って、モンスターバトルをする姿を。俺だからこそ使える戦術を…………その日々は決して無駄じゃなかったんだな!」
「貴様は……ああ、うん。もはや、何も言うまい」
ただ、その間、一度も戦うことがなかったアゼルが、とても呆れた表情で見ていたのだが、今のトーマは興奮のあまりそれに気づかない。
「行くぜ、アゼル! 俺は、俺たちは! この戦術で世界を制する!」
「そうか、そうなればいいな」
アゼルからの投げやりな声援を受けて、トーマは再び交流戦に挑む。
テイマー科の新入生――これから共に学んでいく同世代のテイマーたちに、己の名前を刻み付けるために。
「トーマ・アオギリ。ちょっとお話があるので、こちらに来なさい」
「あ、はい」
なお、強すぎる害悪戦術は即座にナーフを受けることになった。
「まず、前提として、君の行動は違反ではない」
「はい」
「仮に正式なモンスターバトルの大会だったとしても、君の行為に違反は取られない。ここまではいいね?」
「はい」
「その前提の上で、あえて言おう――――これは交流戦なのだから、魔物も戦わせないと交流にならないぞ?」
「……はい」
担任教師――堅物強面男性教師からの指摘を受けて、トーマはがくりと項垂れる。
先ほどまで、初めてのモンスターバトルではしゃいでいたが、担任教師からの指摘により冷静さを幾分か取り戻したらしい。
「何も、君の戦術全てを否定しているわけでは無い。ただ、今回の交流戦に限り、投石は一試合に一回という制限を付けて戦ってくれないか?」
「うう、露骨なナーフ……だけどまぁ、確かに俺の投石だけで戦闘が終わったらモンスターバトルにならないので、はい。その制限を受け入れます」
「よろしい。ちなみに、恐らくはテイマー協会の本部から、君に『英雄個体』認定が来ると思うだろうから、公式の大会に出る時はそのことに注意して挑むように」
「わかりましたー」
トーマは渋々頷き、反省した。
投石戦術。
それはトーマが独自に編み出した無敵の戦術だったのだが、無敵以前に魔物同士が戦う前に決着がついてしまうのが問題になってしまったようだ。
「――ということで、これから働いてもらうぜ、アゼル!」
投石戦術を破却したトーマは、ついに自らの手持ちへと期待の声をかける。
明らかに交流戦という場には相応しくない、S級の魔物であるアゼルへと。
「うむ。吾輩は契約に従おう」
トーマからの期待の声に、アゼルは淡々とした様子で応えた。
仲間にしてからの期間が短いからか、仲間にするまでの経緯がイレギュラー過ぎたためか、その態度に気迫は欠片も込められない。
「なぁに、この結界が壊れぬ程度に遊んでやればいいのだろう?」
もっとも、アゼルが気迫を込めなければいけない相手など、この場には存在していなかったのだが。