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第49話 精霊の主

 生贄契約というものがある。

 内容は至ってシンプル。

 魔物との契約に生贄を用いるという、ただそれだけのこと。

 生贄は、様々な食べ物から、牛や豚などの家畜と、多種多様だ。

 契約する魔物によって、人間に求める生贄が違うので、それぞれにあった生贄を用意しなければならない。


 そして当然、生贄の中には人間も含まれる。

 人間は基本的に、生贄の中でも最上位の位置するものだ。

 何故か?

 それは、人間は魔物にとって美味であり、滋養となるからである。

 故に、古来、強大な魔物との契約には、人間の生贄が用いられる。

 港町に存在する、【原初の青】との逸話然り。

 王国各地に、人間の生贄を求めた魔物の逸話は多数存在する。


「お前は贄だ。水神様を鎮めるための生贄だ」


 カグラが生まれ育った村は、現代でもその手の生贄契約を続けている場所だった。

 本来、王国という共同体に所属しているのならば、生贄契約の必要はない。

 王国には民となった者たちを――優先順位の違いはあれども――守る義務がある。

 無論、無償ではない。けれども、王国から民へと求める税金は、高くも無ければ安くも無い。適正の金額である。どれだけのクソ田舎村であっても、支払えない金額ではない。

 ただ、人間というのは惰性で動いてしまう生物である。

 今までもそうだったから、これからもそうでもいい、と思ってしまう生き物である。


「おお、水神様。どうか我らをお守りください……」


 そして、人間は保守的な生き物である。

 今まで大丈夫だったことを続けて、新しいことに挑むのは躊躇う生物である。

 その習性が、村人たちによる生贄の継続――因習に繋がるのだ。


「カグラよ。お前は栄えある生贄なのだ。清らかに、正しく、生贄に相応しく育ちなさい」


 カグラはそんな因習の犠牲者として生まれた。

 生まれた時から、水神様という魔物の生贄となることを決められて育てられた。

 だからなのか、生活自体の苦労は少なかったと記憶している。


「お前は生贄なのだから、そんなに働かなくていい」

「おい! 生贄が傷つくような真似をするんじゃない!」

「生贄なのだから、好き嫌いなく何でも食べなさい」


 生贄、生贄、生贄。

 名前を呼ばれることよりも、生贄と呼ばれる回数の方が多い。

 カグラはそんな幼少期を送っていた。

 当然のように、生贄として捧げられる自分自身を諦めていた。


「こぉーんな、くそったれな田舎に居られるか! アタシは都会に行くんだ!」


 あるいは、村の習慣に染まらないエキセントリックな友達が居なければ、生贄とされることすら誇らしく思っていたかもしれない。

 その友達は、途中で村から居なくなってしまったけれども、まともな価値観を残すきっかけを作ってくれたことを、カグラは今でも感謝している。


「水神様のお体が悪い……少し早いが、お前がお役目を果たす時がやってきた」


 そして、その時はやってきた。

 カグラが生贄として、水神様という魔物に食われる時がやってきた。


『ゴルルル……』


 『水神様』は、村から離れた孤島に住む異形だった。

 蛸の触手と人間の胴体、魚の下半身。頭部は狼。

 歪な形のキマイラだった。

 遥か古代から生きているというのに、人間の言葉を理解しているのかどうか怪しい、獰猛なる魔物だった。

 十年に一度のペースで生贄を食らい、眠りにつくだけの魔物だった。

 一応、存在しているだけで下級の魔物を散らすだけの効果を持つ、上級の魔物であったが、特に村のために何かしているというわけでは無い。

 『水神様』側の認識としては、『生贄を渡すから皆殺しにはしないでくれ』と懇願されているようなものだっただろう。

 故に、村側の生贄文化は無意味というほどではないが、縋りつくほどの価値は見いだせない無駄なものだったのである。

 この事実をカグラが知ったのは、生贄にされたその時ではない。

 しばらく先のことだ


「……あ、あ、いや、いやぁ!」


 だからこの時、カグラが覚醒したのは無為な文化による絶望ではない。

 単なる生存本能の発露だ。


「誰か、誰か! 誰でもいいから助けてぇ!」


 生贄にされる土壇場で、生物としての本能に忠実になったカグラは叫んだ。

 誰も居ない孤島の中、助けを求めてひたすらに叫んだ。

 普通ならば届くことは無く、無為に響くだけとなるはずだった声。

 だがしかし、カグラは覚醒したのである。

 己が才覚に。

 大いなるものへと呼びかける巫女としての能力に。


『きゃはははっ! なになーに? お呼びぃー?』

『あははははっ! 助けて欲しいの? いいよぉ!』


 そして、二体の精霊はやってきた。

 上級――A級に位置する『水神様』を遥かに凌ぐ、S級の上位である二体に精霊が。


『わーい、切り刻もーっと!』

『へーい、溺れちゃえー!』


 二体の精霊は無邪気に、残酷に、『水神様』――古くから生き続けていたキマイラを殺した。

 圧倒的に。一切合切の抵抗すら許さず。


「…………あ」


 この時、カグラが感じたのは解放感と怒りだ。

 死の恐怖から逃れられた解放感。

 この程度の、ただ蹂躙されるだけの魔物の生贄にされようとした怒り。

 これらが混ざり合って、カグラは一つの確信を得た。

 ――――弱い奴は生きる資格が無い。

 特に、生きるための負債を他者に押し付ける弱者ども。

 生贄などに縋る者どもは生かしてはおけない、と。


「ありがとう二人とも。それと、もう一つお願いがある」


 だからこそ、カグラは故郷の人間を皆殺しにした。

 弱きを蹂躙し、強きを称賛する虐殺者となった。

 全ては、醜い弱さを駆逐するために。

 強き者たちの生きやすい世界にするために。

 そのために、カグラは『多すぎる弱者』を間引くのだ。

 平和な時代で、弱さに胡坐をかく人間社会に鉄槌を振り下ろすのだ。



●●●



「我が血肉よ、糧となれ!」


 カグラの能力は絶大だ。

 自身の魔力、体力、その他いろいろなものを『生贄』として捧げることにより、手持ちの仲間に様々な恩恵をもたらす。

 それはたとえば、癒し。

 魂すら傷つくほどの損傷でも、すぐさま治す癒し。


『きゃはっ! ここからが本番!』

『あはっ! リベンジ、いっくぞぉ!』


 そして、強化。

 ただでさえ強い精霊たちの強さを一段階引き上げる、規格外の強化だ。

 これにより、精霊たちはS級上位から、S級の中でも上澄みの強さへと変わる。


『嵐よ! 全てを吹き飛ばす大嵐よ!!』


 シルフィードは暴風と雷鳴を呼び、会場ごと吹き飛ばすほどの嵐を形成する。


『巨人よ! 全てを飲み込む水の巨人よ!!』


 ウィンディーネは水を呼び込み、全長五十メートルを超える巨人を形成する。

 どちらも、一つの街を滅ぼすには十分すぎるほどの戦力。

 加えて、それらは全ての力をたった一人の人間を倒すために向けているのだ。

 この戦力集中に耐えきれる人間など、世界中を探してもほぼ存在しないだろう。

 そう、『ほぼ』存在しない。


「それが本気か?」


 例外は存在する。


「上げ幅が大きすぎる強化は、かえって力の纏まりが杜撰になる」


 トーマは腕の一振りにより嵐を引き裂き、暗雲を吹き飛ばす。


「力の習熟なんて概念の無い、精霊どもなら猶更だ」


 次いで、がぁおんっ! と空間をひび割れさせて、水の巨人を虚空の彼方へ追放する。


「それが本気だとしたら、結構なことだ――――楽に片付く」


 揺るがない。

 トーマはカグラの能力を目にしても揺るがない。

 カグラが今まで戦って来た者たちは、ほとんどがカグラの能力を理不尽だと罵り、死んでいったものだが、トーマは明らかに違う。

 地力が違う。

 経験が違う。

 理不尽に強い癖に、単なる蹂躙だけではなく、強者との戦い方に長けているのだ。


「…………ふぅー。ごめん、二人とも。ノームは戻せない。あっちも限界。だから、二人で何とかしないといけない」

『うげーっ! 超ピンチ!?』

『死んじゃうかもね!? でも、カグラだけは助けて見せるよ!』

『いえい、悲壮な覚悟!』

『いえい、人間っぽーい!』


 トーマと相対するカグラと精霊たちは、死闘となることを覚悟した。

 そして、カグラの額から流れ出る汗は、焦燥の証拠である。

 今までカグラは強すぎた。

 強すぎるが故に、同格以上との戦いに慣れていない。

 故に、自らを殺せる相手との殺気を交えた戦いは、酷くカグラを消耗させて。



「ちょーっと、待ったぁ!!」



 ひどく場違いな声が、カグラにとっては懐かしい友達の声が、会場に響き渡った。

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