第48話 憎悪の影
その雨は銃弾の如き威力が秘められている。
何故ならば、雨粒一つ一つに魔力が凝縮されているからだ。
形状は雨でも、実際は無数の魔力弾なのである。
それが雨のように広範囲に展開し、音楽祭の会場めがけて降り注いで来たのだ。
「ちっ」
だが、この場にはトーマが居る。
人類の限界値を遥かに超えた超越者が居る。
故に、己の気の緩みに舌打ちしつつも、振るった拳は『貫く雨』を吹き飛ばす。
「一手、遅かったか」
だが、足りていない。
トーマの拳から放たれた衝撃波は『貫く雨』を吹き飛ばしたものの、その水源――会場上空に留まっている巨大な水球を破壊するまでには至らない。
――――どぱぁんっ!!
そして、その水球は破裂した。
破裂して、魔力をたっぷりと吸った雫が――――『会場の外』へと到来する。
「ぎぃいいいああああ!!?」
「な、なんなの、これ――」
「うわぁああああ!? 俺の腕がぁ!?」
会場の外から悲鳴が上がってくるものの、トーマは動かない。
否、動けない。
トーマは人類の限界を超えた超越者ではあるが、万能無敵のヒーローではない。
広範囲の殲滅魔術を相手に、確実に守り抜ける範囲は視界の範囲内のみ。
つまり、会場の外の人々を助けることは出来ない。
「トーマ、外は私がフォローするわ」
この場に、メアリーが居なければ、という前提の話だが。
「マレは防壁。デンスケは索敵。イグニスは被害者の回復と蘇生」
メアリーはこの場に三体の手持ちを召喚する。
マレはA級相当の巨大なスライム。
デンスケはS級相当の『雷イタチ』。
イグニスはS級上位の【原初の赤】。
S級テイマーに相応しい三体の魔物は、メアリーの命令に従い、メアリーと共に会場の外へと向かう。
「流石だぜ、メアリー」
その判断の早さ、迅速なる対応にトーマは思わず笑みを浮かべた。
守られるだけの過去とは異なり、既にメアリーはS級に相応しい力を手にしていた。
自らを守るだけではなく、他の誰かを守れるだけの『余裕』を手に入れた。
その事実に、成長に、トーマはこんな状況でも感動に打ち震えて。
「さぁてと―――そこだ」
けれども、油断なく魔力を固めた砲弾を殴り飛ばす。
会場上空。
何も居ないはずの場所に向けて、『試し』の一撃を放つ。
『きゃはははっ!』
『あははははっ!』
すると、嬌声が二つ響き渡り、その一撃は目標に辿り着く前に吹き飛ばされた。
『きゃはははっ! 強い人間だぁー!』
『あははははっ! 食べ応えがありそう!』
トーマの一撃を吹き飛ばしたのは、二体の矯正の主。
『溺れさせて、殺しちゃおう!』
一体は、長髪の少女を象った水の塊。
『ばらばらにして、食べちゃおう!』
一体は、短髪の少女を象った緑風の嵐。
「ウィンディーネと、シルフィードか」
魔物の知識に詳しいトーマは、二体の種族名を呟いた。
水の精霊、ウィンディーネ。
風の精霊、シルフィード。
世界の理を司る四大精霊の内の二つ。
つまりは、どちらともS級上位に位置する魔物だった。
「それともう一体……いや、もう一人か」
更には、この魔物たちは単なる野生の魔物ではない。
姿を隠した何者かによって使役された魔物だ。
「――――二人とも、油断なく殺して。多分、強敵」
その証拠に、どこからともなく二体へと指示が飛んでいる。
声の発生源は風による隠蔽により、判別させないようにしているが、確かに居る。
この二体のS級を使役するテイマーが。
「アゼル、シラサワ。悪いが、休日出勤だ」
故に、トーマは迷わず自らの手持ちを召喚した。
「くくくっ、何かと思えば――中々の修羅場ではないか!」
「うへぇ。私は直接戦闘向きじゃないんだけどなー!」
けれども、それは戦力を追加するためではない。
「二人とも、悪いがしばらくの間、会場の人たちを守ってくれ」
「「えっ?」」
二体の仲間に守護を任せて、攻撃に集中するためだ。
「できるだけ早く終わらせる」
トーマは当然のように虚空を蹴り、駆け上がるように上空へと瞬時に移動。
二体の精霊に向かって、剛腕を振るう。
『きゃはははっ! ざーんねん!』
『あははははっ! 無駄無駄ぁ!』
しかし、二体の精霊は、形は僅かに崩れたものの、ダメージは無い。
何故ならば、二体の精霊は自然そのものだからだ。
水は水。
風は風。
核や弱点があるタイプの無敵ではなく――――そのものであるが故に、物理攻撃を通さない。
たとえそれが、易々とS級魔物を殴り殺せるトーマの攻撃であっても。
『強い人間はだーいすき!』
『だって、美味しい!』
『だって、楽しい!』
『『玩具にして、最後は私たちのご飯だ!!』』
そして、精霊二体の攻撃は自然の暴威そのもの。
ウィンディーネは大量の水でトーマを包み込み、圧殺せんとする。
シルフィードは数百の風の刃を形成、トーマを細切れにせんとする。
「くそが」
トーマは憎々しげに悪態を吐きながら、防戦一方。
纏わりつく水を弾き飛ばし、風の刃を叩き割って――それでもなお、相手には物量的に余裕がある。
『きゃはっ! 強いねぇ! これはどう!?』
『あはっ! いいねぇ! じゃあ、これだ!』
二体の精霊が扱うのは魔術ではない。
権能だ。
自然そのものであるが故に、自然を自在に動かす権限を持っているのだ。
従って、二体の精霊には消費は無く。
ジリ貧の如く、トーマの体力は削れていく。
『『じゃあ、とどめ!!』』
どれだけ強くとも所詮は人間。
自然の化身である精霊たちには敵わない。
だからこそ、二体の精霊は悠々と勝負を決めるための大技を放とうとして。
「二人とも、避けて!」
『『えっ?』』
必死なテイマーからの声に、疑問の声を上げた。
『あ、え?』
『なに、これ?』
次いで、無敵であるはずの自分たちに、いつの間にか叩き込まれた打撃。
その痛みが魂まで響いていることに困惑する。
『げ、あ、う?』
『ちから、が、あれ?』
叩き込まれた打撃が、自身の魂へと甚大のダメージを与えていたことに恐怖する。
「下級も上級も同じだ。調子に乗った魔物は殺しやすい」
この打撃が、眼前の人間――トーマから与えられたものだと理解し、絶望する。
『お、まえ、まさか!?』
『いままでのは、わざと!?』
察して、理解する。
先ほどまでの防戦一方は、精霊たちが致命的な隙を晒すまでの演技に過ぎないのだと。
精霊たちの無敵性など、トーマには最初からはぎ取る手段があったのだと。
魂へと届くほどの攻撃手段など、当然のように持っていたのだと。
「理解できたようで何より。じゃあ、死ね」
『『――――っ!!』』
トーマからの殺意を受けて、二体の精霊は動揺した。
回避? 防御? 攻撃?
このダメージで?
魂がひび割れ、軋み、肉体を動かすのもつらいというのに、演技という手加減を捨てたトーマにどうにか対抗できるとでも?
『あ』
『う、あ』
死ぬ。
自分たち以上の理不尽によって、魂まで砕かれるのだと二体の精霊は己が死を幻視する。
「我が血肉よ、傷を癒せ」
『『――っだぁ!!』』
その死が現実になる直前、テイマーによって魂の傷を癒され、辛うじて死を回避する。
トーマの拳から逃げて、回避したのだ。
「この理不尽なまでの力……貴方がS級ウィザードの番外にして頂点。規格外の中の規格外」
しかし、それはつまり余裕がなくなったということ。
テイマーの位置を偽装するだけの余裕が剥ぎ取られたということ。
「トーマ・アオギリなのね」
そして、精霊たちのテイマーは姿を現す。
それは、赤と白を基調とした巫女装束を纏い、長い黒髪を風に靡かせる少女。
怖気さえ感じる冷たい美貌を持ち、瞳の中に憎悪の炎を宿す者。
そして。
「私は魔王軍四天王が一人、虐殺者カグラ」
魔王軍の幹部として、巫女装束の少女は名乗りを上げる。
「分の悪い戦いだけれども、私の憎悪のために挑ませてもらう」
己が信念を、虐殺者としての道理を貫くために。
「そうか」
その名乗りに対して、トーマは興味無さげに言葉を返す。
「じゃあ、死ね」
あまりにもドライに、あまりにも塩対応に。
容赦の無い一言で、巫女装束の少女――カグラの決意を切って捨てる。
「人の命を無下にしたんだ。自分もそうなる覚悟はあるよな?」
無辜の大多数を殺そうとした人間に対して、トーマは一切の容赦をしない。
ただ、当たり前に殺すだけの戦いを始める。




