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第47話 音を楽しむということ

 コトネは王国内でも僻地のクソ田舎村に生まれ育った。

 世の中は魔導機械文明の時代だというのに、生活のほとんどは非効率的な魔術によるもの。

 竈に火を着けるのも。

 水を井戸から組み上げるのも。

 そもそも、水道など通っていないので、糞尿や汚物の処理も。

 全てが魔術によって行われていた。

 そして、そういう生活は現代よりも百年以上後れているものであり、近隣の――それでも数十キロほど離れている――街からは『秘境中の秘境』と呼ばれている場所だった。


「滅びろ、クソ田舎ァ!!」


 そして、コトネはこのクソ田舎が大嫌いだった。

 孤児だった自分を拾って育ててくれた、という点を考慮しても大嫌いだった。

 何せ、文明レベルが低い。

 文明レベルが低いということは娯楽も質も低い。

 その上、何故か魔道具や魔導機械の類を嫌っている。

 そのため、外部から娯楽のための道具を持ち込むことも出来ない。

 テレビも、ラジオも、農作業を手助けする草刈り機ですら持ち込みを拒むのだ。

 まるで、時代の変化そのものを拒むように。


「絶対、外に出て行ってやる!」


 コトネは子供に頃からずっと、クソ田舎村から出ていくことを計画していた。

 孤児だった自分を育ててくれた恩義はあるにはあったが、物心ついた頃から、ろくに遊べもせずに馬車馬の如く働かされたのならば、その恩義も尽きる。


「都会に行って、売れっ子の歌手になってやる!」


 故に、コトネは虎視眈々と準備を整えた。

 たまに外からやってくる行商人から、外の情報を仕入れて。

 農作業の手伝いをする中、密かに転移系の魔術の練習も重ねて。

 外でしばらくやっていける様、換金用の貴重品をこつこつと溜めていたのだ。


「コトネ、本当に行くの?」


 心残りがあるとすれば、それは幼馴染をクソ田舎村に残して行くということ。

 嫌なことだらけ、過去なことだらけの村の中で、コトネが正気を保てていた理由の一つに、幼馴染の存在がある。


「無理だよ。一人でなんて生きていけないよ」


 気弱で寂しがり屋。

 いつもコトネの後ろについて回った可愛らしい妹分。

 この幼馴染を残していくことに、コトネは少なくない抵抗を覚えていた。

 しかし、コトネも馬鹿ではない。子供一人でも困難な旅立ちなのだ。子供が二人に増えれば、それは絶望的になる。一人分ならどうにかなっても、二人分の食い扶持は無理だとコトネはなんとなく理解していた。

 故に、涙ぐむ幼馴染に、コトネはこのような別れの言葉を告げた。


「だいじょーぶ! きっと、アタシはビックになって、アンタを迎えに行くよ」


 子供なりに精一杯の責任を噛みしめて。

 自分自身の未来の不透明さもなんとなく察しながらも。

 それでも、コトネは幼馴染に言ったのだ。


「だから、それまで待っていてよ、カグラ」


 待っていて欲しい、なんて残酷な言葉を。




 当然、コトネの旅は簡単なものではなかった。

 クソ田舎から転移魔術で脱してから、一日も経たない間に魔物に襲われて、死にかけたのである。その際、偶然、旅の吟遊詩人が通りがかって助けてくれなければ死んでいただろう。

 助けてくれた恩人の吟遊詩人にしがみつき、生きていくための方法を習うため弟子入りしなければ、一週間も経たずに死んでいただろう。

 幸運と図々しさ。

 この二つが重なったおかげで、辛うじてコトネの命は繋がったのだった。


「お前の歌が下手だったなら、その内、見捨てていた」


 などと、師匠の吟遊詩人から度々言われるほど、コトネは色々と問題を起こすタイプの子供だったが、それでも着実に成長を重ねて行った。

 路上で歌って。

 街のイベントで歌って。

 どこかの大会で歌って。

 時々、歌う暇がないぐらいバイトに勤しんで。

 とにかく、過去を振り返る暇もないほど、コトネはひたすら前に進んで、成長して。


「不本意ながら認めざるを得ない。コトネ、お前はもう一人前だ」


 いつの間にか、師匠の吟遊詩人から免許皆伝を貰っていたのである。


「ありがとうな、師匠! アタシ、この恩は、三日間は忘れない!」

「せめて、一か月は覚えていろ、馬鹿弟子め」


 免許皆伝となったコトネは、独り立ちして、王国南部を中心に歌って回った。

 多少性格と行動に問題はあろうとも、コトネの歌は師匠の吟遊詩人が認める程度には一級品。

 故に、段々とコトネはその実力に見合った評判を得て行く。


『《では、次は『神がかりのコトネ』だぁ!!》』


 そして今、コトネはステージに立っていた。

 音楽祭のステージに立っていた。

 自分の、一つの区切りとなるライブをするために。




 見渡す限りの観客。

 僅かな重さを感じるようなスポットライト。

 人が生み出した熱気。


「すぅ、はぁ」


 吸って、吐く。

 コトネが歌い始める前に行う、いつものルーティーン。

 それだけで、コトネは集中する。

 歌以外の全てをそぎ落とし、自らの中に神を降ろす。

 神がかる。

 無論、何かの力を借りるための行いではない。

 魔物の類を憑依させるための技術ではない。

 これは、己自身の神――つまりは、己の最善を必ず出力するための精神統一なのだ。


「――♪」


 歌い始め、最初の一音でコトネは観客の魂を掴む。

 容赦などしない。

 未だ、メジャーとは言い難い知名度のコトネを侮る、たくさんの観客。

 それらの度肝を抜くため、コトネは最初の一音で魂を掴み取った。


「――――♪」


 魂を掴んだのならば、後は離さない。

 歌い終えるまで、その魂は掴んだまま。

 否、掴んでからさらに震わせるのだ。思い切り揺さぶるのだ。

 喜怒哀楽の感情を引き出し、自らから目と耳を離せないようにと。


「…………凄い」


 音楽祭の会場の中、誰かが小さく呟いた。

 意識せず、心から漏れ出た涙の如き呟きだった。


「――――ふぅ! 皆ぁ、ありがとう!!!」


 やがて、一曲が歌い終わり、コトネはそこでようやく観客を解放する。

 額から流れる汗にも構わず、大きく手を振って、観客へとパフォーマンスを送る。


『『『――――!!』』』


 そこでようやく、正気を取り戻した観客は、割れんばかりの歓声を上げた。

 本物だ。

 何がどういう理屈で本物なのかはわからないが、とにかく本物だ。

 コトネの歌は、観客たちがそう判断せざるを得ないほど凄まじいものだった。

 魔術でもなく、魔力も込められていないというのに、人の心を、魂を鷲掴みにする一種の異能とも呼べるものだった。


「じゃあ、次の曲行くぜぇ!! 皆ぁ、休まずについてこぉい!!」

『『『おぉおおおおおおおっ!!』』』


 そして、再び歌が始まる。

 人の心を震わせ、魂を掴む歌が。



●●●



「中々どうして、凄まじい」


 コトネの歌を聞き終えた後、トーマは素直に関心の言葉を紡いだ。

 魔術ではなく、魔力も込められておらず、けれども人の魂を揺さぶる歌。

 それはまさしく一種の異能であり、人類の限界を超えた超技能だ。

 だからこそ、同じく人域を超越した存在であるトーマはシンパシーを感じていたのである。


「音楽にはあまり興味なかったけど、彼女みたいな人が居るなら、認識を変えてもいいかもしれない」


 しみじみと歌の余韻を噛みしめるように頷き、トーマはそっと隣のメアリーの様子を伺う。


「……ふっ、素晴らしものを感じたわ」


 泣いていた。

 真顔で普通に涙を流していたので、トーマはちょっと引いていた。


「ありがとう、トーマ。貴方から音楽祭に誘われなかったのならば、この素晴らしい歌声を聞く機会が得られなかったわ」

「そ、そりゃあどうも……えっと、そんなに?」

「マイベストを更新したかもしれない。それだけの歌だったわ」


 涙を手で拭いながら、感慨深く呟くメアリー。

 どうやら、音楽的な感性が鈍いトーマよりもよほど、メアリーはコトネの歌に感動していたらしい。


「そこまでのものだったか」

「ええ、後でグッズとか買おうと思うわ」

「じゃあ、俺も付き合おうかな。あの歌姫にはちょっと興味が湧いたし」

「…………浮気?」

「付き合っても無いし、そういう意味で好きなのは今のところ、お前だけだよ」

「くっ、言葉の辛さと甘さがサンドウィッチ……っ!」


 コトネの歌が終わり、この場の誰もが気を抜いていた。

 会場の警備スタッフはもちろん、トーマでさえも気を緩めてしまっていたのだ。


 ――――どぷん。


 だからこそ、それに気づいた時には既に手遅れだった。

 音楽祭の会場を覆い隠すような、巨大な影。

 その正体に気づいた時には、もはや遅すぎたのである。



「ウィンディーネ、『貫く雨』を」



 誰もが気が緩んだその間隙を突くように、その雨は降り始めた。

 人体を易々と貫く、弾丸の嵐のような雨が。

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