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第46話 音楽祭

 王国南部の港町で開催される音楽祭には、一つの伝説がある。

 それは遥か昔。

 神代と呼ばれる、原初の魔物たちが跳梁跋扈している時代のこと。

 一体のエンシェントドラゴンと、それを鎮めた歌姫の伝説である。


『人よ。愚かなる人よ。月に一つの生贄を捧げよ。さすれば、この町はワタシが守護しよう』


 青い鱗を持つエンシェントドラゴン――【原初の青】は、人間たちに取引を持ち掛けた。

 月に一度、清らかな乙女の血肉を捧げること。

 そうすれば、ありとあらゆる災厄から町を守り抜くと【原初の青】は持ち掛けたのである。


「竜よ。偉大なる竜よ。わかりました、貴方の慈悲に縋りましょう」


 当時、人間が魔物よりも遥かに弱く、抗う術を持たなかった時代。

 モンスターテイマーがほとんど存在していなかった時代。

 人が襲われて、魔物に食われて死ぬというのは当たり前のことだった。

 堅牢な壁で守られた街の中に住んでいようが、いつの間にか身近な誰かが魔物に食われて死んでいる。そういうことが度々起こる時代だった。

 故に、一か月にたった一人の生贄で、街全体が生き延びるのならば、それは賢くも正しい決断として誰もが認めるものだった。


『人よ。弱き人よ。交わり、増えて、満ちるがいい。ワタシの守護の下、繁栄を許そう』


 ましてや、街を守護するのは【原初の青】、あらゆるドラゴンの祖である。

 契約を結ぶには、決して悪い相手ではなかった。


「乙女よ。生贄となる乙女よ。我々はせめて、お前たちの無念を慰めよう」


 ただ、それはそれとして、『清らかなる乙女』を生贄として捧げる行為に、街の住民たちは罪悪感を抱いていた。

 だからこそ、一つの祭りが生まれた。

 生贄となる乙女に感謝と贖罪の意味を込めて、送り出すための祭り。

 【原初の青】へと、感謝と畏怖を込めた、月に一度開催される祭り。

 それこそが、音楽祭なのである。

 罪悪感と畏怖を紛らわすために、街の住人たちが音楽を奏でる。

 そういう祭りだったのだ。


「親しい人よ。愛しい友よ。私はこの犠牲を認めない」


 たった一人の歌姫がそれに抗うまでは。


「嘆く人よ。犠牲から目を逸らす者どもよ。彼女の代わりに、私を生贄に差し出すがいい」


 歌姫は弔いの歌を良しとはせず、生贄という仕組みに立ち向かった。

 自分と親しい友が、竜の生贄となる。

 その決められた結末を覆すために。

 自らが代わりに生贄となり、竜の下へと参じることにしたのだ。


「竜よ。偉大なる守護竜よ。貴方の口に収まる前に、貴方の耳に我が歌声を捧げたい」


 生贄となった歌姫は、【原初の青】に食われる前、一つの歌を奉じた。

 それは美しい歌だった。

 それは竜を眠らせる歌だった。


『愚かなる人よ。だが、美しく歌う者よ。貴様の歌に免じて、ワタシは眠りにつこう』


 いかなる魔術か、あるいは奇跡によるものか、その歌は【原初の青】へと届いた。

 竜は眠りにつき、歌姫は――否、街の人々は生贄の運命から解放されたのである。

 その証拠として、歌姫は【原初の青】から賜った一枚の鱗を賜っていた。

 眠りにつく竜の代わりに、街に魔物を近づけないための『畏怖』を残した鱗だった。


「喜ぶ者どもよ。愛しい人よ。私は命が絶えるその時まで、この街で竜に歌を捧げよう。いつまでも、いつまでも、竜を眠らせるために」


 かくして、歌姫は伝説となり、街には伝承と文化が残る。

 慰めのための音楽祭が、祝いと奉納のための音楽祭となって、子々孫々と後々の時代まで受け継がれていったのである。

 そして、今では王国南部で活躍する歌手たちの、一種の登竜門として有名となったのだった。


 ――――歴史の影に埋もれた、真実など誰も知らずに。



●●●



 音楽祭当日。

 トーマとメアリーは、コトネの言うところの特等席――いわゆる関係者席に案内されていた。

 今のところ、ゲロを吐いている印象しか残っていないコトネであるが、どうやら南部では『当日ギリギリの我儘』が通じるほどには影響力のある歌手らしい。


「情けは人の為ならず。神人のアーカイブにあるとおりね」

「チケットを取るために頑張ってくれた弟子には申し訳なく思うけどね。その申し訳なさの分、後できっちりと修行を付けるから問題ないとしよう」

「…………二人きりの修行?」

「そういう時もあるし、殺す予定の魔物がたくさん居る時もある」

「オッケー、わかったわ。私の想像する甘い展開が無いことは」


 二人は雑談を交わしながら、街の中に作られた巨大なステージを眺めている。

 そこでは、この音楽祭の参加者が代わる代わるに演奏や歌を披露し、観客たちの歓声を浴びていた。


「メアリー、知っているバンドとか居る?」

「東部と中央はメジャーなら大体知っているけど、南部となると参加者の四分の一程度ね」

「へぇ、そこそこ知っているね。んじゃあ、コトネさんの場合は、あっちがマイナーだっただけかな?」

「トーマ」

「うん?」

「音楽にとってメジャー、マイナーは単なる基準の一つでしかないの。そこにこだわってしまうと、よくも悪くも音楽を素直に楽しめないわ。同時に、自分の知らないグループやバンドをマイナーだと切って捨てるような考え方をしていたら、新規開拓なんてできやしないの」

「……つまり?」

「マイナーだからって油断していると、度肝を抜かれる可能性があるわ。覚悟していなさい」

「はいはい」


 真剣に告げるメアリーに、苦笑交じりに応えるトーマ。

 メアリーは結構音楽に詳しく、ライブも夢中に耳を傾けている。

 トーマは音楽にはまるで疎く、ライブも半分以上は聞き流している。

 音楽に対する興味の有無が一目瞭然の二人であるが、それで揉めることは少ない。


「相変わらず、音楽が好きで何より」

「そっちこそ、音楽祭のチケットを取ってくるぐらいなんだから、少しは興味を持てばいいのに。トーマが好きそうなバンドを紹介するわよ?」

「んー、まぁ、暇があったら頼むよ」

「遠回しの拒否ぃー。まったく、トーマは本当にテイマー以外のことに対しては淡泊というか、なんというか」


 何故ならば、トーマとメアリーは互いを知り尽くしているからだ。

 幼馴染であり、嫌というほど互いの趣味趣向を知り尽くしているからだ。

 互いの趣味ですれ違いが起こったり、揉め事が起こるのは、互いのことを知らないからこその勝手な期待を抱くからだろう。

 そんなものを抱く余地が無いほど、二人の幼馴染は互いを知り尽くしていた。


「んもう、彼女の趣味に付き合おうとは思わないの?」

「彼女ではない」


 ただ、だからと言って、それで万事が上手く行くとは限らないらしい。


「……ぶぅ」

「無表情で膨れられても」

「将来、お嫁さんになる約束はしたのに」

「時効だよ、時効」

「他に好きな女の子がいるとかでも無い癖に」

「今はテイマーとして自分を鍛えるのに忙しいからね」

「私のこと、大切に想っている癖に」

「大切に想っているからこそ、だと考えて欲しいね」


 暖簾に腕押し。

 メアリーのアタックと、トーマはヒラヒラと受け流す。


「むぅうう」


 その態度に、メアリーは無表情を崩して眉間に皺を寄せた。


「一応、本気で訊くわね?」

「どうぞ」

「私のこと、好き?」

「好きだけど?」

「…………」

「無言で殴ってくるのは止めようぜ?」

「効かないくせに。ダメージゼロな癖に」


 飄然と好意を告げるトーマに、メアリーは本気で苛立ちを覚えた。

 思わず、効かないとわかっている攻撃をしてしまうほどに。


「好きなら普通に付き合ってくれてもいいのに。私といちゃいちゃ恋人ライフを送ってくれてもいいのに」

「んー、今はテイマーに集中したいからなぁ」

「恋人ができても出来るでしょ、それは」

「いやいや、俺はこれでも尽くすタイプだぜ? 恋人が出来たら、恋人が第一優先になるから」

「なんか、誤魔化されている気がする」

「気のせい、気のせい」


 だが、メアリーは知っているのだ。

 トーマが、この煮え切らない飄然とした態度を取る理由を。

 幼馴染で互いのことを知り尽くしているからこそ、恋人同士になれない理由も知っているのだ。割と根が深くて、今すぐ取り除けるものではないトーマの問題についても。


「…………はぁ。今は誤魔化されてあげる。感謝してほしいわ」

「おうとも。感謝するぜ、メアリー」

「…………」

「脛を蹴らないでくれよ」


 従って、今のところは現状維持。

 胸の中で燃える恋の炎が消えぬ限りは、メアリーはトーマを待つことにした。

 いつの日か、トーマが自身の想いを受け入れてくれる時を。

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