第45話 祭りの前
王国南部は観光地やレジャー施設が豊富な地方である。
風光明媚な光景。
年中休むことなく開かれているレジャー施設。
年中どこかの街で開催されている祭り。
それらを楽しむため、王国全土から人が集まり、賑わっているのだ。
毎日がお祭り騒ぎ、という言葉がこれ以上なく似合うほどに。
「どうかしら?」
「ん、いつも通り綺麗だね」
「…………そっけない。もっと感情を込めて」
「あー、うん。ファッション雑誌とかを漁ったり、アパレルショップを巡ったりした後、最終的にはプロに任せようと思い切った感じの美しさを感じる」
「そういうのは分かっていても言わなくていいわ」
そんなお祭り騒ぎの一つ。
とある港町の音楽祭の前夜祭に参加している男女が一組。
フリルの付いたサマードレス姿の、銀髪青眼の美少女――メアリー。
ブランド者のTシャツとジーンズ姿の、黒髪傷顔の少年――トーマ。
二人は並んで歩き、祭りの屋台を冷やかしながら歩いていた。
「しかし、意外ね、トーマ。まさか、貴方が音楽祭に興味があるなんて」
「ん、別に。嫌いってほどじゃないけど、そこまで詳しいわけじゃないさ」
「そうなの? でも、貴方から貰ったライブチケットの席は、かなり頑張らないと取れない奴だったわよ?」
「弟子がそういう関係に強かったので、チケットを手配してもらった」
「…………ぶぅ」
「メアリーは昔から音楽が結構好きだっただろ? こつこつと音源を集めていたり、地味に部屋に置いてあるオーディオ機器は高級品だし。暇な時があると、鼻歌を口ずさんだり」
「…………んみゅう」
「なんだその、変な顔?」
「ノンデリな癖に意外と私のことを見ている馬鹿に、ちょっと複雑な気持ち」
「メアリーは昔から唐突に変な顔するよな? いつもは無表情なのに」
「大体貴方の所為だから」
メアリーとトーマが歩く位置は近い。
互いの邪魔にならないように、けれども、少しでも近くに居れるようにとの気持ちが現れた距離だった。
その距離感でももう、周囲の者たちは『あ、こいつら付き合っているな』と判断できるような雰囲気だった。
「トーマはたまに餌をあげるのが上手い。女の子を弄ぶ才能があるわ」
「失礼な。こんなこと、メアリー以外にしたことはないっての」
「そういうところ」
「大体、昔から俺は恋愛よりもテイマーの特訓に忙しかったし」
「本当にそういうところよ、トーマ」
幼馴染から恋人になるかどうかの、微妙な駆け引きのある期間。
そういう時間をメアリーは楽しみ、トーマもまたなんだかんだ悪い気はせずに付き合っていた。互いに離れていた時間はあろうとも、幼馴染として長い時間を過ごした二人である。その会話は心地よい雨音のように、途切れることなく緩やかに続いて。
「おぶぶぶるるぇおええええっ!!」
そんな甘い時間を台無しにするように、突如として目の前の通行人がゲロを吐いた。
「「えぇ……」」
突然の出来事に、二人のS級はドン引きしながらも、通行人の様子を伺う。
ゲロを吐きつつ、青白い顔色をしながらも、その通行人は美少女だった。
黒髪ショートカットに、大きな栗色の瞳。鼻筋の通った顔。纏う民族衣装――赤と白を基調とした極東風の巫女服。それらが相まって、異国情緒溢れる美少女という外見だった。
「おぼぇっ、おべっ」
そんな美少女が、往来の中でゲロを吐き続けている。
周囲の観光客たちは、小さな悲鳴を上げながら速足で遠ざかっている。
「「…………」」
そんな中、トーマとメアリーは一度、互いに目配せし合った後、揃ってため息を吐いた。
「トーマ。私が吐しゃ物の処理をするから、貴方がこの人を治療して」
「りょーかい」
いかにデート中であったとしても、目の前で苦しむ人間を見捨てられない。
二人は揃って、その程度にはお人よしだったのである。
「いやぁー、はっはっは! ありがとうね、お二人さん! 危うく、本番前にくたばっちゃうところだったよー!」
先ほどまで青白い顔色だった巫女服美少女は、トーマの治療によって回復した。
主に肉弾戦のイメージが強いトーマであるが、なんだかんだS級ウィザード。
この通り、回復魔術や解毒魔術などは一通り収めているのだ。
「まさか、貝の生ものに当たるなんてね! アタシとしたことが不覚だったぜ!」
ちなみに、ゲロを吐いていた原因は食中毒。
正しく調理されていない毒性の貝の生ものを食べた所為でこうなったらしい。
「いやはや、まさか。不自然なほど安い屋台だったから、ちょっとは怪しいとは思っていたけれど。そこは港町補正かと思って、特に気にせずパクパクと」
「その屋台、衛生管理に問題がありそうなんで、ちゃんと祭りの運営本部に通報してくださいね?」
「おうとも! あの苦しみのツケはしっかり払わせるつもりだぜ!」
体調が治ったおかげか、けらけらと元気に笑う巫女服美少女。
その姿を見たトーマとメアリーは、互いに頷いて言葉を切り出す。
「元気になったのならよかったです。それでは」
「今後は気を付けて欲しいわ」
もはや用事は済んだとばかりに、別れの言葉を切り出して、二人は立ち去ろうとした。
「あいや、お待ちを!」
しかし、そこを巫女服美少女が強く呼び止める。
「危ういところを救ってくれた恩義、返さずにいたとなったら末代までの恥だ! アタシに何か礼をさせてくれ!」
「お礼と言われても……特に何も」
「ええ、私たちはそんなつもりで貴方を助けたのではないもの」
「そこを何とか!」
「「えぇ……」」
拝むように呼び止める巫女服美少女に、二人は困惑の表情を返した。
何せ、二人はS級の人間である。
金銭は十分間に合っている。
物欲がさほどあるわけでもない。
強いて言うなら、さっさとこの場から解放してほしいという気持ちはあるが、それを言えるほど二人は無神経な人間でもなかった。
「ええと、じゃあ、具体的に何をお礼してくれるのかな?」
故に、渋々トーマが巫女服美少女に訊ねて。
「アタシのライブに特等席で招待させてくれ!」
思わぬ言葉が返ってきた。
謝罪の気持ちが籠っていながらも、自分自身に対する自負がある言葉だった。
「「ライブ??」」
「ああ、そうだ。申し遅れたが、これでもアタシは音楽祭に出場する歌手でね!」
疑問の声を上げる二人へ、巫女服美少女は意気揚々と名乗りを上げる。
「老若男女を魅了する、『神がかりの歌姫コトネ』とは、何を隠そうこのアタシさ!」
「「…………??」」
「えっ、知らない!?」
ただ、異なる地方から来た二人にとって、やや巫女服美少女――コトネはマイナーだったらしく、その自信に少なくないダメージを負うことになってしまった。
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王国南部。
どことも知れぬ闇の中。
「やっと……やっと、暴れられる」
巫女装束の少女が、万感を込めた吐息を漏らした。
「魔王様から『都合が悪いからもう少し待て』と言われ続けて数十日。ようやく、私の本懐を続ける時間が取れた」
吐息と共に紡がれた言葉は、無垢なほどに明るく、淡々とした口調ながらも、隠し切れない喜びが込められている。
「ようやく、『皆殺し』を続けられる」
だが、その言葉の内容は物騒極まりない。
どこまでも明るく、清々しさすらある言葉だというのに、そこに込められた殺意もまた本物。
明るく無垢な殺意。
巫女服の少女には、そういう特異な雰囲気があった。
「『カグラ』ちゃん。今回の主目的は違うからね? やり過ぎて本題を忘れないように」
けれども、その雰囲気を壊すように軽薄な声が一つ。
無貌の仮面を被った怪人――フェイスが、巫女装束の少女――カグラに向けて忠告する。
「僕がことを為すまでの時間稼ぎ、本当によろしくね?」
「ん、わかっている。でも、フェイス。時間稼ぎってつまり――――見渡す限りの全員を殺せば、時間稼ぎになるよね?」
「…………はぁーあ」
それでも、カグラの殺意は収まらない。
闇の中、薄い微笑を浮べて、透明な殺意を滾らせている。
「カグラちゃんはどうして、そこまで人間を憎むかねぇ?」
「別に。私だって全ての人間が嫌いなわけじゃない。少なくとも、魔王軍の仲間ぐらいは認めている。生きる価値があるって認めている。だけど」
他人事のように淡々と。
けれども、透明な中にも確かな熱を伴って。
「弱いだけの人間には、生きている価値は無い。だから、殺すの」
カグラはフェイスだけではなく、世界全ての宣言するように言った。
まるで、世界を滅ぼさんとする悪役の如く。




