第44話 遠距離嫉妬
メアリー・スークリムは、トーマ・アオギリのことが好きだ。
恋愛的な意味で好きだ。
それもそのはず、何せ、メアリーは幼い頃からトーマの格好いいところをずっと見続けてきたのだから。
「オレが! メアリーをまもるんだ!」
脅威度B級。
全身に刃物を纏った『刃狼』の牙をへし折った時も。
「オレが居る限り! メアリーには手出しさせない!」
脅威度A級。
不死なるヴァンパイアの心臓をぶち抜いた時も。
「うぉおおお! 伝説だかなんだか知らねぇが! 俺の親友を奪おうとするなら、ぶちのめしてやるぜ!」
脅威度S級。
病魔と植物を司る、『紫茨の姫君』を根こそぎ焼き尽くした時も。
「うぉおおおお!! うぉおおおおおお!!! 多い! 多い!! 年に何度、襲撃あるんだよ!? いや、守るよ!? 守るけど、そろそろツッコミたくなるほど襲撃が多い! というか! 魔物よりも弱い人間の集団が襲ってくるなよ、面倒くせぇ!!」
社会的脅威度は規格外。
王国の闇に巣食った犯罪組織を、文句を言いながら徹底的に壊滅させた時も。
「トーマ、かっこいい……」
メアリーは目を輝かせて、その活躍を見ていた。
いや、時折、トーマのあまりにも規格外な強さに引く時はあったものの、概ね好意的な反応ばかりだった。
月の愛し子。
異様に魔物に好かれる才能を持つ者。
世界最高のモンスターテイマーとなる資格を持ちながら、世界最悪の生贄となる可能性もある者こそが、メアリーなのだ。
本来は、国家による最重要人物として、軟禁まがいの保護生活を送らなければならないところだったのが、迎えに来たS級ウィザードの実力者や、騎士団よりも、トーマの方が圧倒的に強かったので、大人になるまでは故郷の村で過ごす許可を得たのだ。
全ては、隣にトーマが居たからこそ、メアリーは普通の女の子――ではないものの、生まれ持った宿業の割には自由に過ごせたのである。
「トーマ。私が将来、お嫁さんになってあげるね」
故に、メアリーはトーマと結ばれるつもりだった。
当然の如く、トーマと結婚して、子供をたくさん作って、幸せな家庭を作る気が満々だった。
「いや、いやいやいや。俺もそこそこ情緒が成長したから言うけどさ。それって刷り込みとか、吊り橋効果とか、そういう感じじゃないの? 最先端の魔導科学を勉強しているからわかるんだ、俺。駄目だぜ、メアリー。もっと広い世界を見ないと」
なお、『そろそろキスをしましょう』とトーマに迫った時、このような形で断られたので、メアリーは大層ブチ切れた。自分の乙女心を何だと思っているのだとブチ切れた。
しかし、メアリーは大人な少女である。
舐めたことを抜かしたトーマの鳩尾に渾身の蹴りを叩き込んだ後、自身を省みた。
そういえば、自分はトーマの格好いいところをたくさん見て好きになったわけだが、逆はどうだっただろうか? トーマにとって自分は、どこまで行っても『守るべき対象』ではないのだろうか? ちゃんと一人の女性として好かれる努力を重ねてきただろうか?
「わかったわ。つまり、こういうことね、トーマ。私が広い世界を見て、様々な見識を身に付けた後、それでも貴方を選ぶのならば責任を取ると」
「えっ?」
メアリーは省みた後、決意した。
自分もトーマから好かれるような、素敵な女の子であろうと。
「やー、メアリーのことは間違いなく大切に思っているけど、だからと言って、子供の内に将来を決めておくのはどうかと思う――」
「約束ね、トーマ! 私、頑張るわ!」
「うん。まず、人の話を聞くところから頑張ろう?」
「約束を破ったら、私の全能力をかけても貴方と心中するから」
「ほら、直ぐにそういう極端なことを言うー! んもう!」
色々と騒動がありながらも、メアリーは一度、トーマから離れる選択をした。
王国中央の魔法学校に、特例として規定の年齢よりも下でありながら入学したのである。
そこから、テイマーとしてのメアリーの躍進が始まることになる。
何せ、伝説のエンシェントドラゴン、【原初の赤】を従えたテイマーだ。
その上、メアリーには月の愛し子として、魔物たちから異様に好かれる性質がある。
これらを駆使すれば、最年少でS級に到達するのも不可能ではない。
事実、メアリーは今、S級の眩い新星として大活躍しているのだから。
「これで、トーマは私のことを幼馴染兼ライバルだと認識するはず。ふふふっ、後はトーマが後から私の下に来るのを待つだけ…………なのだけれども、トーマは魔物スカウトできるかしら? 異様な強さの代償なのか、やたらと魔物に嫌われるのよね」
それも全ては、トーマと結ばれるための過程だ。
無論、S級テイマーとなる過程で生じた交流関係や、手持ちの魔物たちとの絆を否定するわけでは無い。それはそれで大事なのだ。トーマの望む通り、メアリーは広い世界を知ることでトーマ以外の大切な者と知り合うことが出来た。
ただ、それはそれとして。
メアリーにとっての目標は、トーマと結ばれることであることは変わりない。
S級テイマーになったのも、トーマがテイマーが大好きで、将来はトップテイマーになりたいと言っていたので、そのライバル枠を手に入れるための行動なのだ。
トーマの好みの女の子になるための行動なのだ。
そのためならば、メアリーはトーマと離れることだって躊躇わない。
「この浮気者」
「何もかも違うんだが?」
従って、自分がコツコツと好みの女の子になろうと研鑽を積んでいる横で、見知らぬ女の子に、トーマが度々会いに来ているのを見逃せるわけがなかったのである。
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「わかったわ。つまり、トーマのあの女の子は単なる師弟関係で、修行のために迎えに行っていただけで、一切の恋愛感情は互いに抱いていない。そういうことね?」
「ぜぇ、ぜぇ、ようやくわかったか……」
現在、メアリーとトーマの周囲は酷い有様だった。
地面にはいくつものクレーターと、巨大な重機で掘り返したような跡。
周囲の岩や木々は吹き飛び、原型を保っていない。
当然ながら、ここは市街地ではなく、街から遠く離れた森林地帯である。
流石のメアリーにも、市街地で癇癪を爆発させるほど見境が無いわけでは無いのだ。
ただ、それはそれとして、納得いくまで、思う存分言葉と仲間の魔物たちによる攻撃をトーマにぶつけたわけだが。
「まったく、そういうことなら最初から言ってくれればいいのに」
「言ったよ? めっちゃ言ったよ? でも、全然耳に入ってなかったよね?」
「乙女心が溢れていたの」
「随分と破壊力のある乙女心だなぁ、おい!」
トーマは現役S級テイマーの猛攻を全て受け止め、どうにかこうにか誤解を解くまで説得をした。その結果、どうにかこうにかメアリーは冷静さを取り戻したものの、周囲は酷い有様になったというわけである。
「恋する乙女の心を弄ぶからよ、トーマ」
「弄んだ覚えはないんだが!? 一方的な被害を受けた記憶しかないんだが!?」
「これはもう、埋め合わせをしてもらわないと」
「さらに何か要求が来るの!?」
「…………最近、テイマーのことばっかりで、私と会う機会が減ってたのは事実」
「うぐっ」
ぼそりと呟かれたメアリーからの恨み節に、トーマは図星を付かれたように呻く。
メアリーとトーマは付き合っているわけでは無い。
恋愛関係にあるわけでもなく、恋人であるわけでもなく、ましてや婚約者でもない。
メアリーとしてはさっさと恋人になりたいところだが、『俺に依存し過ぎるのってどうかと思う』というトーマの意見を取り入れ、メアリーは見識を広めている途中なのだ。
健気に……一般的な健気とは違うものの、とりあえずは健気にトーマの好みになろうとしているところなのだ。
そんな幼馴染を無下に扱うことは、トーマには出来なかった。
「わかった、わかったよ」
従って、トーマは観念したように大きく息を吐く。
「今度の休日。互いに予定が付く日を選んで、どこかに遊びに行こう」
「ふふん。その提案、受け入れてあげるわ。つまりは、デートでしょう?」
「デートだね」
「よろしい。気合を入れてお洒落してくるから、期待してなさい」
ぱちん、と無表情ながらウインクをして見せるメアリー。
そんなメアリーに対して、トーマは苦笑いで応えた。
「ああ、精々期待しておくさ」
どうやら、たとえ規格外の力を持つ超越者でも、恋する乙女には敵わないらしい。




