第43話 遠距離師弟
S級ウィザード。
ウィザードの中でも到達点。
人間が到達しうる強さの限界に手をかけた者たちの称号。
その大半が魔術を極めたことにより人間の領域を踏み出し始めた者たちなのだが、その中でもトーマの強さは異常だった。
S級の称号を持つ者とはいえ、普通は同ランクの魔物とは戦えない。
S級魔物と単独で戦うことは死を意味する。
それこそ、今は亡き王国最強の騎士、ゲイン・クロスロードぐらいしか成し遂げられていない偉業である。
だが、トーマはそれを当然のようにこなして見せる。
単身で高難易度ダンジョンに挑み、S級魔物のダンジョンボスを討伐することなど、トーマにとって少し手間はかかるものの、当然のように行えることでしかない。
英雄個体の中の英雄個体。
人類の規格を大きくはみ出た、異常なる者。
それこそが、トーマ・アオギリという超越者だ。
では、そんなトーマにもしも弟子が出来て、その弟子を強くせんと修行を付けるのならば、一体どのような内容になるのか?
地獄を超えた地獄だろうか?
それとも、誰も知らない新理論による肉体改造だろうか?
――――否、どれも違う。
「……あの、師匠?」
「なーに?」
「これはその…………本当に強くなれる奴ですか?」
どことも知れぬ秘境の高原にて、のびのびと寝転がる。
これこそが、師弟契約を結んだトーマが、最初にセラへと命じた修行内容である。
「かれこれ、もう一時間近くずっと寝転がっているだけなのですが?」
「おうとも。強くなる、強くなる」
「…………」
「おっと、はい、駄目ぇー。こっそりと魔力を練って自主練習しない。ちゃんとだらけて休むように!」
「うぅ……」
その修行はある意味で過酷だった。
何せ、『何もしてはいけない』のだ。
魔物一体すらも襲って来ないような平和な場所で、のびのびと体を伸ばして休むだけ。
これは、常日頃から過酷なトレーニングを自身に貸しているセラにとっては、精神的な拷問に等しいものだった。
「文句も弱音も、修行が終わってから! はい、そこぉ! 頭の中で戦闘シミュレーションしない! 頭も休めてぼーっとする!」
「何故わかったのですか!?」
「神妙な顔つきでいきなり黙ったら、そりゃあわかるよ」
「くっ、師匠は強い上に妙に鋭い」
けれども、一度は師事を仰いだ相手の言うことである。
セラは内心不満を抱えつつも、やけくそのように体を伸ばしてだらけ始めた。
余計なことは考えない。
余計な力も入れない。
ただ、清々しい空気を吸っては吐いてを繰り返して。
「はい、四時間経過ということで、本日の修行は終了」
「――はえっ!?」
気づけば、あっという間に時間は過ぎ去っていた。
眠っていたわけでは無い。
単にぼーっと過ごしていたら、いつの間にか時間が過ぎ去っていたのだ。
「わ、私はなんて無駄な時間を……」
四時間。
トーマが告げた時間は、セラにとっては貴重な時間だ。
何せ、四時間あればかなりのトレーニングができる。かなり肉体的に負荷をかけて、自分を鍛え上げることが出来る。
それが、四時間も何もせずに過ごしてしまったのだ。
セラは「ぐぎぎぎ」と怠惰に過ごしてしまった己を呪って。
「ほら、後悔するのは自分で成果を確認してからにしろ」
けれども、トーマからの言葉を受けて、渋々魔力を練り上げてみる。
魔力を練り上げて、いつもやっているように身体強化を施してみる。
「へっ?」
するとどうだろうか?
セラの魔力はいつもよりもスムーズに練り上げられ、身体強化は隅々まで行き渡って、いつもは集中しなければ維持できないというのに、今はごく自然にその強化を維持できている。
「し、師匠! これは一体!?」
「正しい休息も修行の一環だ。辛いことだけしたところで強くなるわけじゃない」
セラの疑問に、トーマは得意げな表情で語り出す。
「見た感じ、お前は鍛錬をやり過ぎて、肉体の整理が追い付いていなかった」
「肉体の、整理?」
「そう。人間っていうのはある程度休憩を挟むことにより、取得した情報を整理するものだ」
語りながら、トーマはセラの頭部を指さす。
「人間の脳ってのは、休むことによって情報が整理されるらしい。そうして整理された情報は、正しく肉体に伝わり、肉体の動きもまた正しく整理され、成長に繋がるというわけだ」
「これが、成長……」
「どれだけ頑張っても出来なかったことが、少し休憩を挟んだ後にやってみたら、案外するっと出来てしまった経験は無いか?」
「あ、あります! その、剣技の練習とかで、たまに」
「そう、それだ。それこそが肉体の整理。きちんとした休憩こそが、成長への近道なんだ」
「はぇー」
トーマの語りに、セラは思わず半口を開けて呆然とした。
セラが想像していた修行とは、過酷極まりないもの。
けれども、トーマはそんなセラの想像を、ある意味では超えて見せたのだ。
「いいか、セラ。この世界は結果が全てとは言わない。ただ、『自己満足するだけの努力』っていうのは結構蔓延している。辛くてしんどい想いをすれば、その分だけ報われると思い込んでいる奴が結構居る。でも、違うんだ。強くなったり、成長するためには、正しい努力って奴が必要なんだよ」
「し、師匠……っ! 私、間違っていました!」
やがて、穏やかに諭されたことにより、セラはすっかりトーマを尊敬していた。
まさしく、自分が求めていた『強くしてくれる師匠』だと感動に打ち震えて。
「まぁ、今回の場合は魔力強化トレーニングも兼ねるため、魔物もろくに近づかない魔素高濃度地帯での休憩になったわけだが」
「師匠?」
「多分、後一時間も休憩していたら、お前は鼻から血を流して死んでいたと思う」
「師匠ぉ???」
さりげなく告げられた死の危機に対して、恐怖に打ち震えることになった。
●●●
トーマとセラは遠距離師弟だ。
東部と中央部。その距離は中々に遠い。
魔導列車による移動手段はあるが、移動時間は数時間。移動にかかる費用も馬鹿にならないほどのものだ。一度や二度の旅行ならまだしも、日常的に通い詰めるのには無理がある。
故に当初、セラは所属している騎士団を辞めて、東部に移住しようとしたのだが、トーマから『四六時中面倒を見るわけじゃないから、中央に住んだままにして』という指示の下、普段通りに中央部で暮らすことになっている。
では、トーマとセラはどのような手段で会っているのか?
その答えは、既に出ている。
そう、アゼルによる長距離飛行という答えが。
「吾輩が足にされるのは気に食わぬが、まぁ、あれだ。その分、相応の対価というか、自由時間というか、羽根を伸ばさせてくれ……」
通行手段となったアゼルは、つかの間の自由時間を得ることによって快諾。
以降、トーマは休日にのみアゼルに乗って、セラを指導しに中央に向かうことになったというわけである。
トーマからセラに付ける修行は様々だが、修行の終わりに何をするかは決まっている。
「さぁ、たっぷり召し上がれ」
「…………わぁ、見た目は相変わらず、凄く美味しそうですね」
「味も最高だという自負がある」
「ですね。で、材料は?」
「健康に問題はない」
「材料は!? 魔物!? また魔物ですか!?」
「美味しくて栄養満点で強くなれるなんだから、それでいいだろ?」
「ううっ! 調理済みの意思疎通可能な生物を食べる感覚ぅ」
「ナイーブだなぁ、この弟子は」
食事である。
一心不乱の食事である。
強くなるためには、相応の食事が必要なのだ。
そして、トーマには野生的な理論というか、過去のジンクスとして『強い生命体を食えば強くなる』という経験がある。
そう、過去にメアリーを狙ってやってきた魔物たちのいくつかは、腹を空かせたトーマのご飯となっていたのだ。
その結果かどうかはわからないが、とりあえず、そういう経験を経てトーマは強くなった。
ならば、弟子のセラも同じ体験をさせれば強くなるかもしれない、という考えの下、レンタルキッチンで自らの手料理を食べさせている。
「うう、美味しい、美味しいよぉ」
「それは何より」
なお、基本的にトーマは人間がこなせることを大体何でもこなせる超人なので、料理も上手だ。独自の料理法を使う癖があるが、完成品の味はプロ級である。加えて、シラサワの衛生検査も経ているので、とても安全な料理なのだ。
料理の中身が魔物だと発覚するまでは、セラも喜んで食べていたぐらいに。
「食べ終わったら採血だからな」
「はい……師匠。毎回、血を採られているが、何をしているのですか?」
「シラサワ――うちの手持ちが、人間を強化するプランを考えるのが大好きな奴でな」
「そんなピンポイントで都合のいい魔物が居たんですか?」
「居たんだよ。元神人のリッチーが。まぁ、『その人、人体改造はオッケー? どれだけ生身を残して良い?』なんてほざく奴だが」
「人体改造は最後の手段として取っておいてください」
トーマは師匠としては初心者だ。
自分が強くなるのはともかく、他人を強くするのは手探りから始めなければならない。
しかし、今のトーマは一人ではない。
人間に試練を課すのが大好きで、今の内からスパーリングの相手を希望するアゼルが居る。
人間を強化するのが大好きで、今の内から強化プランを立てるシラサワが居る。
従って、途中でうっかり死ぬことはあっても、何が何でも強くはなる。
そういう類の修行方法で、セラを育て上げていた。
「……ふむ。こういうのも悪くないか」
セラが不本意な顔で食事をしている中、トーマは小さく呟く。
一体、この経験がどれだけテイマーとしての糧になるのかはわからない。
対価として差し出されたダンジョンが、どれだけ有用なのかはわからない。
それでも、誰かを強くするという行為を楽しめる程度には、トーマには師匠としての適性があったようだった。
「この浮気者」
「何もかも違うんだが?」
もっとも、中央に来ているというのに、全然自分には会いに来ないことで、盛大に幼馴染のメアリーに拗ねられてしまったのだが。




