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第42話 いずれ、英雄となる少女

 場所は街の訓練場。ただ、広いだけの空間。

 足は動かさない。

 左腕も動かさない。

 魔術は単純なる魔力操作のみ。

 トーマはこの条件で、弟子入りテストを行うことになった。

 無論、制限を受けている方はトーマである。

 しかし、トーマがここまで手加減を重ねてもなお、セラの目には勝機というものが見えてこなかった。


「この条件なら、あのおじさん――貴方が復讐しようとしている相手は、確実に俺の息の根を止めてくる。だったら、それに対抗するなら、せめて一発ぐらいは当てられないと話にもならない。そう思わないかな?」


 にこやかな笑みと共に、容赦の無い言葉を告げるトーマ。

 だが、その言葉が何よりもの真実であることは、他でもないセラ自身が理解している。

 この程度、この手加減を重ねた条件で、一発でもトーマに攻撃を当てることが出来なければ、あの剣士を殺すことなど夢物語にもならないのだと。


「はい。そう思います――――だから!」


 勝機は見えない。

 それでも、弱気は捨てて、セラは背中から聖剣を抜刀した。


「私は必ず! このテストに合格します!!」


 身の丈ほどの白銀の刀身。

 そこに込めるは、己の全身全霊の魔力。

 単に力任せに込めるのではない。刀身に魔力を収束させて、鋼鉄すらバターの如く切断可能な切れ味を実現させる。

 更に、セラの剛力で思い切りそれを振り抜く。

 さながら、何もかも吹き飛ばす暴風の如く。

 セラは自分史上最高の一撃を、トーマに向かって放った。


 ぱしんっ。


「えっ?」


 止められた。

 実にあっさりと。

 片手だけで。

 渾身の魔力はあっさり相殺され、刀身は手のひらで受け止められた。

 当然の如く、受け止めた刃の先からは血は流れない。

 一撃は、入っていない。


「格上に正面から挑んでどうする?」


 やれやれ、と言わんばかりの言葉の後、セラは弾き飛ばされた。

 魔力を放出することによる打撃。それを受けて、ゴムボールの如く後方へと弾き飛ばされたのである。

 もちろん、これもテストであるがため、トーマは手加減を重ねている。

 片腕でも本気ならば、今頃セラの肉体はばらばらの肉片になっているだろう。


「ぐっ」


 セラは弾き飛ばされながらも空中で体勢を整え、着地。

 すぐさま、二度目の攻撃に移る。

 ただし、今度は正面からではなく、トーマの死角部分。『足を動かさない』という都合上、保管できない死角の部分。更には『左腕は動かさない』という条件があるため、右腕の可動域でカバーできない部分。そこを狙い撃つように剣を振るう。

 もはや、正面からテストを打破できる可能性は潰えたが故に。


「そうだ。頭を使って立ち回れ――――もっとも」


 死角と可動域外からの斬撃。

 しかし、それはトーマの肉体に届く前に、鞭のような何かに阻まれた。


「相手も相応にものを考えて動いている」


 魔力の物質化。

 本来、多大な魔力を込めてようやく実現するはずの技術を、まるで小手先のように容易く扱うトーマ。

 その右腕が振るう鞭は、伸縮自在にして頑強極まりない。

 セラが振るう聖剣の一撃を受け止めてなお、切れ込みの一つも入らない程度には。


「さぁ、次だ」


 ぱぁんっ! 空気が破裂するような音と共に、セラは再度の衝撃を受けて吹き飛んだ。

 今度は空中で受け身を取る余裕なんてない。訓練場の床をごろごろと回りながら、それでも立ち上がり、剣を構えた。


「…………っ!」


 剣を構えて、打ち込むことの出来る隙が無いことにセラは気づいた。

 右腕で振るう伸縮自在の鞭がある限り、腕の可動域の問題は解消された。それに加えて、近距離だけではなく中距離以上の攻撃にも対応してくる可能性がある。死角を攻めようにも、見えずとも、当然の如く攻撃に反応してくる。

 恐らく、次に二番煎じの生ぬるい攻撃を仕掛ければ、トーマは容赦なくセラの意識を刈り取り、不合格とするだろう。


「――――ダンテ! エルメ! キキーナ!」


 故に、セラが選んだのは仲間の召喚だ。

 自分一人では足りない相手に抗う時、仲間を呼ぶ。それは集団行動を是とする者たちにとっては当然の行動だろう。

 問題は、この行為を試験管であるトーマが受け入れるかどうかだが。


「うん、正しい」


 頷き、認めた。

 トーマはセラ個人の能力ではなく、セラという存在の総力を見極めているのだ。

 だからこそ、仲間の魔物たちもその総力に入ると判断した。


「油断なく! 全力で! 畳みかけるように近接で仕掛ける!」


 セラが先陣を切り、ダンテが続き、エルメとキキーナがその補佐を行う。

 仕掛けるは絶え間ない斬撃。

 一息もつかせることのない、相手の処理能力をパンクさせるための連撃。

 それを全方位から行う。


「悪くない」


 全方位からの全力の攻撃――これが受け止められることもまた、セラの予想通り。

 トーマが振るう鞭は甘くない。

 伸縮自在の上に拘束。打撃によって防壁の如く、あらゆる攻撃を弾いている。

 しかし、それこそがセラの狙い。


「――そこぉっ!」


 全方位に対応すれば、疎かになる部分も存在する。

 否、そういう部分が出るようにセラはコンビネーション攻撃に癖を付けた。

 相手に隙が無いのならば、隙を生み出すように攻撃すればいい。

 その理屈の下、セラは先ほどの全身全霊を行使するほどの一撃を放った。


「だが、相手も罠を仕掛けるものだ」


 そう、トーマがセラの意図を見抜き、わざと作った隙へと、まんまと全身全霊を注ぎ込んでしまったのである。

 当然、その代償は安くない。


「がぁっ!?」


 カウンターのように振るわれた鞭の先端が、セラの鳩尾を穿つ。

 とっさに魔力を集中させて防御したが、それでもセラのダメージは軽くない。

 衝撃が臓腑を揺さぶり、喉の奥からは血の味がせり上げる。少しでも気を抜けば、倒れてもおかしくないほどのダメージだ。


「っづ、う、が」


 呻き、よろめき、それでもセラは再度剣を構える。

 構える、が。


「う、ううぅ……」


 渾身の作戦を迎撃されたセラにはもはや、打てる手など残っていなかった。



●●●



「余裕? いやいや、父さんはいつも頑張っていますよ! 頑張っているというか、正直、駄目だと思った時は何度もあるというか――あ、いやいや! 余裕! 超余裕! 父さん、最強の騎士だしぃ!」


 セラが思い出すのは、在りし日の思い出。

 ほんの好奇心で、父親の強さの理由を知りたくなった時のこと。

 どんな相手、どんな戦場からでも帰還する、そんな父親が、どうしてそんなに強いのかを知りたくなった時のこと。


「まぁ、ね。父さんも人間です。正直、戦ってしんどい相手もいます。特に、S級魔物の相手とか最悪です。地力が完全にこっちを上回っている癖に、中々に賢いんだからもう大変です。本当に駄目かと思う時も何度もありました」


 父親はセラが怯えないように細心の注意を払いつつ、その好奇心に答えた。


「だけど、そんな時はいつも胸の中に大切なものを思い浮かべるんだ。そうすれば、限界は超えられる。何度も、何度も、限界を超えて戦える――――父さんはね、そうやって、自分よりも強い奴に勝ってきたなぁ」


 限界を超えること。

 好奇心の答えにしては、身も蓋も無い脳筋な答え。

 けれども、セラはそれに失望することなく、父親から貰った『答え』として、大切に胸に刻み付けていた。




 現在、セラは父親の言葉を思い出していた。

 どうしようもない状況に陥った時は、大切なものを思い出して限界を超える。

 そんな荒唐無稽な根性論を思い出して、けれども、今縋れるものはそれしかないのだと気づいた。


「さぁ、どうする?」


 セラへと問いかけるトーマの足元には、倒れ伏す仲間たちが居た。

 三体全て、完全に無力化されている状態だった。

 もはや、セラは仲間に頼ることは出来ない。

 残されたのは、手の中にある聖剣。

 後は、ほんの少しの体力と魔力のみ。


「諦めるか?」

「――――まさか!」


 だが、それでもセラはトーマの勧告を拒否した。

 諦めない。

 絶対に諦めない。

 弟子入りするためでもあるが、この場で挫けたら、セラは自分が復讐すらもいつか諦めることを察していた。

 故に、セラは聖剣を構え、トーマと相対する。


「一撃、必ず入れて見せます」


 万策は尽きた。

 仲間は倒れた。

 それでも、まだ胸の闘志は消えていない。

 限界だったとしても、その先へと踏み入る覚悟はある。


「父さん、私に力を!」


 残り全ての力を振り絞り、セラはトーマの下へ飛び込む。

 もはや、小細工は要らない。

 限界を超えて、己の最高を更新した剣技を持って、トーマに一撃を加えんとする。


「おぉおおおおっ!!」


 振るう剣はもはや、嵐の如く。

 一切合切、あらゆるものを吹き飛ばすほどの威力を秘めていて。

 間違いなく、現在のセラの限界を超えた一撃だった。


「前にも言ったが、格上に正面から挑んでどうする?」


 ただ、それでも、セラの限界を超えた一撃をもってしても、トーマの防御は崩れない。

 トーマが振るう鞭は鋭く嵐を切り裂き、ぱしぃんっ! とセラの手元で炸裂した。


「あっ」


 痛みと衝撃で、セラの手から聖剣が弾き飛ばされる。

 父親の形見が、己の力の象徴が手の内から無くなる。

 この時、セラの心は確かに折れた。

 敗北を認めてしまった。


「――――あぁ、こうか」


 しかし、満身創痍で心も折れた虚脱の状態の中、だからこそ、セラは極意を得る。

 形成するは、小さな刃。僅かな魔力で形成した、カッターナイフよりも小さい、物質化した魔力の刃。

 それをセラは気の抜けた動きで振るう。

 虚脱し、無駄な力が抜けきった流麗なる動きで、最後の一撃を振るう。


「ふむ」


 それは、僅かな赤い線のようなものだった。

 傷にもカウントされるかどうか怪しい、頬に刻まれた一筋の切り傷だった。


「見事だったよ、セラ」


 けれども、それは間違いなく、鞭の防御を切り裂いて届かせた一撃で。


「合格だ」


 精魂尽き果て、薄れゆく意識の中、セラは確かに望んでいた言葉を聞いたのだった。

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