表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/155

第40話 因縁

 男は極東の生まれだった。

 王国の威光が届かぬ未開拓地域。

 その一角に住まう、少数民族の一人として生を受けたのである。


『強くあれ。強くなければ食われるのみ』


 少数民族が住まう村には、一つの絶対的な掟があった。

 それが勇往邁進。

 強くなることを止めないこと。

 女子供だろうが、老人だろうが、強くあろうと日々を鍛えて過ごすこと。

 停滞や諦観は害悪であり、村の中では恥だった。

 何故、そのような掟が出来たのかと言えば、偏に未開拓地域の過酷さ故に。

 少数民族が住まう場所は、四六時中、魔物の襲撃がある。

 主に下級の魔物による襲撃だが、それでも人間にとっては荷が重すぎた。

 英雄個体ならぬ、ただの人間たちには、荷が勝ちすぎる襲撃だった。

 ならば、住む場所を移すか、テイマーを用心棒として雇用するのが王国の常識なのだが、この少数民族は違っていた。


『魔物だろうが、我らと同じ生き物。急所を抉れば死ぬはずだ!』


 脳みそが筋肉で出来ているのかお前は? と言われてしまいそうなごり押し策を貫いたのだ。

 住民の非戦闘員に至る一人一人まで鍛え上げて、戦力として対抗する。

 強く、強く、人間の限界を超えんばかりの鍛錬を貸して、魔物たちの襲撃を防ぐ。

 そんな、馬鹿みたいに脳筋が集まった村で、その男は育てられた。


「まったく、弱々しい! お前は本当にこの村の住民か!?」


 しかし、男は生来気が小さく、戦うことが苦手な性格だった。

 何かを傷つけるよりも、何かを作ることを好む。

 その気質は、王国の一般的な居住区ならば個性として受け入れられただろう。多少、頼りないとは思われつつも、職人の大切さを知る者たちはその気質を歓迎しただろう。

 だが、男が住んでいた村は違っていた。

 職人の大切さを知らなかったわけでは無い。

 ただ、その村では職人ですらも戦うのだ。魔物と戦うのだ。

 戦うことこそが、その村では最低限の義務だったのだ。

 故に、男は住民たちに侮蔑の視線を向けられ、時には暴行を受けながら、鬱々とした暮らしをしていたのである。


「あはははっ! なぁーに、暗い顔をしているのさ?」


 そんな男にも唯一の希望があった。

 生きる理由があった。

 それは、幼馴染の少女だ。


「ほら、お芋を持ってきてあげたから。一緒に食べよう?」


 全てが敵の村の中に於いて、幼馴染の少女だけが唯一の味方だった。

 面と向かって村人たちを非難することは無かったが、影でこっそりと助けてくれた。

 例えば、食事抜きで外に追い出されていた時、こっそりと自分の家から食事を持ってきたりなど。小さくとも、確実に男の命を繋ぐ手助けをしてくれていた。


「まったく、馬鹿馬鹿しいよね。人間程度がいくら鍛えたところで、精々が下級の魔物を撃退出来る程度なのに。上級の魔物には絶対に勝てずに、あっさりと殺されるのに。その程度の強さを誇るなんてどうかしているよ」


 幼馴染の少女は皮肉屋だった。

 村の掟や理念に対して、懐疑的であり、常日頃から不満を持っていた。


「私程度の才能に期待するなんて、ほんと、どうかしている」


 そして、幼馴染の少女は剣の天才だった。

 村が出来てから――否、少数民族が極東に流れてくるよりも前から、随一の才能を持つ剣士だった。

 周囲の誰もが少女に期待し、将来は村の中心人物になることが約束されているはずだった。


「私なんかよりも、君の方がずっと強いのに」


 そんな少女は度々、男のことを強いと称していた。

 生まれてこの方、稽古でも誰かに勝利したことなど無く、魔物の襲撃からはへっぴり腰で逃げ出す。そんな男のことを何故か、少女は強いと言っていた。


「うん? 嘘でも慰めでもないよ。君は強い。きっと、人間として最高値の才能を持っている。今まで負け続きなのはきっと、勝つ必要が無いからだ。勝つ必要がある時、本当に戦わなければならない時、君はきっと誰よりも強くなるよ」


 男は少女の言葉を信じていなかった。

 自分が強いはずが無いし、『勝つ必要がある時』なんて一生来ないと思っていた。

 けれども、男にとっては少女の期待が唯一、生まれた時から唯一、先の未来を言祝ぐものだったのである。

 だからこそ、荒唐無稽と思いながらも少女と、この皮肉屋な幼馴染と約束してしまったのだ。


「だから、『その時』が来たら、躊躇わずに戦ってね?」


 戦うべき時が来たのならば、逃げないと。

 どんな相手からも逃げず、躊躇わずに戦うと。


「約束だからね?」


 指切りをしてしまったのだ。




 約束を履行する機会は、思ったよりも早くやってきた。


「あははははっ! 弱い、弱い! こんなにも弱いのならば、生きている価値は無いじゃないか! 強くなければ死ね、それがこの村の掟なら――最後に、私が全部片づけてあげよう!」


 少女はある日、村を焼いた。


「あははははっ! あーっはっはっは!」


 何が楽しいのか、血まみれの姿で笑い、次々と村人を殺していった。

 村の中で強いとされている者も、女子供や老人でさえも、一切合切関係なしに斬り殺した。

 少女の前では、その程度の強さなど誤差にしか過ぎないと言わんばかりに。


「さぁ、最後は君だ! 『その時』が来たぞ! 殺し合おう!」


 最後の最後、少女は男の前までやってきた。

 逃げるでもなく、嘆くでもなく、呆然と少女の凶行を眺めていた男の下へと。


「何故って? そんなの強くなるために決まっているさ! 私は強くなる。殺して強くなる。こんな村なんかで収まらない。天下に轟く強者になって、強い魔物も殺して! 私は世界最強の座についてやる!」


 皮肉屋だと思っていた少女はその実、村の中で誰よりも強さに純粋だった。

 純粋すぎるほどに純粋だった。

 だから、村を焼き、住民を殺したのである。

 手っ取り早く、この村の全てを己の糧として、世界に羽ばたくために。


「だから、やろう。君と私の最初で最後の戦いを。私は、どんな結末になっても、君と殺し合いたい。君の本当を知りたいんだ」


 泣きたかった。

 逃げたかった。

 けれども、男は約束をした。

 だから、泣かずに、逃げずに、男は約束を履行することにした。

 たとえ、このまま少女に殺されることになっても、こんな残酷な世界で生き続けるよりは、よほどマシな結末だろうと。

 村で最弱だった男は、村で最強となった殺戮者の少女へ挑んだのである。

 生まれて初めて、本気で。


「……かふっ」


 男は、その戦いのことをよく覚えていない。

 ただ、気付いた時には男が持っていた刀が、少女の胸を深々と貫き、その命を奪っていた。


「ほ、ら。やっぱり、さ。私の、思った、通り、だ。君は、強い。とっても、強い」


 少女が死ぬ。

 自分が殺す。

 その事実は、少女に殺されるよりもよほど男の精神を傷つけ、ひび割れさせて。


「だから、もっと、もっと、強くなって、ね? 世界で、一番、強く、なって。私の、愛しい人が、世界最強だって、きっと、証明して」


 最後の最後、祝うように、呪うように、死に際に放った少女の言葉が、傷口を埋めた。

 歪な形のまま、『強くあれ』とその精神を縛られたのである。


 これが、世界最強を目指す剣士――――マサムネ・ソーキのオリジン。

 叶わなかった、初恋の思い出だ。



●●●



 王国中央部は魔物の出現率は低いが、皆無というわけでは無い。

 街から遠く離れた森の中などには、下級の魔物が徘徊していることもある。


『グルルル』


 そして当然ながら、そんな森の中に手負いの男が倒れていたのならば、都合のいい獲物だと判断されてしまう。

 手負いの男の周囲が軽いクレーター状になっているとか、その程度の異常は気にしない。

 滅多に味わえない人間を食らうため、魔物は手負いの男に近づいて。


「く、ははは」


 ざん、と頭から尻尾まで一刀両断された。


「くはははははっ! いいねぇ、いいねぇ! 最高だぁ!」


 そして、手負いの男――マサムネは血を吐きながら立ち上がる。

 折れた骨も、痛んだ内臓も、吐き出す血も気にせず立ち上がって、マサムネは笑う。

 歓喜に笑う。


「まさか、あれほどの逸材が居たとは! いやはや、気の進まない後始末だけかと思いきや、よもや、あれほどの強者と出会えるとは! あんなの、あの方――魔王様に匹敵する強さじゃあないか!」


 痛みなどまるで気にしない。

 軽く死にかけているダメージなど知ったことかと、マサムネは笑う。

 泣き叫ぶように、笑う。


「あれを倒せれば、きっと小生は強くなれる! 今よりずっと、世界最強に近づける!」

 

 かつて、戦うことを嫌悪していた男は、今や強者との戦いにこそ人生の喜びを見出していた。


「――――とはいえ、借りも先約があるのも事実」


 しかし、マサムネはその喜びのままに動く人間ではない。

 強者との戦いに喜びを見出しながら、渡世の義理を果たす流浪の剣士である。


「楽しみは先に取っておこうか。今は、仕事をしないとねぇ」


 マサムネはふらふらとした足取りながらも、森の外側へ向かって歩いていく。

 己が仕事を為すために。


「有望なテイマーの勧誘と、我らが魔王軍の脅威となる者の暗殺。後者はともかく、前者はミスマッチな仕事だと思うんだけどねぇ」


 魔王軍四天王が一人、マサムネ・ソーキはどことも知れぬ暗がりへと消えて行った。

 胸の内に、確かな喜びと殺意を抱えたまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ