第40話 因縁
男は極東の生まれだった。
王国の威光が届かぬ未開拓地域。
その一角に住まう、少数民族の一人として生を受けたのである。
『強くあれ。強くなければ食われるのみ』
少数民族が住まう村には、一つの絶対的な掟があった。
それが勇往邁進。
強くなることを止めないこと。
女子供だろうが、老人だろうが、強くあろうと日々を鍛えて過ごすこと。
停滞や諦観は害悪であり、村の中では恥だった。
何故、そのような掟が出来たのかと言えば、偏に未開拓地域の過酷さ故に。
少数民族が住まう場所は、四六時中、魔物の襲撃がある。
主に下級の魔物による襲撃だが、それでも人間にとっては荷が重すぎた。
英雄個体ならぬ、ただの人間たちには、荷が勝ちすぎる襲撃だった。
ならば、住む場所を移すか、テイマーを用心棒として雇用するのが王国の常識なのだが、この少数民族は違っていた。
『魔物だろうが、我らと同じ生き物。急所を抉れば死ぬはずだ!』
脳みそが筋肉で出来ているのかお前は? と言われてしまいそうなごり押し策を貫いたのだ。
住民の非戦闘員に至る一人一人まで鍛え上げて、戦力として対抗する。
強く、強く、人間の限界を超えんばかりの鍛錬を貸して、魔物たちの襲撃を防ぐ。
そんな、馬鹿みたいに脳筋が集まった村で、その男は育てられた。
「まったく、弱々しい! お前は本当にこの村の住民か!?」
しかし、男は生来気が小さく、戦うことが苦手な性格だった。
何かを傷つけるよりも、何かを作ることを好む。
その気質は、王国の一般的な居住区ならば個性として受け入れられただろう。多少、頼りないとは思われつつも、職人の大切さを知る者たちはその気質を歓迎しただろう。
だが、男が住んでいた村は違っていた。
職人の大切さを知らなかったわけでは無い。
ただ、その村では職人ですらも戦うのだ。魔物と戦うのだ。
戦うことこそが、その村では最低限の義務だったのだ。
故に、男は住民たちに侮蔑の視線を向けられ、時には暴行を受けながら、鬱々とした暮らしをしていたのである。
「あはははっ! なぁーに、暗い顔をしているのさ?」
そんな男にも唯一の希望があった。
生きる理由があった。
それは、幼馴染の少女だ。
「ほら、お芋を持ってきてあげたから。一緒に食べよう?」
全てが敵の村の中に於いて、幼馴染の少女だけが唯一の味方だった。
面と向かって村人たちを非難することは無かったが、影でこっそりと助けてくれた。
例えば、食事抜きで外に追い出されていた時、こっそりと自分の家から食事を持ってきたりなど。小さくとも、確実に男の命を繋ぐ手助けをしてくれていた。
「まったく、馬鹿馬鹿しいよね。人間程度がいくら鍛えたところで、精々が下級の魔物を撃退出来る程度なのに。上級の魔物には絶対に勝てずに、あっさりと殺されるのに。その程度の強さを誇るなんてどうかしているよ」
幼馴染の少女は皮肉屋だった。
村の掟や理念に対して、懐疑的であり、常日頃から不満を持っていた。
「私程度の才能に期待するなんて、ほんと、どうかしている」
そして、幼馴染の少女は剣の天才だった。
村が出来てから――否、少数民族が極東に流れてくるよりも前から、随一の才能を持つ剣士だった。
周囲の誰もが少女に期待し、将来は村の中心人物になることが約束されているはずだった。
「私なんかよりも、君の方がずっと強いのに」
そんな少女は度々、男のことを強いと称していた。
生まれてこの方、稽古でも誰かに勝利したことなど無く、魔物の襲撃からはへっぴり腰で逃げ出す。そんな男のことを何故か、少女は強いと言っていた。
「うん? 嘘でも慰めでもないよ。君は強い。きっと、人間として最高値の才能を持っている。今まで負け続きなのはきっと、勝つ必要が無いからだ。勝つ必要がある時、本当に戦わなければならない時、君はきっと誰よりも強くなるよ」
男は少女の言葉を信じていなかった。
自分が強いはずが無いし、『勝つ必要がある時』なんて一生来ないと思っていた。
けれども、男にとっては少女の期待が唯一、生まれた時から唯一、先の未来を言祝ぐものだったのである。
だからこそ、荒唐無稽と思いながらも少女と、この皮肉屋な幼馴染と約束してしまったのだ。
「だから、『その時』が来たら、躊躇わずに戦ってね?」
戦うべき時が来たのならば、逃げないと。
どんな相手からも逃げず、躊躇わずに戦うと。
「約束だからね?」
指切りをしてしまったのだ。
約束を履行する機会は、思ったよりも早くやってきた。
「あははははっ! 弱い、弱い! こんなにも弱いのならば、生きている価値は無いじゃないか! 強くなければ死ね、それがこの村の掟なら――最後に、私が全部片づけてあげよう!」
少女はある日、村を焼いた。
「あははははっ! あーっはっはっは!」
何が楽しいのか、血まみれの姿で笑い、次々と村人を殺していった。
村の中で強いとされている者も、女子供や老人でさえも、一切合切関係なしに斬り殺した。
少女の前では、その程度の強さなど誤差にしか過ぎないと言わんばかりに。
「さぁ、最後は君だ! 『その時』が来たぞ! 殺し合おう!」
最後の最後、少女は男の前までやってきた。
逃げるでもなく、嘆くでもなく、呆然と少女の凶行を眺めていた男の下へと。
「何故って? そんなの強くなるために決まっているさ! 私は強くなる。殺して強くなる。こんな村なんかで収まらない。天下に轟く強者になって、強い魔物も殺して! 私は世界最強の座についてやる!」
皮肉屋だと思っていた少女はその実、村の中で誰よりも強さに純粋だった。
純粋すぎるほどに純粋だった。
だから、村を焼き、住民を殺したのである。
手っ取り早く、この村の全てを己の糧として、世界に羽ばたくために。
「だから、やろう。君と私の最初で最後の戦いを。私は、どんな結末になっても、君と殺し合いたい。君の本当を知りたいんだ」
泣きたかった。
逃げたかった。
けれども、男は約束をした。
だから、泣かずに、逃げずに、男は約束を履行することにした。
たとえ、このまま少女に殺されることになっても、こんな残酷な世界で生き続けるよりは、よほどマシな結末だろうと。
村で最弱だった男は、村で最強となった殺戮者の少女へ挑んだのである。
生まれて初めて、本気で。
「……かふっ」
男は、その戦いのことをよく覚えていない。
ただ、気付いた時には男が持っていた刀が、少女の胸を深々と貫き、その命を奪っていた。
「ほ、ら。やっぱり、さ。私の、思った、通り、だ。君は、強い。とっても、強い」
少女が死ぬ。
自分が殺す。
その事実は、少女に殺されるよりもよほど男の精神を傷つけ、ひび割れさせて。
「だから、もっと、もっと、強くなって、ね? 世界で、一番、強く、なって。私の、愛しい人が、世界最強だって、きっと、証明して」
最後の最後、祝うように、呪うように、死に際に放った少女の言葉が、傷口を埋めた。
歪な形のまま、『強くあれ』とその精神を縛られたのである。
これが、世界最強を目指す剣士――――マサムネ・ソーキのオリジン。
叶わなかった、初恋の思い出だ。
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王国中央部は魔物の出現率は低いが、皆無というわけでは無い。
街から遠く離れた森の中などには、下級の魔物が徘徊していることもある。
『グルルル』
そして当然ながら、そんな森の中に手負いの男が倒れていたのならば、都合のいい獲物だと判断されてしまう。
手負いの男の周囲が軽いクレーター状になっているとか、その程度の異常は気にしない。
滅多に味わえない人間を食らうため、魔物は手負いの男に近づいて。
「く、ははは」
ざん、と頭から尻尾まで一刀両断された。
「くはははははっ! いいねぇ、いいねぇ! 最高だぁ!」
そして、手負いの男――マサムネは血を吐きながら立ち上がる。
折れた骨も、痛んだ内臓も、吐き出す血も気にせず立ち上がって、マサムネは笑う。
歓喜に笑う。
「まさか、あれほどの逸材が居たとは! いやはや、気の進まない後始末だけかと思いきや、よもや、あれほどの強者と出会えるとは! あんなの、あの方――魔王様に匹敵する強さじゃあないか!」
痛みなどまるで気にしない。
軽く死にかけているダメージなど知ったことかと、マサムネは笑う。
泣き叫ぶように、笑う。
「あれを倒せれば、きっと小生は強くなれる! 今よりずっと、世界最強に近づける!」
かつて、戦うことを嫌悪していた男は、今や強者との戦いにこそ人生の喜びを見出していた。
「――――とはいえ、借りも先約があるのも事実」
しかし、マサムネはその喜びのままに動く人間ではない。
強者との戦いに喜びを見出しながら、渡世の義理を果たす流浪の剣士である。
「楽しみは先に取っておこうか。今は、仕事をしないとねぇ」
マサムネはふらふらとした足取りながらも、森の外側へ向かって歩いていく。
己が仕事を為すために。
「有望なテイマーの勧誘と、我らが魔王軍の脅威となる者の暗殺。後者はともかく、前者はミスマッチな仕事だと思うんだけどねぇ」
魔王軍四天王が一人、マサムネ・ソーキはどことも知れぬ暗がりへと消えて行った。
胸の内に、確かな喜びと殺意を抱えたまま。




