第4話 モンスターバトル
「これから、交流戦を行う」
トーマが入学した翌日、テイマー科の新入生たちは校庭に集められた。
「ルールはデフォルト。最大三体までの手持ちの魔物を出すことを許可する。審判は私たち教師陣が行うので、その指示に従うように。無いとは思うが、『対戦結界』を破壊する力を持った魔物による攻撃はあらかじめ申請するように。事前に、可能な限り結界を強化する。結界内の損耗や負傷は『巻き戻し』により無かったことになるが、結界が壊れてしまえば、その機能も働かなくなるからな」
各クラスの担任教師が、それぞれ交流戦に関する説明をしている。
だが、新入生たちのほとんどはその説明をワクワク感で聞き流していた。
何故ならば、基本的にテイマー同士の試合のルールはデフォルトから変わらず、また、いよいよ待ちに待ったテイマーとしての腕試しが出来るのだから、退屈な説明など聞き流しても仕方がないだろう。
「……結界を壊す攻撃には申請が必要なのか。あっぶな、危うくアゼルに開幕ぶっぱをさせるところだった」
なお、極々一部の当事者――トーマだけはその説明を聞いて、何度も頷いていたのだが。
「対戦表は教師側でランダムに決めさせてもらう。残念ながら、時間の余裕は無く、総当たりは実現できないが、可能な限り多くの学生同士が戦えるように配慮しよう」
担任教師たちの説明は終わり、テイマー科の学生たちのソワソワが段々と高まっていく。
この場に集まった者たちは誰しも、魔物を仲間にして使役する――現代の認識としては『恐れ知らずの若者』たちだ。その力を試したくて仕方がないらしい。
「では、これから第一回戦の対戦表を発表する。各自、発表された者は素早く、手持ちの仲間を迎えに行き、所定の場所に着くように」
浮ついた学生たちは、己の名前が呼ばれるのを心待ちにしながら、今後の展開に思いをはせる。自らの実力を、仲間たちの実力を見せつけて、周囲から一目置かれる未来の自分が確かに存在すると信じて。
ほとんどが、自らが敗北した時の惨めさなど考えもせずに。
◆◆◆
ヴォイド・アーズは裕福な家の生まれだった。
両親は、魔導機械の製造に関わる会社をいくつも経営しており、幼い頃から金に困った経験などはしたことがなかった。
加えて、ヴォイドは両親の下に生まれた三兄弟の内の末っ子。
兄弟の中では最も責任が軽く、自由に動くことを許される立場にあった。
故に、ヴォイドは魔導機械に関わることよりも、テイマーとして魔法学園に進む道を選んだのである。
テイマーを志したきっかけは、幼少時の頃の思い出。
ある日、家族で王国南部の観光地へ遊びに行った時、大型魔物による襲撃を受けたこと。
両親も含めて、周囲に居る人間――子供も大人も関係なく、その大型魔物の出現に狼狽し、踏みつぶされてしまいそうになった時、とあるテイマーが颯爽と姿を現したのだ。
そのテイマーは使役した魔物たちに素早く指示を出し、瞬く間に大型魔物を討伐して見せたのである。
「もう大丈夫だぞ、坊主」
そして、偶然近くに居たヴォイドへ、安心させるように微笑みかけたのだ。
ヴォイドはそのテイマーの姿を胸に刻み付け、憧れとした。
その時までは、両親の影響で、テイマーは命知らずの馬鹿がやるような仕事だと思っていたのだが、テイマーの恰好良さに偏見は焼き切れ、代わりにテイマーに対する憧憬を抱くことになったのである。
テイマーを志すようになったヴォイドは、その仕事の内容を学んだ。
有名なテイマーの自伝を読み漁り、テイマーたちの仕事ぶりをまとめた情報誌を毎週欠かさずに買い集め、大きな図書館に出向いてはテイマーの歴史を読み解いた。
結果、ヴォイドが辿り着いた答えは一つ。
――――基本、強い魔物を使役したテイマーが強い。
身も蓋も無く、当たり前なことであるが、テイマーとしての実力の大半は使役した魔物のランクで決まる。
無論、強い魔物を使役すること自体が困難であることを考えれば、強い魔物を使役できるといことは、それだけ優れたテイマーとしての技量があるということにも繋がる。
魔物の使役以外にも、テイマーには様々な技量が求められることもあるが、基本的にはやはり、魔物を使役すること。それがテイマーにとっての中核だとヴォイドは察していた。
だからこそ、ヴォイドは躊躇わなかった。
「お父様、お母様。僕の未来に投資していただけませんか?」
家の力を使うことを。
金の力により、上級のテイマーを雇うことも。
上級のテイマーからその技術を習うことも、高位の魔物を使役することに協力してもらうことも。
何一つ躊躇わず、ヴォイドはテイマーとしての技量を高めた。
何故ならば、知っているからだ。
この世界にはヴォイドと同世代ながらも、既に頭角を出し始めているテイマーが存在することを。自分自身がテイマーとして出遅れていることも。
故に、ヴォイドは躊躇わない。
たとえ、家の力だろうが存分に使い、出遅れた分を取り戻すかのように強くなる。
強い魔物を使役して、強いテイマーになる。
幼い頃、自分を救ってくれたテイマーのように。
「さぁ、やってやろう。ここから、僕の伝説が始まるのだ」
だからこそ、ヴォイドにとってこの交流戦は、自分の実力を図るための、ちょうどいい試金石だった。
「お、入学式の時の!」
「うげっ」
ヴォイドの最初の相手はトーマに決まった。
ランダム要素による決定であるが、ヴォイドはトーマが笑顔で声をかけてきた時、思わず苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべてしまった。
「ヴォイドって言うんだな? 正々堂々と戦おうぜ!?」
「あ、ああ……」
何故ならば、この爽やかな笑みを浮かべた傷顔の男子は、ヴォイドをして『よくわからない』人間だからである。
ただ単に、喧嘩を仲裁しようとしただけの人間だったのならば、お人よしや平和主義だと納得できる。だが、トーマは何か違っていた。
ヴォイドが魔物を召喚し、緊張した状況にあった中、平然と、何でもないように間に割って入ってきたのだ。下手をすると魔物同士の衝突があるかもしれないのに、その間に立ち、いつの間にか二人の背中を叩いていたのだ。
単なる無謀なのか? それとも、『それぐらいならばどうとでもなる』と判断して割り込んだのか、ヴォイドにはさっぱり理解できない。
愚者なのか、強者なのか理解できない。
ただ、只者ではないことだけは理解できた。
「イバラ、ゴロー、トナー、召喚」
だからこそ、ヴォイドは油断しない。
自らが使役する魔物を召喚していく中、トーマの手持ちの魔物を観察する。
「じゃあ、手筈通りに、アゼル」
「……まぁ、吾輩は別に貴様がいいのなら、それでいいが」
トーマの手持ちの魔物は一体のみ。
角を持つ人型の少女だけだ。
だが、外見にヴォイドは騙されない。いくら外見がか弱い少女のような姿でも、ヴォイドは自らの手持ちの魔物たちが、その少女へ畏怖を向けているのを感じ取っていた。
そうなると、上級の魔物――下手をすればA級もあり得るような相手。
油断できるわけがない。
「……イバラ。僕がサポートする。最初から全力で行くぞ」
『了解した、マスター』
ヴォイドは静かに、魔術の発動媒体である杖を構えた。
今回の交流戦に於けるルールはデフォルト。
基本的には、魔物同士の戦い。
テイマーを傷つける行為は禁止されている。
だが、テイマーから魔物たちへの干渉は禁止されていない。魔物同士が戦う結界内に足を踏み入れることは出来ないが、遠距離から手持ちの魔物に支援魔術を発動させたり、相手の魔物に妨害の魔術を放つことも可能だ。
無論、だからと言って、安全圏から持ち込んだ魔導兵器をぶち込む、なんて真似は出来ない。デフォルトルールでは持ち込むアイテムは、事前に審判によってチェックを受けて、規定を超える類のものであれば、持ち込みを禁止されるからだ。
その点、ヴォイドが持つ杖は、その規定をしっかりとクリアしたものだった。
単なる魔術の発動媒体であり、あくまでもヴォイドの魔術を補佐する類のものでしかない。
それでも、ヴォイドなりに考えた、勝率を上げるためのアイテムだった。
「では、これからヴォイド・アーズとトーマ・アオギリによる試合を始める!」
そして、準備は整えられ、試合は始まった。
「イバラっ!」
何度も繰り返した補助魔術。
対象に風の付与を行い、速度を向上させるバフ魔術。
ヴォイドはそれを、新人離れした速度で発動させて。
「せいっ!」
――――イバラの頭部が、痛烈なる衝撃によって弾かれた。
「…………は?」
向かい合ったトーマの魔物――それよりも向こう側に居る、テイマーの場所から、トーマが思い切り石を投げ込んだが故の衝撃だった。