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第39話 不戦敗まで、後どれくらい?

 トーマは困惑していた。

 何せ、セラとマサムネ――僅かながらでも自分の交流のある相手同士が殺し合いをしていたのだ。しかも、凄まじい爆音が轟いてきた場所で。

 とりあえず、このままだとセラが確実に死ぬことになるので、とっさに間に入って戦いを中断させたものの、何故こうなったのかはさっぱりわからない。


「あ、貴方は……トーマさん!」

「…………へぇ」


 一方、止められた二人の反応はそれぞれだ。

 単純に驚愕しているだけのセラ。

 自らの一刀をあっさりと止められたことに、愉悦を見出しているマサムネ。

 どちらが悪いかはともかく、どちらが強いかというのならば、既に臨戦態勢を取っているマサムネの方が圧倒的に強かった。


「えーと、まず、理由を聞いてもいいかな? 二人とも」


 故に、トーマはこの場の戦意を散らすように、努めて明るく声を上げた。

 何せ、トーマは大会が事実確認を行っている時間の間に、ちょっと様子を見に来ただけなのだ。如何にも厄介そうな事情が絡んだ戦いには巻き込まれたくない。さりとて、セラを見殺しにするのもどうかと思ったので、とりあえず二人の間に立つことにしたのだ。


「理由……わ、私は……」


 ただ、理由を訊ねられたセラは即座に反応できない。

 これは自らの殺意を明かすことを嫌がっているのではなく、単純に気が抜けてしまったのだ。

 己の全力すら及ばぬ相手から、死の一撃を受ける寸前だったのだ。トーマのおかげで死なずに済んだものの、その精神的なショックは決して軽くない。


「ああ、悪いのは小生の方ですぜ、恩人殿。小生がそのお嬢さんの父親を殺し、今しがた、復讐されていたところでさぁ」


 対して、マサムネの方は飄然と剣呑だった。

 弁解する気は欠片も無く、むしろ自身を悪しざまに言うことでトーマの敵意を誘い、今すぐにでも戦いを始められるように、警戒態勢は解かない。


「ふぅむ」


 二人の反応に、トーマは少し困ってしまった。

 理想としては、言葉で仲裁して、さっさと会場に戻ること。

 けれども、セラの方は気が抜けてろくに舌も回らない有様。

 マサムネの方は、何故か戦意たっぷりの視線をトーマに向けてくる。

 仮に、マサムネが語ることが真実だとすれば、悪いのは確かにマサムネの方だ。だが、世の中は往々にして様々な事情が絡み合うものである。復讐というデリケートな事情に、トーマは踏み込むつもりは無かった。


「ええと、おじさん」

「なんですかい、恩人殿」

「俺がこの人を引っ張って逃げたら、おじさんは見逃す?」

「生憎、剣士として屠ると決めたばかりなんで」

「なるほどぉ……はぁ。じゃあ、仕方がないか」


 ただ、このままだと確実にセラが死ぬというのならば、トーマはマサムネの前に立ち塞がるしかない。僅かな関係性しかない相手だが、それでも死んでほしくないと願う程度には、トーマは善人だったのである。


「く、くくく、やめて欲しいねぇ、恩人殿。小生はあんたに借りがあるんだ。それを返す前に、殺し合いなんて、とても、とても」

「だったら、その殺気を抑えてくれよ。俺だって逃げ出せるものなら、この人を掴んで逃げ出すんだけどさぁ……そうするにはおじさんは強すぎる」

「くくくっ、ならば妥協してこうしましょうぜ、恩人殿」


 トーマとマサムネ、二人が発する威圧はセラを委縮させ、周囲に集まろうとしていた野次馬を散らせるには十分すぎる代物だった。

 何の変哲もなかった路地裏は今や、易々と生物が踏み入ることが出来ない領域となっている。


「一合だけ、戦いましょうや」


 従って、二人の戦いを止める者など存在しない。


「一合。どのような結果になっても、一合を過ぎれば、とりあえずこの場はお嬢さんを殺そうとするのを止めますんで。これが義理と信条の妥協点でさぁ」

「なるほど。わかりやすくていいね、まったく」


 愉悦を抑えきれないマサムネに、トーマは大仰に肩を竦めて応えた。


「んでは」

「そういうことで」


 そして、圧倒的強者である二人の殺し合いが始まる。


「――――っ!!?」


 瞬時にぶつかり合う二人の殺気に、まずセラが溺れるように喘いだ。

 マサムネが放つ殺気は、明らかにセラと戦っていた時とは次元が違う。ただ、その場に居るだけで心臓が止まるほどのものだ。

 だが、相対するトーマの殺気もまるで劣っていない。さながら、超巨大な怪物が眼前に居るかの如き圧迫感と無力感を、他者へと押し付けるものだ。


「「…………」」


 向かい合う二人は、無言。

 互いに極限まで集中力を高めている。

 一合。

 たった一度の交差。

 されども、達人の領域に至った、あるいは超えた者たちならば、それだけの戦いで互いの命脈を断ち切ることも不可能ではない。

 故に、これは間違いなく殺し合いだった。

 マサムネは一合に全力を尽くし、恩人なれども『求めていた強者』を殺すために。

 トーマは、マサムネから向けられる全力の殺意を凌駕するために。


「「…………」」


 無言のまま、二人は睨み合う。

 互いの視界の中にあるのは、想像の戦いだ。

 互いの行動を予測し合い、想像の中で殺し合っているのである。

 だからこそ、二人は無言ながらも汗を流し、何度も構えを変えつつ、己の中の最善を探り合って。


「う、あ」


 その想像での殺し合いを察したセラが上げた、小さなうめき声。

 それをきっかけに、二人は動き出した。

 弾かれたように互いの距離を肉薄。

 音速を超えた領域へと踏み入った二人は、各々が持つ必殺の一撃を振るう。


「しぃっ!」


 鋭い呼気と共に放たれるは、マサムネの斬撃。

 音を超え、雷ですら切り裂く一撃。

 その切っ先は確かに、トーマに届いた。

 ――――切っ先だけは。


「らぁっ!!」


 ギリギリの見切り。

 切っ先がトーマの皮膚を切り裂き、鮮血が舞う。

 されどトーマの肉は割かれない、骨は断たれない。

 マサムネが一瞬、斬ったと錯覚するほどにギリギリの見切りの後、更に踏み込んで渾身の拳を振るう。


「がっ」


 ――――ドンッ!!!


 マサムネのうめき声と、轟音は同時に響いた。

 それは、渾身の一撃を打ち込んだ相手が、路地裏から高々と吹き飛んでいく音。

 まるで何かのコメディの如く、マサムネはトーマの一撃により、この場から退場させられてしまったのだ。


「…………ふぅー」


 トーマはマサムネが空の彼方に消えていく瞬間を見届けると、大きく息を吐いた。

 そして、切り裂かれた皮膚を回復魔術により即座に治して。


「威力を大分殺された。ありゃあ、生きているな、確実に」


 強敵を仕留めそこなったことに関する、複雑な想いを呟いた。




 セラは圧倒されていた。

 自分を、自分たちを遥かに超える力を持った者同士の戦いに。


「…………強すぎます」


 異様な強さだった。

 勝利したトーマも、トーマの一撃から生き延びたらしきマサムネも。

 セラよりも遥か高みにある強さだった。

 トーマとマサムネが睨み合った際、行っていた想像と予測の殺し合いですら、セラは半分も理解できていない。

 最終的にはシンプルな刃と拳の交差で勝負は決されたのだが、その過程には数多のけん制があったことは分かる。だが、そのけん制の数々をセラでは負いきれなかったのだ。


「んじゃあ、俺は会場に戻るから。早くしないと不戦敗になっちゃう」


 セラが圧倒されている中、トーマは、用事は済んだとばかりにこの場から立ち去ろうとする。


「あ、待ってください」


 立ち去ろうとするトーマの背中を、セラは思わずというように呼び止めた。

 何か考えがあったわけではない。

 それでも、何かを言わなければ、問わなければならないと、セラは必死に己の中から言葉を振り絞って。


「どうして、貴方はそんなに強いのですか!?」


 結局、口から出たのは疑問と嫉妬の言葉だ。

 自分よりも年下と思しきトーマの強さ、それに対する疑問と嫉妬の言葉だ。

 口に出した瞬間、『なんて馬鹿みたいなことを』とセラが恥じ入ってしまうような言葉だ。


「んー、まぁ、そうだな」


 けれども、トーマはあっさりとセラの言葉に応えた。


「大切な人を失わないように、守り続けた……だから、強いのかもな?」


 どこか冗談めかして、それでいて間違いなく本気の答えを返した。


「んじゃあ、今度こそ、バイバイ。また会った時は、テイマー同士として交流しようぜ?」


 トーマは己の言葉が恥ずかしかったのか、直ぐに背を向けてこの場から立ち去った。

 ひらひらと気安く手を振って、再会を望む言葉を残して。


「守るための、強さ……父さんも、そうだったのかな……」


 戦いの痕跡が残る路地裏に、セラは一人で呆然と立ち尽くす。


「だけど、それでも、私は」


 だが、しばらくして、セラの瞳に意思の光が宿った。

 復讐の灯だけでなく、何か別の決意の光も合わさって。

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