第38話 仇討ち
セラの父親、ゲイン・クロスロードは王国最強の騎士だった。
振るうは白銀の聖剣。
立ち向かうは数多の魑魅魍魎。
白銀の剣閃を迸らせながら、悍ましき『災害指定』の魔物たちに立ち向かうその姿は、王国の強さの象徴だった。
人間以上の力を持った超人たち、英雄個体の中でもさらに上澄み。
単独でS級魔物の討伐実績もある、騎士の中の騎士。
人類の強さの到達点。
それこそが、ゲイン・クロスロードという騎士だった。
「セラよ。父さんな、副業でホットドック屋を始めようと思うんだ」
しかし、セラにとってゲイン・クロスロードとは、いつも真顔でトンチキなことを言い出す父親だった。
「父さん。何故、ホットドック屋なのです?」
「ああ。それを説明するには少し話が長くなる。とりあえず、百年前のパラディアム王国について語っていいか?」
「要点だけ語ってください」
「王都で食べたホットドックが美味しかったから」
「はい、馬鹿ぁ!!」
「馬鹿とは失礼な。父さん、真剣です」
騎士団の仕事をしている時は、白銀の鎧を纏う偉丈夫として、周囲から羨望の眼差しを受けているゲインだったが、娘の前では気楽なスタイルだった。
具体的に言うと、短パンとTシャツだけだった。
しかも、Tシャツには、最近王都で流行している、不細工な猫のキャラクターがプリントされている始末だ。
全然、覇気が欠片も見当たらない。
「真剣だったら余計に駄目です! 馬鹿が大馬鹿にランクアップします!」
「何故に?」
「王国最強の騎士が、道端でホットドックを売らないでください!」
「それは差別か?」
「区別だよ、国家公務員! 副業禁止のはずでしょうが!」
「しまった。盲点だったか」
「盲点以前の大前提ですが!? 大体、王族の方も困るでしょうが! 最強の騎士が道端でホットドックを売っていたら!」
「ふっ。家族のためには、時に夢も諦めなければならない……それが現実か」
「何が夢ですか! どうせ、思いついたのは昨日でしょう!?」
「夢を思うことに時間は関係ない。肝心なのはどれだけ本気なのか、だ」
「本気でホットドックを売ろうと考えていたなら、これから『父さん』じゃなくて、『親父』と呼ばせてもらいますが?」
「夢よりも娘! これが俺のジャスティス!!」
家に居る時、ゲインはふざけた父親だった。
外で仕事をしている時は至極真面目だというのに、家の中に居る時は常にボケ倒すような、困った父親だった。
「まったく、父さんはこれだから」
けれども、セラはそんな父親が大好きだった。
王国最強の騎士としての父親も。
家の中に居るとぼけた姿の父親も。
どちらも同じぐらい大好きだった。
だから、当然のように、こんな幸福な日々が続くと思っていたのである。
ゲインの訃報がセラの下に届いたのは、王族直下の騎士団が魔王軍討伐に動いてから数日後のことだった。
精鋭中の精鋭、中にはゲインも含めた英雄個体が複数在籍したはずの騎士団は半壊。
文字通り、騎士団の半数が殺されて、残ったのは王都の守護に就いていた者のみ。
騎士の死体のどれもが、恐ろしく鋭い刃物による切り傷――否、切断面があった。
そして、肝心のゲインは――――首なしの死体として、王都の中央公園に晒されていたのである。
「嘘だ」
セラはその訃報を信じなかった。
何故ならば、ゲインは王国最強の騎士だったからだ。
自慢の父親だったからだ。
今まで、どれだけの逆境を経験しても、けろりとした顔で帰ってくる。そんな、死んでも死なないような人間だったのだ。
きっと何かの間違いだろうと、セラはその訃報を信じなかった。
「ええと、ここがクロスロードさんのお宅ですね。はい、こちらお届け物ですぅ」
妙にへらへらとした顔の宅配業者から、その木箱を渡されるまでは。
「出来る限り、綺麗に整えておきましたんで。ええ、本当はあんな真似はしたくなかったのですが、あの方のご命令ですので、仕方がなく。ですが、ご安心ください。お嬢さん、あんたの父親は本当に強かった。それは誰にも否定させやしない」
父親の首の入った木箱を、手渡されるまでは。
「では、願わくば健やかに、幸せにお過ごしください。ええ、それがあんたの父親の遺言でしたのでね?」
セラは衝撃のあまり、動けなかった。
父親の首が入った木箱を抱きかかえたまま、見送ってしまった。
「二度と会わないことを祈ってますぜ、お嬢さん」
そのへらへらとした顔の男を。
恐らくは、父親の仇を。
●●●
セラは、この『偶然』に感謝していた。
父親の仇と偶然遭遇したことに、運命を感じていた。
仇討ちをするのだと、世界が自分に語っているかのような錯覚にすら陥っていた。
だが、そんな状態でもセラの剣技は鈍らない。
「おぉおおおおおっ!!」
振るわれるは、白銀の大剣。
父親の形見として譲り受けた、『持ち主が望むままに形を変える聖剣』だ。
故に、セラの体格に会った大剣として振るわれ、暴風の如き剣技を生み出しているのである。
その威力たるや、大木の一つや二つは一息に薙ぎ払ってしまえるだろう。
「おおっとぉ」
ならば、その剣技を避け続けるマサムネは、暴風に乗る木の葉か。
ひらりひらりと、凄まじい勢いで振られる白銀の大剣を避けて、散歩でもするようにセラの周囲をぐるぐると回っている。
「悪くない剣だ。その若さにしては、だけどねぇ?」
「…………くっ!」
届かない。
相手は無手だというのに、まるで剣が届かない。
斬る以前の問題だ。
剣技を振るおうとすると、いつの間にか既に移動していて、刃の先にマサムネが居ないのだ。
明らかに、足運びの段階で、セラがマサムネに負けているという証明だった。
「――――ダンテ!」
だが、それはセラにとって想定の範囲内である。
何故ならば、相手は父親を――王国最強の騎士を殺した仇だ。
父親以上の実力を持たないセラが、単独で討伐できるわけがない。
「エルメ! キキーナ!!」
故に、だからこその『召喚』である。
――――ガシャン
白銀の騎士――リビングジェネラルのダンテ。
古ぼけた鎧の兵士――リビングソルジャーのエルメに、キキーナ。
合わせて、三体の仲間をセラはこの場に召喚した。
「悪いが、私は剣士であり、テイマーだ。ここからは総力を持って戦わせてもらう!」
そして、仇を追い詰めるための戦いが始まる。
「ダンテ!」
先陣を切るは、白銀の騎士のダンテ。
セラと同じく、暴風の如き剣技を持って切り込む。
「エルメ、キキーナ! 相手の余裕を潰して!」
指令を受けた二体のリビングソルジャーは、堅実に遠距離からマサムネを狙い撃つ。
「へぇ! これはこれは!」
感心するように呟くマサムネ。
その動きは、セラ単独を相手にしていた時よりも明らかに余裕がない。
ダンテが切り込み、他二体がマサムネの動ける範囲を削るための攻撃を行う。
これにより、マサムネの動きはやがて一つの位置まで誘導されて。
「受けよ、我が渾身」
セラの聖剣が輝いた。
それは、セラの魔力が限界まで込められた証拠。
それは、かつて父親であるゲインが得意とした剣技。
暴風として薙ぎ払うのではなく、『剣状の爆薬』を振り回すが如き暴挙の一撃。
爆発する斬撃。
それが今、マサムネに向かって放たれたのだ。
――――ドッ!!!
爆音が轟き、周囲の物体がまとめて吹き飛ぶ中、セラは見た。
「あ」
煙の中、煌めく鉛色の刀身を。
「やれやれ」
どこからか取り出した刀により、セラの渾身の一撃――爆撃を切り払ったマサムネの姿を。
「筋は良いがね、単純な実力不足だよぉ、お嬢さん」
きん、と澄んだ切断音が一つ。
セラの瞳には、マサムネが動く瞬間は映らなかった。
「あ、え?」
だというのに、セラの仲間たち三体が力を失ったように路地に倒れこむ。
見ると、仲間たちは鎧の急所たる部分、つまりは魂が宿った部位を掠めるように斬られてしまい、そのショックで意識を失ったのだ。
明らかに、アンデッド系の魔物とやり慣れている者の無力化方法だった。
「さて、と」
「う、あ」
マサムネはセラを見る。
仲間が無力化され、瞳の中に脅えが混じるセラの姿を見る。
「…………ふぅむ」
そして、静かに納刀した。
戦意は霧散し、マサムネの顔にへらりとした笑みが浮かぶ。
「お逃げなさい、お嬢さん」
「……っ! なに、を!?」
「無駄に命を散らす必要はない、そうは思わないかねぇ?」
へらへらとした、まるで冗談みたいな笑みで言葉を紡ぐマサムネ。
その真意を探るように、セラは怯えを押し殺してマサムネを睨むが。
「なぁに。小生は別に、殺人趣味ってわけじゃあないんでね? まだまだ青い剣士の命脈を、ここで立とうとは思わないわけさ」
肝心のマサムネは完全に、戦意を持たぬ言葉を返した。
どうやら、本気でセラを逃がすつもりらしい。
「…………」
その意図に、その情けに、セラは一瞬の安堵の後――――憤怒した。
「ふざ、けるなぁ!! 貴様が! 貴様が! どの口で!!」
情けを向けてきた仇敵への怒り。
僅かでも安堵を感じてしまった自身への怒り。
それが噴き出てしまったのだ。
「ありゃ? 逃げないのかい?」
「逃げない! 私は、貴様を殺して――」
「じゃあ、仕方がない」
憤怒のセラに対して、マサムネはへらりとした笑みを浮かべたまま言う。
「セラ・クロスロード。あんたを一人の剣士として屠ろう」
セラを認め、屠るための言葉を。
「あ、あぁあああああああああっ!!」
「さようなら」
絶叫と共に暴風の剣技を放つセラ。
淡々と別れの言葉と共に、刀に手をかけるマサムネ。
明らかに実力差がある両者の激突。
あるいは、生死を分ける剣技の交差。
「ええと、とりあえず止めたけど、どういう状況かな?」
一つの復讐が途絶えんとするそれを止めたのは、顔に傷のある少年。
人類のバグの如き力を持つ超越者、トーマ・アオギリだった。




