第37話 思わぬトラブル
「…………は?」
準決勝を戦っていたトーマには、詳しい理由は分からない。
ただ、セラが時間になっても試合の場に居なかったことが、不戦敗の理由だと、観客席の人間から聞き出すことは出来た。
「不戦敗……しかも、遅刻? よしんば、急用ができたとしても、あのクソ真面目そうな奴が、棄権の旨を伝える前に居なくなるか?」
セラの不戦敗に対して、トーマは落胆よりも先に疑問が浮かぶ。
僅かなやり取りではあったものの、セラは赤の他人の子供を助けるため、トラブルに飛び込むような人間である。
また、自身の行いが間違っていた時、酷く悔いるような態度も見せていた。
そんなセラが、何も言わずに試合を放棄?
トーマの見た限り、対戦相手に特別な事情があるようには見えなかった。弱くは無いが、セラの方が格段に強いと断言できる相手だった。ましてや、セラ相手に脅すような真似なんて出来るようには思えない。
「そうなると、何かのトラブルに巻き込まれたか?」
故に、トーマが考えたのは、突発的な『何か』に巻き込まれてしまったということ。
この場合は、事件が起きている可能性も十分にある。
「……セラはかなり強かった。少なくとも、騎士見習いを名乗っていた割には、並みの騎士よりも強かった。これは実際に俺が剣技を受けて感じたから間違いない」
しかし、セラは強い。
トーマが片手であっさりと剣技を受け止めているものの、それはトーマが強すぎるだけの話だ。並大抵の相手なら、あの一撃でノックダウンされてしまう。
仮に、何かしらの事件が起きても、大抵のことならば自力で対処が可能だ。
それだけの強さが、セラにはある。
「だが、例外はある、か」
けれども、そんなセラすらも『どうにかできてしまう何か』が居るとしたら?
可能性が無いとは言えない。
何故ならば、この場に居るトーマ自身が、『そう』なのだから。
「ふぅむ。まぁ、袖振り合うも他生の縁、と神人も言っていることだし」
杞憂が入っているかもしれない可能性を考慮した結果、トーマは決意した。
セラを探してみよう、と。
「優勝したら、授賞式をぶっちぎって捜索するかぁ」
ただし、優先順位としては、C級トーナメントの決勝戦が第一。
流石に、少し前に知り合ったばかりの相手に対して、身を削ってまで今すぐ助けに行こうとするほど、トーマはお人よしではない。
「折角、面白そうな相手なんだ。出来る限り無事でいてくれた方がいい」
ただ、やるべきことを終わった後に力を尽くす程度のことはやってもいい。
そう考える程度には、トーマは善性の人間だった。
「さて、そうと決まれば決勝戦は手加減無しの最速勝利を決めて――」
トーマが決勝戦の相手に対して無情なことを考えていた、その時だった。
――――ドッ!!!
爆発音が響いた。
会場の中からではない。だが、会場から近い場所での爆発音だ。
一瞬で会場中の人間が警戒するに値する、危険の前兆だった。
『《先ほどの爆発音は、ただいまスタッフが対応しております。選手及び関係者の皆様は、今しばらくお待ちください》』
会場に響き渡る放送の声に、トーマは従わなかった。
「まさか、と言えばいいか。あるいは、やっぱり、とでも言えばいいか。どちらにせよ、決勝戦までの時間は空いた…………なら、確認する程度の義理は尽くそうか」
その場から姿を消し、会場の外へと一息に飛び出していく。
本来、戦うはずだった相手が、どのような理由で試合に来られなかったのか。その理由を確かめるために。
●●●
爆発音が会場に届くよりも前。
セラが不戦敗となるよりも、少し前のこと。
「ふぃー、生き返ったぁ」
ヨレヨレの成人男性は、トーマから貰った毒消しのポーションにより体調不良を回復させていた。
心なしか、土気色だった顔色にも血の気が通い、死にかけの不審者から不審者へとランクアップしている。
「いやはや、今時、感心な若者が居るもんだねぇ。小生、凄く感動しちゃったよ」
ヨレヨレの成人男性――もとい、不審者はへらへらと気の抜けた笑みを浮かべた。
「だけど、借りが出来ちゃったのはもったいない真似をしたなぁ。これじゃあ、安易に仕掛けられない。借りのある相手に不義理な真似は出来ない…………あんな上等な相手、早々見つからないってのに、小生ってば本当に馬鹿」
ぶつぶつと呟く独り言には、まるで重さを感じられない。
まるで、全てが冗談か嘘で紡がれたような軽々しさだ。
そう、その不審者には覇気というものがまるで欠片も存在していなかった。
その不審者に比べれば、十歳の子供の方がまだ、脅威に感じるだろう。
「渡世の義理は大切に。不義理はいけない。あの方に嫌われてしまう……やるならせめて、借りを返してから、だ」
だが、ほんの一瞬、誰にも気づかないほど僅かな間、その不審者の笑みは常軌を逸した。
へらへらとした優男の笑みではなく、人殺しの笑みを浮かべていた。
覇気ではなく、殺気に満ちた笑みを浮かべていたのだ。
「まぁ、とりあえずはお仕事を済ませますかね。やれやれ、同僚の方も人使いが荒い。普段ふらふらしている分、有望そうな奴を引っ張ってこい、なんて。この小生にスカウトなんて真似ができると思っているのかねぇ?」
周囲の人間は誰も気づかない。
不審者と同じく、観客席に居る人間はその殺意に気づけない。
僅かに漏れ出た殺気を感じ取れるほど、感性の鋭い人間はそこには居なかったからだ。
「――――見つけた」
故に、その殺気に気づいたのは、観客席に居た人間ではない。
他の選手と混じって、C級トーナメントに参加していた者の一人――セラだ。
「おーう?」
不審者は笑う。
軽薄な笑みを歪めて、愉悦の笑みを作る。
自分に近づいてくる荒々しい気配。
その気配に、不審者は身に覚えがあった。
だからこそ、その場から動かない。
セラが自身の背後までやってくるその時まで、きっちりと素知らぬ振りをしながら待つ。
「いやぁ、久しぶり」
「…………っ!」
そして、絶好のタイミングで振り返り、セラに先んじで不審者は声をかけた。
「小生に用事があるんだろう? だったら、場所を変えよう。ここで騒動を起こすのはよろしくない。そうだろう?」
「…………ああ、わかった」
不審者からの提案に、セラはあらゆる感情を押し殺した無表情で応える。
「うーん、今日は中々に悪くない日になりそうだ」
「…………」
不審者はへらへらと軽薄な言葉を吐き出しながら歩いて。
セラはそれを無視して、黙々と不審者の後へと続く。
「さぁて、ここなら十分かねぇ?」
二人が足を止めた場所は、C級トーナメントから少し離れた場所の裏路地だった。
人気が少なく、周囲からの視線も集まりにくい。
地元の犯罪者が、獲物を痛めつける時によく使う場所だった。
幸か不幸か、今この場に、その手の『先客』は居ない。
「確認する」
硬い声だった。
岩石を力任せに圧縮したような、硬い声がセラの口から吐き出されていた。
「貴様が我が父、ゲイン・クロスロードを殺した下手人だな?」
「――はっ!」
だが、そんなセラの問いかけに返ってきたのは、哄笑だった。
「ひ、はははっ。おいおい、なぁ、お嬢さん。そりゃあ、ないだろう?」
「…………」
「そんな確認をするなんて、愚鈍が過ぎる」
へらへらとした笑みはいつも間にか消え去り、不審者の顔には殺人者の笑みが浮かんでいた。
「あんたの父親の首は、小生が直接届けたんじゃあないか。何を今更、確認するっていうのかねぇ?」
「…………っ!」
セラの無表情が崩れた。
当然、浮かぶは憤怒。
奥歯を砕かんばかりに噛みしめて、音も無く背中の剣を抜き放つ。
「私の名はセラ・クロスロード。父の仇として貴様を討つ」
名乗りを上げ、憤怒と殺意をぶつけてくるセラに対して、不審者は歓迎するかのように両手を広げた。
「小生の名はマサムネ・ソーキ。その仇討ち、受けて立とう」
不審者――マサムネは無手のまま、一歩、セラの方へと踏み込んで。
「貴様を殺す」
「やってみるといい」
暴風が吹き荒れるかの如く、白銀の剣が振るわれた。




