第35話 騎士見習いとC級トーナメント
その少女は色々とでかかった。
まず、体格がでかい。
背丈は成人男性の平均を一回りほど上回るほど。
次に、胸がでかい。
豊満な胸部は、シャツのボタンが今にも弾けんばかり。
最後に、背負った剣がでかい。
大剣よりもさらに大きな――身の丈ほどの剣を、その少女は悠々と背負っていた。
「とうっ!」
路地裏の建物の上から、高々と声を上げていたその少女は、そのまま盗人少女とトーマの間に割って入るように飛び降りた。
ベリーショートの金髪が風に揺れ、強い意志の光が宿った銀眼は恐怖に揺れない。
当たり前のように高所から降り立ち、トーマの前に立ち塞がる。
「さぁ、少女よ! お逃げなさい!」
色々とでかい少女は声もでかい。
トーマに恐怖する盗人少女に喝を入れんと、強い口調で声をかけて。
「いや、逃げるな」
「ひぅ!?」
けれども、それを打ち消すほどの威圧がトーマから放たれた。
先ほどの手加減したものとは比べ物にならない、確実に相手の動きを止めるための威圧だ。
「がぶぶぶぶぶ」
あまりの威圧に、盗人少女は泡を吹いて路地に倒れこむ。
プレッシャーのあまり、意識を保っていることが出来なくなったらしい。
「っつ! 幼気な少女になんてことを!」
突如として倒れこんだ盗人少女を見て、色々とでかい少女は憤怒の声を上げる。
「もう容赦せんぞ!」
怒りのままに、背中の大剣を引き抜く。
「ほう」
それは、トーマが思わず感心の声を上げるほど綺麗な剣だった。
白銀。
一切の曇りのない白銀の刀身を持った、巨大なる剣。
それを色々とでかい少女は苦労なく構え、トーマを睨む。
「悪漢め! 成敗してくれる!」
「待て、話を聞け。あいつは――」
「問答無用!!」
トーマの呼びかけを打ち切り、色々とでかい少女は白銀の剣にエンチャントをかける。
それも一つではない。
雷を纏わせるもの。
速度を上げるもの。
威力を上げるもの。
非殺傷の設定を付け加えるもの。
二つでも破綻する可能性がある難易度の高いエンチャント。それを四つも重ねて、色々とでかい少女は白銀の件を振るう。
「ええいっ!」
さながらそれは、嵐の如く。
雷を纏いながら、暴風をはらんだ刀身は、建物一つならば易々と薙ぎ払うだけの力があった。
それでいて、非殺傷の設定を付けたためか、相手に致命傷のダメージは入らない。そういう概念がエンチャントされているのだ。
故に、振るわれる一閃に躊躇いなどは無い。
相手を殺さず、一撃で叩きのめすことを目的とした剣技だった。
「悪くない」
だが、それをトーマは片手で止めた。
称賛の言葉を紡ぎながらも、無造作に。
刃に平然と手を添えて。
薄皮一枚も切らせずに。
「だけど、早とちりが過ぎる」
「んなっ!?」
驚愕に目を見開く色々とでかい少女。
その額に向けて、トーマは軽くデコピンを放った。
トーマ基準で、軽いデコピンを。
「っだっ!!!??」
バシンッ!
額にゴム弾でも撃ち込まれたような衝撃を受けて、色々とでかい少女はたたらを踏む。
「おのれっ!」
そして、理解してしまった。
盗人少女とは異なり、剣を持つ武人であるが故に、彼我の戦力差を理解してしまったのである。そう、抗うことが無為なほどの戦力差を。
「たとえ、私が負けたとしても! この少女だけは絶対に逃がす!」
それでも、色々とでかい少女は挫けない。
色々とでかい少女はメンタルもでかい。
額の衝撃で軽く目から涙がにじんでも、白銀の剣を持つ手は萎えたりはしない。
勇敢にトーマを見据え、再度の攻撃を仕掛けようとして。
「馬鹿」
「んだっ!?」
再度の衝撃が額で弾けた。
今度は直接当たっていないというのに、デコピンを受けたのだ。
「!!??」
意味不明な一撃に、思わず色々とでかい少女の威勢が削がれる。
「人の」
「いだっ!?」
「話を」
「だだっ!?」
「最後まで」
「んぎょう!?」
「聞け」
「ぎゃう!?」
更に連続して額に撃ち込まれる衝撃に、色々とでかい少女は目を回した。
トーマの放つ打撃は、色々とでかい少女の体を傷つけず、相手の意思だけを挫くことを目的としたものだったのだ。
「う、うぐぐぐ……」
「いいか? ちゃんと聞け、この早とちり馬鹿女」
相次ぐ衝撃に思わず膝を着いた色々とでかい少女。
そんな少女に向かって、トーマはため息交じりに言葉を告げる。
「そこで気絶している子供は、盗人。俺の友達から財布を盗んだ」
「えっ」
「俺は財布を取り戻そうとしていただけだ」
「ええっ」
「財布を取り戻せれば、別に痛めつけるつもりはない。衛兵に突き出すつもりも、な」
「えぇええええ……」
告げられた言葉に、色々とでかい少女は打ちのめされる。
肉体的な衝撃ならば、まだ戦意を残せたかもしれないが、こちらが全面的に悪いことを知らせる精神的な衝撃は、肉体以上に色々とでかい少女を打ちのめして。
「た、大変申し訳ございませんでした」
結果、色々とでかい少女は、その体を縮こまらせて、トーマに謝罪することになった。
「すみません、本当にすみません……」
セラ・クロスロードと名乗った色々とでかい少女は、すっかりと意気消沈していた。
既に盗人少女から財布を取り戻し、トーマが喝を入れ直してから逃がした後になっても、まだ色々とでかい少女――セラは深く反省していた。
「うう、早とちりして剣を向けるなんて、騎士失格……いや、騎士見習い失格です」
セラは先ほどまでの威勢は欠片も残っておらず、恥じ入るように体を縮こまらせている。
なお、盗人少女は既に解放済みだ。
前言通り、トーマは財布を取り返したのならば、すぐに盗人少女を逃がしてやったのである。
そのため、トーマの発言が紛れもなく真実だと理解してしまったセラは、自身の行いが間違いだと思い知ったのだ。
「衛兵に出頭します……罪を償って来ます……」
「いやいや、そんなの別にいいって。謝って反省したのなら、それでオッケー。わざわざ、衛兵の仕事を増やす必要はないさ」
「かたじけない……ありがとうございますぅ」
ずるずると鼻を啜り、涙を拭ったセラは、ようやく頭を上げる。
「このお詫びは必ず!」
「はっはっは、そんな、大げさな」
「いえ、剣を向けた罪を許していただいたのです。せめて、何かで詫びなければ私の立つ瀬がありません。どうか、お詫びをさせてください!」
「うーん、お詫びと言っても具体的に何を?」
「慰謝料をお支払いします!」
「慰謝料を貰うほど傷ついた覚えはないよ」
「では、お詫びの菓子折りを!」
「……まぁ、くれるなら貰うけど」
「慰謝料の分だけ、持ってきます!」
「多い、多い。流石にそんなには要らない」
「わかりました――――つまり、高級菓子折りですね?」
「ねぇ、融通が利かない奴ってよく言われない?」
「はい! 今は亡き父にもそう言われていました!」
「さらっと重いことを……」
目を使命感に輝かせながら、絶対にお詫びをするウーマンになっているセラ。
そんなセラの態度に若干引きながらも、トーマはこの場を上手く収める方法を探す。
「んじゃあ、一つだけ」
そして、妙案というほどではないにせよ、『言い訳』の一つを思いついた。
「実は俺は……いや、『俺たち』は東部から中央に遠征しに来たテイマーなんだ。これからC級トーナメントに出場するため、受付をするつもりなんだけど……どうにも初めて来た街だから土地勘が無くてね。良ければ、貴方が案内してくれないかな?」
別に、土地勘は無くとも地図はある。
時間にも余裕があるため、探し出せないわけでは無いが、このように言えばセラからの『お詫びの代わり』として誤魔化せるんじゃないかと考えたのだ。
「お任せください! 私は、生まれも育ちもこの街なので!」
セラはその思惑に乗せられた。
どんと力強く胸を叩き、使命感に満ち溢れた態度だった。
「しかし、奇遇ですね」
「ん?」
けれども、思惑通りだったのはここまで。
「まさか、貴方もC級トーナメントに参加するとは」
「というと、まさか?」
「はい!」
セラは力強い笑みを浮かべて、堂々と宣言する。
「実は私、騎士見習い兼テイマーなのです! 若輩者ですが、私もC級トーナメントに挑戦予定なのですよ!」
「……へぇ」
思惑から外れず、思いもよらぬ偶然。
だが、トーマはだからこそ、面白いとばかりに笑顔を作った。
「じゃあ、ライバルだ」
「い、いえ! そんな! 恐れ多い! 貴方と当たったら棄権します!!」
「いや、棄権したら許さないから、その時は全力で戦うように」
「は、はいっ! すみません、騎士道精神から外れた発言でしたぁ!」
早とちりで、いまいち考えが足りない騎士見習いのセラ。
ただ、その力は――白銀の剣を受け止めた時に感じた時の実力は、トーマをして『常人以上』だと感じるものだったのである。
故に、トーマがセラに望むことは棄権でも謝罪でもない。
「多分、貴方は強そうだから、トーナメントで当たることを楽しみにしているね」
戦い。
一心不乱の戦いだ。
何故ならば、新たなる仲間を迎えた今、公式戦でトーマは自分たちの力を試したくて仕方がなかったのだ。
「はい! 若輩者ですが、全力を――いえ、死力を尽くす所存です!」
トーマとセラが出会ったのは奇妙な偶然によるものだ。
けれども、トーマはその偶然に運命めいたものを勝手に感じ、戦いを楽しみにしていた。
S級魔物二体が思う存分に力を発揮できる戦いが来ることを、楽しみにしていた。




