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第34話 遠征

 ジークの特訓の効果はあった。

 劇的ではないものの、トーマと手持ちの魔物たちの関係は改善されたのである。

 具体的に言うのならば、以前は真体でトーマを背中に乗せることを『露骨に生殺与奪を握られている気がする』として嫌がっていたアゼルだが、今では渋々ながらもトーマを乗せることを認めたのだ。

 しかも、効果はそれだけに留まらない。

 特訓により、散々龍としての誇りを削られたアゼルは妥協に妥協を重ね、トーマの友達数人ぐらいだったのならば、共に背中に乗せてもいいと許可したのである。


 ドラゴンの背中に乗って、友達と共に空を飛ぶ。

 これはトーマの中では、『テイマーになったらやってみたいことリスト』の上位に来る項目だ。是非とも実現したい。

 けれども、ちょっと龍の背中に乗って飛行を楽しもうぜ! と誘うのは流石のトーマも少し気恥ずかしい想いがあった。

 せめて、何かしらの理由にこじつけたい。

 そう考えたトーマは一つ思いついたのだ。

 王国中央部で開催されるC級トーナメント。

 王国東部よりも少し早く開催されるそれに参加するため、友達――もとい、友達になる予定の同級生を誘ってみるのはどうだろか? と。


「え? ドラゴンに乗って大陸中央部まで? 良いね! 最高の旅行プランじゃん!」


 ナナは一も二も無く、あっさりと了承した。

 陽キャの化身であるナナは、同級生からの面白そうな誘いはとりあえず乗っておくものだと考えているらしい。


「ふむ。中央のテイマー共の実力を測るのも悪くはないか」


 ヴォイドは打算の上で了承。

 ドラゴン飛行に興味が無いわけでは無いが、ヴォイドにとって優先すべきは自分にとって有益な経験になるかどうかだった。


「悪いが、俺はパスだ。中央とは折り合いが悪い」


 ジークはあっさりと断った。

 実のところ、最近は仲良くなったから乗ってくれると思っていただけに、トーマは地味に凹んでいたが、詳しく話を聞いたところ。


「中央は治安が悪くてな。俺も『悪い友達』が結構居る。進んで顔を出したくはない」


 などと、納得のできる理由だったので、トーマの精神ダメージは最小限に抑えられることになった。


 これにより、トーマ主催の『ドラゴンと行く中央部C級トーナメント挑戦の旅』の参加者は、ナナとヴォイドの二名となったのである。


「楽しみだねぇ、ヴォイド!」

「ふん。中央は都会が多いからな、田舎娘丸出しの仕草は止めろよ、ナナ」

「なにおう!? そっちこそ、中央はスラム街が多いから、スリに遭わないように注意しなよ、お坊ちゃん!」

「お坊ちゃんは止めろ」


 参加者二名は互いに知り合いで、憎まれ口を叩き合いながらも関係は良好。

 主催者であるトーマとも、やや距離感があるものの、普通に会話を楽しめる程度の仲。

 これはきっと楽しい旅になる、と出発前のトーマは胸を弾ませていた。


「あっ、やばっ。巡回警備の航空隊からロックオンを受けてる。アゼル、悪いけど振り切れるか?」

『はっ、マスターよ、誰にものを言っている!?』


 もっとも、S級魔物のドラゴンが飛行すれば当然、周囲には警戒されるもの。

 当然ながら、移動途中に各地域の航空警備隊に目を付けられる羽目になって。


『いくぞぉ! これから吾輩は音速を超える!! しっかり捕まっていろぉ!』

「「えっ??」」


 のんびりとした空の旅を想像していた参加者二名は、音の向こう側を体験することになった。



●●●



 トーマの防護魔術。

 アゼルによる結界。

 シラサワからの酔い止め薬。

 この三つにより、ナナとヴォイドは三十分にも満たない音速越えの旅を耐えきった。


「うぇええええ……」

「おごごごごご……」


 もっとも、それは『命に別状がなければ致命傷ではない』と言っているのと同じように、ダメージが無かったわけでは無い。

 中央部の都市に着いたナナとヴォイドは、アゼルの背中から降りるなり、グロッキー状態で項垂れていた。


「ふぅ。久々に思いっきり空を飛べて快適気分だ」

「今度から、たまに今回みたいな旅をやってみるか?」

「ほう、良いのか、マスター?」

「アゼルには今後も頼るからな、それぐらいは全然構わないぜ」


 一方、各地域の航空警備隊を振り切ったアゼルは満足げな表情でぴんぴんしており、その背中に立ち、アゼルの援護をしていたトーマも元気はつらつだった。

 どうやら、S級の称号を持つ者たちは、音速越え程度では疲弊しないらしい。


「ただ、次からは最初からステルス魔術を使うぞ」

「確かに。この街に入る前になってようやく、『そういえば魔術で姿を隠せばよかった』と気づいたものな」

「いやはや、うっかりだよなー」

「「はっはっは!」」

「…………」


 余裕しゃくしゃくの一体と一人へ、ナナは恨みがましい視線を送っていた。

 自分が辛い時、他人が平気だと恨みたくなるアレである。しかも、今回の場合は余裕しゃくしゃくの奴らに原因があるので、この恨みは正当だ。


「うごぉろろろろろ」


 ちなみに、ヴォイドの方はそんなことをする余裕がないほど弱っている。

 どうやら、あまり三半規管が強い方ではないようだ。

 ドラゴンと行く空の旅、という浪漫溢れるワードに騙された二人は、ぐったりとした様子で己の愚かさを噛みしめていた。


「大丈夫? お姉ちゃん」


 そんな時だ。

 ふと、通りすがりの少女がグロッキー状態のナナに声をかけたのは。


「だ、大丈夫……ギリギリ……」

「乗り物酔い?」

「ま、まぁ、そんな感じ……」

「背中をさすってあげるね?」


 少女はにこやかな笑みと共にナナの背中を撫でる。

 小さな熱の感触が背中に触れて、ナナは『優しさが身に染みる』と感動に打ち震えて。


「――――いよっと!」

「えっ?」


 一瞬の内に、少女の手はするりとナナのポケットに入り込み、財布を掴み取ってしまう。

 戸惑うナナが、声を上げた時にはもう遅い。


「あばよっ! 間抜けな田舎娘!」


 捨て台詞を吐いた少女は、そのまま路地の先へと駆け抜けて行った。


「えっ、えっ?」


 上げてから下げる、という都会の無情なコンボを食らい、ナナは呆然と半口を開ける。

 田舎でのびのびと育ったナナにとって、年下の少女から向けられた悪意というのは、すぐに反応出来るものではなかったらしい。


「中央は治安が悪い。ジークの言葉通りだな」


 故に、盗人少女の運命は悪い方へと傾いた。


「待ってろ、ナナ。すぐに取り戻してやるぜ!」


 ナナの財布を取り戻すため、S級ウィザードにして、周囲から『こいつ本当に人間?』と疑われているトーマが、後を追ってしまったのだから。




 王国中央部にはスラム街が多い。

 正確に言うのならば、スラム街が出来るほどに人が多い。

 何故ならば、王国中央部は『魔物が極端に少ない人類の生活圏』だからだ。

 王国の中でも、もっとも魔物を駆逐し、魔物に怯えずに過ごせる場所が大陸中央部なのである。

 しかし、その代わり王国中央部の都市は治安が悪い場合が多い。

 人が多すぎるため、衛兵が住民の犯罪に対応しきれないためだ。

 故に、王国中央部の都市は、『人間同士の弱肉強食』の場である。

 弱い奴は、愚かな奴は、間抜けな奴は、運が無い奴は、食われて当然。搾取されて当然。

 強くて賢く、あるいは運の良い奴が好き勝手に振舞う。

 それが暗黙の了解だ。


「よし、よし、よしっ……へへっ、これで久しぶりに肉の入ったスープが食える」


 路地裏を駆ける盗人少女もまた、この都市のルールに従って生きていた。

 賢く、馬鹿を騙して出し抜く。

 まだ幼く、脆弱な肉体の持ち主である盗人少女は、そうしなければ生きられない。

 騙して出し抜くことを止めてしまった瞬間から、盗人少女は他者の餌に成り下がってしまうから。


「さぁて、あの馬鹿が消えるまで、しばらくはどこかの店で時間を潰して――」

「それは俺の友達の財布だ」


 だが、盗人少女は知らない。

 出し抜いてやった馬鹿の隣に、その友達に、決して敵に回してはいけない存在が居たことを。


「さっさと返してもらおうか?」

「ちっ! お上りの観光客風情が!」


 盗賊少女は理解できない。

 弱すぎるあまり、彼我の力の差を理解できない。

 目の前に立ち塞がった少年――トーマと自身の絶望的な差を。

 故に、懐から抜き放ったちっぽけなナイフをとっておきの武器のように見せつけて、「痛い思いをしたくなかったら帰りな!」と叫ぶ。威嚇する。


「――――おい、武器を向けたな?」


 それが、トーマにとってのトリガーとなった。


「……ひ、がっ!?」


 睨んだ。

 トーマが少し威圧を込めて睨んだだけで、盗人少女の呼吸が止まった。

 ナイフが手の内から零れ落ちて、からんと情けない音を立てる。


「……が、あ、あっ」


 トーマは攻撃を行っているわけでは無い。

 単に、ちょっと威圧をぶつけただけだ。

 それだけのことで、盗人少女の肉体が過剰に緊張し、呼吸困難に陥ったのだ。


「ったく、これだから治安の悪い場所は」


 吐き捨てるように呟いたトーマは、そのまま動けない盗人少女へと手を伸ばす。

 危害を加えるためではない。

 ナナの財布を取り返すためだ。

 威圧に心がへし折られ、今にも気絶しそうな盗人少女など、トーマは最初から相手をしていない。

 単に『ちょっとした障害』がそこにあったから、どかそうとした。

 その程度の話に過ぎない。

 穏便なやり取りで済むならそれでいいし、そうではないなら適度に威圧をぶつけて片づけるだけ。武力を用いるまでもない。

 盗人少女は『途轍もない怖い存在』に心をへし折られながらも無事。

 トーマはさっさと財布を取り返して、ナナにお礼を言われる。

 それだけで済むはずだったのだ。



「そこまでよ、悪漢め! その子から離れなさい!!」



 謎の正義感溢れる少女が、乱入してこなければ。

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