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第33話 特訓

「別に、心で繋がり合う仲間になれ、と言っているつもりは無い」


 後日。

 魔法学園の体育館にて、ジークによる連携のための特訓が行われた。


「アイコンタクトで全てを通じ合えるような関係になれ、と言っているつもりもない」


 特訓の内容は至ってシンプル。


「ただ、コミュニケーションを取らない相手よりも、取った相手の方が『言わんとすることを察する』能力が向上する。これはある一定のところまで、回数を重ねるほど着実に向上していく能力だ。だったら、打算的でも、ビジネスライクでも、やるだけやってみることが高度な連携をこなすための第一歩だと考えている」


 手持ちの魔物とスキンシップをすること。

 ただ、これだけの特訓だというのに、トーマの心は不安で一杯だった。


「もちろん、ここでいきなり、『さぁ、スキンシップしろ』というのも、トーマには恐らく無茶ぶりになってしまうだろう。だから、まずは俺たちがやっているスキンシップの例を紹介する――――ルガー」

『るぉ……』


 そんなトーマに手本を示すため、ジークは最初に自分たちのスキンシップについて説明することにしたらしい。

 もっとも、『え? 誰かに見られているところでスキンシップ?』と、ルガーはやや乗り気ではなく、尻尾を垂れ下げているが。


「人狼のルガーの場合は、主にブラッシングだ」

『るぅうううう』

「獣系の魔物は大抵、元となった獣と習性が類似していることが多い。だから、俺はブラッシングという手段を選んだ。無論、適当にやってはいけない。ブラシはただ高級なものを選ぶのではなく、ルガーの好みに合った物を。ブラッシングのやり方は、トリマーのプロに金を払って教わった」

『るぅうう……』


 しかし、ジークの手並みによるものか、最初は不機嫌だったルガーが、段々とブラッシングによってリラックスしている。

 気にしていただろうトーマからの視線も、今ではすっかり眼中に無いぐらいだ。


「ただ、これはあくまでもルガーに合わせたスキンシップのやり方だ。ソルやサクラにも同じようにやっても意味がない。それぞれの魔物に合ったやり方を模索しなければならない。たとえば、ソルの場合は上等な炭火を起こしての食事。サクラの場合は、好みの本を探す付き合い。わかるか? 正しいスキンシップのために必要なのはまず、『相手のことを知ること』だ」


 やがて、リラックスしきったのか、ルガーはジークの語りも耳に入らず、すやすやと寝入った。その様子は完全に、大きな飼い犬だ。


「だからまず、トーマには自分の手持ちの魔物のことを知るところから始めてもらう。もちろん、『手持ちのことぐらい知っているぜ!』と言うのなら、そこを省略して次のステップに進むつもりだが」

「あ、いや、その手持ちの魔物を知るところから始めたいと思います、はい」


 ジークの手並みに、トーマは感服したように頷いた。

 戦闘力ではトーマがジークの遥か上を行っているが、手持ちの魔物とのコミュニケーションに於いては、雲泥の差があるらしい。


「では、トーマたちにはちょっとしたレクリエーションをやってもらう。経験上、親しくない者たちに対して、『さぁ、話し合え』で放置はやってはいけないことだからな。レクリエーションを交えながら、互いのことを知ってもらう」


 ルガーのブラッシングを終わらせたジークは、すぐ近くにある『仲良しボックス』という張り紙が付けられた箱を掲げて見せる。


「この『仲良しボックス』の中には、俺と手持ちの仲間たちが考えた『お題』が入っている。これをトーマと手持ちの仲間たちが順番に引いて、手にした話題に関してトークをしてくれ。時間制限は三分間。この間に、トークをするものは仲間たち及び、俺たち含めた周りから苦笑でもいいから笑いを取ること」

「笑いを取るのは中々に難しくないか!?」

「笑いと取れなかった場合は罰ゲームとなる」

「バラエティー番組の企画!? テレビでたまに見る奴だよな!?」

「ああ、参考にさせてもらった。東部は娯楽が発展していて何より」


 何かの冗談みたいな特訓内容であるが、ジークは至極真面目である。


「無論、これもいきなりやれ、と言われても困るだろう。まず、この特訓を考えた俺がやって見せる。それを参考にして、お前たちはやってみてくれ」

「お、おう……ジークってそういうこともするんだな?」

「俺は強くなるためなら、大体のことはする」


 そして、真面目な表情のまま、躊躇うことなく『仲良しボックス』に手を突っ込み、一枚の折り畳まれた紙片を取り出した。


「俺のお題は『絶対にウケる鉄板話』か。ふむ」

「え? 辛くない? ねぇ、ジーク。このレベルの奴なの? 全部こんな感じなの?」


 トーマがドン引きしながらの問いには答えず、ジークは口を開く。


「これは、俺がサクラというゴーストをスカウトするために遺跡に行った時の話なんだが」

『ジーク君!!?』


 仲間の一人をネタにして、どっかんどっかんと湧き立つ鉄板話をするために。



●●●



 ジークの鉄板話は、トーマと手持ち全員が笑ってしまうほどの完成度だった。

 それを本人が真顔で淡々と語るものだから、そのギャップも相まって、かなりの大爆笑が巻き起こっていた。

 外見は三白眼の強面でクール系のジークであるが、意外と笑いを取る才能があるらしい。

 だが、問題はこれがお手本として出されたことである。

 ジークの鉄板話はお手本として完璧な正答だった。

 故に、後に続く者が躊躇ってしまうのだ。ジークとの差異で、余りにも滑り散らかしたらどうしよう、と。


「くっ、だけど俺はお前たちのマスターだ! 滑ることを恐れて、何がモンスターテイマーだよぉ! 良いぜ、俺が――」

「いや待て、マスター」


 この逆境に、トーマは勇気を持って犠牲になろうとしたが、それを止める魔物が一体。


「ここは吾輩が行こう」

「アゼル!?」


 アゼル。

 世界の始まりから生き続けているとされている【原初の黒】が、トーマに先んじた。


「ふっ、勘違いするなよ、マスター。貴様のためでも、自己犠牲の精神でもない。ただ、長く生きたエンシェントドラゴンである吾輩は知っているのだ――――そう、この手のイベントは後半になるとだれるから、最初に気合を入れて終わらせた方がいいと!」

「長く生きてそれなのかよ、エンシェントドラゴン。子供だって知っている知識だぞ、それ」


 トーマのツッコミを受けながらも、アゼルは威風堂々と『仲良しボックス』に手を突っ込む。

 そして、大して迷うことなく、折り畳まれた紙片を取り出した。


「ふむ、お題は――『最近の失敗』か。悪くない」


 アゼルは紙片に書かれたお題を見て、にやりと不敵に笑う。

 明らかに、お題の難易度は先ほどのジークのものよりも下がっている。

 後は、この中の誰か一人でも笑わせられれば、それでレクリエーションは達成だ。


「では、語ろう。とざいとーざい。これまだ吾輩が【試練の塔】の主をやっていた時の出来事なのだが」


 アゼルは他者の面前であることなど全く気にせず、流暢に語り出す。

 最近と言うにはややスパンが長い、けれどもエンシェントドラゴンの時間間隔からすれば、まだセーフの範疇である数か月前の出来事を。


「その日、吾輩は妙な寒気がしていた。嫌な予感、と言い換えてもいい。だが、吾輩はそれを歓迎していた。大抵の場合は、吾輩の命を脅かす強者が現れる前兆だからだ」

「…………ん?」

「吾輩の予感は当たっていた。何せ、【試練の塔】を狂った速度で攻略する者が現れたのだから。しかも単身。しかも人間。その他の挑戦者など目にもくれず、たたひたすら最上階を目指して、その者は上ってきた」

「うーん???」

「吾輩は超びっくりした。人間単独での最上階まで来る者など、歴史上存在しなかったからだ。しかし、その時の吾輩は愚かなことに、驚愕よりも歓喜が湧き立ったものだ。素晴らしい強者が目の前に現れたのだと」

「おいこら」


 トーマは『身に覚えがあるぞ?』と言わんばかりに視線をぶつけるのだが、アゼルはそれをスルーしながら語りを続ける。


「結果から言えば、吾輩は敗北した。それはいい。相手が吾輩よりも遥か高みに座す怪物であったというだけの話だ。けれども、ここで失敗が一つ。吾輩に勝利した勇者に対して、よりにもよって、勝者への報酬として『吾輩の出来ることは何でもする』なんて言ってしまった」

「俺のことじゃねーか!?」

「その結果、憐れ、吾輩はこの通り、テイマーとしてのセンス皆無な勇者の手持ちとして、屈辱的な日々を送る毎日に――」

「実は負けたことを根に持っているだろ、お前!?」

「根に持って悪いか!? 今から思えば、貴様は吾輩を殺さないように手加減していただろ、おのれ!」

「うるせぇ! 弱い方が悪い!!」


 ぎゃあぎゃあとアゼルとトーマは言い争う。

 その結果、制限時間の三分はあっという間に過ぎ去ってしまい、あえなくアゼルは罰ゲームを受けることになってしまった。


「罰ゲームは、この『罰ゲームボックス』から取ってくれ」

「ふん。吾輩のような気高い龍はな? たとえ、このような戯れであってもきちんとルールを守る。嫌だからと言って、罰ゲームを放棄して逃げ出さない。この逃げない心こそが、吾輩の運命を切り開いて――」

「罰ゲームは『手持ちの仲間及びテイマー全員を強く抱擁すること』だ」

「いやだぁあああああああああっ!!」


 そして、龍としての誇りを捨て去り、体育館の外へ逃亡を試みたので、トーマの手によってあえなく捕縛。死んだ目でシラサワ及びトーマと抱擁し合うことになった。


「えー、先輩のアゼルちゃんが死んだ目を晒したけれども! 私は恐れずに行くよ! 元神人のお笑いセンスを披露してあげる!」


 次に、意気揚々とシラサワが『仲良しボックス』に手を突っ込み、お題を手にする。


「私のお題は『初恋』だよ! 初恋……初恋?」

「ジーク。お題の経験が無かった場合はどうする?」

「ああ、その場合は引き直しで」

「待って! あるって初恋ぐらい! だって私、千年以上生きているんだよ!?」

「その大半が引きこもりじゃねーか」

「引きこもりとて! 恋愛経験ぐらいありますぅ! ええと、あれは随分前……私が魔物になる前の話なんだけど!」


 そのお題は無理があるのでは? と疑うトーマとジークに、シラサワは己の恋愛経験らしきものを語り始めた。


「私の研究を補佐してくれる助手の男性が居てね?」

「ほうほう」

「これが結構な美形で!」

「ふぅむ」

「しかも、やたらと私だけに優しいの!」

「なるほど」

「これはもう、『絶対に私のことが好きだろ、おいおい。困ったなー、私は研究が恋人なんだけどなぁ』とか思ってたわけなんだけどね?」

「へぇ……いや、なんかちょっと嫌な予感が」

「魔物になる前の私はそいつに裏切られて、魔物の襲撃に見せかけて殺されかけたんだよ。しかも、私の研究成果を奪っていったし」

「はい、嫌な予感的中」

「流石に奴は寿命だろうけど、奴の子孫に会ったら、血族全てを根絶やしに――」

「ストップ! 怨念が口から出てる! 言ってはいけないことを言ってるぞ!?」

「あははははっ! 冗談! もちろん、じょーだんだよ、マスター!」


 やたらと目を見開いてけらけらと笑うシラサワ。

 当然ながら、この話で笑いなど起こるはずも無く、あえなく罰ゲームを受けることに。


「あ、腹筋五百回だ……本体の私は貧弱だから地味に辛い奴……」


 なお、引いた罰ゲームは純粋に辛いタイプの奴で、これまた笑いの一つも起こらなかったという。


「最後は俺か」


 そして、ついにテイマーであるトーマが引く順番となった。

 手持ちの魔物二名は、『お前も罰ゲームを受けろ』と言わんばかりの恨みがましい視線を向けているが、それに構わずさっさと『仲良しボックス』に手を突っ込む。


「お題は『初体験』……ふむ」


 色々と解釈が可能なお題に、トーマは少し悩んだ後、口を開いた。


「これは、俺が【試練の塔】というダンジョンで、初めて手持ちの仲間が出来た時の話なんだが――」

「それ、吾輩の話ぃ!」


 アゼルの語りを利用してからの天丼、からのアゼルのツッコミ。

 これがタイミング良く決まったおかげか、笑いのノルマはすぐに達成されたという。


 かくして、和気藹々というよりは互いに本音で殴り合うような特訓を経て、トーマとその仲間たちは絆を深めた――概ね、深めたのだった。

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