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第31話 怪物を超えた怪物

 白衣の魔物――シラサワは戦闘向きの個体ではない。

 元々が非戦闘員の人間だったため、身体能力は精々一般人と同列程度。リッチーに成ったことにより、耐久度は多少上がっているものの、『頑丈な人間』の域を出ない。

 魔力の保有量だけは、S級相当にあるのだが、肝心の魔術はそこまで得意ではない。

 そもそも、戦闘中に魔術を発動させるほどのセンスなんてありはしない。

 シラサワという魔物はどこまでも、非戦闘員が魔物化した存在に過ぎないのだから。

 ――――では、シラサワは無力なのか?

 否、それは明らかに違う。

 何故ならば、今までトーマたちに殺到していた生物兵器の全ては、シラサワが手掛けた作品であり、『やり様』によっては、このような兵器も製造可能だからだ。


「性能実験の時間だ! 思う存分、暴れるがいい、『冬嵐』!!」


 シラサワは骨の鎧を纏っていた。

 正確に言うのならば、骨でくみ上げられたパワードスーツを纏っていた。

 ただし、手足の形は人間のそれではなく、蜘蛛の如く数が多い。

 あるいは、その手足は蛸の如くと呼んでいいほど自由に、伸縮自在に動き回っている。


「ファイア!!」


 そして、動き回る手足の一つ一つから、異なる魔術が放たれる。

 シラサワが直接行使したものではなく、あらかじめ仕込んでおいた術式に魔力を流すだけで魔術が発動するという、魔道具染みた仕掛けによって。

 一つは風。

 一つは雪。

 一つは雷。

 一つは闇。

 四つの属性が複合し、冬の嵐の如き猛威がトーマへと吹き荒れる。


「さらにぃ!」


 次いで、シラサワは余った足の一つを用いて魔法陣を床に刻んだ。

 すると、魔法陣から次々とスケルトンの軍勢が湧いてくる。

 通路一杯に。

 逃げ場が無くなるほどに。


「眷属で動きを止めるよ!」


 スケルトンたちは主の命に従い、それぞれの武具を構えてトーマへ突っ込んでいく。

 しかも、そのスケルトンたちは、ただの下級魔物ではない。過去に存在した優秀な兵士の情報を刷り込んだ者たちだ。

 インスタントに作り上げた人造魔物なれども、その脅威度はどれもがC級以上。

 達人と呼べるほどではないにせよ、雑魚とは呼べない出来のスケルトン。

 それが数十体も襲ってくるのだ。

 冬の嵐の如き魔術が吹き荒れる中、寒さに負けずに平然と襲ってくるのだ。

 厄介極まりないことだろう。


「はーっはっはっはぁ! さぁ、君は一体どんな手段でそれらに対処を――」

「ふんっ!」


 相手がトーマでなければ、の話であるが。


「えっ?」


 シラサワは見た。

 気合一閃。

 トーマが拳を振るっただけで、冬嵐の魔術が打ち消され、殺到するスケルトンの軍勢が全て消し飛ばされた瞬間を。


「さて、次は?」


 しかも、トーマにはまるで疲労の色は無い。

 通常攻撃の一つでも繰り出したかのような、平常な雰囲気でシラサワへ訊ねている。

 まさか、これで終わりじゃないよな? と。


「は、は、はぁっ! 最高じゃあないか! 君ぃ!!」


 無論、これでシラサワは終わらない。

 推定、S級に位置する魔物はこの程度では終わらない。


「冬嵐ぃ! デストロイモード起動ぉ!!」


 骨のパワードスーツ、その性能を解放する。


「船の損傷は気にせずに行こうか! どうせ、もう用済みの拠点だ!!」


 爽やかな笑顔でシラサワが宣言した後、冬嵐は跳躍した。

 通路の天井、壁、床、それらを跳ねるように飛び回り、容易く音速を超えた軌道を見せる。


「空間、切断んんぅううううう!!」


 故に、シラサワの声は攻撃の後から響いた。

 無数に存在する骨の足。

 それが刃の如く形状を変えて、あらゆる方面から振るわれたのだ。

 しかも、それは機械的な一撃ではない。一つ一つが、過去の英雄の斬撃を再現したもの。

 そして何より、その刃には特別な魔術が付与されていた。

 空間切断。

 過去、神人が保有していた『空間へと干渉する技術』を魔術に組み込み、殺傷力に秀でた一撃へと変えたもの。

 それは防御を許さない。

 どれだけ頑強な物体であろうとも、空間ごと引き裂く一撃は耐えられない。

 そういう魔術が付与された刃が、英雄の斬撃として襲ってくるのだ。

 まさしく、必殺に相応しい攻撃だろう。


「へぇ!」


 これにはトーマもたまらず、防御ではなく回避を選択――しない。


「あれは、そういう使い方もあるのか!」


 感嘆の言葉と共に、拳を振るう。

 空間を切り裂く一撃を迎撃する。

 つい先ほど、空間歪曲のセキュリティを殴り飛ばしたように。


「えっ!? なにそれぇ!!?」


 シラサワは迎撃の拳によって殴り砕かれた骨の足を見て、思わず驚愕の声を上げた。

 空間切断を付与した斬撃。

 それは回避か、あるいは付与した魔術の解除は想定されていた。その場合は、次なるフェイズに移行して、更なる攻撃を仕掛ける予定だった。

 だが、殴り飛ばすとはいかなる技術によるものなのか?


「凄い、すっごーい! 是非とも研究させて――」

「まずは一発!」

「んぎゃっ!?」


 シラサワの好奇心が暴走しかけた瞬間、パワードスーツへと痛烈な衝撃が叩き込まれる。

 その威力たるや、S級魔物の龍鱗以上の強度を目指したパワードスーツの装甲を容易く砕き、たった一撃で半壊させるほど。


「ははっ! ははははっ! すっごぉーい!」


 けれども、シラサワはまだ止まらない。

 手に浮かべた魔法陣は、パワードスーツの機能をさらに引き出すもの。

 破壊された骨を再構築するもの。

 故に、冬嵐と名付けられたパワードスーツは、時がさかしまに回ったかのように一息で修復されて。


「二発目ぇ!!」


 間髪入れずに、容赦の無い追撃を受けた。


「ふ、ふふふっ!」


 しかし、今度は砕けない。

 先ほど半壊するほどのダメージを受けた装甲は、今度は軽くヒビが入る程度に被害を抑え込んでいる。


「これが、我が決戦用パワードスーツ、冬嵐の機能――【耐性獲得】!!」


 砕かれた骨の足も完全に修復された冬嵐。

 その上、砕かれれば砕かれるほどさらに耐性を増し、頑強になっていく。

 まさしく、S級に相応しい理不尽な性能だった。


「お楽しみいただけたかなぁ!?」

「うん。そうだな、確かに面白い……ここ最近だとアゼルの時以来だ。思いっきり動き回ってもいいかもしれないと思えたのは」


 だが、トーマの顔に絶望の色は無い。

 むしろ、『面白くなってきた』とばかりに、幼さが残るその顔を壮絶に歪めて。


「とりあえず、どこまで行けるか試してやろう」

「はっはぁ! それじゃあ、楽しい共同実験の始まりだぁ!!」


 理不尽を強いる者同士の戦いが再開された。




 実のところ、シラサワはずっとダンジョンに引きこもっていたわけでは無い。

 シラサワの研究には資材が必要となるため、その確保のため、定期的に外に出ているのだ。

 故に、現代の人間というものを知る機会は十分にあった。

 神人たちが提唱していたいくつかのプランの内、軌道に乗ったのは一つのみ。

 現代の人類のほとんどは魔物と比べて脆弱なままだ。

 だが、代わりにテイマーとしての能力は、過去の人間よりも向上している。

 一部の例外として英雄個体は居るものの、それも高位の魔物に対抗できる、というだけ。

 魔物の群れを薙ぎ払い、高位の魔物を圧倒するような真似は出来ない。

 そう、出来ないはずなのだ。


「あははははははっ! ほんとぉーに、凄いねぇ、君は!!」

「そりゃどうも」


 S級魔物の魔力を動力源とし、千年間の研究で生み出された決戦用のパワードスーツ、冬嵐。

 理論上ならば、S級高位の魔物にすら対抗可能な戦闘力を持つ、シラサワの主兵装。

 それを相手に、互角どころか、圧倒するような戦いをすることなど、不可能なはずなのだ。


「お前も随分と凄いぜ? 何せ、これだけ殴り甲斐のあるサンドバッグは見たことが無い」


 トーマが拳を振るう。

 冬嵐が砕けるが、即座に再構築されて、耐性を獲得する。

 トーが拳を振るう。

 ――――耐性を持った攻撃とは異なる属性をエンチャントした拳を。

 冬嵐は砕ける。段々と一撃で半壊以上のダメージを負うが、すぐに再構築されて、耐性を獲得する。

 そして、その次もまた、トーマは新しい属性と手段で耐性をすり抜けて攻撃するのだ。


「一体、どれだけ攻撃手段があるのかなっ!?」


 トーマの拳の衝撃と、冬嵐の再構築の動きにシャッフルされながら、シラサワは歓喜と驚愕の声を上げた。

 冬嵐はあくまでも、シラサワという魔物のための兵器に過ぎない。

 本来の研究とは異なる、『魔物に対抗可能な超兵器を造る』というプランを、シラサワが千年間の間に、息抜きにやり続けた結果、生み出したものなのだ。

 だが、それでも千年間、優れた技術力を持つシラサワが改良を重ね続けた兵器だ。

 どれだけ強くあろうとも、単独の魔物ならば――人間ならば猶更、対処できるはずだった。


「あっ」

「むっ」


 シラサワとトーマの声が重ねる。

 何百と重ねられた破壊の末、ついに冬嵐が再構築されなくなったのだ。


「あ、れれ?」


 動力源であるシラサワの魔力が枯渇したことによって。


「う、嘘だぁ。これでも私、高位のドラゴンと同じくらいの魔力は――」

「ありがとう、楽しい時間だったぜ」


 シラサワは何度も目を瞬かせて、眼前に立つトーマを見る。

 何百回も理不尽な【耐性獲得】を乗り越え、新たなる攻撃手段を生み出し続けた超人を見る。

 千年間、シラサワは人類の超人化のため、強い人間を思い描き続けてきた。

 しかし、目の前に立つトーマは、そのどれとも違っていた。千年間の研究で生み出した成果はおろか、シラサワの中にある『最も強い人類』の想像すらも凌駕していて。


「ちょうどいいトレーニングになった」


 トーマが放った一撃――――高速のデコピンが己の額で弾けた時、その衝撃と共にシラサワは思い知った。


「き、君はぁ、人間じゃあ、ない、ねぇ……っ!」


 S級の魔物に相当する自身すら凌駕する怪物。

 それこそがトーマという存在なのだと、薄れゆく意識の中、歓喜と敗北感と共に思い知ったのだった。

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