第30話 限界を超える
ジークたちが足を踏み入れた操舵室に居たのは、一体のスケルトンだった。
『カカカ』
刃がボロボロとなったショートソードを携えた、骨だけの魔物。
脅威度にしてはⅮ級相当。魔物の中でも最下級に過ぎない存在だ。
「――――っ!」
しかし、ジークはそのスケルトンから怖気を感じ取った。
出会った瞬間、胸元に冷たい刃を差し込まれたような怖気。
幼い頃から、少なからず死線を潜ったことのあるジークは本能的に直感していた。
眼前に立ち塞がる、このスケルトンは外見に似合わぬ脅威を持っていると。
「総員、警戒――」
そして、ジークの直感は間違っていなかった。
『カカッ』
奥歯を鳴らすスケルトンが、いつの間にかジークとの距離を肉薄していた。
骨だというのに、床と擦れる音も聞こえない、無音の歩法。
速度ではなく、虚を突くことで意識よりも早く放たれる斬撃。
明らかに達人の如き技量をもって、スケルトンはボロボロの刃をジークの首へと振るったのである。
『させるかっ!』
ジークの脅威に反応したのは、ルガーだった。
人狼の爪を振るい、ボロボロのショートソードを受け止める。
『カカカッ』
しかし、その刃は爪と押し合うことなく、するりと布の如くルガーの腕に纏わりついて。
『がぁっ!?』
刃を受け止めたはずのルガーの腕から、鮮血が噴き出すことになった。
「ほう。恐らくは神代の英雄、その遺骨を使ったネクロマンシーと言ったところか。心するがいい、テイマーの小僧。そのスケルトン、尋常ではない技を使うぞ?」
一連のやり取りを眺めていたアゼルは、面白い見世物だとばかりに笑いながらジークへ忠告する。
明らかに傍観の構えの癖に、忠告は有用。
その態度がジークの勘に障るが、今はそんな傍観者に文句を言っている時間も惜しかった。
「ルガー、耐えろ! ソル、全力でエンチャント! サクラ、行動妨害!」
冷や汗を首筋から流しながらも、ジークは全力で後退。
そして、ルガーに簡単な回復魔術を施しつつも、全体へと指示を行う。
ジークとしては切羽詰まった行動は、ミスに繋がるので出来るだけ避けたいと考えていたのだが、緊急事態であるために仕方がないと割り切っていた。
問題は、その緊急事態が戦闘開始直後に起こったということ。
『カカカッ!』
哄笑の如く、スケルトンの奥歯が鳴る。
エンチャントを加えたルガーの爪は、易々と剣で受け流されて。
サクラの念動力による妨害は、スケルトンが振るう剣で切り裂かれて。
「――――くそっ!」
手持ちの魔物たちを振り払った先で、スケルトンはジークの命を狙う。
執拗に、何度も。
ジークを倒すことが、何よりの最優先事項だと言わんばかりに。
「こいつ……俺が、いや、テイマーが弱点だって理解してやがる」
モンスターバトルの大会や、下級の魔物たちの領域を歩くだけでは感じえない、本物の脅威。
死を与える刃。
それは何度も手持ちの魔物たちが防いでいるが、どれもが辛うじて。
このままの攻防が続けば、いずれはスケルトンの刃はジークの命に届くだろう。
「――――考えろ」
故に、ジークは思考を回す。
窮地だからこそ、意図的に外の情報を遮断し、集中して打開策を考える。
技量は格上。
魔力量はこちらが有利。
数の利もこちらにある。
あのスケルトンはさほど頑丈にも見えない。
ならば、なんとかしてまずは一撃。一撃を与えて、四肢の骨のどれかを破損させる。あのずば抜けた技量を削ぐには、まずそれを形作る骨を削らなければならない。
「ソル! 全方位に炎の壁!」
考えた末に選んだ手段は、相手の動きを制限し、誘導すること。
その最初の一手が、ソルによる炎の壁である。
『カッ』
当然、この程度ならば突破される。
剣に炎の壁を切り裂かれて、突破される。
だが、炎の壁を突破するにはまず、剣を振るわなければならない。
一手、まずはその動きを誘導した。
『ええーいっ!』
次に、サクラが念動力でスケルトンの拘束を試みようとする。
剣を振り切った後ならば、剣に念動力が剣に切り裂かれる心配も無い。
そして、剣さえ封じればこのスケルトンは十分倒せる、と判断して。
――――ザンッ。
しかし、それすらも僅かに遅い。
高速よりも先に、切り返しの刃が振るわれる。
念動力は切り裂かれ、その力場はスケルトンを拘束できない。
だが、スケルトンに余裕のない動きをさせることには成功した。
『がるぅっ!』
その隙を、スケルトンが次の動きをするまでの僅かな間隙を、ルガーは見逃さない。
突風の如く爪を振るい、その骨を断たんとする。
『カカカカッ』
それでもなお、スケルトンは反応して見せた。
だが、剣は振るだけの余裕は無い。体術による回避行動を取って。
『獲ったぞ』
けれども、なおもエンチャントにより紅蓮を纏った爪は、スケルトンの片足を切り裂いて見せた。
スケルトンの技量よりも、魔物たちの連携の方が上回ったのである。
「畳みかけろ!」
この好機を逃す術はない。
ジークは一気呵成に勝負を決めるつもりで、仲間たちに指示を飛ばす。
いかに技量が凄まじくとも片足を奪ったのだ。
簡単ではないにせよ、これで勝機を掴んだと確信して。
『【脅威度の更新――――第二段階を解放】』
けれども、その確信は切り裂かれた。
眼前で起こった魔力の奔流、それに伴うスケルトンの変化によって。
『カカカッ』
哄笑の如く奥歯を鳴らすスケルトンは、先ほどまでの貧相な装いとは異なっていた。
まず、鎧がある。魔力で編み上げた骨の鎧。それがスケルトンに纏わりつき、失ったはずの片足すら代替して、十全以上の動きを取り戻させていた。
次に、剣がある。ボロボロのショートソードは一度砕け、次に骨と交じり合った白刃の剣へと生まれ変わったのだ。刀身はボロボロなどではなく、今ならば岩石すらも容易く切り裂くような鋭さがある。
『が――あ』
スケルトンは変化の後、真っ先にルガーを切り捨てた。
姿が変わっても剣技は衰えることなく、むしろ、冴えわたっている。
片足を失ったスケルトンを倒そうとしていたルガーは、相手の急変に対応することが出来ず、袈裟に胴体を斬られてしまった。
致命傷ではない。
だが、動くことは出来ない、そういう傷だった。
「あっ」
ルガーが倒れた瞬間、ジークの喉からは間の抜けた声が出た。
理解してしまったのだ。
攻撃の要であるルガーが倒れたとはつまり、勝機を失ったことであると。
『ギィッ!!』
それでも、ソルは抵抗を続けた。
主たるジークを傷つけられないために。
『こんのぉおおおおおおおっ!!』
サクラも念動力を全開にして、少しでも動きを鈍らせようと苦心した。
『カカカッ』
その全てが、足掻きが、無意味だと言わんばかりに剣閃が迸った。
縦横無尽に白刃が振るわれ、二体の魔物はダメージを受けて倒れ伏す。
残ったのは、たった一人のテイマーのみ。
「ここまでか」
故に、アゼルが傍観から戦闘へと意識を切り替えたのも仕方がなかったことだろう。
致命傷は受けていないとはいえ、魔物たちは動けないほどの傷を負っている。
トーマほどの力を持った人間でなければ、テイマー一人では何もできない。
だからこそ、この勝負はジークの敗北で終わる。
「ま、だ、だぁああああああああああああああああああっ!!」
そのはずだった。
ジークが吠えるように叫ばなければ。
「俺は、俺たちは! 強くならなきゃいけない! こんなところで、躓いていられるかぁ!!」
ジークの肉体から、魔力の奔流が生まれる。
限界以上に魔力を行使した成果、ジークの肉体の至る所が壊れて、血が流れている。
それでも構わない、と言わんばかりに、ジークは命を賭けて魔力を絞り上げ、仲間たちへ注ぎ込んだ。
――――瞬間、ジークの意識と魔物たちの意識が繋がった。
『るぅおおおおっ!!』
ルガーが立ち上がる。
本来、使えないはずの回復魔術で重傷を癒して。
『ギギィッ!』
ソルが再構成される。
ジークの魔力で再び炎を灯して。
『私たちは、負けないっ!』
サクラが再起する。
散った幽体を繋ぎ合わせ、更に強固なものを作り上げて。
「行くぞ、お前らぁ!!」
三体と一人の意識が繋がり、敗北が覆される。
『もっと小さく! 細かく! 精密に!』
サクラの念動力がスケルトンの動きを阻害する。
全体を掴むような念動力ではなく、細かく取り分けた力場をスケルトンの関節部へと流し込み、最小の動きで妨害する。
これならば、どれだけ剣を振るわれようとも、小さく無数に存在する力場のどれかは、スケルトンの動きを阻害できる。
『ギ!』
ソルはエンチャントだけではなく、ルガーに憑依した。
精霊としての力を全て注ぎ込み、紅蓮の毛皮として纏われることにより、ルガーを最大限に強化したのである。
『オレたちは、お前に勝つ』
ルガーは駆けた。
紅蓮の毛皮を纏い、疾風の如く駆けた。
だが、獣の如く牙と爪を振るうわけでは無い。
『オレたちの力で、お前に勝つ』
人狼の変化。
それを用いて、ルガーは一矢と成った。
生物ではなく、無機物への変化。
己が力を凝縮して、撃ち出すための形態として変化したのだ。
変化したそれは、線を引くように紅蓮の尾を残して飛んでいく。
音速を超えて、スケルトンの下へと。
『カカカカッ』
面白い、と言わんばかりに奥歯を鳴らすスケルトン。
行動を受け続けてなお、剣を構えるその姿勢に歪みは無い。
紅蓮の矢と白刃。
二つの力の衝突は、この操舵室全体を震わせるほどの余波を生み出して。
「…………がふっ」
力尽きたジークの気絶により、勝敗が決定された。
『カ、カカカッ――――見事!!』
矢がスケルトンの白刃を、鎧を、骨を消し飛ばしたところを確認したジークが、勝利を確信して気絶したのだ。
そして、今度の確信は間違っていない。
「ふぅむ、土壇場で覚醒したか。やるではないか、『ジーク』」
ジークたちは勝利したのだ。
S級魔物であるアゼルのお墨付きを得るほど、見事に。




