第3話 入学
ミッドガルド魔法学園は、パラディアム王国東部に位置するマンモス校だ。
王国内に存在する魔法学校の中でも、二番目にその規模は大きく、テイマー科だけではなく、魔法と魔物に関する数多の職業を学ばせるための場所である。
当然、その敷地も広く、都市一つがすっぽりと入るぐらいだ。敷地内には線路が敷かれ、学生の移動にはバスや魔導汽車を使った移動方法もある。
そして今、そんな広大な敷地内へと一歩踏み入れる者たちが居た。
「ふんふふーん♪」
鼻歌交じりに巨大な門をくぐり、威風堂々と進むのはトーマだ。
つい先日、生まれて初めて魔物との契約を成功させ、見事に入学の資格を得られた所為か、非常に上機嫌で学内を歩いている。
「……はぁ」
ただ、そんなトーマの後ろを陰気な顔をしてついていく者が居る。
黒髪で黒衣のドレスを纏う、冷たい印象を抱かせる美少女。
外見年齢は人間にすれば、十歳から十二歳頃。背中まで届く艶やかな黒髪と、鮮血よりも色鮮やかな赤い瞳の持ち主だ。
そして何より、その美少女の頭部からは、二本の雄々しい角が生えていた。
「いやぁ、楽しみだな、アゼル! これから俺たちの伝説が始まるんだ!」
「貴様が吾輩を単身で打倒した時点で、それは既に伝説というか英雄譚になっているわけだが、そこらへんはどう思っているのだ?」
アゼルと呼ばれた美少女――かつて、【原初の黒】と名乗っていた黒龍は、呆れたような口調でトーマへと訊ねる。
「吾輩のホームでは、それはもう凄まじい騒ぎになっていたぞ? 魔物も連れぬ人間の男が、単身で【試練の塔】を完全踏破し、主を連れ去ったのだと」
「ん、ああ。【試練の塔】に挑むことをライフワークにしていた奴らには悪いとは思うけれど、別に法律に違反しているわけではないから、それ以上は特に何も」
「吾輩を単独で倒したことを誇らしく思ったりは?」
「お前を仲間に出来たことは、超誇らしいと思うぜ!」
「…………ひょっとして、ダンジョン潰しは貴様にとって日常茶飯事なのか?」
「はははっ」
「笑って誤魔化すな、おい」
上機嫌のトーマと、不機嫌のアゼル。
対照的な態度の二人は、他愛ないと言うにはエキセントリックな内容の会話をしながら、学内の敷地を歩いていく。
目指すはテイマー科の校舎近くにある、第一体育館。
そこで行われる入学式へと出席するため、二人はこうして歩いているのだ。
「ふんっ、お前のような田舎娘はこの学園に相応しくない! さっさと尻尾を巻いて、地元に帰るんだな!」
「ないおう!?」
だが、その道中、トーマたちは言い争う二人の男女に遭遇する。
「どたばたと走り回って、この僕に衝突するなんて! 品位がなっていないぞ、品位が!」
不遜な態度で言っているのは、金髪の少年だ。
顔立ちは鼻筋の通った美形であるものの、嫌味が染み付いたような表情の持ち主である。
「だから、それは悪かったって! でも、そこから因縁をつけたみたいに、人の嫌味を言うのはどうかと思うんですけど!」
頬を膨らませて反論しているのは、茶髪の少女だ。
ポニーテイルの髪を揺らし、怒気を溢れさせているものの、生来の可愛らしさの所為か、あまり迫力は出ていない。
「人の中身っていうのは、こういう些細なことからわかるんだよ!」
「だったら、そっちもお里が知れるじゃんね!」
「なんだとう!」
売り言葉に買い言葉といった様子の二人は、共にテイマー科の制服を着ている。
トーマはそんな二人の言い争いを、子猫同士のじゃれ合いでも見るかのように微笑ましく眺めていたが、次の瞬間、その表情がすっと引き締まる。
「もういい。この僕の力を見せてやる――来い、イバラ」
何故ならば、言い争っていた少年の方が、自らの背後に魔物を召喚したからだ。
黒々とした肌を持つ、全長二メートル大の魔物――オーガを。
「んなっ! 人化できない魔物は、テイマー科の敷地内で出してはいけないんだよ!? 校則違反だ!」
「ふんっ、馬鹿め。『推奨はされない』というだけで、別に違反ではない」
オーガは魔物のランクにして、B級下位に位置する魔物だ。
強靭な肉体と怪力の持ち主である代わりに、凶暴性と知能の低さから、スカウトする難易度は中々に高い魔物である。
故に、これを見せつけるということはつまり、自身のスカウトの力量を見せつけるという行為に繋がる。
「…………そっちがその気なら、自衛のために、仕方ないよね」
しかし、少年の示威行為は残念ながら、『威嚇』ではなく『戦闘の始まり』と取られたらしい。
少女は覚悟を決めたように目を据わらせると、腰の魔道具――筒状の召喚装置へと手を伸ばす。その指先が振れた時点で、筒の中に格納されていた空間から、少女が使役する魔物たちが飛び出てくるだろう。
「――――うぇーい!」
「「ごっふ!?」」
だが、それよりも前に、トーマが二人の間に乱入した。
目にも留まらぬ動きで、二人の背中を軽く叩き、如何にもだるい絡みを始める。
「やっほー! お前たちも新入生!?」
「いや、誰だ!?」
「だ、誰? 誰なのぉ!?」
「俺? 俺はトーマ・アオギリ! トップテイマーになる男さ!」
突然乱入し、少年漫画の主役みたいな爽やかな面で名乗るトーマに、二人は若干引いていた。ちょっと常識の通じない人を見る目だった。
「これからよろしくなぁ!」
「ぐっ、やめろ、お前! 気安く肩を組んで来るなぁああいたたたたた!?」
「うぇーい」
「やめろぉっ! 気安い陽キャのノリで人の肩を破壊しようとするんじゃない!? なんなんだもう、お前は!?」
「俺? 俺はトーマ・アオギリ! トップテイマーになる――」
「自己紹介を繰り返すなぁ!」
トーマは少年に散々ダル絡みをして、精神を削った後、次なるターゲットとして少女へと目を向けた。
「うぇーい、俺はテイマー科だけど、お前らはー?」
「わ、私はテイマー科だけど……やめて、近寄らないで!」
「大丈夫! 俺は女性に対して真摯な男! 気安く触ったりしないさ!」
「先ほど、結構な勢いで背中を叩かれたけどぉ!?」
「さっきのは何か、喧嘩しそうな二人の間に割って入るためという大義名分があるから問題ないぜ!」
「うぐっ」
「なー? 魔物を先に出したあっちに非があるけども、明らかに戦闘モードに入っていたお前もお前で物騒だぜ? 同じテイマー科の仲間なんだから、初日から喧嘩は無しで行こう!」
「余計なお節介を――ぴぃっ!? 何その素振り!? 風圧がこっちまで届くレベルの素振りは何!?」
「ビンタの練習」
「大気がうねる様なビンタはもはや、必殺技の領域だよ!?」
トーマがにこやかな笑顔で、「ふんっ! ふんっ!」と大気渦巻くビンタの素振りを始めた所為か、先ほどまで敵対していた二人は微妙な表情で顔を見合わせた。
「ぼ、僕に戦う意思は無い! 喧嘩もそうだが、この状況で魔物を出しての戦闘なんてするわけがないだろ! 校則違反どころじゃないぞ!?」
「そ、そうそう! 私がうっかり勘違いしただけだから! 仲が良いってわけじゃないけど、喧嘩はしない! 喧嘩はしない!!」
そして、即座にアイコンタクトで口裏を合わせて、トーマに弁解を始めた。
明らかに、関わってはいけない何かに対する忌避感を優先している行動だった。
「本当? 本当に喧嘩しない?」
「「喧嘩しない」」
「ラブアンドピース?」
「「ら、ラブアンドピース」」
トーマはしばしの間、獲物を狙う獣の如くうろうろと二人の周りを歩き回った後、にこりと微笑んだ。
「ならば、ヨシ! じゃあ、二人とも、入学式でまた会おうぜ!」
そして、二人の中から毒気が抜かれたことを確認すると、軽い足取りで第一体育館の方へと歩いていく。
「人間の子供らよ。台風にでも遭ったと思って諦めるが良い」
安堵するように、露骨にほっと息を吐いた二人へ、アゼルは忠告なんだか憐れみなんだかわからない言葉を残して、アゼルはトーマの後を追っていった。
「「…………」」
やがて、二人はしばし見合った後、改めてと言った様子で口を開いた。
「僕はヴォイド・アーズ。先ほどは短慮に走ってしまい、すまなかった」
「私はナナ・クラウチ。ええと、こちらこそ先にぶつかってごめんなさい」
雨降って地固まる、というよりは嵐によって互いのわだかまりが吹き飛ばされてしまったのか、少年と少女は互いに謝罪を交わしたのだった。
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入学式は問題なく始まり、滞りなく進み、何事も無く終わった。
王国内で二番目に規模の大きなマンモス校であろうとも、入学式は大体他の学校とは変わりない。特に面白みのない挨拶が続き、無難に終わるだけの代物だった。
「ふんふふーん♪」
けれども、トーマの上機嫌は退屈な入学式を挟んだ程度では終わらない。
入学式後、今後生活することになる学生寮を案内され、その内の一つ、自身の個室が割り当てられた場所に辿り着くまで、ずっとニコニコの笑顔だった。
「ふふっ、今日からここが俺の城だぁ!」
「随分と手狭な城であるな」
「あ、アゼルはこの後、魔物専用の生活エリアに案内されるから、プライベートな時間はそっちで過ごしてくれよな! マスターである俺と離れるのは寂しいかもしれないが、我慢してほしいんだぜ!」
「吾輩は今、この学園のシステムに心底感謝している」
自分の部屋で荷解きをしている間も、楽しくてたまらないといった様子だ。
だからつい、アゼルはふとした興味でトーマに問いかけたのだろう。
「そういえば、貴様。何故、そこまでテイマーになることに拘っているのだ? 【試練の塔】を単身で踏破するほどの力を持っているのならば……いや、なんで人間がそんな力を持っているのかはさっぱりだが、ともあれ、そんな力を持っているのならば、魔物の力なんて必要ないだろうに」
アゼルからの問いかけに、トーマはぴたりと荷解きの手を止めた。
「んんー」
そして、少し悩んだ後、どこか自分自身に呆れているように答える。
「子供の頃、幼馴染の女の子と約束したんだ。将来、トップマスターの座を競い合えるようになライバルになるって」
人知を超えた力を持ち、S級魔物すら凌駕するトーマ。
だが、この時に見せた表情は、まるで年相応の少年のようで。
「ふん、そうか。ならば、仕方がないな」
契約してからずっと不機嫌だったアゼルは、少しだけ絆されたかのように、小さく笑みを浮べた。
初日のみの三連続更新でした。
翌日からは、こつこつ毎日投稿していきます。
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