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第29話 屍女王

 古い、古い、歴史で言うところの神代の話。

 あるところに、一人の研究者が居た。

 神人の研究者だった。

 長い宙の放浪を耐えきり、新天地へと降り立った『原初の神人』の一人だった。

 そして、その研究者が抱える研究テーマは、『魔物に対抗するための人体の改造』だった。


 魔物は強い。

 新天地に根差す、魔力という未知のエネルギーを用いる生物は強い。

 銀河系を移動することが可能な超文明の技術を持っていたとしても、その技術が通じない道理を持っている相手では、神人たちも分が悪かった。

 故に、神人たちは様々な手段を講じることにした。

 魔物に対抗する、超兵器の開発。

 魔物との共存を目指す、新人類の開発。

 魔物を凌駕する、超人類への改造。

 最終的に後世に残ることになったのは、新人類――モンスターテイマーの原型となる、魔物との感応力が高い人間の開発だったのだが、他の研究が無意味であったわけでは無い。

 少なくとも、その研究者が担当していた実験では、『魔物に対抗可能な超人』の製造はある程度のラインまで完成していたのである。

 そう、S級やA級には及ばずとも、B級程度の魔物ならば、十分に討伐可能な強さを持った超人は――人造の英雄個体とも呼ぶべき、改造人間たちはこの時、既に何人かは存在していたのだった。


「足りない。こんなんじゃあ、まったく足りてないね!」


 けれども、研究者はそこで満足しなかった。


「あのS級魔物どもを打ち倒せる超人――ううん、『勇者』が居なければ、人類は魔物に怯えたままになるじゃあないか!」


 目指すは頂点。

 新天地の生態系、その頂点に君臨するS級魔物たちを倒せなければ意味は無いと、その研究者は実験を続けたのである。

 ただ、この研究者は別に、人類賛歌を謳うような殊勝な人間ではない。

 自らの種を愛する者でもない。


「そうとも! あの理不尽の体現たちに挑む者が居た方が、絶対に面白い!」


 己の好奇心に全身全霊を書ける、大馬鹿だったのである。

 判断の基準は、面白いか、面白くないか。

 神人たちが提唱していた他のプランも面白くはあるものの、その研究者が一番に面白く感じたのは、人間の超人化だ。

 元々は脆弱な人間に過ぎない存在が、改造を経て、屈強な魔物たちを凌駕する存在へと変わる。そういう成り上がりを、逆襲を、面白く思ったのだ。


「造るぞぉ! 最強の超人を造っちゃうぞぉ!」


 故に、研究者は己の才能の全てを、人類の超人化へと注ぎ込んだ。

 研究者は天才と呼ばれる部類の神人だった。

 天才の中でもさらに、『怪物』と称される類の天才だった。

 そんな天才が、文明単位でのバックアップを受けながら研究を重ねたのだ。

 当然の如く、一つの成功例――S級に対抗可能な人類が生まれることになった。


「…………んんんー、確かに強いけどぉ。これ、ちょっとデメリットがなぁ」


 ただし、強さに特化した超人にはデメリットが存在した。

 S級に対抗可能である代わりに、生殖機能にいくつかの問題が見つかった。

 生存年数も短く、どれだけ手を入れても十年以上は長く生きられない。

 そんな欠陥だらけの存在を、果たして超人と呼んでいいのだろか?


「いいや、よくない!」


 研究者は認めなかった。

 研究者の頭の中にあるのは、神話の英雄の姿である。

 神人たちの歴史の中でも、更に古いおとぎ話の中にしか存在しない英雄である。

 強き怪物を討ち果たした英雄には、相応の報酬があるべきだと考えたのだ。

 生殖機能の問題? むしろ、性欲バリバリにした方がいいだろう。

 寿命の問題? むしろ、常人よりも長生きにした方がいいだろう。

 研究者は己が望む、完璧な超人を目指して、まだまだ研究を重ねる所存だった。



「いいえ、違いますよ、シラサワ博士。デメリットがあるからこそ、有用なのです」



 けれども、研究者のスポンサーは違ったらしい。

 研究者が作り上げた、デメリットだらけの研究成果――超人化への技術。

 それこそ、望んでいたものだと満足したのである。

 何故ならば、スポンサーが望んでいたのは英雄などではなく、『使い捨ての生物兵器』だったのだから。

 そして、求めていた技術が手に入ったのならば、その改善案など必要ない。

 むしろ、害悪となるものだ。


「お疲れ様です、シラサワ博士。後は我々にお任せください」


 故に、研究者は暗殺された。

 開拓地へと向かう軍船の中で、魔物の襲撃に見せかけて暗殺された。

 軍船一つと、開拓地に向かうはずだった数多の人間たちと共に、屠られたのである。


「げぼっ、ごほっ! い、いいや! まだだぁ!!」


 しかし、稀代の天才である研究者は、素直に死なない。

 血反吐をまき散らし、内臓を零しても、生き足掻いた。

 死ぬ直前に、超人化の息抜きで研究していたもう一つの研究――『人類の魔物化』を自分自身に施したのである。

 だが、その研究はいかに天才の御業と言えども未完成。

 即座に致命傷が回復して魔物化したわけでは無い。

 むしろ、その施術の所為で研究者の肉体は一度、粒子単位まで分解されてしまった。

 そして、長い長い時間を――百年ほどの時間をかけて、再構成されたのである。


 アンデッド系魔物の上位種。

 紛れもないS級魔物である、リッチーとして。



●●●



「うん?」


 トーマが生物兵器の砲弾に慣れ始め、その威力を段々と一か所に集約して被害を最低限にする技術を身に着け始めた頃、『おかわり』が来なくなった。


「もう撃ち止め? それとも、費用対効果がよろしくないから止めたのか。どちらにせよ、このまま何もないのなら――」


 だが、代わりにトーマの耳に聞こえてきたのは拍手の音だ。

 ぱちぱちぱち、と一人分の拍手の音が聞こえてきて、それが段々とトーマの下に近づいてくるのだ。


「やぁ、素敵な実験をありがとう!」


 そして、拍手の主は堂々と姿を現した。

 ぼさぼさの茶髪に、丸眼鏡。生気を感じられない肌、小柄な体格。ぶかぶかの白衣。

 そして、内包する高密度の魔力。

 姿形は人間と類似していても、紛れもなく拍手の主は魔物だった。

 それも、S級に相当する高位の魔物だ。


「君のおかげで、貴重なデータが取れたよ! ありがとう! とてもありがとう!」

「……どういたしまして?」


 だが、敵意は無い。

 S級にしては敵意が欠片も無い。

 トーマの経験上、大体のS級はトーマを見かけると色々と理由をつけて倒しに来るのだが、今回の相手にはそれが無かった。

 ただ、実験と称して攻撃を仕掛けて来ては居るので、判別が難しいところだった。


「君の存在は素晴らしい! ただの人間だというのに、私の生物兵器を凌駕する力を持つ! あれかな? 実は高位魔物から力を授かったり、後天的に改造とかしているのかな!?」

「いや、別に。生まれた時からのナチュラルボディだけど?」

「猶更素晴らしい! 英雄個体の中でも、更に抜きんでた性能を持つというのに、天然モノだとは! これはもう実験せざるを得ない!」


 白衣の魔物は、狂喜で口の端を釣り上げた状態で、トーマへ言う。


「というわけで、だ! 君ぃ、私の実験動物になるつもりはないかな!?」


 倫理観が欠如した、マッド前回の発言を。


「遠慮します」

「あ、いや、違う違う! そういう? 命を無碍にするような扱いはしないって! 違うから! きちんと三食昼寝付き! 危険な実験はしない! とううか、同意なしに実験はしないから! 事前に説明もする! 実験動物とか言ってしまったけれども、実際は協力者! 被験者みたいな感じの扱いだから!」

「遠慮します」

「そこをなんとかぁ! 君を研究すれば、私の長年の……いや、本当に長い長い年月をかけた、宿願が叶うかもしれないから!」


 あまりにも必死な頼み込みに、トーマは軽く引くが、そこでふと良いことを思いついたらしく、満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、俺の仲間になってくれるのなら、ある程度の実験は受け入れるぜ!」


 こちらもまた、勧誘だった。

 防衛機構やら生物兵器などで忘れていたが、元々トーマは魔物の勧誘に来ていたのである。

 それがS級相当の魔力と、会話可能な理性を有しているのなら絶好の勧誘対象だ。

 しかも、魔物にしては珍しくトーマに対して好感を持っている。

 だからこそ、今回は割といけるんじゃないかとトーマは考えていた。


「なーんだ、そんなことか! いいとも! 私は君の仲間に――――な、なななな!? なんだこの、言いようのない不快感は!? 嫌悪感は!? 全身が彼の仲間になることを拒否している!? 私の意思!? いや、違う――これは、魔物としての集合的無意識による拒否感か!?」


 なので、途中から雲行きが怪しくなった時、割と結構凹んでしまった。

 最初から拒否されるのは慣れてきたが、一縷の希望を見出した後に拒否されるのは中々にしんどいのである。


「交渉決裂?」

「ま、待って欲しい……ぬぉおおおおおっ! ひれ伏せ、集合的無意識ぃ! 私の好奇心を邪魔するんじゃない!」

「…………契約条件なら行ける?」

「ぐ、ぬぅううううっ! か、駆け引きなら! 私と君で勝負して、私が勝ったのならば、君はモルモットで人権はく奪! 君が勝ったのならば、私は君の仲間になって尊厳はく奪! これなら行けるかもしれないよ!」

「やはり鍵は契約か。それはそうと、だーれが手持ちにすることで魔物の尊厳を破壊する類の怪物だよ!?」

「そこまでは言ってないよ!?」


 ただ、今回の相手はその拒否感に抗う相手だ。

 ならばと、トーマは互いに求めることで契約を交わすことにより、謎の拒否感を封殺するという手段を選んだ。

 つまりは、ここから先はアゼルの時と同様。


「まぁ、いい。勝てばお前が仲間になる……それさえわかれば、十分だ」

「ふ、ふふふっ。プランから外れたけれども、これで勝てば宿願が果たせる!」


 互いの力とエゴをぶつけ合う、勝負の時間だ。

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― 新着の感想 ―
>集合的無意識による拒否感 魔物特攻というか、根源的な敵扱いされてるんすねw
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