第28話 二手に分かれて
地鳴りの如き鳴動があった後、どぱんっ!! とダンジョンの外側で、何かが爆発するような音が響いた。
その爆音の直後、通路の照明とは異なる光がダンジョン内に差し込んでくる。
今まで塞がれていた通路の窓。そこから日光が注がれているのである。
そう、つまりは――――このダンジョン、【神人の遺品窟】は軍船としての機能を取り戻すため、地中に埋まっていた状態から、外部の障害物、主に土砂などを弾き飛ばしたのだ。
軍船に備わった機能、魔導バリアによって。
「このダンジョンが起動した? 何かの防衛反応…………いや、何か居るな。最初の警備ドローンと次に襲ってきた生物兵器の差異が大きすぎる。軍船本来の防衛機構が最初の警備ドローンで、生物兵器は後付けで作ったもの。恐らく、このダンジョンには主が居る。軍船に入り込んで、あんな生物兵器を製造していた何者かが」
トーマの考察の最中、ダンジョンは更に轟音を鳴らした。
けれども、それは周囲を弾くためのものではない。
飛ぶためだ。
千年ぶりに軍船が飛ぶため、大型の魔導エンジンが唸りを上げているのだ。
――――ゴッ!!!
そして、【神人の遺品窟】の内部に居る者たちは慣性の力を得た。
軍船が飛び立ち、空高く昇っていくことによる反動で。
「ふーむ。何が目的かわからないが、どうやらこのダンジョンの主は、この骨董品を動かして空を飛びたかったらしい」
「いや、普通に侵入者である俺たちを逃がさないためじゃないか?」
「あ、そうか。空を飛べない奴は結構いるもんな?」
「大体の人間は空を飛べないし、俺も飛行魔術は難しい。つまり、さりげなく窮地に陥っているわけだが」
ダンジョンが空を飛ぶ、という状況を考察するため、トーマはジークと言葉を交わしている。
S級ウィザードのトーマと言えども、流石にこの状況は初めてな上、今回はジークという守るべき対象も居るのだ。想定外の事態で、下手な行動は出来ない。
「それに関しては、いざとなれば手持ちを戻した上に、俺がジークを担げば問題無い」
「……もの言いからして、やっぱりトーマは空を飛べるのか?」
「んー、飛べるというか、空中を走る感じ?」
「人間がやっていい技術じゃない……のは置いといて。そうとなれば、これからどうする? 想定外の事態ということで撤退するか?」
「やー、流石にこのダンジョンが飛んでいる状態はなんとかしないと。最悪、このまま市街地に突っ込んだら結構な被害が出るし」
「ああ、そういう可能性もあるか……いや、そうだな。千年前のものが普通に飛べるのも驚いたが、よく考えれば整備不良でどこかに墜落する可能性もあるのか」
【神人の遺品窟】は結構な大きさの軍船だ。
この規模の軍船が市街地に落ちれば、場所によっては数百人の被害が出るだろう。
故に、トーマはS級ウィザードとしての責務を果たすため、軍船をどうにか止める手段を探るつもりだった。
最悪の場合は、このダンジョンを空中で破壊するという手段も視野に入れて。
「そんなわけで、当面の目標は二つ。一つは、この事態を引き起こしているだろうダンジョンの主の対処。もう一つは、この軍船の飛行を止めること。一応、こっちの考えとしては、俺がダンジョンの主を適度に弱らせてから、軍船の止め方を尋問する予定だけど……何か意見はあるかな?」
『あっ、はいはい、ありまーす!』
トーマが今度の行動方針を説明する中、元気よくサクラが手を挙げた。
『この型の軍船だったら、多分私、操舵室に行けば操縦できると思いまーす!』
「サクラ。お前、そんな技能あったのか?」
『ふふーん! ただの文学少女じゃないんですよ? ジーク君』
「ジーク君は止めろ」
『はぁーい』
にこにこ笑顔のサクラに、ため息を吐きつつも嫌悪感は出していないジーク。
魔物とテイマーの良好なやり取りを羨ましそうに眺めていたトーマはけれども、すぐに真面目な表情を作って、行動方針を更新する。
「そうなると、俺がジークたちを警備しながら、この軍船のコクピットに行った方が確実か。ダンジョンの主の討伐はその後――――下がれ!」
『「!!?」』
その途中、白い影が通路の奥から、砲弾の如き速度で飛んできた。
トーマの超人めいた動体視力で視認したそれは、先ほどの生物兵器と似た、白い肌の人型だった。けれども、腹部が異様に肥大化しており、そこから煌々と光が漏れていて。
――――どぉんっ!!
通路の一角を吹き飛ばすほどの威力を伴った、爆発を起こした。
「ちぃっ! 自爆戦術か! しかも」
トーマは当然の如く、その爆発から仲間を全員守り切ったのだが、通路の破壊までは防ぎきれない。
「まだまだ、『おかわり』が続くか」
更には、砲弾の如き生物兵器の飛来が相次いでいる。
次々と、まるでこの軍船ごと侵入者を屠るかのような威力の爆発が続き、トーマはその威力を殺し続ける。
だが、流石のトーマでも爆発によって重なる、船内へのダメージを防ぐことは出来ない。
このままでは遠からず、軍船はこの一角から段々と破壊されていくだろう。
「ジーク! お前の手持ちと一緒にコクピットに行ってくれ! 多分、操舵室には相応の警備が居ると思うから、アゼルも念のために行け! 最悪の場合は、ジークたちだけを救助して、後はこの軍船を焼き払え!」
「いや、待て、トーマ! それだとお前は――」
「吾輩、了解である!」
「ぬわっ!?」
故に、素早くトーマは指示を出す。
アゼルは指示を受けて、普段の不仲など感じさせぬ機敏な動きで、ジークの首根っこを掴んで通路を駆け出す。
当然、ジークの手持ちたちも、マスターであるジークを追って動き出した。
「さて、と」
そして、この場に残ったのはトーマのみ。
「これでようやく、お守りの必要なく動ける」
ジークの守護から解放され、十全の力を発揮することが可能となったトーマは、迫りくる生物兵器の砲撃と向かい合った。
口元には、自信溢れる微笑を浮べて。
「くそっ! 自分で、歩け――げほっ!?」
「こっちの方が早い」
通路を駆けるアゼルは、ジークを小脇へと抱え直し、ぐんぐんと速度を上げて進んでいく。
「ゴーストの娘。操舵室まで案内できるか?」
『は、はいっ! お任せー! 船内の案内を見ていたから、多分大丈夫!』
先頭には、道案内をするためにサクラ。
次いで、ジークを抱えたアゼル。
最後にルガーがソルを乗せた状態で、背後を警戒しながら続いている。
即席ながらも、中々に適材適所の隊列だった。
「……ちくしょう」
そんな中、アゼルに運ばれているジークは、自身の無力を噛みしめていた。
明らかにお荷物。
先ほどの生物兵器の自爆特攻も、トーマが反応しなければ、対応できていたかどうか怪しい。そして、対応したからと言って無傷で切り抜けられるとも限らない。あれだけの爆発、ルガーとソルが共同で防いだとしても、どちらにもダメージが残るような威力だった。
そんな自爆特攻が、砲弾の如く連続して撃ち込まれていたのだ。
あの場に残る役割を果たせるのは、トーマだけだっただろう。
「まだまだ、足りていない。力も、知恵も、何もかも」
ダンジョン攻略に付き合わせてほしい、と願ったのはジークだ。
その代わりに、自分の持てる知識や経験を教えるとトーマと契約を交わした。
けれども、その契約は果たして等価だったのだろうか? 互いに納得した上での契約だったとはいえ、今のジークはそれがひどくぼったぐりだったように思えて――――そんなネガティブな思考を遮断するかのように、全身に衝撃を受けた。
『ここです!』
「ここか」
目的地である操舵室に辿り着いたアゼルが、乱暴にジークを床へ放ったのだ。
「ぐ、う……」
「さぁて、どうする? テイマーの小僧」
床で寝転がり、呻きを上げるジークへ、アゼルは見下しながら訊ねる。
「十中八九、この手の重要な場所には警備が居るだろう。あれらの生物兵器の中でも、特に強いものが配備されているかもしれん。貴様が望むのならば、吾輩が率先して排除してやることも出来るが――――どうする?」
「…………っ!」
試されている、と感じたジークは歯を食いしばり、無理やりにでも立ち上がった。
「アゼル。お前の力は、この船内で使うには強力過ぎる。お前が操舵室で暴れれば、この軍船を動かすための装置が巻き添えで壊れるかもしれない」
「ま、その可能性はあるだろうな。それで、どうする、テイマーの小僧?」
「…………やるさ」
そして、アゼルの瞳を見据えて、絞り出すように宣言する。
「俺たちが、操舵室に居る敵を排除する。その後に、軍船を操作して安全な場所に不時着させる。それが最善だ」
「く、くくくっ、よろしい。ならば、己が最善を尽くすがいい」
そんなジークの啖呵に、アゼルは満足げに笑みを作った。
かつて、【試練の塔】で人間たちを待ち構えていた、龍の笑みだった。
「我がマスターからの命令だ。不本意ではあるが、貴様らが命を失いそうになった時だけ、吾輩が助けてやる。もっとも、吾輩が手を出した場合、操舵室がまともに残っている保証は無いがな?」
「ふん、そんなのは余計な心配だ」
アゼルから試されていることを察しつつもなお、ジークはそちらに意識を向けない。
今はただ、己が役割を果たすため、余計なことを頭から振り払い、操舵室へのドアへと手をかけた。
「行くぞ、お前ら。俺たちが強いことを証明するために」
そして、ジークたちの死闘が始まる。




