第27話 強さの理由
トーマ・アオギリは、何故強いのか?
その理由の半分を答えるのならば、それは『生まれつき』である。
トーマは母親の胎内に居る時は静かだったが、産まれた後から非常にアグレッシブな赤ん坊だった。
生後数日で首がすわり、生後一週間も経てば、平然と二本足で歩けるような赤ん坊だった。
その上、乳離れが異様に早く、母親が見ていなければいろんなものを口に入れて、咀嚼しようとする悪癖があったぐらいだ。
この元気溢れる赤ん坊の世話は、トーマが物心ついたころから、母親が『物凄く大変だった』と何度も擦るほどに困難だったらしく、一時期は村中の母親が総動員されて、トーマをあやしていた期間があるぐらいだ。
そんなトーマであるが、大変な時期はあれども、早々に物心がつき、同世代の子供たちよりも早く、もっともらしい言葉を並び立てて会話できるようになった。
この成長具合に、トーマはひょっとして神童なのではないだろうか? などと村中で噂されるようになったのだが、その噂はすぐに鎮静化した。
何故ならば、そんな早熟など霞むほどの異常がトーマにはあったのだから。
「おかーさん、みてみてー」
トーマは五歳にもならない時、野生動物を狩った。
小動物ではない。
熊だ。
身の丈三メートルにも及ぶ熊の首をへし折り、単独で狩猟したのである。
悪い冗談のような経歴だが、紛れもなく真実であることは、トーマの母親がはっきりと目撃している。森の中から出てきた熊が、空腹のあまり子供たちを襲おうとしたところを、トーマが返り討ちにしたその姿を。
トーマは五歳にもならない時、既にもう身体強化の魔術を会得していたのである。
誰に教わるまでもなく。
それも、英雄個体と呼ぶに相応しいほどの練度で。
つまり、トーマはそういう生き物なのだ。
虎が生まれながらに強いように。
トーマも生まれながらに強い。
それがあるべき姿であるかのように、勝手に成長し、勝手に強くなっていくのだ。
「うちの子は天才を超えた天才かもしれん……だが、その才能に溺れないようにしなければ!」
トーマにとって幸いだったのが、トーマの両親が物凄く善良だったことだろう。
常軌を逸した子供を恐れるでもなく、虐待するでもなく、物の道理や常識、人として当然の良識をきっちりと教え込んだのだから。
かくして、トーマ・アオギリという英雄個体――否、異常個体は育てられた。
強く在りながらも、良く在るように願われ、すくすくと健やかに。
では、トーマの強さは生来のものだけなのか?
それは否である。
生来の才能が強く関係しているのは事実であるが、それだけではない。
トーマが強くなった理由、そのもう半分を答えるのならば、それは『環境』の所為である。
もっと具体的に言うのならば、メアリー・スークリムという幼馴染の所為だ。
メアリーは幼い頃から美しく、そして、数多の魔物を魅了する体質の持ち主だった。
下級の魔物はもちろん、上級の魔物すらもメアリーの前では形無し。
どんな魔物であっても、メアリーに好意を抱かざるを得ない。
そんな魔性の持ち主だった。
まさしく、天性のモンスターテイマーと言える体質だった。
しかし、祝福の如きその体質がもたらすのは、必ずしも良い結果とは限らない。
魅了された魔物たちが全て、メアリーの意思を重んじるわけでは無い。むしろ、そのほとんどが身勝手にメアリーを奪い取ろうとするのだ。メアリーの周囲を傷つけてでも。
「私は、生まれて来なかった方が良かったかもしれない」
早熟のメアリーは幼くして、既に現状に絶望していた。
身勝手な理由でメアリーを奪おうとする魔物たち。
メアリーを守ろうとして、傷ついていく大切な人たち。
自分さえ居なくなってしまえば。
メアリーがそう思ってしまうのも仕方がない環境だった。
あるいは、そのままだったのならば、メアリーは幼くして自ら命を断ってしまったかもしれない。
「だいじょーぶだ、メアリー! オレがまもってやる! ふんすっ!」
そう、幼い頃からめきめきと強さの頭角を現し始めた、トーマが居なければ。
「子供が無理をしないで」
メアリーは最初、トーマの宣言を可愛らしい子供の強がりだと思っていた。
恐ろしく早熟していたメアリーは、トーマの幼さと善意を受け入れながらも、その実、諦観に満ちていたのである。
「みてみてー、たおしたー」
「えっ???」
その諦観が壊されたのは、トーマが下級なれども魔物を撃退した時のこと。
村の大人たちか、警備のテイマーでなければ対処不可能なはずの魔物たちを、幼い子供であるトーマが単独で倒した時、メアリーの諦観は驚愕によって壊されたのだ。
「またまた、たおしたー」
「す、凄いわね……」
メアリーは最初、トーマの強さのあまりにちょっと引いていた。
どういう対処をしたらいいのか、わからなくなっていた。
「ちょっとつよかったけど、たおしたー」
「うん、ありがとう」
けれども、段々とメアリーは慣れてきた。
トーマに守れることに。
トーマを信じることに。
「なんか、今回の相手は物凄く強かったんですけど!」
「ふふふっ。いつも通り、ありがとう、トーマ」
やがて、トーマが強く成長していく内に、メアリーは心配するだけ無駄だと悟った。
トーマは強い。
呆れるほどに強い。
数多の魔物との戦いを経て、時々、魔物ではなく誘拐目的の犯罪者や犯罪結社、時にはどこかの勢力の特殊工作員すら撃退して、その強さを鍛え上げたのだ。
そう、トーマの強さの理由のもう半分。
それは、メアリーを守る中で鍛え上げた、実戦的な強さだったのである。
「トーマ。いつも私を守ってくれているお礼に、私が貴方のお嫁さんになってあげる」
「えっ? お嫁さん? いや、ちょっと、子供の内に将来が決まるのは――」
「お嫁さんになってあげる、いいわね?」
「あ、はい」
その過程でメアリーの好感度も天元突破し、がっちりと将来の伴侶として確保されることになるのだが、それはさておき。
トーマには生来の強さだけではなく、実戦的な強さもある。
初見の相手、見覚えのない姿の魔物、よくわからない装備の人間。
数多の強敵と戦ってきたが故に、トーマにはある種の観察眼が備わっていた。
ある程度ならば、見た瞬間に相手の戦力を見通せるという、観察眼が。
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蹂躙だった。
それはまさしく、蹂躙劇と呼ぶにふさわしいものだった。
「ふぅ、『おかわり』はこれで打ち止めみたいだな。うん、中々に歯ごたえのある相手だったじゃないか」
汗一つ流さずに笑うトーマの足元には、核を砕かれた生物兵器が死屍累々。
それでいて、トーマの衣服には返り血一つついていないのだから、もはや、強いを通り越して『妖しさ』が帯びるほどだった。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇっ……まさか、ここまでとは」
平然としているトーマとは対照的に、ジークは汗を流しながら肩で息をしている。
背後に控える手持ちの魔物たちも、重い傷は無くとも軽い傷がちらほらと。魔力もまだ蓄えはあるが、余裕は無い。
トーマが雑に間引いた後、ジークにあてがわれた生物兵器を相手にしているだけで、これだけの消耗があったのだ。
つまりは、トーマが蹂躙した相手は決して雑魚ではないのである。
生物兵器は合計で五十以上の個体が出てきたが、そのどれもが最低でもB級以上。加えて、多種多様な能力の持ち主であり、ジークはその能力を明かして理解することに、大分苦労していた。
だが、トーマは違う。
「強いとは思っていたけれど、こんな理不尽めいた強さだったとは」
感嘆するジークは、先ほどの光景を思い出す。
殺到する生物兵器たちを、無数に繰り出した拳で殴り倒す光景を。
まるで、殴る前から『何が出来るのか?』と『何に弱いのか?』を把握しているような、規格外なトーマの戦いっぷりと共に。
「…………なぁ、トーマ」
「何かな? ジーク」
だからこそ、そんな鬼神の如き戦いを見ていたからこそ、ジークは疑問に思ってしまった。
「お前はどうして、テイマーになろうとしているんだ?」
トーマは、テイマーではなく、ウィザードとしてならば、間違いなく歴史に名を刻むほどの未来が約束されているようなものじゃないか? と。
「それだけ強いんだろ? S級の等級を持つほどのウィザードなんだろ? だったら、わざわざテイマーにこだわる理由は何なんだ?」
ジークの質問は、明らかにトーマの内側へと踏み込んだものだった。
普段ならば、このような真似はせずに空気を読むことも可能なジークであるが、どうにも今回は熱が入ってしまっているようだ。
未だ、目標に足る力を持っていないが故に、十分以上の力を持ったトーマに対して、つい疑問を抱いてしまったのである。
どうして、ウィザードとして最高位のトーマが、不得意極まりないテイマーを目指しているのか、と。
「なんか、格好良かったから」
けれども、トーマはジークの葛藤など知るとばかりに、あっさりと答えた。
「子供の頃に見た、モンスターバトルの大会が凄く楽しかったから。その大会で戦うテイマーに憧れたから」
「…………そ、それだけなのか?」
「そう、それだけ。生憎、ジークが望むような『重い理由』は持ち合わせていないよ、俺は」
どこか戸惑うジークに対して、トーマはにへらと気の抜けた笑みを浮かべて言う。
「俺は、自分が思う『格好良い奴』になりたいから、トップテイマーを目指している。だってほら、男の子なんて格好つけてなんぼだろ?」
「…………」
「まぁ、これはあくまでも俺の理由に過ぎない。だから、あんまり気にする必要なんてないのさ。他人の動機を知ったところで、自分の動機が変わるわけじゃない、そうだろ?」
「…………ああ」
絞りだしたジークの言葉には、嫉妬と困惑が入り混じっていた。
自分よりも圧倒的に強い力を持つ、トーマに対する嫉妬。
強すぎるほどに強いというのに、普通の男子みたいな夢を語るトーマに対する困惑。
その二つは入り交じり、やがて一つの結論を出した。
「その通りだ。俺は何も変わらない」
関係ない、と。
どうせ利用し合う関係なのだから、深入りする必要も無く、ジークがトーマに感化される必要も無い。
余計な感情など抱かずに、目標を達成するその時まで、『上手くやればいい』と。
「俺は――」
けれども、結論は出てもどここか、胸の奥に何かつかえるものがあって。
――――ゴゴゴゴゴゴッ!!
その正体を知るよりも前に、床や壁、天井に至る全てが――【神人の遺品窟】という名のダンジョンが鳴動した。
かつての軍船が、その役割を今更ながらに果たそうとしているかのように。




