第26話 人造魔物
それらは出来損ないの粘土細工のような造形だった。
一つは、痩身。
産毛一つ生えぬ真っ白な肌に、針金を束ねたが如き細身の人型。真っ赤な目に、まつげも髪も無く、だらりと真っ赤な舌を口から垂れ下げている。
一つは、巨体。
同じく真っ白な肌に、筋骨隆々の人型。瞳の色は青。背中からは何かの棘のようなものが露出して、口元は固く閉ざされている。
一つは、異形。
泥を固めたような漆黒の人型。瞳の色も黒。背中からは腕が生え、二対四本の腕がその胴体にはついている。
合計三体。
警備ドローンの代わりにやってきた新手は、今までとは趣の異なる魔物――否、生物兵器だった。
「ふーむ」
通路を進む中、新手の生物兵器に出会ったトーマは、それらを一瞥した後、何かを確信したように頷く。
「ちょうどいいな」
次いで、三体の生物兵器の前まで瞬間移動。
あまりの速さに、反応が追い付いていない三体の内、漆黒の人型へ拳を振るう。
――――ドッ。
ぐぐもった打撃音の後に、どしゃりと漆黒の人型は床へと倒れた。
一撃。
異様な雰囲気を漂わせる相手だろうとも、トーマはたった一撃で新手の内の一体を撃破したのだ。
「よし」
そして、敵を目の前にしながら平然と振り返って、ジークへ問いかける。
「ジーク、わかった?」
「何が???」
「この生物兵器はさっきの機械兵器よりもちょっと弱い程度。弱点は胸部に埋め込まれている核らしき物質。それ以外を攻撃しても、普通に再生されると思うから、倒すなら弱点部位を集中攻撃する――――みたいな感じのことを」
「逆に訊くが、お前はそれを見ただけでわかるのか? わかるんだろうな、お前は」
「勝手に自問自答で納得された……まぁ、わかるけども」
もはや驚愕を通り越して呆れているジークへ、トーマは苦笑を向けて言った。
「じゃあ、この情報を使って、残り二体はジークが頑張って倒してみて。大丈夫、脅威度は大体B級上位程度だから」
さらりと、C級テイマーに対して、結構な難題を。
「…………はっ、なるほど」
ジークはしばしその意図を探っていたが、やがて思い至ったように不敵に笑みを浮かべた。
「お前の動きを参考にして、戦えと?」
「その通り!」
ジークの不敵な笑みに、トーマはサムズアップで返す。
悪気は欠片も無く、本気でジークにとってはこれが『良いこと』に繋がるだろうと信じ切った顔で。
「そうか……そうかよ。なら、やってやる。いくぞ、ルガー、ソル、サクラ」
故に、ジークはもう躊躇わない。
成長するにはちょうどいい相手だとばかりに、手持ちの魔物に指示を飛ばす。
「俺たちもダンジョン攻略、始めるぞ」
トーマによって雑に処理されてもなお、強敵だとわかる、異様な気配を纏った生物兵器二体。
それらを屠り、己の糧にするために。
『ろぉおおおおおおおうううっ!』
痩身の生物兵器は、震える声で叫んだ。
単なる叫びではない。魔術的な意味を含んだ一動作だった。
「ルガー!」
魔術の発動を察知したジークは、人狼のルガーへと強襲の指示を出す。
狙うは痩身の生物兵器。
魔術が発動する前に、如何にも脆そうな肉体を貫いて撃破する。
――――ヴァリィ!
そのような目的はけれども、巨体の生物兵器の介入によって妨害された。
筋骨隆々の肉体は、両手を広げて壁のようにルガーの前に立ち塞がり、更にその身に雷を纏わせたのだ。
『ぐるぅっ!』
ルガーは唸り声をあげつつ、迂回をしようとするが、いかんせん、ここは船内の通路。
人狼の機動性を十分に活かせる場所ではない。
『ろぉおおっ!』
そこへ、痩身の生物兵器は叫び――詠唱を終えたのか、魔術を発動させる。
「ちぃっ! ソル!」
ジークは攻撃系の魔術と推測し、サラマンダーのソルへと防御命令。
ソルは間髪入れず、炎の壁をルガーと巨体の生物兵器の間に構築する。
だがしかし、ジークの予測は外れた。
――――ヴァリィ!
炎の壁を突き破って、巨体の生物兵器がルガーへと襲い掛かったのだ。
『ちぃっ!』
ルガーはとっさに回避するが、その際に巨体の一部が掠っていたのか、腕の一部が痺れて使い物にならなくなってしまう。
そこに、巨体の生物兵器は、その外見に見合わぬ機敏さでルガーへと追い打ちをかける。
『おっとぉ!』
即座に、サクラによる念動力の押し出しが無ければ、ルガーは更に追加で一撃受けていたかもしれない。
「あの巨体で、あの速度? そういう性能か? いや、魔術の発動の痕跡がある。つまり、あれは痩身の奴による強化を受けた状態か」
魔物たちの一連の攻防の最中、ジークは素早く頭の中で攻略法を組み立てていく。
『ろぉおおおおおっ!』
そんなジークを追い立てるように、再び痩身は詠唱の叫びを開始する。
「あの痩身の奴を放っておけば、次々と巨体の奴を強化していく。だが、痩身の奴に攻撃を仕掛けようと思っても、巨体の奴が妨害する。こちらが焦れば焦るほど、あちらは強化し、有利な状況になっていく……中々に悪辣なコンビだ」
けれども、ジークは動揺しない。
胸の鼓動は暴れ出しそうなほどに煩いが、頭はどこまでも冷たく冴え渡っている。
「――――そうか」
そして、ジークは気づく。
「ソル、巨体の奴へエンチャント!」
この場の突破口に。
――――ごうっ!!
ソルは多少驚きつつも、ジークの指示に素直に従って付与魔術を巨体の生物兵器へと仕掛ける。攻撃の魔術ではない。エンチャント、本来は支援の魔術を。
これにより、巨体の生物兵器は更に強化された。
雷、強化魔術に加えて、炎のエンチャントも加えられたのだ。元々がB級上位程度の力であったとしても、今はA級にすら届くほどに強くなっているかもしれない。
――――ぼぉんっ!
けれども、巨体の生物兵器は破裂する。
上半身が弾け飛び、核である宝石の如き物質も砕け散った。
「強化もエンチャントも、どれも加減の難しい魔術で、その重ね掛けには本来、細心の注意が必要となる。でなければ、この通り、増えた力に耐えきれず、肉体が破壊されてしまうからな」
二体一対のコンビネーションはここに崩れ去った。
故に、残った痩身の生物兵器は、発動する魔術を支援強化から攻撃へと切り替えて。
「ルガー」
『ああ』
叫びの詠唱を始める前に、その胸部をルガーの爪によって貫かれた。
一撃必殺。
核である部分を貫いた、正確なる一撃により、痩身の生物兵器は生命活動を停止する。
「…………よし、よくやった」
ジークは倒れた生物兵器を観察し、もう動かないことを確認すると、大きく息を吐く。
それが、この【神人の遺品窟】に於けるジークの初戦闘の終わりとなった。
「…………ふぅー」
ジークは額から流れる汗を手の甲で拭い、緊張して強張った背筋を伸ばした。
「なんとか、なったか」
強い相手だった。
あの黒い奴も合わせて、三体同時に戦っていたのならば、勝敗は分からなかったぐらいには強かった。
少なくとも、ジークはそのように考えている。
突破口を見つけてから数秒の間の撃破だったが、逆に言えば、突破口を見つけなければ、敗北していたのはジークたちだったのかもしれない。
無論、ジークたちには、まだ明かしていない奥の手の類が存在するため、一概にも敗北していたとは限らないだが、それだけの危機感をジークはあの生物兵器たちに感じていた。
「おー、凄い、凄い。かなりテイマーっぽい戦い方だったぜ、ジーク」
一方、ジークの勝利に拍手を手向けるトーマの顔は呑気そのもの。
ジークたちの間では、緊迫した戦闘であったとしても、どうやらトーマの中ではまだ、緊張に値するほどの戦いではなかったらしい。
「褒め方が釈然としない」
「いや、本当にテイマーとしては参考になった戦いだったぜ?」
「なら、テイマーではない視点からの評価は?」
「んー、まぁ、C級にしては凄く優秀だと思う」
「遠回しの見下しをどうもありがとう、クソが」
「仕方がないじゃん。俺はS級ウィザードなんだから。等級的に、どうしても上からになるんだよ、評価する時は」
自分にとっては必死の戦いを『よく頑張りましたでしょう』的な評価を受けたので、ジークは露骨に不機嫌だ。だが、その不機嫌の中には、大人しく身の程を弁えられない自分自身に対する苛立ちも含んでいる。
何せ、事実なのだ。
トーマはジークよりも圧倒的に強い。
個体としての強さだけではなく、手持ちの魔物たちも含めた総合的な強さを競っても、足元にすら及ばない相手だ。
見下されて当然なのである。
ただ、それはそれとしてむかつくことはむかつくが。
「もっと良い評価が欲しければ、次は『順当で確実な勝利』ってのを目指してみてくれ」
「……次?」
だからこそ、気付かなかったのかもしれない。
「安心していいぜ! ここはどうやら、『おかわり』がたくさんあるみたいだからな」
「…………マジか」
ダンジョンの奥地。
通路の向こう側の扉から、次々と先ほどの生物兵器に類似した生命体が、ぞろぞろと数十体ほど姿を現し始めていたことに。
「んじゃあ、俺が適当に間引くから、ジークは残りを掃討すること!」
「……っ!」
「出来るか?」
「――――ああ、やってやるさ!」
トーマが先陣を切り、生物兵器の群れを食い破るように暴れる。
散らばった生物兵器たちを、ジークの魔物が乾坤一擲の攻撃を繰り返しながら撃破する。
B級上位相当の生物兵器の群れ。
これが、この後に続く『本番』への前座に過ぎないことを二人が知るのは、もう少し先のことになる。




