第25話 ダンジョン攻略のすすめ
緊急事態を知らせるアラームが鳴り響く。
【神人の遺品窟】という、かつての神人の軍船は、最高位セキュリティが力づくで突破される異常事態に、最大の警戒態勢を取った。
即ち、侵入者の排除である。
がしょん、という機械音と共に通路に配備されるのは、千年以上の時を経てもなお稼働する軍用ドローンだ。それらは通路を移動できるほど小さく、箱のような形をしている。
そして、箱の内部から銃身をさらけ出して、照準を侵入者に向けた。
――――ダダダダダダダッ!
ドラムロールの如き発砲音と共に撃ち出されるのは、神人が開発した対魔物用の特殊弾。
撃ち込まれれば魔物の内部で破裂し、それらの破片が魔力を阻害するように飛び散るという、全ての魔力ある者に対する切り札となるものだった。
「ほいっと」
けれども、その弾丸は侵入者――トーマには当たらない。
魔力を込めた打撃。
魔法拳士にとっては基本の技術となるそれで、トーマは撃ち出された全ての弾丸を叩き落したのだ。正確に言うのならば、無数の銃弾が通る空間そのものを打撃し、衝撃を伝播させることによって弾丸を叩き落したわけである。
紛れもない神技。
英雄個体とされる人間であっても、全身全霊の集中が無ければできない技。
だというのに、トーマの顔には汗一つ見当たらない。
「さぁてと」
トーマは特に気負うことない声と共に駆け出し、一瞬にしてドローンたちとの距離を肉薄。
「せいやっ」
無数のドローンを紙細工の如く殴り飛ばし、防衛機構を排除せんとする。
――――ビィイイイイイイイイイイッ!!!
悲鳴の如きアラームが意味するのは、最大の脅威が船内に存在していること。
この脅威を排除するために、最終手段を用いなければならないということ。
即ち、『船内の被害を度外視した機械兵器の投入』が為された。
「へぇ」
トーマが感心するように呟いたのは、眼前に現れた存在が美しかったからだ。
人型。
機械の翼を持つ人型。
けれども、それには人間の顔は無く、八つのセンサーが目玉の如く蠢いている。
首から下の胴体は少女のそれの如き造りなのだが、だからこそ頭部のセンサーだけが異形であり、だが、それでも美しかった。
さながら、神人のアーカイブに遺された天使の如く。
防衛機構の最終兵器、機械天使はここに降臨した。
『【対象を確認。排除します】』
音声スピーカーから発される言葉は、かつて神人が使っていた古いもの。
今の王国の言語の原形となったものだ。
故に、なんとなくトーマはその意味を理解できていた。
『【重力兵装起動。対象を圧殺します】』
機械天使が何をしようとしているのかも。
「なるほど。これは魔物にしてA級相当ってところか」
目の前の空間が捻じ曲げられる光景を目にして、トーマは小さく笑みを浮かべた。
このままならば、空間の圧縮と共に、自身の圧死が決定されるというのに、まるで焦り一つも見せずに、ただ、感心したような笑みだけ浮かべて。
「先人の技術も悪くない。だけど、足りてない」
ざん、と空間を割断するが如き、手刀を振り下ろした。
「俺を倒すには、まるで足りていない」
空間を捻じ曲げる重力兵器を凌駕する理不尽。
単体の人間が為せる範疇を、明らかに逸脱した一撃。
それが放たれたのならば当然、機械天使の末路は一つ。
『【――が、ががが、機能が、がががが――――】』
縦に両断された機会天使は、そのまま崩れ落ちる。
神人の技術の粋によって作り上げられた兵器は、上級の魔物に対抗すべく作られたはずの機械は、たった一人の人間の手によって破壊されたのだった。
「よし。ようやくこのうるさいアラームも止んだな。防衛機構も見た限りだと、全部壊してあるし…………うん、皆、来ていいぜ!」
トーマが理不尽の限りを尽くした戦場跡に、ジークと手持ちの魔物たちが足を踏み入れた。
「凄まじいな、これは」
ジークは、『ここでS級魔物が暴れましたか?』みたいな機械兵器の残骸に、思わず感嘆の声を上げて。
『うわー! 前からわかっていたけど、人間じゃなーい! アゼルさーん、貴方のマスター、人間じゃないよー、絶対』
時代の当事者だったサクラは、その戦果に素直にドン引きしていた。
「ふん。この吾輩を下した男だぞ? この程度、出来て当然というものだ」
しかし、後からやってきたアゼルの声には動揺は一切無い。
むしろ、『そうなって当然』と言わんばかりの態度だった。
過去にトーマと戦っているが故に、どうやらアゼルはその戦闘力に関しては、全幅の信頼を置いているらしい。
「…………まー、テイマーの戦い方じゃないけどな」
ただ、この理不尽を為した当人の反応は、微妙な苦笑だったが。
「仕方がないだろう、マスター。この程度ならば、吾輩が露払いしても構わないが、狭い場所での戦いになると、船内の被害が悲惨なことになるぞ?」
「おうとも。だからこそ、いつも通りに俺がソロでの攻略になったわけだけど……ジーク、これって参考になる?」
そして、トーマによるダンジョン攻略の手並みを拝見しようとしていたジークとしては、この惨状はある意味、これ以上なくその凄まじさを思い知らされる結果になった。
「あー、そう、だな…………まず、空間歪曲をどうにかするあたりから、俺には無理だと理解した。とても身の程を弁えられた感じだ」
「ごめんて。ええと、次から! 次からは、ちゃんと参考になる戦い方をするからさ!」
そう、凄まじすぎてまるで参考にならないという結果に。
●●●
古い音楽が流れていた。
神人のアーカイブにある記憶では、クラシックに分類される音楽だった。
その音楽に合わせて、指揮者の如く指先を動かす者が居る。
「てーてててー、ててててー♪」
鼻歌を口ずさみながら、すいすいと指先と動かすのは、白衣の女性だ。
――――否、女性型の魔物だ。
何故ならば、その肌はあまりにも血の気が通っていない。その体には、生きている人間の温度が無い。
アンデッド。
そう呼ばれる魔物の一種は、けれども肌色に似合わず生き生きとした動作だった。
指を振る。音楽に合わせて指を振る。
すると、それに合わせて白衣の魔物の眼前の機械が動く。
それは人間の指先よりも細く、人間の指よりも数の多い、機械の腕だった。
「てて、ててて、ててててー♪」
音楽に合わせて白衣の魔物の指先が動く。
それに合わせて、機械の腕が動く。
そして、機械の腕は手術台のようなものに乗った物体を、切ったり接いだりしていた。
さながら手術の如く、人間よりも遥かに大きな『何か』の肉片、内蔵、骨を改造していた。
「ててて――――ん?」
けれども、その手は止まる。
機械も、白衣の魔物の手も止まり、音楽もノイズと立てて止まった。
「あれあれー? 何事ぉー?」
白衣の魔物は眼前の物体から目を離し、少し離れた位置にあるモニターへと視線を向けた。
すると、そこには信じられないような光景があった。
「ほぇ?」
人間だ。
人間が船内に入り込んでいた。
しかも、その人間は只者ではない。防衛機構である警備ドローンたちを、瞬く間に排除し、機会天使という『かつての技術の最高峰』を相手にしても、まるで怯むことなく、一撃で沈めて見せた。
「えっ、ちょちょちょっ、ちょっと待ってぇ!?」
明らかに異常事態だ。
けれども、モニター越しに侵入者の人間――トーマを見る白衣の魔物の目は、恐怖でもなければ焦燥に駆られているわけでもない。
「なにあの、面白そうな生命体!」
心の底から湧き上がる好奇心により、白衣の魔物の目は輝いていた。
まるで、欲しい玩具を目の前に置かれた子供のように。
「人間? あれが人間? それとも、人間っぽいだけの魔物!? どちらにせよ、あの個体は非常に興味深いサンプルだよ! まさか、現代にあんな規格外の能力を持った個体が誕生していたなんて!」
くるくると白衣の魔物は、その場で踊るように回転する。
時折、恋する乙女の如く、血色の悪い頬に手をやって、にんまりと笑みを浮かべる。
「こーれは! 研究のし甲斐があるねぇ! あ、ついでに『在庫処分』も兼ねた戦力テストもやってしまおうっと! ふふふっ、千年間の研究の成果と、新しい対象のテスト。一石二鳥の実験だよ、これはぁ!」
そして、白衣の魔物は急いで手元の端末を操作し、保有している『実験の成果』を全て解き放つことにした。
そこに容赦などは微塵も存在しない。
トーマの後に続く者たちのことなど、最初から意識に無い。
あるのはただ、純粋な知的好奇心のみ。
「さぁ、楽しい楽しい実験の時間だぁ!」
かくして、白衣の魔物は、神代の頃から存在し続ける神人のアンデッドは、己が作り上げた怪物たちを解き放つ。
悪意も殺意も微塵に無いまま。
ただ、そうしたいという要求に従い、白衣の魔物はトーマの敵となった。
それがどのような意味を持つのか、知らないままに。




