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第24話 神人の遺品窟

 【神人の遺品窟】は、山中の洞穴から続く道の先にあった。

 薄暗い洞穴の突き当り。そこに、のっぺりとした白亜の扉があった。一見、壁にしか見えないような、凹凸が少なく、動かすためのとっかかりも無い扉だった。

 しかし、その扉はあっさりと開く。

 トーマとジークが扉の前に立つだけで、まるで見えないドアマンでも居るかのように、滑らかな機械音と共に、横に開いていく。


「とりあえず、一定の場所までは魔物や守護機械は出てこないみたいだけど、念のために手持ちを表に出しておいた方がいいぜ?」

「わかった……本当に行くんだな?」

「もちろん。でも、あんまり緊張しなくて大丈夫。既に、内部に住み着いていた魔物や、防衛機構は停止されているらしいから。一定の場所までは」

「一定の場所、か」


 【神人の遺品窟】の内部に入り込んだ二人は、それぞれ手持ちを召喚する。

 トーマはアゼル。

 ジークは人狼と精霊、幽霊少女の三体。

 合計四体の魔物と共に隊列を組み、【神人の遺品窟】の内部を進む。


「ふぅむ。来訪者どもの船か。随分と古いが、経年劣化していないのが流石の技術力と言ったところか」


 アゼルはダンジョンの内部――謎の金属で構成された通路を眺めて、長く生きる者らしい感想を呟く。

 物珍しくはあっても、アゼルにとって神人の技術は伝説上のものではなく、実際に見てきた歴史の一部という認識のようだ。


『んー、軍船がどうしてこんなところにあるんだろー? 開拓船? それにしては入り口がそれっぽくないというか……まぁ、どちらにせよ、こういう船にはあれがあるからなー』


 一方、ジークの手持ちである幽霊少女は、何やら有力情報のようなものを呟いていた。

 どうやら、幽霊少女が生きていた時代というのは古代よりもさらに古く、神代と呼ばれるものだったらしい。少なくとも、神人に関する知識を持っているのは確かなようだ。


「サクラ、この場所について何か知っているのか?」


 そうなれば当然、テイマーであるジークからすれば、詳しい情報は聞きたいところ。

 足を止めず、歩きながら幽霊少女――サクラへと情報提供を求める。


『知っているというか、なんというかー。知っていたとしても、元は一般人のこの私に、詳しく説明できるだけの知識を求めないでほしいというかー』

「構わない。知っている限りの情報を教えてくれ」

『んー、いいけどさー。言っておくけど、情報は増えても、攻略に関係するかどうかはわかんないからね?』


 説明を求められたサクラは、露骨にため息を吐いた後、ぴんと人差し指を立てて語り始める。


『まず、私の見立てだと、この施設は軍船だよ。通路のデザインがそれっぽい』

「軍船、か。だが、ここは山の中――いや、そうか。飛行船か?」

『そうそう。神人が魔物の群れに対抗するために作った、空飛ぶ軍船』

「地上だと分が悪いから、空から砲撃していたわけか?」

『まぁね。でも、空を飛ぶ魔物も居たから、空でも分が悪かったけど』

「どこでも分が悪いな、神人」

『人類の生活圏が皆無な頃の話だからねー? 魔物たちも今とは違って活動が活発だったし、それはもう、全方位分が悪い状態だったよー』


 あっけらかんと告げる生き証人ならぬ、死に証人に、ジークは更なる質問を重ねる。


「なら、現代に生きるテイマーの俺たちなら攻略が容易……とは行っていないからの踏破不能ダンジョンか」

『そだねー。神人は全体的に劣勢だったけど、どんな時代にも一部の突き抜けた奴ってのはいてさ? そいつが作った作品だと、現代にも通じる――いや、現代でもどうしようもないロストテクノロジーが使われているかも? うん、使われているね。だからこそ、この軍船は今まで放置されてきたんだろうし』

「……それを今から、俺たちは攻略するわけだ」

『できるものならねー?』


 サクラの口調には、『できるわけがないだろ』という確信が滲んでいた。

 神代を生きていた一般人であろうとも、その上澄みの異常さは理解していた。

 魔物を駆逐できずとも、徐々に人類の生活圏を確保できたのは、そういう一部の異常なほど能力が高い神人が居たからだ。

 この軍船もその一つならば、攻略は不可能に近い。

 トーマの戦闘力の片鱗を感じ取ってなお、サクラはそう判断していた。


「お、着いた」


 ジークとサクラが会話を交わしていると、一行はついに行き止まり――第二の扉に辿り着いた。けれども、その様子は第一の扉とは様子が違う。

 取っ手がある。普通に扉としての形を保っている。

 だが、しかし。

 ――――歪んでいた。

 ぐにゃり、と歪んだレンズを通して見たかのように、扉の前の空間が歪んでいた。


『うわ、やっぱり最上位セキュリティじゃん』


 それを見たサクラは、うんざりした顔で呟く。


『空間を歪曲させて、物理的に扉との接触を不可能にする奴。専用のキーを持った人じゃないと入れないよ、これ』


 サクラの言葉に、トーマは「その通り」と頷いた。


「この【神人の遺品窟】が踏破不能ダンジョンとされているのは、この扉を突破できないが故のことだ。色々と魔術師や錬金術師を集めて解析しても、神人のロストテクノロジーには歯が立たなかったらしい」


 空間自体が歪曲した、物理的進行が不可能な扉。

 踏破不能ダンジョンとは、この手の理不尽な仕掛けがある場所が多い。

 単純に難易度が高いのではなく、そもそもが『攻略を前提として作られていない』ものが多いのだ。

 魔物が作り上げるダンジョンなどは、その目的や魔物の等級によって難易度が変わるが、それでも、『外部からの侵入者を招き入れる』という構造ではある。

 だが、これは侵入者を拒む構造となっているのだ。

 それがロストテクノロジーによる防衛機構ならば、現行人類たちが立ち入れないとあきらめるのも仕方がないのかもしれない。


『一応試しにー、えいっ、えいっ! あ、はい、むりぃー。石を投げ込んでも、すぐに戻ってきますー。ほとんどタイムロスなく戻ってくるところをみると、最上位セキュリティの中でも、かなーり質の高い奴だよー』


 サクラが何度か念動力で石を投げ込んでみるが、すぐさま歪んだ空間から戻ってくる。

 投げた時とほぼ変わらぬ速度で。


『むりむり、かいさーん。諦めよー』


 これを見た時、サクラは目の前のセキュリティを突破するのは不可能だと考えた。


「確かに、これは流石に」


 サクラのテイマーであるジークも同様である。

 いくら強くあっても、その強さを伝えるための空間が歪んでいるのならばどうしようもないだろうと。


「くくく、どうする? マスター。貴様がどうしてもというのならば、吾輩がこの歪曲した空間ごと扉を焼き払ってもいいぞ?」


 そして、アゼルはここぞとばかりに胸を張っていた。

 出番が来た! と言わんばかりに目を輝かせて、「んんー?」と偉そうにトーマへ顔を近づけている。


「手加減できるなら頼むけど?」

「…………手加減か」


 しかし、そのドヤ顔は数秒も経たずに消沈した。


「真体ではなく、人間の状態だと、こう、空間を焼き払う魔術を使うと、最低でも一キロ先まで焼き払うことになるが、それでもいいか?」

「うん、駄目」

「はい、吾輩役立たず決定ぇー!」


 そして、拗ねた子供のように地面に転がり、何度も「クソが!」と叫ぶ。

 普段からマスターであるトーマと仲良くないアゼルであるが、それはそれとして、ドヤ顔を気持ちよく決められる機会は逃したくなかったらしい。


「アゼルが出来るのなら、テイマーらしく任せるのもよかったけど。流石に、ダンジョンが吹き飛ぶリスクを考えたら、俺がやった方がいいな」

『「へっ?」』


 完全に拗ねた様子のアゼルを見下ろし、肩を竦めながらさらりとトーマが言う。

 思わず、サクラとジークが揃えて疑問の声を上げてしまうようなことを。


「んじゃあ、他の皆は下がっているように」


 トーマは他の面子を背後に下げて、自分は歪曲した空間の前に立つ。

 サクラとジーク――否、この場でトーマ以外の全員が戸惑っていた。

 何故ならば、トーマの口調はあまりにもあっさりとしていたから。

 まるで、近場で買い物でも済ませてくる、みたいな口調で、踏破不能とされた空間歪曲のセキュリティを突破しようとしているのだから。


「せいやっ」


 だが、トーマが見せたのは、気の抜けた掛け声と緩やかな速度で振るう拳だ。

 まさかの光景に、『これはひょっとしてトーマなりのギャグなのでは?』と周囲の者たちが判断しそうになったその時、拳が振り抜いた先の空間がぎちり、と固まった。


「――ふっ!」


 次いで、拳を開き、トーマは硬直した空間を掴むように指を動かす。

 まるで、透明な幕でも掴むかのような動作だった。


「砕けろ」


 そして、幕を引くかの如く横薙ぎに手が振るわれて。

 ――――パキャンッ。

 硬質的な音が鳴り響き、トーマの眼前にある空間の歪曲が取り払われていた。


『『『…………』』』


 意味不明だった。

 トーマ以外、この場に居る全員――【原初の黒】であるアゼルですらも、トーマが何をやったのか理解できていなかった。

 だが、それでも結果は揺るぎない。


「さて、ここからが本当のダンジョン攻略だ。皆、準備はいいな?」


 『踏破不能』はトーマの手によって砕かれ、道は拓かれたのだ。

 多くの未知が眠る、ダンジョンへと続く道が。

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