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第23話 テイマーを手段とする者

 幼い頃、ジークは幸福だった。

 何故ならば、母親が居たからだ。


「私の可愛いジーク。こっちへおいで」


 優しい母親だった。

 魔導技師の仕事の合間に、そっとジークを抱き寄せて、頭を撫でてくれる母親だった。


「ジーク。今日はお仕事が上手く行ったから、久しぶりにお肉の入ったシチューよ?」


 貧しくとも後ろ向きになることなく、限られた資金で最善を尽くす人だった。

 美味しいシチューを作ってくれる人だった。


「ジーク。貴方の父親はね、とても凄い人なのよ?」


 けれども、母親が父親のことを語る時だけ、ジークはほんの少し嫌な気分になった。

 父親は居ない。家には居ない。ジークが物心ついた時から、一度たりとも顔を見ることが無かった相手だった。だから、ジークは薄々察していたのだ。

 父親は死んだのか、あるいは自分たちを捨てた人間なのだと。

 だが、それでもよかった。

 母親さえ居てくれるのならば、ジークはそれだけで満足だった。

 肉たっぷりのシチューもいらない。

 ボロボロじゃない服もいらない。

 高そうな革靴なんて必要ない。

 ただ、母親と一緒に居られるのならば、それだけでジークの世界は幸福だったのだ。


「ごめ、んね? ジーク……あなた、を、一人に、して、しまう」


 けれども、ジークが七つの時、母親は死んだ。

 流行り病による死だった。

 王国中央部のスラム街では、珍しくもなんとも無い死だった。

 それでも、幼いジークにとっては世界全てが失われるような衝撃だった。

 生きている理由、その全てが根こそぎで奪われたような喪失感だった。


「ジーク君。実は、『自分が死んだら渡してほしい』って、頼まれていたものがあったんだ」


 がらんどうの喪失感の中、ジークは母親の友人を名乗る男性から、一枚の手紙を受け取った。

 それにはジークに対する別れの言葉、ふがいない自分を責める言葉、そして父親の真実を説明する言葉があった。

 手紙によれば、ジークの父親は王国で活躍するS級テイマーなのだという。

 手紙の中には、ジークの身元を証明する用紙があるので、それと共に父親へと元に行ってほしいという旨が書かれていた。

 今更何を、と思わずにはいられなかったが、それでも母親からの遺書である。

 その遺志を尊重する想いが、ジークを動かして。


「なんだ、貴様は!? 彼は貴様のような浮浪児が会える方ではないのだ!」


 現実を思い知ることになった。

 ジークが接触したのは、父親と思しきS級テイマーではなかったけれども、その近しい位置に居る付き人の男だった。

 その男はジークを見るや否や、嫌悪感に塗れた視線を向けて、ジークから『読んでほしい』と手渡した手紙を、その場で破り捨てたのだ。

 ジークの身元を証明する用紙ごと、神経質なぐらいに細々と。


 ――――ふざけるな。


 この時、ジークの胸の中に、どす黒い炎が灯ることになった。

 拒否されたのは別にいい。

 最初から何も期待はしていない。

 だが、だがしかし、だ。母親が流行り病で苦しんでいた時、顔一つ見せなかったこと。あんなに優しい母親を捨てたこと。付き人とはいえ、関係者がろくに話も聞かずに――――母親の遺書を破り捨てたこと。

 それらは許しがたい。

 母親の苦しみなんて一切知らず、平気な顔をしてS級テイマーとして活躍する姿が、憎々しくてたまらない。

 故に、この時、ジークは決断したのだ。


「おまえのすべてを、うばってやる」


 一度も会ったことも無い父親に対する、復讐を。


 復讐方法は実にシンプルだ。

 父親に勝利する。

 それも、テイマーという相手が最も得意とする分野で。

 言い訳のしようがないほど完璧に、徹底的に勝利する。

 そして、父親を下した後、公衆の面前で全ての事実をぶちまけてやるのだ。

 自身が息子であることも。

 この男が母親を捨てたことも。

 息子と会おうとしなかったことも。

 何もかもをぶちまけて、徹底的に、完膚なきまでにぶちのめす。

 その時、ようやく母親の死と向き合えると、ジークは考えていた。


 ただ、当然ながらS級テイマーへの道は厳しい。

 王国全土を見渡しても、その数は百人にも満たない程度。

 幼少の頃から最高の環境を与えられた子供でも、才能が無ければB級トーナメントを突破することすら不可能だ。

 そして、A級以上からは何かしらの天才、あるいは特化した何か、異常なる何かを持っていなければ踏み込めない領域である。

 単なる孤児が目指すには、あまりにも遠すぎる目標だった。

 だが、それでもジークはやると決めた。

 そのために、幼少の頃からジークは幾度も命を賭けることになる。


 スラム街に入り込んだ、人狼の子供を手なずけて。

 活火山に入り込み、そこに住まう精霊と契約を結んで。

 古い遺跡を巡り、神話の時代を生きていた亡霊と約束を交わした。


 血反吐の味を覚えるほどの特訓を繰り返して。

 頭が痛くなるほどの勉強を積み重ねて。

 ジークは孤児ながらに、ミッドガルド魔法学園の特待生としての立場を獲得したのである。


 全ては復讐を遂げるために。

 利用できるものは利用して、ここまで成り上がったのだ。

 そして、これからもそれは変わらない。

 利用できる者が目の前に居るのならば、徹底的に利用するのがジークという人間だ。

 たとえそれが、自分よりも遥かに強い相手だろうとも。



●●●



「なぁ、トーマ。だったら、ダンジョンに行かないか?」


 ジークの提案に、先ほどまで嘆いていたトーマはすんと表情をそぎ落として訊ねる。


「その理由は?」


 授業でサバイバルを命じられている中でのダンジョンアタック。

 それをする意味と意義を訊ねているのだ。


「今回の授業の目的は、サバイバルとスカウトだ。俺たちはもうサバイバルの面では十分すぎるほどの成果を出した。魔物の襲撃は警戒しなくても、お前が居れば勝手に魔物の方から避けていく。だが、このままなら俺はともかく、お前の方のスカウトが達成できない」

「まぁ、確かに」

「このまま同じ失敗を繰り返すぐらいなら、環境を変えた方がいい」


 そしてもちろん、ジークはダンジョンアタックを行うための意味と意義をきちんと用意している。

 相手を利用する際は、相手に利点を見せることが鉄則だ。

 自分も得して、相手も得するという利用の形が、なんだかんだ最終的には合理的な最大利益に結び付くことをジークは知っていた。


「トーマ。お前が今までに成功したスカウトは?」

「アゼルの時の一回だけ。場所は【試練の塔】っていうダンジョンだな」

「そう、ダンジョンだ。ダンジョンの時、お前はスカウトに成功している。当然、その時と今は状況が違うかもしれないが、成功した時の環境に習うって意味じゃあ、ここでスカウトしているよりも、ダンジョンでスカウトした方がマシな結果になると思う」

「ふむ」

「そして、この山中にはいくつかダンジョンが存在する。この場から多少移動することにはなるが、授業の範囲を超えない程度の移動だ。スカウトの一環だと考えれば、これも授業の範疇。お咎めなしで行けると思うが、どうだ?」

「むーん」


 トーマはジークの説明を受けると、何かを考えるように唸って。


「ジーク、お前の利点は?」


 見透かすような視線と共に、問いかけた。


「S級ダンジョン踏破者のお手並みを拝見したい。できれば、その技術を学びたい。それが、俺の利点だ」


 その問いかけに、超然とした視線に、ジークは背筋の震えを隠しながら答える。

 単なるクラスメイトとの会話であるはずなのに、ジークは今、巨大な怪物に見下ろされているような気分になっていた。


「んー、なるほど」

「無論、技術の対価として、こちらも『テイマーとしての技術』を差し出す用意がある」


 されども、ジークは怖気づくなんて真似はしない。

 相手がどれだけ強かろうが、小指一本で己を殺せるような存在だろうが、『ある程度の常識のある人間』である以上、交流の術はあると確信しているが故に。

 怯えず、むしろ踏み込むようにジークは語りかける。


「俺はこれでも才能だけではなく、叩き上げでテイマーをやってきた自負がある。前に答えたスカウトのコツをもっと踏み込んだ領域で説明できるし、魔物への指示、モンスターバトルに於ける連携も教えられる。今は、あのS級単体だから指示も連携も必要はないだろうが、これから魔物を増やすなら、テイマーもやるべきことが増えていく……その時、俺が差し出す技術はきっと役に立つだろう」


 語りかける中、ジークの額から汗は流れない。

 汗を流すのは首よりも下から。

 トーマに圧されることなく、むしろ不敵な笑みすら浮べてジークは提案をする。


「ふむ、いいね。悪くない取引だ」


 そして、トーマが真顔から気さくな笑みを浮かべてサムスアップすると、内心でほっと息を吐いた。

 自分よりも遥かに強者を利用する時、肝心なのは度胸である。

 縋るようにでも、へりくだるようにでもなく、意地だとしても対等を気取って取引することが肝心なのだ。

 少なくとも、ジークは今回もそれで乗り切っていた。


「じゃあ、早速、ダンジョンアタックと洒落こもうか」

「え、あ、準備は?」

「ははは、大丈夫、大丈夫! 荒地や過酷な山道を歩くわけじゃないから!」


 やや戸惑いながらも、トーマの後に続くジーク。

 その顔には困惑がありつつも、『今回も上手く行ったぞ』という勝利の手ごたえがあった。




「……トーマ」

「何か?」

「このダンジョンの名前は?」

「【神人の遺品窟】だけど?」

「等級は?」

「等級判別外」

「…………それ、踏破不能として封印されているダンジョンに付けられている奴だよな?」

「大丈夫! S級ウィザードが最低一人でも居るなら、立ち入りは許可されているから!」

「そういう問題???」

「おうとも、そういう問題!」

「言い切られた!?」


 なお、それから数分も経たない間に、ジークの笑みは引きつることになったのだが。

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