第21話 花結び
花結び。
それは、王国東部に古くから伝わる伝統行事である。
始まりは、大陸全土を支配した国家――現在で言うところの王国が誕生した頃。
一人の少女が、王国東部の山中へと逃げ込んできたことだ。
一人の少女は、王国の姫だった。
美しくも賢く育ち、将来は国を支えるべく、選び抜かれた益荒男と結ばれることが約束されていた少女だった。
当然、少女の生活は籠の中の鳥の如く。
美しく、綺麗に、汚らわしいものからは遠ざけて。
王国の責務を背負わせて、自由意思を悉くへし折って、単なる生きた人形として暮らさせていたのだ。
だが、そんな日々も、王国に仇なす賊の集団が襲ってくるまでのこと。
賊は、優れたテイマーの集団だった。
過去に王国が、開拓地へと送った者たちの末裔だった。
厳しい自然と魔物の脅威に揉まれながら成長し、大きすぎる力を手に入れた末裔たちは、国家転覆を狙って、王国に攻め入ってきたのである。
王国は全力をもって迎え撃ったのだが、賊が強すぎた。
王城の内部に踏み込まれるほど苦戦し、戦乱の中、賊によって姫を奪われてしまったのである。籠の鳥の如く育ててきた、美しき姫を。
賊たちにとって、姫は大切な存在だった。
何せ、姫さえいれば、王国の血を賊の中に取り入れることが出来る。
仮に、賊たちが王族を殺したとしても、手元に残った姫さえ居るのならば、王国の正統なる血筋を主張できるのだ。
無論、それだけではなく、普通に人質としても有効。
賊とはいえ、これだけ重要なファクターは大切に扱わざるを得ない。それこそ、籠の中の鳥の如く、大切に。
けれども、どうにも姫は美しすぎた。
素っ気ない態度をとっても、無口に不機嫌だとしても、その美しさに惚れてしまう者たちが、賊の中で続出。
やがて、姫の処遇を巡り、賊は内部分裂して争い合い、そのどさくさに紛れて、姫は逃げ出すことに成功したのだ。
――――王国中央から遠く離れた、大陸東部の山中で。
蝶よ花よ、と育てられた姫――その少女に、山中で生き抜くだけのサバイバル技術などは無かった。
山の中を歩くだけでも、靴擦れで足の皮が擦り向けて。
喉が渇いても、それを潤すだけの手段を知らない。
賊の追手は、大声を上げながら段々と少女を追い詰めてくる。
籠の中で育てられた鳥は、野生では生きていけない。
このまま、山の中で枯れて死ぬか、賊の中で囲まれて生きていくか。
どちらを選んでも、その少女に笑顔が浮かぶことなどはなかっただろう。
『きゃはははっ! お姉さん、綺麗だね! アタシと一緒にお茶しない?』
小さな、小さな、一匹の花妖精が、少女の前に現れなければ。
「私の手伝いをしてくれるのなら、お茶だろうが、なんだろうがしてあげるわ」
少女は決意する。
この小さな魔物と契約を交わし、困難を乗り切ることを。
『本当に? じゃあ、契約成立ぅ!』
花妖精は喜び飛び回り、契約の証である花の指輪を、少女の指に結び付けた。
これが、始まり。
今まで籠の中の鳥に過ぎなかった少女が、やがて、多くの魔物と契約を交わし、賊の全てを討ち果たし、王国まで凱旋するまでの、長い長い冒険譚の始まりだった。
王国の長い治世の中で、最初の女王として君臨した少女。
その冒険譚の始まりを祝うかのように、王国東部では花結びと呼ばれる伝統行事が存在する。
かつて、少女が花妖精と契約を交わした山の中に入り込み、テイマーとなる者たちが、集団で魔物をスカウトしていくという、一種のお祭り行事が。
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花結びに使われる山道は、大抵が整備されたものだ。
それどころか、道中には屋台がずらりと並んでおり、軽快な音楽が流れているのだから、もはや完全にお祭りだった。
花結びに参加する者たちの大半は、十歳を過ぎた子供たち。
そんな子供たちを安全に魔物たちと触れ合わせて、あわよくば契約までもっていこうとする行事が、現在の花結びである。
当然、山道に出てくる魔物は低級も低級。
しかも、既にたっぷりの嗜好品で餌付け済みの魔物たちだ。
完全無欠に安全、とは言えないが、子供でも参加するには十分な準備は整えられているのだった。
「これから皆さんには、三日間のサバイバルをしてもらいます」
そして、そんな整備された山道から遠く離れた、山奥。
獰猛なる野生動物はもちろん、人間を殺すことをためらわない魔物たちが生息している危険地帯。
そこに、テイマー科の学生たちは集められていた。
「サバイバル用の道具、食料品などはこちらが全て提供します。サバイバル中、本当に命の危険がある場合は、助けに入ります。ですが、我々教師陣が干渉するのはそこまでです」
運動用の服に身を包んだ、担任教師のフェイは毅然とした態度で、学生たちへと告げた。
「キャンプ場の選定から、その組み立て。食事の準備。夜間の見張りなどは、全て自分たちで行うのです。これはそのための授業です」
フェイの前に整列している学生たちは、そのほとんどが中々にスパルタな授業に動揺していた。
だが、それも仕方がないことだろう。
何故ならば、この場に集められる時、フェイは学生たちに『今日は花結びに関連する授業ですよ』と教えていたのだ。
祭りに参加できる、とは思わずとも、最悪でも危険地帯での魔物のスカウト。そこから先はいくらなんでもないだろう、と考えていたのだ。
「無論、三日間の内に出会った魔物はスカウトしても構いません。むしろ、積極的にするように。これはサバイバルと同時に、貴方たちのスカウト技術を向上させるための授業です。花結びの伝説を遺した、我らが『冒険女王』のように、極限状態の中で魔物たちと共に在ることで、貴方たちの才能を開花させてください」
フェイの淡々とした無茶ぶりに、学生のほとんどが軽く引いていた。
何が悲しくて、花結びという楽しい行事の時に、こんな過酷なことをしなければならないのか? 学生たちは妙に悲しい思いになった。
「ちなみに、テイマーにとってサバイバル技能は基本中の基本です。ダンジョン攻略する時も、フィールドワークを行う時も、開拓者として行動する時も、サバイバル技能がなければ話になりません。ということで、今回は皆さんの現時点での能力を自覚してください」
更に、容赦なく付け加えられたフェイの言葉に、学生たちのほとんどは打ちのめされた。
楽しい気分で山中に集まったら、駄目出しからの過酷なサバイバルである。
授業が始まる前から、ほとんどの学生はメンタルが折れかかっていた。
「ふ、ふふふっ」
しかし、その中でも例外の一人。
トーマは自信満々の笑みを浮かべていた。
「来たな、俺の時代」
何故ならば、トーマはサバイバルが得意中の得意。
幼い頃からダンジョン攻略の際、単独でサバイバルを行うのなんて日常茶飯事。時には、S級に指定される危険地帯で、一週間ほど自給自足で過ごしたこともある。
それに比べれば、この程度の山中、半分寝ていてもまるで問題ないのだ。
「テイマーの授業中、頼りにされる俺……いい。うん、とてもいい。実に、テイマーとしての青春を謳歌している感じがする」
トーマは夢想した。
授業中、困っているクラスメイト達を助ける自分の姿を。
D級トーナメント以来、ちょっと周囲から引かれている自分が、周囲と馴染むきっかけをつかむ姿を。
「どんとこい、サバイバル」
そして、トーマは微笑みながら開始の合図を待った。
ここから自分の栄光が始まるのだと、雄々しく胸を張っていた。
だが、現実は無情である。
「では、二人一組になってください。ペアが出来た者から、サバイバルの道具を受け取って、教師陣が指定したポイントに進むように」
二人一組になってください。
古代から続くボッチ滅殺呪文に、トーマの笑みは崩れ去ってしまった。




