第20話 次なるダンジョン
神人とは、現行人類の祖にして、遥かなる宙からの来訪者である。
時代は神代。
文明の色などは無く、原初の自然と魔物たちが弱肉強食を謳歌していた時代、この世界へと来訪した人間たちこそ、神人と呼ばれる存在だ。
彼らは現行文明よりも遥かに優れた技術を持ち、それを用いて原初の世界の開拓を進めた。
木を切り拓いて。
畑を耕して。
害獣を追い払って。
次々と住居や施設を立てて。
瞬く間に、神人たちは己の生存権を広げていったのだ。
しかし、神人たちの開拓は途中で頓挫することになる。
何故か? それは魔物たちが神人の技術を凌駕するほどに強かったのである。
まだ、下級の魔物ならば相手できた。
獣の延長に居る魔物だけならば、神人が持つ兵器で対抗が可能だった。
だが、問題は上位の魔物たちである。
一つの都市と同規模の体積を持つ、怪獣染みた巨大なもの。
絶対防御の概念を有しており、どんな兵器でも傷一つ付けられないもの。
常に生物を殺戮する毒素をばらまき、殺した生命体を養分として育つもの。
そして、魔物という群れを統べる特異個体――魔王と呼ばれる最上級の魔物たち。
そんな魔物たちが相手では、いかに超文明を持つ神人と言えども、劣勢は避けられなかったのである。
文明の力では魔物に対抗しきれない。
では、人類の祖たる神人たちは、この事態にどう対処したのか?
その答えが、『テイマー』だ。
魔物に対抗するため、魔物と契約を結び、その力を取り込んだのである。
この時、神人たちはより多くの魔物と契約するため、その人口を爆発的に増加させた。神人たちが持つ文明の技術を、伝えきれないほどの数へと。
かくして、全世界に魔物使いたるテイマーが生まれ、同時に、神人の衰退が始まった。
文明の技術を学ぶよりも、魔物と契約を交わした方が、生存確率が高い。
魔物と契約を交わし、魔物の生態を学んだ方が、より効率的に人類の生存権を守ることが出来る。
また、魔物と契約を交わしたテイマーの中に、『魔物の能力を引き上げる才能』を持った者たちが現れ始めたことにより、神人たちの文明は段々と廃れていったのだ。
そこからさらに代を重ねて、神人たちの存在が伝説となる頃。
神代から古代へと、時代が切り替わる頃、テイマーの集団は一つの国を作った。
人間と魔物が共存し、共に高め合っていく国を。
これが、パラディアム王国の前進であり、大陸全土に人類の文明圏が広がる、その始まりだった。
以上、まとめると、神人は人類の祖にして、『既に淘汰された過去の遺物』である。
人類が生存進化の過程で、魔物との共存を選んだため、消えて行った残骸である。
しかし、そんな過去の遺物で残骸であったとしても、神人たちの超文明は本物だった。
その卓越した技術は、一部の分野では現行人類の技術を遥かに凌ぎ、遺失したことを惜しまれるものが多い。
そんな技術がたっぷりと詰まった神人たちの遺産――過去に、神人たちが使っていたとされている建物にして、家主不在故に立ち入りすら難しくなってしまった遺跡たち。
これらの踏破不能のダンジョンを、【神人の遺品窟】と呼ぶ。
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ダンジョン攻略に於いて、もっとも困難なことは『許可』を取ることだ、とトーマは考えている。
自然発生した魔物たちの巣窟も。
高位の魔物が作り上げた迷宮も。
遥か昔から存在する遺跡も。
基本的には、入るのにはそのダンジョンを管理する者の許可が必要なのである。
何故ならば、ダンジョンとは基本的に危険地帯。なんの心得もない者が入れば、すぐに魔物の餌となってもおかしくないのだ。
故に、迷い込む者が居ないようにと、ダンジョンの管理者たちはきちんとその入り口に門番を置き、出入りを記録することが多い。
そして、ダンジョンにはそれぞれ難易度によってSからDまで等級が分別されている。
等級が高ければ高いほど、ダンジョンは高難易度になっており、そのダンジョンに挑むためには相応の資格が必要となるのだ。
だからこそ、S級ウィザードという資格を持つトーマは、基本的にどのダンジョンにも挑戦が可能だ。【試練の塔】も、トーマがその資格を持っていたが故に、攻略可能だったというわけだ。
なお、ダンジョンの『踏破』に関しては、そこからさらに少々面倒な問題が絡むことになるのだが、一旦置いておこう。今はダンジョン攻略の許可についての話を進めよう。
基本的に、トーマが持つS級ウィザードの資格さえあれば、大体どこのダンジョンでも挑戦することが可能だ。
けれども、中にはさらに面倒な『実績』を求めるダンジョン管理者も居る。
単に強い人間や、テイマーだけでは入ることは叶わず、『ダンジョンを十個以上踏破しなければ、立ち入りを認めない』というダンジョンも存在するのだ。
この手のダンジョンというのは、S級の中でもかなり高難易度のものであるか、よほど実入りが良すぎて人数制限をせざるを得なかった、など様々な事情がある。
図書館での調査の結果、トーマたちが求めている魔物が、その手の攻略許可を取るのが面倒なダンジョンに生息していることが判明し、まずは手近なダンジョンを踏破することから始めることにしたのだ。
そう、ミッドガルド魔法学園から一番近くに存在する、踏破不能とされているダンジョン。
等級判別外とされている、【神人の遺品窟】を。
――――とはいえ、学生の身分であるトーマが、『よっしゃあ、今から行ってくるぜ!』なんて真似は出来ず、来るべき時が来るまで、大人しく準備に努めるのだった。
そう、具体的に言うのならば。
「スカウトの秘訣?」
偶然、図書館で再開した決勝の相手に、さらりと魔物のスカウト方法を訊ねたり。
「そうそう。俺ってば、ろくに魔物のスカウトに成功したことないからさ」
「……それは嫌味なのか? S級らしき魔物をスカウトしている奴が」
トーマとジークは図書館の外で言葉を交わしていた。
きちんと会話をするには、図書館という空間は場違いでマナー違反になってしまう。故に、そこ辺を気遣った両者が、図書館から少し離れた場所で会話をすることにしたのだ。
なお、その会話に乗り切れない魔物たちは、勝手にテイマーたちから離れて、購買でアイスや駄菓子などを買い始めているのだが。
「あー、嫌味じゃないって! むしろ、逆! S級ぐらいの奴じゃないと、まともに俺と会話してくれないの! 低級の魔物はスカウト以前に、俺と遭遇した時点で大体逃げ出そうとするし。無理やり捕まえても恐慌状態で話にならないし」
「本当に人間なのか? お前は」
「失礼な! ごらん、どこから見ても人間だろう!?」
がばっ、と両手を広げるトーマへ、ジークは怪しむような視線を向ける。
ジークの中では、投石一つで手持ちの魔物を吹き飛ばしてくる奴は、人間とは判別しづらいようだ。
「お前が本当に人間かどうかはさておき、だ。その話の流れから察するに、ある程度、『格の高い相手』でないと、お前のプレッシャーに耐えられないわけか」
「そう、大体そう!」
「ちなみに、今の手持ちはどうやってスカウトしたんだ?」
「S級ダンジョンの最上階に主として居たから、ボコボコに倒した後に交渉かな。めっちゃ嫌がられたけど、元々あのダンジョンのコンセプトが、『踏破した人間の願いをダンジョンの主であるドラゴンが叶える』みたいなものだったから、その願いの権利を使った」
「そうか……S級ダンジョンの攻略は、どんな仲間と?」
「いや、一人で」
「そうか……お前、もう人間じゃなかったんだな……」
「そんな、人を手遅れみたいに」
目の前に信じられない生命体が居た所為か、ジークは額を抑えるかのように手をやる。
一方、怪物扱いされているトーマであるが、そんなのは生まれた時からなので、あっけらかんとした態度だった。
「はぁ。まず、初めに言っておくが、俺の方法はあくまでも『俺がやりやすい方法』だ。お前に合うとは限らない」
「おうとも、構わないぜ!」
「じゃあ、とりあえずは仲間にしやすい魔物と、そうではない魔物の説明から始めるぞ。メモを取りたいなら、とっても構わない」
ただ、相手が信じられない生命体だろうとも、ジークは律儀だ。
己の培ってきたノウハウをわかりやすく語る。
仲間にしやすい魔物の種類。
魔物を仲間にした後の問題。
魔物とテイマーの契約に関わる、行政的な手続き。
その他、基本からジークが体験で培ったテクニックなどを、惜しむことなくジークはトーマへと教え込んでいた。
「――というのが、俺のやり方だ。わかったか?」
「わかった! ありがとう!」
「礼は要らない」
無論、この情報はタダではない。
いや、この会話の目的は最初から、単なる世間話ではない。
「こちらからの訊ねたいことがある。教えてもらいたいことがある。決勝戦で見せた、お前の投石……あれを、俺も使ってみたい」
「ほーう?」
二人のテイマーは最初から、有益な情報を交換するために言葉を交わしていたのだ。
「やはり、英雄個体というか、生来の強靭な肉体が無ければ不可能か?」
「いや、いやいや! そうとも限らないのが、俺考案の投石戦術さ! この後、時間が空いているなら、懇切丁寧にやり方を指導するぜ?」
「なら、頼む。テイマー側から、あれだけの破壊力を投じられるのは、やはり魅力的だ」
「はっはー! お目が高い!」
友情からは遠く、けれども無関心からもほど遠く。
二人のテイマーは互いを利用し合う相手と見定めたのだ。
「ぐ、うぉおおおおお……お、俺の腕が、凄まじいことに……っ!」
「あっはっは、大丈夫、大丈夫! この魔法薬を振りかければ、そんな負傷は一発解消! というわけで、もう一回やってみようか!」
「くそがぁっ!」
なお、トーマの投石戦術は、大分劣化を経ながらも、地獄の特訓によって無事……ではないのだが、きちんとジークに習得されることになったという。




