第2話 明らかに冴えていない、たった一つのやり方
ダンジョンは二種類存在する。
自然に発生したものと、魔物が作り上げたもの、この二種類だ。
前者は文字通り、自然に魔物が集まった住処を指す。
主に古びた建物や、森林などに魔物が住み着いた場所がダンジョンなどと言われることが多い。
後者は、ダンジョンマスターをやれるほど上級の魔物が、己の領域を作り上げたものだ。
このダンジョンはダンジョンマスターである魔物の意思により、様々な形を取る。地下へと続く迷宮であることもあれば、単なる一軒家の住居という最小規模のものも存在する。
トーマが見つけ出したダンジョン、【試練の塔】は後者だ。
【試練の塔】は、S級に位置する高難易度ダンジョンである。
ダンジョン内に出現する魔物は全て、B~Aに値する高位の魔物。仕掛けられた罠は、転移、石化、麻痺、呪いなど、危険極まりないもの。
まるで挑戦者を拒むかのような極悪ダンジョンであるが、挑む価値はある。
本来、ダンジョンに設置されている魔道具や素材というのは、ダンジョンマスターである魔物が外部から人間たちを呼び寄せるための餌なのだが――試練の塔の場合、そのアイテムが餌の領域を超えるほどに凄まじいものばかりだ。
たとえば、万病を治す薬。
たとえば、千里先を見通す魔道具。
たとえば、古代に失われた『神人』の技術書。
その他、人々が求めてやまない夢の結晶のようなアイテムが、報酬としてダンジョン内に設置されているのだ。
故に、どれだけ極悪な難易度のダンジョンであっても、完全に人の足が絶えることは無い。
腕の自信を持つテイマーたちが徒党を組み、何年もかけて集めた情報を元に、低階層付近で確実に目的のアイテムを手に入れる。
主に、このような堅実極まりない方法で、実力者たちが挑む用のダンジョンとなっていた。
試練の塔、最上階――――屋上、天空の間。
『ふははははっ! よくぞ、我が試練を乗り越えた、強き勇者よ! 吾輩は【原初の黒】! 人類の未来を憂う者なり!!』
トーマはダンジョンマスターである魔物、【原初の黒】と相対していた。
『挑戦者よ、吾輩を打ち破り、最後の試練を踏破し、己が願いを叶えるがいい! この【原初の黒】の叶えられる範囲の願いならば、実現してみせよう!』
【原初の黒】は、黒い龍である。
胴体は太く、長く、空を蠢く有様は黒雲の如し。
周囲には常に紫電が迸っており、真っ赤な瞳は鮮血よりもなお色鮮やかだ。
そんな魔物が、間違いなくS級の最上位に位置する魔物が、トーマを見下ろして言う。
『さぁ、テイマーよ! 己が魔物を出すがいい! 最後の戦いだ! 貴様が鍛え上げた魔物たちと、この吾輩! どちらが上か試してみようではないか!!』
この状況では、当然極まりない言葉を。
しかし、現実は異なる。【原初の黒】の予想と、目の前の現実は異なる。
「へへっ、悪いな、【原初の黒】よ! 俺はまだテイマーじゃねぇ!」
『…………は?』
トーマは単身でこの場まで登ってきたのだ。
リアルタイムアタックめいた挙動で、ありとあらゆる試練を踏破し、人間一人の力で【原初の黒】に挑戦しているわけである。
『は、はははっ、そんな馬鹿な。人間は脆弱だ。だから、それを補うために魔物と契約を交わす。絆を交わす。共に在り、共に成長する。だというのに、この試練の塔を踏破するのに、魔物との契約を必要としない人間など居るわけが――』
「テイマーになるために、俺はここに来たんだぁ! うぉおおおおおおおおっ!」
『うわぁ、本当に人間一人で殴りかかってきた!?』
そして今、ついにS級ダンジョンの主である【原初の黒】と戦い始めたのだ。
………………。
…………。
……。
十五分後。
『ば、馬鹿な……』
「ふんすっ!」
血まみれ、ボロボロ極まりない様子で、最上階の床に転がる【原初の黒】の姿と、少し衣服が焼け焦げたり、擦り傷を負っているものの、ほぼ万全の状態で勝ち誇るトーマの姿があった。
「俺の勝利だ!」
『こんなことがあるわけが……こんなに強い人間が居るわけが……うぐぐ、人間と魔物の絆溢れる挑戦を待ち望んでいたといのに、こんな、こんなバグめいた挙動の化け物に無理やり攻略されてしまうなんて……』
ニコニコ笑顔のトーマに対して、【原初の黒】の表情は暗い。
まるで、ボードゲームを楽しもうとしていたところ、いきなり対面した相手からボコボコに顔面を殴られたような、理不尽に呆然している表情だった。
「さぁ、俺の願いを叶えてもらうぞ、【原初の黒】よ!」
『…………ううむ。そういうコンセプトのダンジョンだし。吾輩が貴様に負けたのも事実というわけで……んじゃあ、はい。願いをどうぞ』
意気揚々と言葉を投げかけるトーマに対して、やはり【原初の黒】のテンションは低い。
明らかに釈然としない想いがあるのが見え見えの態度だった。
とはいえ、【原初の黒】はプライドの高い魔物なのか、投げやりになりつつはあるものの、自分が定めた法則通り、踏破者の願いを叶えようと訊ねて。
「俺と契約を交わし、仲間になれ!!」
『………………』
思わぬ願いに、精神の横っ面を殴り飛ばされ、踏みつけられる感覚を得た。
『あー、その、あれだ。ほら、万病を治す薬のレシピとかもあるぞ?』
「俺の仲間になれ!」
『神話の時代。遥か彼方の空からやってきた神人たち。彼らが遺した技術書、その全てを貴様に与えるのもやぶさかではない』
「俺の仲間になれ!」
『……美少女ハーレム、超凄いスキル、子々孫々を繁栄させる魔道具なんかも――』
「俺の仲間になれぇい!!」
繰り返されるトーマの願いに、【原初の黒】はしばし沈黙した。
『………………えぇ』
沈黙の後、凄く嫌そうな声を出した。
威厳溢れる黒龍の姿からは想像もできないほど、小さく情けない声だった。
「なんだ、その声は!? 言ったよな!? 戦う前に言ったよな!? 俺が勝てば出来る範囲で願いを叶えるって! その言葉に嘘は無いよな!?」
『嘘はぁ、無い……かも、しれない、けどぉ』
「煮え切らない声ぇ!! プライドを思い出せよ、S級魔物ぉ!!」
あまりにもにょもにょとした答えに、トーマはブチ切れた声で叱咤する。
今更、前言撤回なんてさせてたまるか、という必死な形相だった。
『あー、あれだぞ? 吾輩、この塔から離れると弱体化するぞ? S級ではあるが、何割か実力が下がるぞ?』
「構わないぜ! 俺と一緒に強くなろう!」
『…………吾輩とは別の強い魔物の居所を教えるので、そっちの方に――』
「ねぇ、そんなに拒否する必要ある? 俺、正式な【試練の塔】踏破者なわけだが? どうして、そこまで俺の仲間になりたくないの?」
『うう……』
弱り切った声で呻く【原初の黒】。
今、【原初の黒】の中では、プライドと釈然としない想い、トーマに対する謎の嫌悪感がごちゃ混ぜになっており、S級ダンジョンの主とは思えぬ渋面を晒していた。
『わ、わかった』
やがて、たっぷりと悩んだ後、【原初の黒】は観念したように呟く。
『このダンジョン、【試練の塔】の主として、貴様の願いを叶えよう。今日から吾輩は、貴様の仲間だ……契約を、交わそう』
若干憔悴したような声だったが、どうやら最終的にはS級魔物としてのプライドを全うする道を選んだらしい。
「本当だな!?」
『ほ、本当だ』
「後から嫌だって言わないな!?」
『言わない、多分』
「全力で俺の協力をしてくれるな!?」
『ああ、協力する』
「途中で逃げ出さないな!?」
『馬鹿にするな。吾輩は【原初の黒】だぞ? そんな真似…………そんな、真似』
「逃げ出さないな!!?」
『に、に、逃げ出さないっ!!』
「ヨシ!!」
最終確認を済ませたトーマは、契約魔術により、【原初の黒】と契約を交わす。
通常、S級魔物との契約は、人間側がよほど強い魔力を持っていなければ術式として成立しないのだが、トーマの魔力は測定不能クラスなので普通に成立した。
互いの意思確認の下、契約は交わされた。
これでもう、【原初の黒】はトーマに従属せざるを得ない。
「四年だ。四年かかったけど、ようやく……っ!」
トーマは自らと【原初の黒】の間に、契約のラインが繋がったことを確認すると、両目からボロボロと涙を流した。
苦節四年、初めて魔物を仲間にした成果に、感無量となっていた。
『うわ、泣いてる……気持ち悪い……』
もっとも、初めて仲間になった魔物の好感度は何故か最低なわけだが、それはそれとして。
「いよっし! それじゃあ、この場で命名の儀式も済ませるぞ! ふふふっ、ネーミング辞典を五冊ぐらい暗記したこの俺に隙は無いっ!!」
トーマは意気揚々と、初めて仲間になった魔物へ付ける名前を考え始めるのだった。
S級上位の魔物が己のプライドと天秤にかけてようやく仲間になるという、理不尽極まりない、『謎に魔物から嫌われる体質』の正体なんて、知る由もなく。
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