第19話 大図書館
ミッドガルド魔法学園の図書館は広大だ。
背の高い本棚が、ずらりと体育館ぐらいの広さのエリアに並んでいる光景は、本好きたちの知的好奇心を刺激して止まないものだろう。
それでいて、この図書館はレファレンスサービスも充実している。
広大な図書館に見合った数の司書が常駐しており、利用者からの要望を粛々と聞いてくれるのだ。
「すみません。S級ダンジョンの情報が載った本が読みたいのですが」
故に、このような要望を言う利用者にも動じない。
背後に、明らかに高位の魔物らしき黒衣の角あり少女が控えていようが、そんなことは関係ない。誰であろうとも、この図書館を利用できる資格があるのならば、十全にその役割を果たす。それが図書館司書という仕事なのだ。
「かしこまりました。少々お待ちください」
しばらくして、司書は電子端末で館内の蔵書を検索。『引き寄せ』の魔術により、一分もかからずに、手元に七冊の本を揃えてみせた。
「こちらの七冊になります。内容について、簡単に説明しますか?」
「ええと……じゃあ、この七冊の中で、『踏破不可能』のダンジョンを詳しく取り扱っているものを」
「では、こちらの三冊になります」
「なるほど、ありがとうございます。その三冊を読んでいきます」
「はい。どうぞ、ごゆっくり」
利用者は司書の対応に満足したのか、にこやかな表情で去って行く。
その手に、おすすめした三冊の本を抱えて。
こういう時、司書は己の充実を悟る。自身が利用者の一助に慣れたのだと、誇りにも近い自負が胸の中に生まれて。
「よぉし、じゃんじゃん攻略するぞぉ」
「――――!?」
利用者――傷顔の少年が立ち去り際に呟いた一言に、思わず二度見してしまった。
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トーマは、以前見つけ出した『勇者の待ち望むダンジョン』の他に、二冊の本を見つけ出すことに成功した。二冊とも、踏破不能と判別された高難易度ダンジョンの情報が記された本である。
「いやぁ、やっぱり専門職を頼ることは大切だよな、うん。前は焦燥感に捕らわれたまま、ひたすら本棚を眺めていくばかりだったもん」
「この図書館が、吾輩が囚われの身になった原因……」
「そう、俺とアゼルが出会うきっかけがこの図書館だから、感慨深く思ってくれてもいいんだぜ?」
「若干、忌々しく思っている」
トーマとアゼルは他の利用者の邪魔にならぬよう、小声で小さく言葉を交わし合っている。
S級ウィザードの力を持っていようが、S級魔物であろうが、図書館では静かに。
それが、図書館内に於けるマナーであり、ルールなのだ。
「さて、と。早速、ダンジョンの情報を集めるぞ。アゼルはこの本を読みこむのを頼む」
「うむ……同じ境遇の魔物を増やすために、マスターに手を貸すことは果たして正義なのだろうか?」
「アゼルが提案したことだけど?」
「ちょっとした冗談だ。お茶目と言い換えてもいい」
「はいはい、お茶目、お茶目」
トーマとアゼルはその後、会話を打ち切って本を読みこむことに集中した。
トーマが読み込む本は、『神人たちの迷惑な痕跡』というタイトルのもの。
現代よりも遥か昔、神人と呼ばれる者たちが遺した建物――遺跡がダンジョン化したものの情報を集めた本である。
アゼルが読み込む本は、『願いを叶える魔物たち』というタイトルのもの。
主に、ダンジョンマスターをやっている魔物たちの情報を集め、その中でも、アゼルのように『踏破者の願いを叶える』性質を持った魔物たちについて詳しく書かれている。
「「…………」」
黙々と読み進めるトーマとアゼル。
トーマは当事者であるから、その集中力が発揮されるのは当然なのだが、アゼルもまた真剣に読み込んでいるのには事情があった。
――――仲間が欲しい。
正確に言えば、仲間と書いて、道連れと読む類の魔物が欲しい。
アゼルは別に、寂しがり屋の気質を持っているわけでは無いのだが、今後、マスターであるトーマの活動はより過酷なものになってくるだろう。
何せ、テイマーとして遥か高みに位置する月の愛し子に勝利し、トップテイマーになることがトーマの目標なのだ。冗談でもなければ、口だけの目標でもない。本気でその地点を目指して邁進していくつもりなのだ。無理無茶無謀だろうが、そんな道理を捻じ曲げて先に進もうとするのがトーマなのだ。
いかにS級魔物であるアゼルとはいえ、そんなトーマに付き合っていたら、体がいくつあっても足りないことになるのは明白。
従って、早々に仲間を増やして自身の負担を減らす計画だった。
「違う、違う、違う……ここと、ここ、ここなら……だけど、このダンジョンは……」
ぶつぶつ、と自分でも気づかないほどの小さな呟きを重ねて、アゼルは本からノートへと情報を書き出す。
全ては、後々に自身が楽をするために。
「……ふっ」
なお、そんなアゼルの横顔を一瞥したトーマは、何を勘違いしたのか、柔らかな微笑を浮べていた。
アゼルが見たら半ギレしながら否定するだろう行動だが、今のアゼルは本に集中していて、トーマの行動まで見られない。
「よし」
故に、トーマはアゼルのやる気に元気づけられるような形で、本を読み進めていく。
単に未踏破ダンジョンの居場所を調べるだけではなく、目的である『高位魔物のスカウト』に向けた道筋を、本を読みながら頭の中に組み立てていった。
トーマとアゼルが本の世界から戻ってきたのは、静謐な図書館に響く言い争いの声が聞こえたからだった。
「帰るぞ」
『や』
「もう、五時間もここに居る」
『や』
「本を読みたいのならば、借りればいい」
『既に限界数まで借りているから無理』
「本の虫め」
声の主たちは、トーマたちのテーブルから十歩ほど離れたテーブルに居た。
「また次の休みにでも来ればいいだろう?」
くすんだ銀髪の少年――ジークは呆れたように、眼前に告げて。
『や』
セーラー服姿の少女――その姿形のゴーストは、一文字だけの反応を返していた。
まるで、大人と駄々っ子の会話であるが、これでもD級トーナメントではトーマと優勝を争ったテイマーと、その手持ちの魔物である。
「わかった、わかった……何が不満だ? サクラ? お前がモンスターバトルに前向きではないのは知っている。だが、俺がS級までたどり着いた暁には、きちんと魔物用の就職先を斡旋する約束だっただろう?」
『愛が足りてない』
「……は?」
『最近、手持ちの魔物に対する愛が足りてない』
「十分な報酬は出しているつもり――」
『そういうことじゃないの!』
手持ちの魔物、サクラは外見相応の少女のように、思春期まっさかりな面倒な言葉を返し続けている。
「わかった。具体的に愛の定義を教えてくれ。善処しよう」
『そういう冷静な態度が気に食わないの!』
対して、ジークは淡々と、けれども真摯に言葉を返し、その態度が気に食わないとサクラが癇癪を起こす。
さながら、二人のやり取りはちょっと面倒な時期に入った恋人同士のようなものだった。
あまり、テイマーとしては知り合いに見られなくない姿だった。
「ふぅー、わかった。仕方がない。ここは最終手段で大人しくさせるしか――」
「「…………」」
「あっ」
そして、ジークは気づいた。
D級トーナメントの決勝で戦った相手、トーマとアゼルが『なんか変なもの見ちゃったな』という顔で、こちらに視線を向けていることに。
「…………」
ジークはその三白眼をさらに険しくし、むっつりと口を一文字に結ぶ。
何かの恥辱や苦痛に耐えている表情だった。
『最終手段は? ねぇ? 最終手段はー?』
ただ、サクラはそんなこと知ったことではないとばかりにジークを煽っている。
このまま騒ぎ立てて、図書館から追放されることも視野に入れた、自爆覚悟の煽りだった。
「…………っ!」
故に、ジークは最終手段を実行に移す。
トーマとアゼルの視線がある中、衆人環視の中、手持ちの手綱を取るため、この馬鹿ゴーストに言うことを聞かせるための最終手段を発動する。
「『おい、オマエ。いつまで俺から目ぇ逸らしてんだ? いいから、オマエは俺を見つめていればいいんだ』」
そう、サクラが大好きな小説に出てくる俺様系キャラクターの物まね、という非常に精神が削られる手段を。
『きゅーん! はぁい、マスター! 逆らってごめんなさいっ!』
冗談みたいな手段であるが、その効果は覿面。
先ほどまでぐずっていたサクラは、その態度が嘘だったかのように、素直にジークの言葉に従い始めた。
「……どこのテイマーも大変だよな?」
「言っておくが、貴様の場合は吾輩の方が苦労しているからな?」
トーマとジーク。
D級トーナメントの優勝を争った二人の、思わぬ再会がこれだった。




