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第17話 魔王軍

 パラディアム王国の領土から遠く離れた、未開拓地域。

 未だ、魔物たちが跳梁跋扈する荒地。

 人類の文明などは痕跡すら見当たらないはずの、自然と野生の混合地帯。

 けれども、その未開拓地域には一つの城があった。

 汚れ一つ見当たらないような、散々と輝く白亜の城。

 その城は未開拓地域を切り拓き、周囲を領土として土地整理が為されていた。

 何かしらの結界が敷かれているのか、魔物たちはその領土に近づけすらしない。

 そんな謎めいた城の一室。

 長いテーブルが置かれた大広間に、三人の男女が顔を合わせていた。


「おや、失敗したようだね」


 その内の一人、無貌の仮面を被ったトレンチコートの怪人は、『お湯が沸きましたね』ぐらいと同じテンションで、部下の失敗を報告した。


「失敗? 一体、どこが失敗したでありますか?」


 仮面の怪人の言葉に反応したのは、軍服を着た少女だ。

 黒髪のショートカットに、青い瞳を持つ、凛々しさよりも可愛らしさが印象に残る、低身長の少女だ。


「東部のミッドガルドに行っていたイメイ君だね。彼には月の愛し子の確保を頼んでいたのだけれども、うーん、思わぬ邪魔が入ったみたいだ」

「思わぬ邪魔とは? メアリー・スークリムに撃退されたわけでは無く?」

「メアリーちゃんにも撃退されたのはそうだけど、もう一つ。イメイ君が使っていた百体全てのゴーレムを一瞬で破壊するような人間が出てきちゃって」

「うむ? 聞き間違いでありますか? その言い方だと、魔物ではなく人間が直接壊したように聞こえるのでありますが?」

「うん、そうだよ」


 あっけからんと告げる仮面の怪人に、絶句する軍服の少女。

 どうやら、この正体不明の者たちの間でも、トーマの所業はドン引きされるほどのものだったらしい。


「イメイ君が作ったゴーレム……しかも百体を一瞬で……ただの英雄個体では不可能な所業でありますな」

「だよね? もしかしたら、特別性かもしれないよ? ほら、僕たちの王様みたいに」

「…………王は唯一無二であります」

「『ミーナ』ちゃん。忠誠心はご立派だけれども、分析をしている時に持ち込むのは感心しないな。失敗の原因を解明する時、必要なのはフラットな視点だよ?」

「うむぅ」


 軍服の少女と仮面の怪人が言葉を交わす中、この場に居たもう一人が口を開く。


「それよりも、失敗の補填はどうするの?」


 口を開いたのは、長い黒髪を持つ、赤と白の装束――巫女装束と呼ばれる衣服を纏った女性だった。


「東部は失敗した。『フェイス』の部下も捕まった。なんの成果も無く、こちらの情報も流出するばかり。何かしらの補填は必要」


 巫女装束の女性は、冷たい口調で淡々と告げる。


「そこで私の出番。今から私がちょっと転移して、東部で虐殺をしてくる。これなら、東部の戦力も削いで、捕まった部下も処理出来て、とてもお得」


 淡々と、クールそうな眼差しから、とんでもない作戦が立案される。


「馬鹿。一度きりの『同時多発的な奇襲』だから意味があるのに、明らかに警戒状態にある場所に行って、無駄に戦力を浪費しないでくれるかな?」

「馬鹿。話にならないであります。イメイ君は失敗したとしても、我が軍に多大な利益をもたらした仲間でありますよ? 処分するにせよ、せめて一回は救出作戦を実行して、それが駄目だった時にするべきであります」


 そして、二人から即座に却下された。


「馬鹿じゃない! 私は馬鹿じゃないもん!!」


 却下された巫女装束の女性は、クールな表情を崩して、子供のように口を尖らせる。


「少なくとも、この場に居ないマサムネよりはマシだもん!」

「風来坊と比較しないでくださいよ」

「論外と比べて己を慰めるのって、虚しくないでありますか?」

「ううっ!」


 巫女装束の女性が感情論を振りかざし、それを残りの二人が冷静に却下する。

 まるで子供を宥めるかの如きやり取りがしばらく続いて。



『我が四天王たちよ、会議ご苦労』



 そのやり取りがぴたりと止まり、三人全員がその場で立ち上がって直立不動となった。


『楽にしてよし』

「「「はっ!」」」

『というよりも、我が姿を現した時、毎回それをやらなくてもよし』

「「「いいえ」」」

『いいえ???』


 やがて、三人は大広間に新たに表れた声の主――漆黒の全身鎧を纏う偉丈夫からの言葉により、その緊張を崩す。


「魔王様、威厳は必要だからね?」

「魔王様、我々の敬意をきちんと受け取って欲しいであります」

「魔王様、ただでさえフランクすぎるのに」

『う、うむ』


 そして、三人が漆黒の鎧の偉丈夫――魔王へと抗議するような言葉を並べた。

 魔王に対して敬服していながらも、締めるところはきちんと締める部下たちだった。


『その件については今後前向きに考えるとして、今はイメイの処遇を話し合うべきだろう?』


 頼もしくも厳しい部下の言葉をそっと受け流し、魔王は露骨に話題転換を図る。


『イメイにはまだ、我が軍の戦力を向上させる役割がある。この場で切り捨てるには惜しい。故に、早々に救出へと向かうべきだ』

「それはそうですがね、魔王様。救出にも色々と準備と、そのための戦力と割かないと――」

『必要ない』

「えっと?」


 部下である仮面の怪人の言葉を遮り、魔王は言う。


『何故ならば、我が出るからだ』


 威風堂々と、兜の下で浮かぶ笑みが透けて見えるような物言いで。


「「「却下」」」

『何故だ???』


 しかし、そんな魔王の発言は、部下たちに声を揃えて否定される。


「警戒している場所に、魔王様が自ら出向くってのは悪手も悪手だよ? まだイメイ君を見捨てた方が情報漏洩のリスクが少ない」

「魔王様。何事も力任せの解決は問題であります」

「私が虐殺に行った方が、まだマシ」

『えぇ……』


 散々な言われ様に、魔王のテンションは若干下がっていた。


『我がちょっと行って、ばっとイメイを救出した方が、時間も戦力も浪費しないというのに』

「我らが御大将自ら動かれるのは困るって話だよ、魔王様。僕たちの象徴であり、魔王軍のボスなんだから、魔王らしく玉座に座って部下の報告を待ってなよ」

『ほう、ならばフェイス。この問題、お前がどうにかしてみせよ』

「……はぁ。まぁ、そうなるよね。イメイ君は僕の部下だし。魔王様や馬鹿に任せるよりは、僕が動いた方がまだマシだ」

「おい、私のことを馬鹿と呼ぶなよ」


 仮面の怪人は、巫女装束の女性の言葉をスルーし、魔王へと恭しく頭を下げる。


「では、魔王軍四天王が一人、大魔導士フェイスがその命令を承りました」


 次いで、ヴン、という音と共に仮面の怪人――フェイスは消えた。

 その場から転移したのだ。

 空間転移という高等魔術を、平然と発動させて見せたのだ。

 高位の魔物でもない、ただの人間が。


『ふっ、フェイスが行ったのならば問題ないだろう……ところで、我が四天王たちよ』

「なんでありますか?」

「なんです?」

『四天王の残り一人は?』

「「欠席」」

『うむ、当然の如くそうだな。ちょっと一縷の望みにかけて訊いてみただけだ』


 やれやれ、と魔王は妙に所帯じみた態度で首を横に振って。


『どうせ、奴は今も強者を求めて殺し合いをしているのだろう』


 奔放なる己の部下の現在へと、想いを馳せたのだった。



●●●



 魔王軍と名乗ったテロリスト集団による被害は、以下のようになる。

 王国北部。

 S級魔物、『冬の女王』を手持ちとしていたテイマーが誘拐される。

 物的被害は甚大であるが、怪我人及び死傷者は皆無。


 王国西部。

 S級開拓者クラン、『銀の弾丸』の構成メンバーの八割が失踪。

 物的被害は皆無。ただし、集団失踪が魔王軍の仕業だとわかる犯行声明が為されていたことから、魔王軍関連の事件として含めることに。


 王国東部。

 ミッドガルド魔法学園への襲撃が起こったが、現場に居合わせたS級テイマーにより対処。

 物的被害、人的被害共に皆無。

 ただし、事件の首謀者は軍部への移送中に魔王軍らしき者から襲撃を受け、奪還を許してしまった。


 王国南部。

 水の精霊を祀る社の破壊。

 精霊の巫女及び、巫女を守護する防人たちの大量殺戮。

 物的被害甚大。死傷者多数。

 魔王軍が起こしたテロの中でも、一番の被害を受けることとなった。


 以上の事件を経て、魔王軍は後日、正式にパラディアム王国から指名手配される。

 王国軍及び、王族直轄の騎士団も既に動き始め、王国民たちは誰しも、魔王軍と名乗った賊の悲惨な末路を脳裏に思い描くことになった。


 更に数日後。

 王国最強とされていた騎士の死体が、王都で晒されるまでは。

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