第165話 浄化の炎
メアリーは無事に竜王の試練を突破した。
仮想世界での出来事なので、現実ではほんの数秒しか経っていないが、それでもかなりの無理難題を乗り越えたのだとわかるのは、メアリーの顔がどこか誇らしげだからである。
まるで、途轍もなく高い山を登り切った登山家のように。
己の為した功績を、静かに胸の中で確かなものとしている顔だった。
『【ふっ、メアリーよ。よくぞ、我が試練を――】』
「メアリー! 大丈夫か!? どこか痛むところないか!? トラウマとか負っていない!? 酷い試練じゃなかった? あんまりにもアレな試練だったら、これからこの竜王を殴るけど! 場合によっては殺すけど!」
『【おい、貴様。ナチュラルに私に殺意を向けるんじゃない】』
もっとも、トーマの慌てぶりに、直ぐその表情は引っ込み、呆れたような笑いが浮かんでしまったのだが。
何はともあれ、これでメアリーは【管理者権限】を手にする資格を得た。
故に、即座にその【管理者権限】を使用し、星の根源に潜り込む竜銀の探査を始めたのである。その結果、竜銀は結構な量――見上げるほどの大岩ぐらいの大きさの欠片が、複数個見つかることになった。
竜王をして、『【このままだったら、星ごと乗っ取られるところだった……】』と危機を噛みしめるほどの量である。
「ふんふん。この量なら十分、世界に散らばった竜銀を排除するための端末が作れそうだよー」
とはいえ、背筋は凍えたものの、悪いことばかりではない。
シラサワは早速、今まで集めた竜銀とこの大岩の如き竜銀を用いて、共振の呪詛による竜銀駆逐作戦に用いる端末を作り始めた。
「さて、俺も久しぶりに魔術開発に集中するか」
それと同時に、トーマが共振の呪詛を扱うための魔術の開発を始める。
あまりにもパワフルな印象が強いため、忘れられがちではあるが、トーマは最強のS級ウィザードである。当然、魔術の腕も最高位だ。
大魔導士フェイスほど魔術全般に長けているわけではないものの、こと因果が絡む魔術ならば、この世界にトーマの右に出るものは居ないだろう。
「マスター。この端末だけど、ある程度頑丈に作った方が、結果的には呪詛が強くなると思うんだけど、意見を貰えない?」
「ん、ああ、そうだな。『これほど頑強なものが壊れるのだから、他のものも同様に壊れる』という類感魔術を補強する要素にはなりそうだな」
「うーい。それじゃあ、物凄く頑丈に作るね? どうせ、マスターならどれだけ頑丈に作ってもあっさり壊せるだろうし」
「いやいや、流石に惑星よりも頑丈に作られたらしんどいぞ?」
「惑星よりも頑丈な生命体を作れてたまるか」
シラサワとトーマは時折、言葉を交わしながら互いの方向性を微修正し、技術と魔術が噛み合わさるように研究と開発を続けた。
「そうだ。折角だから、【管理者権限】を使って、世界中の竜銀の場所を把握しておくわ。その方が呪詛の通りもいいはず」
「助かるが……ええと、メアリー? あんまり【管理者権限】使い過ぎると、万能感に酔うからよくないんじゃないか?」
「大丈夫。【管理者権限】を使って、初めて理解したことは、たとえ星全てのエネルギーを使っても、トーマを倒すことは不可能、という事実だったから。身の程は嫌と言うほど思い知らされたわ」
「そ、そっかぁ」
「でも、いずれ貴方は私が倒してあげるから」
「何故?」
そして、メアリーも得た【管理者権限】の範囲内で、共振呪詛の手伝いを行って。
「うん。まぁ、こんな感じかなー?」
「仮に全て消さなくても、竜銀の場所が全部わかっているなら、後から全然フォローできるから問題ない」
丸一日の時間をかけて、トーマたちは竜銀を滅ぼす手段を創り上げたのである。
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起点となる場所は、星の根源。
惑星全てに干渉するには、これ以上無く最適な場所。
『【余計な影響を与えないように。それが使用の条件だ】』
竜王からの警告はあるが、万事問題は無い。
何故ならば、作戦の実行前には幾度もシラサワのシミュレーターによって、作戦の結果を演算しているのだから。
作戦が失敗する可能性は、万が一も無い。
もっとも、トーマたち超越者の領域では、億に一つの可能性でももぎ取って逆転があり得るので、油断は禁物だが。
「竜銀殲滅用端末――『ピリオド』設置完了。さぁ、いつでもいいよー?」
シラサワによって用意されたのは、銀細工の如き竜。
まるで銀を削り出して作り上げられたかのような、精緻な構造の『小型の竜』だ。一応、生命体ではあるものの、瞼を閉じて身じろぎ一つしていない所為で、生物の気配をまるで感じさせない。事実、この『ピリオド』は半分以上が魔導兵器のようなものなので、自意識も生命体だという自認も無い。
「了解だ」
それでも、トーマは一瞬、静かに『ピリオド』に対して黙とうした。
殺すため、滅ぼすために作り上げた命への最低限の礼儀――あるいは自己満足を終えると、トーマは拳を構える。
「【銀を焼くは浄炎。緋色の空か落とすは裁き。今、邪悪なる外敵を滅ぼす一撃を放たん】」
いつもは省略する詠唱により、魔術の効果を底上げ。
因果を伝う炎を拳に付与し、ぎりぎりと限界まで己の体で『溜め』を作る。
そして。
「いくぜ、おらぁ!!」
気合の入った掛け声と共に、『ピリオド』に向けて超越者の拳が放たれた。
――――そこからの出来事は、おおよそ三秒で全てが片付いた。
一秒。
トーマの拳を受けた『ピリオド』が破裂。
油をため込んだ水風船の如く、破裂した勢いのまま、付与された炎が広がる。
星の根源を起点として、世界に向けて放たれる。
二秒。
世界中の空が一時、昼夜も関係なく真っ赤に染め上げられる。
誰しも、その異変に思わず空を見上げて。
三秒。
雨の如く降り注ぐ炎が、因果の糸を辿り、全ての竜銀を焼き尽くした。
例外は無く、因果を伝う炎から逃れることなく、竜銀個体の中にあるものでも、竜銀だけが焼き尽くされた。
「…………わぁ」
その光景を、【管理者権限】を持つメアリーだけが見ていた。
さながら世界の終わりか、あるいは世界の黎明を告げる光か。
どちらにせよ、世界の歴史に刻まれそうな幻想的な光景を、星の記憶から閲覧したメアリーは思わずため息を漏らして……その後、はっと我を取り戻したように報告する。
「探知できる竜銀の数はゼロ。つまり、完全消去に成功よ、トーマ」
「………………ふぅううううううう」
メアリーの報告を聞いたトーマは、拳を振り抜いた状態から脱力し、長い安堵の吐息を漏らした。
「どうにか、通ったか」
「何がそんなに不安だったの? シミュレーションではほぼ万全だったんでしょ?」
「銀の悪竜のことだから、何か俺たちの知らないカウンターを仕掛けてくるんじゃないかと思っていたんだよ」
「銀の悪竜って、そんなに厄介なの?」
「最悪の最悪。撃退した時も、あっちが俺の得意分野で戦ったから撃退出来たってだけの話だな。やろうと思えばもっと悪辣に出来ただろうから、急いで固有魔法を開発して、あいつが再来して来てもいいようにしたんだよ」
「ふぅん……でも、トーマ」
「うん?」
「竜銀って、銀の悪竜の存在が散らばった物質よね? だったら、もう全て消却し終えたなら、トーマの勝ちでいいんじゃない?」
「…………いいや」
あっけらかんとしたメアリーの言葉に、トーマは沈黙の後、重々しく首を横に振った。
「銀の悪竜がこの程度で終わるわけが無い。何かはある。それは確実だ」
「ただの杞憂じゃなくて?」
「杞憂ならそれでいい。だが、杞憂じゃなかった時が最悪なんだよ」
銀の悪竜。
数多の世界を滅ぼした災厄。
それが何故、世界中に竜銀をばら撒いたのかはわからない。
何故、『わざわざ対応しやすいようにリソースをばらけさせた』のかがわからない。
故に、トーマは警戒を緩めない。
「あいつの狙いは恐らく、俺だ。やたらと俺に執着している。だから、俺をどうにかするために、俺の周囲に干渉してくる可能性がある。メアリーは特に気を付けておいてくれ」
「わかったわ。でも、気にし過ぎて不安で精神を削るような真似をするのもどうかと思う」
「む。それはまぁ、うん」
「だから、今は素直に喜ぼう? トーマ、誰が何と言おうとも、今、この時だけは私たちの勝利で良いんだよ」
ただ、警戒は緩めずとも、世界中に散らばる竜銀を排除し、災害の一つの根絶を成し遂げたという偉業は紛れも無く事実で。
「ああ、そうだな」
幼馴染の少女が向ける微笑みに、気恥ずかしさを隠すように小さく応えた。




